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09-26 悲しみを燃やし尽くす炎

 右手奥の収容施設? に1人だけ見張りの兵が残っていたので鉄格子のカギを開けるよう指示したらすんなりと開けてくれた。武装解除に応じ、抵抗する意思がないことを確かめたので、この見張りには司令官たちが逃げた方向を教えて逃がしてやった。


 どうせまた本隊と合流して剣を向けるのだろうから、その時に殺してやることも伝えておいた。


 収容施設に捕まっていたエルフはすべて若い女たち。3歳ぐらいの幼児から30歳ぐらいまで、年齢は若年層に偏っている。エルフは女のほうが生まれる率が高いとはいえ、まさか男は子どもに至るまで皆殺しにしたということなのだろうか? ……信じられない。


 収容施設を開放したときアリエルたちの顔を見て怯えていたが、ゾフィーやミツキたち同族がもう安心だと知らせると、みんな不安そうな面持ちで怯えながら外に出てきた。その数88人。


 どこの村出身なのか、また、どのように攫われて来たのか。聞き取り調査をした結果、アリエルたちに大きな誤算があったことが分かった。


 この88人のエルフの女の子たち、攫われた時に肉親は殺され、村は焼かれたという。

 もう帰る村もなければ、心配して帰りを待つ家族も居ないのだ。ここに置いていくとこの子たちは身を守る術がないし、今夜食べる物にも困ってしまう……。


「んー、どうすっかなあ。ゾフィー助けてくれない?」

「ん? 転移? どこに?」


「ノーデンリヒト」

「無理よ。だって私、生身で行ったことがないもの」


「しゃあないな。じゃあ全員徒歩でノーデンリヒトに向かおう」



「まて、ちょっとまて嵯峨野さがの。いいか? ちょっといいか?」


「ひとつ確認だ。このエルフたちをノーデンリヒトに連れてく? 俺たちはノーデンリヒトと戦争するために行くんだよな?」


「そうだ。俺たちはノーデンリヒトと戦争するために行くんだ。でも難民は別だろ? エルフの難民を受け入れてくれる土地はノーデンリヒトしかないんだよ。帝国に連れて行ったら売り物にされちまう。なあアッシュ、ルシーダも聞いてくれ。勇者だ召喚者だのって言われて持ち上がられちゃいるが、いきなり知らない土地に攫われてきて、自分の意志に反して戦争やらされるんだぜ? お前らも奴隷とどう違うんだ?」


「……くっ」

嵯峨野さがの、あんた、いいこと言うじゃん。見直したわ」


「あはは、これ実はむかし勇者だった男の言葉そのまんまなんだけどな」


「どうせ俺だってんだろ?」

「そうだよアーヴァイン。お前の言葉だ」


「マジかよ。俺って歩く名言かよ。他には? 他にはどんな名言が?」

「いや、もうないな。うん。あとは自分で捻り出せ」




 というわけで、幸か不幸か、みんな徒歩でノーデンリヒトまで行くことになった。

 アリエルは悪徳勇者という設定で、ゾフィーにも悪役の人身売買の黒幕をお願いした。各設定を叩き込んで、このエルフの女の子たちにも合わせるようにしっかりと言っておいたのでランクス教官ぐらいなら騙せるだろう。


「悪徳勇者アリエルねえ……大悪魔勇者アリエルでもいいんじゃねえか?」

「大悪魔って言ってもさ、小悪魔のおっきい版でしょ? そう考えれば可愛いく思えるよね」

 韮崎アッシュ浅井ルシーダもアホじゃないし、俺たちの出自にも気が付いたってことか。だけどここはこだわらせてもらう。細かいと言われるかもしれないが、大悪魔とは呼ばれたくなかった。


「大きい小さいの問題じゃないし、それ3大悪魔な。3大・悪魔だから。浅井あさい、そこんとこ間違えんなよ」


「ふーん、あなた達があの3大悪魔だってことは分かったわ。で、ひいらぎがジュノーって? あの?」


「私、十二柱のナンタラに選ばれたことは知ってたけど降臨式にも出てないからギリギリ女神じゃないわよ。セーフ。ギリギリセーフ。そんなものに興味ないし。だいいち私がここにいた頃は女神教会なんてなかったよね?」


