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09-32 野望の元凶



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 北国ノーデンリヒトの短い夏は駆け足で過ぎ去り、空には秋雲が出始めているというのに、太陽を遮る木陰のない平原で鎧を着込んでの激しい運動は涼しい午前中であっても汗のプールで泳ぐような不快さがある。


 午前中の攻略は敵戦力の把握と分析に費やし、誰がどれぐらいの攻撃力を持っているのか、どのような特殊攻撃を持っているかを知るための情報を収集していたが、午後からは分析した戦力がどのように動くかを見極めるため、イカロスは勇者たちに強めに圧力をかけつつ攻めるように指示を出した。


 狙いは敵のギリギリの戦闘力とパターン化された攻撃の傾向、そして様々な状況を成り行きで作り、敵の連携攻撃とその練度を深く観察、その上で敵の防御を崩す穴をあける部分が推測できれば上出来というのがイカロスの狙いだった。


 セイクリッドはイカロスたちと連携して攻撃を行ったが、その戦いはこれまでなかったほどの激戦となり、……午後からの攻撃を僅か1時間そこそこで切り上げて戻る羽目になった。


「ケガをした者は先に傷口の洗浄と治療を済ませてからテントへ。今日はもう兵たちを休ませろ」

 息を切らし、へとへとになって戻ってきた勇者たち。主にサオを攻略していたアドリアーノがサオの[爆裂]が直撃し、治癒師たちの働きで何とか事なきを得たところだ。


 焼けただれた鎧下を脱いで戻ってきたと思ったら早速恨み節を並べはじめるアドリアーノ。

 どうやら自分だけ貧乏くじを引かされたことがいたく不満らしい。


「キッツいなおい。あのエルフ、見た目かわいい女の子なのに、まるで戦艦だ。一瞬でも動きを止めたらやられんのはこっちだぞ。あんなのの懐に入ろうなんて俺みたいな長物使いじゃ不利だ。誰か? ああ、ウェルシティちょっと代わってくれ。それこそ二刀流のほうが向いてんじゃないか? それとあの炎、浴びたら最後、ガソリンの塊をかぶったように鎧の隙間から浸透して中から燃える。そしてその炎はいつまでも燃えてなかなか消えない。サオの攻略には念のため爆破魔法防ぐ神器盾を持つセイクリッド含めて4人必要だ。3人だと失敗する危険性が高すぎてリスクに見合わないぞ」


 サオの攻略だけで4人必要と聞いて、スカラールも黙っちゃいられない。なにしろスカラールが担当するサナトスとレダを止めておくのに最低限4人は必要だと言うつもりだったのだ。


「そっちに4人がかりになるとサナトスとレダを止めとくモンが居なくなるぜ? 特にサナトスって魔人、あいつのプレッシャーは凄まじいからな。こっちにも4人欲しい。あいつら高度に組織化されてっからな。だいたい前衛が深手を負ったら治癒師が動くのは当然としても、他の前衛たちまでみんな援護するように動いて治癒師を支援してた。組織力も相当なもんだ」


「こっちもそうだ、サオの爆破魔法がアドリアーノに直撃したときも、炎と煙が晴れる前に追い打ちされるところだった。あの狼男がうっとおしいな、あれも離しておく必要がある」


「イカロスが居なかったら俺死んでたってことかよ!……油断したつもりはないんだがなあ」


 火傷の跡を濡れた布で冷やしながらどっと疲れた表情のアドリアーノ。踏み込みすぎたことで死ぬところだった。しかしアドリアーノは剣の力で勇者となった。剣技に頼らざるを得ない。己の剣が届く間合まで近付く必要がある。深くサオの懐まで踏み込まざるを得ないのだ。


 イカロスは人手が足りないことも知ったうえで皆に自制を求めた。

 いまある戦力で戦うしかない、戦力不足は情報と作戦で補うしかない。


「強く押せば強く反発されるのは当たり前だ。……だが、敵もギリギリだった。あれ以上の反撃はない。そしてこちらは少し余裕があった。この差は大きいな。ウェルシティ、何か気が付いたことはなかったか?」


「そうね、敵もきっと訓練の通りなんでしょう、指示されなくても流れるように動いて私たちの攻撃をうまくいなしてたわね。でも、全体の動きを左右する指示が2回出たよね」


「ああ、ウェルシティの言う通り。一度は私が騎士っぽい鎧を付けたあいつ、名前は知らないな、あいつに深手を負わせた時、そして二度目はアドリアーノに爆破魔法が直撃した時だった。間違いない、敵の司令塔は、いつも戦場のすべてを見渡せる位置に陣取ってテコでも動かず、ここぞって時に的確な指示を出す戦艦エルフ、防人さきもりのサオだ。目標は決まったぞ。サオを倒せば敵は崩れる。明日か明後日にはルーキーが到着するだろうから、魔人サナトスのほうはルーキーと一騎打ちさせてから攻略を考えるでいいか? ハルゼル?」


「ああ、異論はない。だが俺の任務は護衛が優先だ。もし戦闘中に増援のクソルーキー部隊が到着したら俺は女の護衛に付かなきゃいけないから途中で抜ける可能性も頭に入れといてくれよ」


 そしてその夜は遅くまで作戦会議で、詳細なプランが練り上げられた。

 結局、防人のサオはできることならその場で殺さず、十字架にはりつけて、帝国に凱旋すべきだという司令官の意向を汲み、サオは罪人として磔刑に処せられることとなった。


「飛行船に乗せて帰れればいいのだが、専用機にエルフを乗せるなんてエンデュミオンさまは許さないだろうからな……陸路から帰るのは正直言って遠慮したいが……」


「磔なんざ面倒くせえ、殺しちまおう。司令の言うことなんざ知るか、いつものように『勢い余って殺してしまいました』で済ませようや」


 不慮の事故まで想定し、プランB、プランCも制定した。騎士勇者たちこれまで、ずっとこうやって戦ってきたのだ。


 周到に準備しておけば最小限の仕事量で最大限の結果を生む。うまくすれば数倍の結果を出すことも可能だ。ほんの20年とちょっと前にはアシュガルド帝国に情報戦や戦闘単位パーティなんて言葉はなかったのに、このイカロスが弟王エンデュミオンに情報とパーティに於けるバランスの大切さを説いたことから、帝国軍、とくにエンデュミオンのあずかる、帝国第三軍は目覚ましい活躍を見せることとなる。


 それまで『やあやあ我こそは……』などと名乗りを上げて一騎打ちなどで勝敗を決していた戦争のありかたそのものが変わってしまった。その分、常に有利な状況に身をおいて、万が一の状況にも対応しようとするその姿勢を指して卑怯者と揶揄するものが多かったことも確かだが、勝利するためにどちらが正しかったかは結果を見れば明らかだった。


 全てを諦めて弟王という地位に甘んじていたエンデュミオンが、イカロスの知識を吸収し、いつか兄王になりかわって皇帝の椅子に座るという野望を抱いたのも無理からぬことなのだろう。


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