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09-34 ボーラシューター

 セイクリッドたち勇者が陣を出発し、要塞に向けて侵攻する一方、ノーデンリヒトの陣営にくみする者たちは要塞の門、その重厚な落とし扉の裏側の裏側にいてサオを中心に今日の戦闘計画プランを練っていた。


 昨日新しく戦場に出てきた5人は騎士勇者と呼ばれる、戦功をあげて階級も上がり偉くなった勇者だということは、ブライの情報ですでに伝わっていた。要するに勇者を卒業して貴族になったぐらいのもので、頭に騎士とつくからと言って別に他の勇者たちと変わることがないことも報告された。

 これは未来を明るくするものではなかった。5人増えた、その5人が5人とも勇者のなかでも優れた人物を選りすぐりで選んで連れてこられたようなものなのだ。


 勇者たちの事をよく知っているブライからよく話を聞いて、新たなる敵に対応するにはどうすればいいかを検討しなくてはいけない。それも今すぐにだ。門の外にはもう帝国軍が集結しつつある。太鼓の音が打ち鳴らされるとすぐに侵攻が始まるのだから。


「ブライの知る勇者の特徴を。特に得意とする技は何? 私たちは何に気を付ければいいの?」


「まってくれ、面識があるのはアドリアーノという男だけなんだ。背が高くて、細身ほそみの長剣を使ってるやつなんだが、ああ、サオの爆破魔法が直撃したあいつだ。他の奴はよく知らないんだ」


「注意する点とかあったら、どんな小さなことでも」

「注意するとこだらけだ。セイクリッドと同等かそれ以上の相手が5人増えたと思って間違いない。この相手は魔導士には分が悪いから魔導師を門外に出しちゃダメだ。……そうすると戦力が足りない。てくてくさんに出てもらえないか」


「少し前に到着したばかりの1万の兵がまだ休んでる。大規模な夜戦を警戒しなくちゃいけないから、てくてくは温存しておかないと夜やられるわよ。戦力が足りないからこそ てくてくは出せないの。私たちが夜ぐっすり眠れるのは彼女のおかげなんだから」


 もう門から打って出ようというこの局面でディオネ、エラントたち魔法専門職の者は出ないほうがいいと提言するブライ。ダメもとで てくてくに出てもらえないかと訴えたが、サオからは予想していた通りの答えしか返ってこなかった。


「じゃあ魔導師は弓櫓ゆみやぐらの上に配置しよう。危険だと思う」


「難しいわね、ディオネならまだしもエラントは射程もスピードも足りない。剣士とのコンビネーションのほうが敵としてはうっとおしいはず。でもそれを逆手に取られるなら出さないほうがいいかもしれないわね」

 エラントを出すか出さないかの話が決まらず今日の戦闘をどう組み立てるか議論が紛糾し始めたころ、赤髪の壮年男性、アデル・ポリデウケスが一歩前に踏み出した。


「エラントは私が死守するつもりだが、正直言って奴らの連携攻撃は凄まじい。私たちじゃたったひとりの魔導師を守る壁の役目すらこなせないといのが本音だよ。敵は増員して戦術を変えてきている。昨日の午後の攻撃は私たちの防御力を超えていたよ。今まで通りにやってたんじゃ犠牲者がでたところから穴ができて、いずれはここを抜かれてしまうだろう。私は更に防御を固める布陣を提案するよ」


「その真意は?」


「昨日はサオの[爆裂]が1人に直撃したから奴ら帰って行ったが、それまで私たちは一方的に押されっぱなしで防戦一方だった。遊撃を担当するサナトスもレダちゃんも全員で防衛に回らないと、はしご兵が防護壁を超えてくるのも時間の問題だ。……なら私とダフニスはエラントやディオネの護衛に回るよりも、防護壁に取りついた敵のはしご兵を片っ端から倒す役目に回ったほうがいいだろう。魔導師は弓櫓から援護してくれるとありがたい」


