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09-25 フェアル、血の粛清


「ロザリン? いまの剣技は誰に教わったの? あなたダークエルフ……じゃないよね?」

「魂が半分だけ」

 少し胸を張ったロザリンド。前世の自分はダークエルフの血を引いていたと、このダークエルフの戦神にそう言って誇りたかった。


「ああっ、サナトスの生みの母だものね。ごめんなさい、姿が違うから失念していたわ。そう、そうよね。じゃあ、瞳の色は? サナトスと同じ? 私と同じ紅い色でしたか?」


「ロザリンド・ルビス……。でも紅い瞳を失ってしまった私はもうルビスを名乗れないんだけどね」

「ルビス? あなたもルビスと名乗っていたの? ルビスは? 幸せに暮らしましたか?」


「そこまでは……知らない。でも、私たちの一族はルビスの末裔。ルビスは生涯に15人の子をしたと伝えられてるの。そんなの絶対幸せだったに決まってる」

「そうねロザリン、あなたもルビスを名乗ってあげて。その方がルビスも喜ぶよ」


 ゾフィーとロザリンドは世間話のような雑談を続けているので忘れるところだったが、今さっき目の前で兵士の生首が音を立てて落ちたところだ。


 生まれて初めてリアルに人が死ぬシーンを目撃したルシーダにとって、目の前で繰り広げられたショッキング映像は、息をすることも、瞬きをすることも忘れてしまうほど衝撃的な出来事だった。人が死んだこと、首が落ちたことも相当に衝撃的なシーンではあったが、何よりも、中学のころからよく知っている友達ロザリンドが何の躊躇もなく人に向けて剣を振るったことがショックだった。


 相手は剣に手をかけようとしただけだというのに、反撃の機会さえ与えず一撃で絶命させてしまった。

 剣筋は見えなかったけれど、それでもあれは、いつも朝練で見ていた常盤ロザリンドの剣だった。


 相手は2人、それも一般の哨兵しょうへいだ。戦力的にもこちらが圧倒的に優位だったはず。

  浅井ルシーダは捕えて縛り上げれば済む話だと思った。何も問答無用で殺すことはないんじゃないかと思った。半ば混乱した頭ではそこまででいっぱいいっぱいになって、言葉にならなかった。


 唖然となって立ち尽くす韮崎アッシュ浅井ルシーダの前に、次々と現れる敵、敵、敵。

 数の優位などとっくに失われてしまって、もはや蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。


「思い出話は後にしてよ。いっぱい出てきてるんだからもう」

「片方を殺されたんだからそりゃ仲間を呼びに走るよなあ」



―― ドドドドーン!


 左側の建物の屋根、屋上あたりが爆発した。パシテーの爆破魔法だ。

 ってことは弓兵が性懲りもなく配置についたのだろう。


「マジか、嵐山あらしやまも爆破魔法使えんのかよ」

「飛んでることには突っ込まないの? ねえアッシュ、飛んでることには?」


 背後からの爆発音に怯むダリル兵。ざっと300。まだワラワラと集まってくる気配を含めてもせいぜい400といったところか。エルフの弓を警戒しているのか前衛はみな一様に大型の盾を構えていて、背後には魔導兵が障壁を張り巡らせ、炎系攻撃魔法の起動式がちらりと見えた。術式をトリガーとして魔法が放たれるのだろう。


 恐ろしく練度が高い、迅速な配置だ。後ろのほうから地響きのような爆発音がするのに狼狽えもしない。


 そして建物の向こう側のさらに奥、100人足らずの気配が一か所にまとまっている。

 どうやらそこが檻になっているようだ。


「兵士は集まってくる者とパシテーが爆破魔法で対応してる弓兵だけだな。右側の大きい建物に100近い数がひとかたまりになってるから……たぶんエルフだと思う」


 ジュノーにとっては初めて見る奴隷狩りの最前線だった。話には聞いていたけれど、まさかこれほどとは思わなかったイヤな感覚。この場の空気を吸い込むだけで吐きそうになるのを我慢している。


