09-33 色褪せてゆく世界
作戦会議がひと段落し、ちょっと夜風にあたってくると言ってテントを出たセイクリッドのところに、グレイブとカレがやってきた。カレは感情が顔に出やすい。さっきのルーキーのことで言いたいことがあるのだろう。
二人が肩怒らせて出てきたのをチラッとだけ確認し、顔をそむけるように背を向けたセイクリッドだったが、不満そうな顔を隠そうともしないグレイブがおもむろに肩を掴んだ。
「なあセイクリッド、本当に納得してんのか?」
「痛いな、何の話だ? 生意気なガキといけ好かないオッサンのどっちが好きかって話ならどっちも嫌いだが?」
「生意気なガキをまだ見てないが、いけ好かないオッサンはさっき見たところだ」
「私はあの人たちがサオを倒す作戦をたててるときの目と、ルーキーを死なせる算段を話し合ってる時の目が同じだったことが気持ち悪い。敵だろうと味方だろうと命令されたら殺すことに躊躇しないの? 信頼が崩れていくよセイク」
「……カレは勇者になってどれぐらいだ?」
「この世界にきて5年だけど、勇者に昇格してからはまだ8か月。私だってまだルーキーだよ」
「8か月か……。なあカレ、動物や魚は死んだら少しずつ腐っていくだろ? 人とどう違う?」
「同じじゃないの? 人も死んだら腐っちゃうでしょ?」
「そうだな。でもちょっと違う。人だけは、生きながらにして腐るんだ」
まさか自分が目標にしていた筆頭勇者セイクリッドの口からそんなセリフが飛び出すとは思ってもみなかったカレ。これまで憧れて、必死で努力して、5年かかってやっと勇者になった矢先、現実を突きつけられてしまった。
ショックで何も言えなくなってしまったカレの目をじっと見つめるセイクリッド。
「お前は腐るな」
「なにそれ? もう自分は腐ってますみたいな言い方ね」
「おいおい誤解すんなよ、俺の事じゃないぞ。あのオッサンらのことだ」
自分じゃないと言いつつも、セイクリッドは心臓が締め付けられるような息苦しさを感じ、いつも首から下げているアイシャのアミュレットをシャツの上からぐっと握りしめた。
自分の事じゃないと言ったその言葉に嘘はないのか。
セイクリッドの脳裏に少女の笑顔が浮かぶ。
《 こんな俺を見てアイシャは怒るだろうか、……笑うだろうか。それとも軽蔑するだろうか 》
アイシャが死んでしまってからこの世界のすべてが色褪せてしまった。
アイシャが死んでしまってから何の感動も、悲しみも、喜びもなくなってしまった。
人の命を奪うことへの罪悪感も……なくなってしまった。
「セイクリッド、いつだったか俺に聞いたな?」
俯いて黙り込んでしまったセイクリッド。
グレイブの責めるような眼差しを受け、いまやっと、自らの置かれている状況を理解した。こんなにも不甲斐ないセイクリッドに仲間が怒っているのだ。
「勇者とは?、勇者とはなんだ。答えてくれセイクリッド」
いつだったか酒の席でグレイブに話したブライの言葉。相変わらずいつ聞いても胸に刺さるひどい言葉だ。あの時、セイクリッドは『たった一人のための勇者でいい』と答えた。その心に偽りなく。
アイシャがいなくなってからも、それまでと同じように戦い、それまでと同じように敵を殺し、仲間を守ってきた。なんら変わることなく。
変わったのは戦う意味。
それまで胸を張って生きていた時と同じ生活をしながらも心が澱んでいくのを感じていた。
いつの間にか変わってしまった世界の風景。
あんなに極彩色に彩られていた生活は失われ、いまは何の感動も生まず、ただ淡々と毎日を送っている。
朝、目が覚めたら呼吸を始め、メシを食ったら殺しに行って、そして帰ってきて寝る。
朝、目が覚めたら呼吸を始め、メシを食ったら殺しに行って、そして……。
―ー はぁっ。
セイクリッドは、ため息をつくように強く息を吐きだした。
日本人が7人死んだことを悼むようなことを言ってたくせに、上からの命令でこの世界に囚われてまだ間もないルーキーを死なせることに何の疑いも持たないイカロスたちに感じた違和感。そして、男を死なせてその女を奪うための計略をくわだてるなど言語道断だった。そんなことが許されるなら、セイクリッドたち勇者も人じゃあない。人もエルフも同じ、まるでモノ扱い。
このモヤモヤする気持ちの正体は不信感だ。
セイクリッドの答えを待っているグレイブとカレ。このまま黙っていると朝までこうしていそうだ。
「分かってる。分かってるさ。心配させて悪かったな。明日は決戦になる、今夜はもう休め」
「言葉が足りねえよ」
「私も、もうひとこと欲しいわね」
「ルーキーはここにきて辞令を受けたら俺の部下になる。むざむざ死なせるわけがないだろ?」
「なんだそりゃ……60点だが、まあいいや。テンション低い日にしちゃ上出来だと思って今夜は寝るとするか」
「60点って何気に高いわね。合格点ってことでしょ? 数字からは微妙な感じしか伝わってこないけど」
「60点って微妙なのか?」
「じゃあグレイブ、あんた私に点数付けるとしたら何点つける? 遠慮せずに言って。ほら」
「うーん……65点かな」
「微っ妙! なんで? それ私を微妙って言ってんの?」
「違う違う、おまえ60点は合格点だって、たったいま言ったばかりじゃないか」
「合格点? あなた私に合格点付けて65点? 本気で言ってんの?」
セイクリッドは疲れた表情で一歩引いた位置から二人を眺め、そして踵を返した。
「ああー、俺もう先に寝てるから、2人はゆっくりしとけ。明日まで疲れを残すなよ」
「疲れるようなことしないわよ!」
「疲れることってなんだ?」
「知らないわよバカ!」