 ポリデウケスの言う通り、あの白装束の勇者たち5人が前線に出てきてから戦況は一気に劣勢に傾いた。あの盾の勇者クラスの手練れが5人増えたのだから形勢逆転は当たり前の事。足りない戦力を嘆いていても仕方がない。今の戦力でやれることをしないと。


「そうね、昨日は強引で迂闊な攻めだったから押し返すことが出来たに過ぎない。5人に1人ずつ付いてる専属の治癒師を常に牽制する必要があるわ。そうすることで敵も迂闊には動けない。ディオネは上から主に治癒師たちを狙って爆破魔法を、エラントは射程内に入ってきたはしご兵を。サナトスもレダちゃんも前に出すぎないこと」



―― カン!カン!カン!カン!


 ちょうどここまで話が決まったとき、弓櫓の物見から鐘が打ち鳴らされた。敵の布陣が整い進軍が始まった合図だ。すぐに太鼓の音も聞こえてくるだろう。


「くーっ、騎士勇者ってか! 確かに恐ろしいほどの剣の冴えだった、武者震いがしてくるぜ。おいサナトス、お前なんか一言ないの? 俺らをこう、鼓舞するような言葉とかよぉ」


 マローニを守っていた頃はイオがリーダーを務めていて、開戦前の激を飛ばすのはイオの役目だった。

 ノーデンリヒトに来てからはサオがその役目を担っていたので、サナトスには用意していた言葉なんてなかった。


「俺っすか? えと……、ここを抜かれたら負けです。でも、皆さんどうかご無事で」


「おいおい、そりゃねえって。ご武運をとか、命に代えても守りきるとか、そういわないと」


「あはは、サナトスらしくていいじゃないか。気合を入れて戦って、そして今日も1人も欠けることなく、無事に帰ってこよう」


 もっと威勢のいいのを頼むぜというベルゲルミルに、これはこれでサナトスらしいというポリデウケス。笑っちゃいるけれど、その目はしっかりと揺るぎのない覚悟が秘められていた。


 ここを抜かれたらもうトライトニアは裸同然。守る手立てがないのだから。


 鎖を巻き上げる重厚な音が響き、ゆっくりと門が上がると皆、気合を入れて戦場に出ていく。

 ウォークライ。


 大声を上げたり、強く息を吐いたりして体から闘気を呼び覚ます者。

 顔をバチバチと叩いて集中力を高めようとする者。

 ただ静かに内なる炎を燃やしている者。


 中央の前衛に立つ魔人サナトス。その後ろに治癒師のブライ、防人サオが配置され、左翼を守るのはレダ、ダフニス、カルメ、テレストの4人。右翼側の守りを担うのはベルゲルミルを先頭にポリデウケス、ハティ、イオの4人。


 防護壁の上、弓櫓にはユミルと6人の弓兵たち。加えてディオネとエラントが配置について帝国軍の進軍を迎え撃つ準備が整った。


 ピリピリ肌を刺激する戦場の空気。眼下には土煙を上げ、緩やかな坂を着実な足取りで一歩一歩踏みしめて進軍してくる帝国兵たち。


 門の前に2枚の盾を立てたまま瞑目し、精神を統一していたサオの耳に笛の音が飛び込んできた。



―― ピューー! ピュリリリリ!


 空だ! 空から響く笛の音。


 まるで川に向かうレミングのむれのように進軍する帝国兵たちの遙か上空を追い越し、竜騎兵たちの飛来を知らせる笛の音だ。

 竜騎兵の攻撃はマローニ以来。まずは矢の届かない上空から住民の居住区を焼き払ったり、弓櫓にいる弓兵を狙ってくるのが戦術だ。


「竜騎兵だ! 数およそ20。障壁を緩めるなよ! 気を散らすな。前からくる敵だけ見てろ」

 右翼を守るイオが檄を飛ばす。人族も獣人族も炎の魔法攻撃に弱い。一方的に上空から狙い撃ちにされる魔法攻撃に気を散らすなというほうが無理というものだ。


 マローニで竜騎兵の攻撃を受けたときは好きなようにやられてしまったが、ここは住居のない要塞だったことと、高位の魔道士が弓櫓に居て、障壁で弓兵たちを守れることは幸運だった。

 竜騎兵の攻撃時間は短い。おそらく人を乗せて飛ぶ飛竜の体力の問題だろうが、だいたい15分程度で帰ってゆくそれまでの間、空と陸からの挟み撃ちを凌ぎきらなければならない。



―― ボゥン! ボウッボウッ ブワッ!


