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09-21 手を伸ばせば届く

 深月アリエルはあのアストラル体の少女を『てくてく』と呼んだ。話に聞いていた精霊なのだそうだ。ジュノーはようやく理解した。


 エルドユーノにある転移魔法陣がこちら側から起動したことを察し、精霊という魔気から生まれてマナを発する魔法生物の足にひもを括り付けて、主である深月アリエルを探させたのだと。

 そして神聖女神教団しんせいめがみきょうだんの起動した転移魔法陣は『てくてく』の居る場所を中心に発動したということだ。


 深月アリエルたちがスヴェアベルムに戻ってこられたのは偶然でも何でもない、ゾフィーがそうしただけ。ジュノーたちが15年かかって何一つ手がかりも掴めなかった異世界転移の魔法陣を、アストラル体になってしまってまで異世界に干渉し、正確に深月アリエルを狙って発動させたのだ。


 蓋を開けてみると簡単な話だった。もっともゾフィーという存在自体がとても簡単に説明できるものではないのだけれど。


 たいたい大まかなことが理解できたジュノーはもうそれ以上何も言わないことにした。

 逢坂おうさか先生はじめ、クラスメイトたち全員を巻き込んだことは予期できない事故だったことも分かった。だがしかし転移時に8人を死なせてしまったのはゾフィーらしくない。その点だけは不可解で疑問は残ったが、ジュノーは久しぶりにゾフィーの姿を見た安堵感のほうが勝った。ゾフィーはこの世界でまだ生きているのだ。


「ゾフィー、まあ積もる話もあるだろうが、まずはこの写真を見てくれ」

「シャシン? え? これは、まさか……」

 アリエルの手にフッと現れた一枚の写真を見せられたゾフィー。日本に居たころ深月アリエルが[ストレージ]の異変に気付き、ストップウォッチやデジタルビデオカメラなどを駆使して撮影したミスリルの棺牢だ。ゾフィーにも覚えがある『これが答えだ』と言わんばかりの説得力があったようだ。


「これ、中に入ってるのゾフィーだろ? 見つけた。だけど手が出せないんだ」


「……あなた、……ひどい人。こんな絶望的な状況に希望を見せるなんて……、またあなたに縋ってしまうじゃないの。私、もう諦めていたのに」


 微かな一歩をアリエルに歩み寄ろうとして、手が出せないと聞いて少し落胆したような表情を見せるゾフィー。口では強がって無理だの諦めろだのと言ってはいるが、本当は今すぐにでも戻って、手を取り、抱き合って再会を喜びたいはずなのに。


「なあゾフィー、お前と俺の距離は物理的には無限大だ。……だが論理的には手を伸ばせば届くほどに近い。……すぐそばいるんだ。なにかうまい手はないか? 何でもいいんだ、出る方法に心当たりはないか?」


 無言で首を振るゾフィー。見つけたとしても手が出せない。これは分かっていた事……。


「でもあなたが近くにいてくれるなら私は幸せ。もしかするとまたこれから2万年もすればきっと何かいい手がみつかるかもしれないわね。私はのんびり待つわ。あなたは私を見つけてくれたんだもの。きっといつか、また触れ合えるって信じられる。その希望をもって私は……」


「ゾフィー! そんなこと言うな。お前は俺のもとに戻ってきたいはずだ。戻りたいと言え、願え! 想いは必ず届くから」


「ベルフェゴール、戻りたいに決まってるじゃないの。あなたに触れたい、抱きしめてほしい……ごめんなさい、わたし……わたし……」



「ゾフィー、俺は時空魔法なんかまったくの素人だからどうなるのか見当もつかん」

「え? 私いまそんな話してたっけ?」


「ぶっつけ本番だからな。うまく決めてくれよ!」

「え? なに? 何の話?」



―― シュパッ!


 深月アリエルはゾフィーのアストラル体をカプセル魔法で捕獲した。直系250センチの、薄い膜のようなとても頼りない風の魔法。これであのミスリルの棺牢をまるごと捉える。


「よし、入った。次!」

「え? ええ――っ? 私どうなるの? ねえベル、先に説明を!」


「ゾフィー、頼んだからな!」

「何を? 何を? 私何をすればいいの?」



「戻ってくるんだ! 俺のもとに!!」


 ゾフィーのアストラル体、それをゾフィーの入っている棺牢に重なるよう転移させる。


「場所は把握してるぞ! だいたいこのあたりだああぁぁぁっっっ!!!」


 フッ!


 ゾフィーのアストラル体の入ったカプセル魔法は[ストレージ]の中に移した。


「どうだ!?」


 いまカプセルは……ある。

 存在している。

 破裂もしてなくて、ちゃんと[ストレージ]に収まった。



 ゾフィーの肉体とアストラル体はもともと1つだったものが2つに分離しているという不自然な状態にある。ただ何の工夫もなくミスリルの棺牢の上から風魔法[カプセル]を被せようとした実験はなんども試してみたが、すべて弾かれて失敗だった。


 だがゾフィーのアストラル体を封入したカプセルなら、中に入っているゾフィーは1つだった。ならばぴったりと重なり合ってもおかしくはない! というまるで屁理屈のような理屈で、ぶっつけ本番、ゾフィーを[ストレージ]の中に投げたのだ。


「どうなったの? うまくいったの? ねえ」

 状況が分からず、どうなったのかと不安な表情を露わにするジュノー。

 うまくいったかどうかなんて、深月アリエルにだって分からない。だけど何度やっても弾かれて破損したカプセルは、狙った座標で安定して存在している。


 つまりゾフィーが入っているミスリルの棺牢を[カプセル]に捉えたという事だ。

 深月アリエルの意思でいつでもこの世界に転移させることができる。


「ええい、ゾフィーならうまくやるはずだ。これでダメなら俺が中に入って助けてやる! 出ろっ、ゾフィー、俺のもとに戻ってこい!」



―― ゴトッ!!


 転移魔法陣が施された石板の上を避け、石畳の上に落下する形で現れた『それ』は、相当な重量があるのだろう、鈍い音を立てて横たわった。同時に角の隙間からタラタラと流れ出て広がろうとする血……。


「……出た――っ!」


「待って、魔法陣が起動してる。解除するまでヘタに触らないで!」


 ジュノーが魔法陣を停止させるため、起動中の陣の神代文字を消す作業に入った。


「ま、まだか……、早く……」


「多重魔法陣よ。私には分からない時空魔法なの。慎重に、確実に停止させるから、もう少し、もう少し」



―― チン!


常盤ロザリンドは鎖を切って!」

「もう切ってある。いつでも開けれるよ」


「ジュノー? まだか? はやく……」

「あなたは黙ってて! 私にはできる。ミスなくこなせる……ゾフィー、まってて。必ず出してあげるから」


 ジュノーがこんなに焦ってるところなんてあまり見たことがない。

 あの魔法陣の解除はジュノーの知識でも簡単にはいかないようだ。しかしジュノーは手際よく、迷いもよどみもなく多重に起動していた魔法陣は少しずつ光を失い、素人目に見ても停止したことが分かった。


「解除した。 開けるわよ!」


 ミスリルとはいえ金属製の蓋扉、4人がかりで隙間に指を差し込み、グイグイと力を込めてゆく。

 するととても立て付けの悪そうな、ギィ……という音を響かせながらミスリルの棺牢は万年の時を経てその扉を開いた……。



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