「マザー・アリアって女が神聖女神教団の初代教祖らしいよ? 経典に書いてた。知り合いだろ?」

「アリア? さあ、覚えてないわね……って、あなた女神教団の経典読んだの?」


 そりゃまあジュノージュノーって言う教団だからどんな教義を伝えているのか気にならないわけがない。目を通すぐらいのことはする。


「経典の最初のほうにマザーアリアは女神ジュノーと会ったって書いてあった。ストレージに持ってきてるけど? 読むかい?」


「ふうん、その他には? どんなことが書いてあるの?」


「ジュノーさまはおっしゃった。素晴らしい。ジュノーさまはこうなさいました。素晴らしい……ジュノーさまは素晴らしい。それはそれは素晴らしい……みたいな本」


「そんな本を私に勧めるその神経が理解できないんだけど」


 そりゃそうだ。……アシュタロスが悪者のカタキ役として登場した本じゃマジで悪行三昧、あることないこと悪いことは全部アシュタロスたちの一味がやったかのように書かれててうんざりしたけれど、真逆も相当ウザい。



 アリエルたちが雑談してる間にミツキが花をひと抱え持ってきた。


 村の中央の広場から少し外れたところに立っている慰霊碑に、いま村の出口で摘んできた花を小分けにして幾束も手向けた。下垣外誠司しもがいとせいじの名も残されたまま、この慰霊碑を守っていくものも居なくなってしまったフェアルの村に、いま最後の祈りが捧げられている。


 アリエルからは腕のいい鍛冶職人、タレスさんにハチミツ酒を1本、ドロシーにも1本。セキとその夫にも1本供えた。慰霊碑のたつ根元にハチミツ酒を並べ、……そして瞑目し、黙祷で村人たちを追悼した。


 この村を襲った悲劇に。


 流された血に。



 北の大地に暮らす人々にとって、この自然環境は過酷だ。ジュノーは人々の暮らしが少しでも良くなりますようにとの一心で、神々にしか使えなかった魔法を民にも使えるよう起動式を考案し、人々に広めた。だがそれを戦争に利用し、多くの命を奪うだけでは飽き足らず、現代においては人としての尊厳までも踏みにじり、奪っていく。ジュノーはただただ悲しかった。自分が考案し、貧しい人の助けになると思った魔法がいま、あの頃とは比べ物にならないほどの悲しみを生み出している。


「ジュノー?」


「……あ、ごめんなさい。なんでもないわ」



「さあ、ここを焼き払って帰ろう。韮崎アッシュ浅井ルシーダ、注意しろよ? 剣を抜いたりしたら噛みつかれんぞ?」


「ちょっと、ダメなの。エルフの女の子いっぱいいるの」

「ちょ、深月みつき、まって、まって俺が逃げるまでまってくれー」

「ダメね、耐火障壁を強めに張ってみんなを守ったほうが確実かも」


韮崎アッシュそういえばお前、ドラゴンから俺を守ってくれるって言ったよな! 確かに言ったよな」


「そんなに大慌てで逃げなくても大丈夫だよ。まずは地面におろすし。なっ、ハイペリオン!」


 号令が響くとアリエルの影が広がり直径30メートルはあろうかという大規模な魔法陣が起動した。


―― シャアアアァァァ!



 魔法陣の中央から勢いよく飛び出す白銀のドラゴン。頭尾長は50メートル近くもある立派な成龍だ。


 大きく翼を広げ、ひと羽ばたき、ふた羽ばたき。ハイペリオンは一気に上空遥か高くまで上昇し、魔気を含んだこの世界の空気で肺を満たす。その体からはうっすらと瘴気が噴き出していて、煙のような軌跡を引く。日本にいた頃とは比べ物にならないほど調子がよさそうだ。力強く羽ばたくその翼は、風を捉え、うなりを上げている。


 アリエルたちの見上げる空を2周、3周と旋回してから村の広場に向けてゆっくりと垂直に降りてくるハイペリオン。


韮崎アッシュ、輪ゴム銃で落とせるか?」

「あ、ああ無理だ……、こいつがホンモノの?」


「食物連鎖の頂点だよ。人は災厄と言うけどな、知能も人と同等かそれ以上と言われてるから話の内容もちゃんと理解するし……あれ? 韮崎アッシュ怖くないのか?」


「いや、怖え。震えが止まらねえぐれえ怖えよ。だけど、それ以上にカッコいいぜ……。俺は中学の頃、学ランの裏地に竜の刺繍がしてあったぐらい憧れてたんだ。本物のドラゴンに。なあ、カッコいいよな? って浅井トーカどうした? 腰抜かすほどのことか? ナリシュ? え? エルフたちみんな? どーなってんだ?」


「種族的な弱点らしい。エルフはだいたいこうなるけど克服できるはずなんだよね。サオは全然平気だったし。ってか韮崎アッシュがそこまで大丈夫だなんて思わなかったけど……ジュノーはどう思う」