 上空から情け容赦のない炎の攻撃が降り注ぐ戦場。

 太鼓の音が響き渡り、強化魔法を展開した敵軍が傾斜した草原を駆け上がってくる。



―― ドゥ……ドッゴ――ン!


 弓櫓の上からディオネとエラントが爆破魔法で応戦する。サナトスが守る中央を避けて東西から攻める帝国軍兵士。抵抗力のない一般兵はサナトスに近づいただけで命を刈り取られてしまうことから、まずはサナトスにそんな範囲攻撃魔法を使う余裕を与えないことが帝国軍のセオリーとなっている。


 白い甲冑、白いフルフェイスアーメットの重装騎士スカラールが土煙を上げて中央に立つサナトスに向けて突進し、トゥーハンドソードを振りかぶって体重を乗せ、慣性の為すがまま振り下ろした。



―― ギィン!


 受けた者の膝を屈させることが目的の重い一撃を姿勢も崩さず、簡単に受け止めたサナトス。

 スカラールにしてみればガードさせることが目的だった。

 すかさずスカラールを背後から飛び越えて頭越しに斬りかかってくる女勇者ウェルシティ。


 この連携は昨日の攻撃でサナトスに何度か使って、見せて、そして覚えさせた手だった。

 最初の攻撃を受けたと同時に作った[爆裂]で応戦するサナトス。



―― ズバーン!


 サナトスの頭上で爆発が起こり、同時に繰り出された前蹴りでブッ飛ばされたスカラール。

 やはり魔人サナトスは騎士勇者随一の剛健をもってしても一筋縄では行かない。


 爆炎と煙、そして土埃が舞い、一時的にサナトスの視界を遮る。風が巻き起こり、視界がひらけるまでの僅かな時間は勇者たちに大きなアドバンテージを与えてしまった。


 爆破魔法を受けたスカラールとウェルシティは専属の治癒師が治療に当たる数秒を稼ぎ、イカロスとアドリアーノ、そしてグレイブの3勇者がこのサナトスが知覚できないスキを好機とみて、一斉に狙いをレダに変更して襲いかかった。


 [スケイト]を駆使して戦場狭しと高速で移動するレダに向けてバリスタから、2射、3射と投石が狙う。土の精霊王レダに向けて岩石を放り投げるなんて、カメに水鉄砲を撃つようなものだ。


 飛来する物体が岩石であることはすぐに把握したレダ、脅威ではないと判断し襲い来る3人の勇者にターゲットを絞ったその時、突然、予期しなかったものが足をすくった。


 バリスタからレダを狙って撃ち出された石、正確には石ではない。石と石をロープで繋いで投げる古代の投擲武器『ボーラ』だ。帝国軍はレダに対応させるため、細く見えにくいワイヤーを使った。

 ボーラなんてスヴェアベルム人が弓をもって以来、とっくに廃れてしまった狩猟武器。今や飛行船が空を飛ぶ時代だというのに、こんな原始的な武器……いや、原始的でシンプルだからこそ意表を突かれる。


 こんなのが命中したところでレダに直接ダメージを与えられるわけがない。だが効果は絶大だった。

 バリスタから放たれたボーラは狙い通りレダの足に巻き付き、真骨頂ともいうべき機動を奪ったのだ。


 弓とバリスタの名手、勇者ハルゼル。ブルネットの魔女を落としたという実力を遺憾なく発揮する。

 これでレダを討ち取れたらまたハルゼルの大手柄。地位も確実なものとなるだろう。


 ハルゼルはレダの足に攻撃が命中し、思惑通り転倒したのを確認すると、上機嫌で口笛を吹きながら、剣を片手に最前線に向かった。


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