 この者たちが纏う強化の魔法は、外敵と戦うためのものではない。この者たちが行使する魔法は、自分たちの自由を侵害しようとする者から家族を守ろうとするものではない。


 この世界の厳しい自然から身を守ろうとするものではない。


 ジュノーは二歩、三歩と前に出て、俺たちを囲む兵士たち、とりわけチャラチャラと装飾のついた偉そうな服を着ている男にむかってこう言った。


「捕らえられている者を開放して、あなた達はとっととこの地から去りなさい」

「何を抜かすかこの、ガキが調子に乗りおって……」


「爆発の原因がわかりました、西部攻略指令どの!……」

「報告はあとで聞く。今は眼前の襲撃者を片付けるのが先決だ」


「パシテーを戻して。もういいわ」

「偉そうなのを2、3ほど残して。俺の金髪を見せて帰ってもらわないといけないからさ、おーいパシテー! もういいぞー。戻って」


 パシテーは建物の屋上に配置された弓兵たちをあらかた片付けた。またどうせ爆破魔法でボッカンするのだろうと思って、アリエルたちのもとへ急いで戻ったのだが……、この次の瞬間に何が起こったのか、何がどうなったのか分からなかった。


 パシテーはアリエルが急に戻れと言うから急いで戻った。

 それだけだ。そんなことは予定にない。


 少し空気が振動したように感じた次の瞬間には400は居たであろう兵が、みな同時に血飛沫をあげて崩れ落ちるシーンに変わった。ただ2人、指揮官と思しき大仰な鎧を着た男と、すぐそばに控えるおべんちゃらの上手そうな副官っぽい男を残し、他はみな平等に、400人いたのだとしたら398人がもれなく血飛沫の海に沈んだ。

 その様はまるで彼岸花の狂い咲く草原を描いた絵画のように美しく、パシテーの目に、強烈な印象を残した。


 もちろんパシテーには何が起こったのかも分からない。

 たぶんジュノーが何かしたのだということしか。


「あ、ああああっ……」

 ほんの10人そこそこ。エルフを含む若者たちを400もの兵で囲んだほうが一瞬で全滅するという信じられない光景を目の当たりにしてなお、軍司令はまだ何が起こったのか理解できないようだ。


 もう意識も失ってしまったであろう部下たちのことを心配する出なく、ただ腰を抜かして座り込んでしまった軍司令に向かってアリエルは問うた。


「エースフィルは健在か? ゲンナーはまだ権力の座にいるのか?」


 ダリルの軍司令は驚きを隠せなかった。

 この恐ろしく似合わない金髪少年が驚くべき名を口にしたのだ。


 しかも敬称をつけず、領主エースフィル・セルダルの名を呼び捨てにするという暴挙。



「…………」


「おいおい、俺とエースフィルは旧知の仲なんだ。息災かどうかは気になるじゃないか。それに大した情報でもないだろ? 俺に教えたところで誰も責めたりしないと思うがね」



「…………」


「んー、何も話さないならおまらに生かしておく価値はないんだ。その場合お前たちはここで起こったことをダリル本土に報告することもできない。だが、エースフィルとゲンナーが健在でいまも権力の座にいるならば、お前たちにはメッセージを託したい。どうだ? メッセージ、届けてくれる気になったか?」


「西部攻略司令どの! ここは……。爆破魔法も、飛行術を使った魔女も見たことがあります。あれは、ブルネットの魔女です! 私がまだ新兵だった頃、ダリルマンディを襲撃し、ご領主を殺害した、あの!」


「ぐっ……何だと、この」

「西部攻略司令どの! 決断を。我々は魔女の再来を報告せねばなりません」


「よかろう。領主エースフィル・セルダルは我がダリルの最高権力の座にゆるぎなく座しておられる。ゲンナー総司令も前領主の時代より3倍にも強大になったわが軍を末端まで完全に掌握しておられる。お前の付け入るスキなどただの1ミリもない」


「なるほど、よくわかった。ではそのエースフィルにメッセージを頼めるか?」

「なんなりと」


「近いうちアリエル・ベルセリウスが会いに行くとだけ伝えてくれたら分かる。お前たちはもう帰っていいよ。ここの片づけは俺がやっておくから」


「ベ……ベルセリウスだと?……。……メッセージ、しかと承った」

 西部攻略指令と呼ばれたその男はカッと目を見開き、ベルセリウスの名を飲み込んだ。

 ダリルの将校でベルセリウスの名を知らぬ者など居ないのだから。


「じゃあ早々に立ち去るがいいよ。モタモタしてたらお前もいっしょに焼き払うからな」


 丸腰にされ剣も持たず、うのていでこの場から退散する2人。どこか近くに補給基地でもあるのだろう。なければ飢え死にするかもしれないし、第一この村から東側は大平原が広がっていて、旅をするのにけっこうな難易度の高い土地だ。


 なにしろあそこは迷う。

 地図を持っていたとしても目的地に無事着くのは難しいのだから。


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