「自己防衛すらしようとしてないからでしょ? 烏丸からすまはこの子を見た瞬間、思いっきり身構えたから反応したんだと思うし……ふうん、恐怖した者はオートで威圧されて動けなくなるわけね。ゾフィーはどうなの? どこか体に異変はない?」


「うーん、私は別に? ペットなんでしょ? ロザリンは? パシテーも?」


「私は慣れてるから平気」

「前世はクォーターエルフだったけど大丈夫。ハイペリオンかわいいの。たまごの頃から知ってるの」



 せっかく韮崎アッシュが腰抜かして涙を流すイベントが見られるかと思っていたのに肩透かしを食らってしまい、ちょっと期待外れだったのも認めよう。


「ゾフィーはとりあえずみんなを連れてこの上の神殿あたりにパチンしてて。俺とミツキはハイペリオンが村を焼くのを見届けてから戻る」


「私もすっごくお世話になったの。私も残るの」

「じゃあ私も残らないと。あなたの耐熱障壁じゃミツキちゃんが黒コゲになってしまうわ」


「ハイペリオンには複合障壁があるの。ハイペリオンの近くなら大丈夫なの」


 そういえばダリルで飯食って店を出たら、何とかっていう傭兵団に襲われてハイペリオン出した時だっけか……パシテーそんなこと言ってたな。


 それでも捕まってた女の子たちにハイペリオンの近くに寄れというのは酷というもの。息の根が停まってしまいそうな勢いで気絶する人が多発するに決まってるから、パシテーとミツキ以外は全員ゾフィーのパチンで岩山のアスラ神殿に向かってもらうことにした。


「ミツキ、お別れは済ませたか?」

「はい」


「よし、ハイペリオン、焼き払え。こんな拠点もの、ここにあっちゃいけないんだ」


―― シャアアアァァァ!



 ハイペリオンの炎は通常のブレスではなく、ファイボール形状で放たれた。

 赤やオレンジの飛翔体ではなく、青白い、煉獄の塊だった。

 軍事拠点になっていた建築物に着弾すると遥か高空まで達するほどの火柱ファイアピラーへと変わる……。急激な上昇気流が巻き起こり、炎が竜巻にように渦を巻く。ハイペリオンは自らのブレスで森を焼いてしまうことを嫌ったのだ。


 白熱し林立するファイアピラーが竜巻のようにフェアルの村を薙ぎ払ってゆく。

 これまで気丈に振る舞い、涙なんか見せなかったミツキから押し殺したような嗚咽が漏れると、堪え切れずボトリ、ボトリと大粒の涙がこぼれた。わずか半年の間に様変わりしてしまった故郷の村だ、自分たちの村はもうないんだということ、両親やお爺ちゃん、お婆ちゃんたちももう居ないんだってことを、いまになってようやく実感したのだろう。とめどなくこぼれる涙を拭こうともせず、ただフェアルが焼かれてゆくのを見ていた。


 アリエルたちは炎の勢いが衰えるまで一言も発さずにただ村が燃えてしまうのを見届け、その後、アスラの神殿で待つゾフィーたちと合流し、セカへと帰った。


 アリエルの後ろには枷付きのロープで繋がれた88人ものエルフの少女たち。


 セカの街を凱旋するように、羨望の眼差しを受けながらセカ港へついた。

 待ち合わせの刻限には間に合った。イルベルムが目を丸くして驚いている。



「な、なんと勇者どの、この者らは?」

「俺の商品だよ」


「はあ、なんとも羨ましい限りで」


 セカで待たせていた渡し船に乗ると、すぐさま対岸のノルドセカに向かい、本体に合流する。


「お、おおおう? 何の行列だ?」


「ああー、ランクス教官どうもです」


「勇者どの? これがあなたの迎えに行った女ですか。いやはや……国に帰ったら貴族ですな」


 88人のエルフたちを迎えに行ったと思っているランクスに、ゾフィーを紹介してやることにした。

 悪女のゾフィーという設定になっている。


「違う違う、ほら、こいつが言ってた女ですよ」

「あはは、こいつらは私が用意した商品さね。カネ次第で上物だって用意するよ?」


「な、イイ女だろ?」


「はっはっはっ、なかなか。なかなか。そういう仕掛けだったか。羨ましい」

「ああ、あとは戦場で手柄を立てるだけだな」


「それはそれは、なんとも素晴らしい人生設計であるな。私も見習いたいものよ」


 そう言って笑うランクスの唇が嫌らしく歪むのをゾフィーは見逃さなかった。


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