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09-18 志願者


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 夜更かしして悪の美学が何たるかを楽しく話し合っていた頃、クラス会議は紛糾したらしい。

 朝食の時、逢坂おうさか先生がわざわざ深月アリエルたちのテーブルにきて教えてくれた。


嵯峨野さがのくん、ごめんなさい。誰も同行を希望しなかったの……」

 深月アリエルたちの魔人サナトス討伐に同行すると言った者は一人もいないとのこと。もしかすると出世欲をみなぎらせた中山ソランあたりが手を上げるかもしれないと思ったけれど、誰も来ないのであれば、それはそれで都合がいい。


逢坂おうさか先生、大丈夫だよ。背中を預けて戦えない者が来てくれてもやりづらいだけだしさ」

 担任の逢坂美瑠香おうさかみるかは、深月アリエルが大変な戦いに出るのに、クラスのみんなが同行しないと言ったことで、まるで深月アリエルが見捨てられたかのように思ったのだろう、力足らずで申し訳ないと付け加えた。クラスの結束がほどけつつある現状を憂いている。


 そんな時だった、ひと汗かいたらしくタオルで汗を拭いながら韮崎アッシュが食堂に入ってきた。


「おはよーさん。朝練なしなら朝練なしって言ってくれや。俺たち2人、早朝からずっと素振りだけしてたぜ」

「おう、おはよう。ゆうべちょっと夜更かししてな。明日は朝から出立だから、明日も、明後日も、ずっとできないな」


「何言ってんだ、俺たちも行くさ。昨日遅くまで浅井トーカと2人で話し合って決めたんだ」

「功名心、猫を殺すって言うぞ?」


「それちげーだろ? 俺は後悔したくないんだよ。……後悔、後を絶たずって言うしな」

「わはは、違いない。おいジュノー? どうしたツッコミが来ないじゃないか」


「バカバカしすぎて突っ込む気力も失せたわよ」

 朝食が終わってしばらくすると大勢の神官や兵たちが行列でやってきて練兵場にテントを張っている。

 兵の数はざっと500。神官は20。荷車を押す人足が200というところか。勅命を受けて戦地に向かうというよりも、補給物資を運ぶついでに同行、いやそうじゃない。深月アリエルたちも補充の人員に間違いない。要するに勇者のスペアとして補充されることになる。


 それでも深月アリエルたちの戦場に同行を申し出た者がいて、逢坂おうさか先生は少しホッとした表情になった。


 食事が終わると、クラスメイト達はいつもの訓練に行ってしまった。

 深月アリエルたちの一行は戦場に出ることになったので、訓練組とは別行動になり練兵場のテントへ呼びつけられた。


 遠足のしおりでも作ってくれりゃ事足りるってのに、わざわざイルベルムが行程の説明をしてくれるという。それが韮崎アッシュには好都合だったらしい。



「ああ、イルベルムさん、俺らも嵯峨野さがのたちのパーティに同行することにしたんだが、ちょっと相談があるんだ」


「おおっ、アッシュどのも同行していただけるとは、それはそれは心強い。なんなりと相談してください」


側女そばめを国外に出せないって聞いたんだがよ、俺さ、まだこの世界の言葉なんて通常会話も無理なんだ。側女そばめを連れて行かなきゃ話をすることもできねえ」


「いえ、奴隷を国外に連れ出すのは禁じられております」

「戦場に出すわけじゃないって。通訳だ」


 韮崎アッシュは自分の側女を同行させたいといってゴネているらしい。実はそれ、明日の朝、出立の前に自分がやろうと思ってたことだ。『側女そばめを同行させないなら勅命を断る! これもぜんぶイルベルムの責任だ』といってゴネる作戦だったのだが……。これに便乗して同行が許されたら好都合だ。


「どうしたんだ? アッシュ」

 白々しく声を掛けて話を聞くふりをすると、イルベルムが……乗ってきた。


「ああっ、サガノどのからも言ってください。アッシュどのは側女そばめをノーデンリヒトまで連れて行くと言うのです。そもそも奴隷が国外に出すことは禁じられておりますゆえ……」


「ケチケチすんなって。俺たちも連れて行くさ。通訳で必要だからな」

「それはいけません。通訳はこの私、イルベルムめが完璧に務めさせていただきます」

 胸を張ってドヤッ! とキメ顔を作るイルベルムに、重ね重ね、大切なことなのでもういちど確認しておくことにする。


「絶対に? 完璧に?」

「ええ、私の通訳は完璧にございます」


「えーっと、あそこのほら、デカい兵士。あれは誰だ? すっげ強そうだけど」

「あのお方は百人隊長のゼオルムどのにございます。帝国きっての斧の使い手。相当な戦力ですぞ」


 深月アリエルはいま紹介を受けたゼオルムという戦士を呼びつけた。


「おいハゲ、夕べお前んトコのカアちゃんと寝たんだが、最高だったぜ。また貸してくれや」


「ひぃぃぃ」


 ゼオルムは黒髪の少年が何を言ってるのか分からず目を白黒させて通訳の言葉を待っている。


「さあ通訳しろ」

「いえ、申し訳ない。それは……」


「それじゃあダメだな。通訳はこちらで用意する。いいな」


 こうして深月アリエルたちは特例としてエルフの側女そばめたちを同行させる許可を、半ば強引にとりつけることができた。


嵯峨野さがのすげえな。俺、どんどんお前を見る目が変わっていくわ……」


「私もそう思う。でもほら、常盤ときわが話あるみたいよ?」

 浅井ルシーダが指す先には美月ロザリンドが……。あの顔は、パシテーがラブホの割引券を見つかって、地べたに正座させられた時以来見たことがない表情だ。血管が浮き出るような激しい怒りじゃない。ただ表情が抜け落ちて、無表情なんだ……。


「いまの話を詳しく」

「え? 何の話だよ……」


「あ、目が泳いだ。誰と寝たって? 詳しく」


韮崎アッシュ、ちょっと助けてほしい。マジで助けて!」


 韮崎アッシュ浅井ルシーダの2人が美月ロザリンドにちゃんと説明してくれたおかげで深月アリエルの首は胴体と繋がっている。美月ロザリンドは地獄耳のくせに、最初から最後まできちんと聞いてないことが多い。聞き捨てならないことしか聞こえないという勝手な地獄耳なんて厄介なことこの上ないというのに。



 深月アリエル美月ロザリンドの追及を逃れることができたのとほぼ同時に、イルベルムに呼ばれた。


嵯峨野さがのどの、こちらへ!」


 どうやら荷車を一台、確保してくれたらしい。


 深月アリエルたち勇者パーティ用に1台自由に使っていいそうだ。とはいえ女たちの荷物はぜんぶだいたい[ストレージ]に入れて移動するので。タイセーたち3人で荷車1台とは、マジ贅沢だ。


 荷台に荷物を載せてもスカスカになることは明白なので、ここに旅慣れていない側女たち7人を乗せられないか? とダメ元で聞いてみたら帝国でエルフは誰かの所有物だから物とペットの中間のような扱いになるらしく、あっさり荷物として認められた。


 日本ならエルフを荷物として送れるということだ。東京大阪間の移動がかなり安くつきそうで逆にちょっと羨ましいのだが。



 ノーデンリヒト遠征の登録を正式に済ませた韮崎アッシュ浅井ルシーダに、遅ればせながらではあるが、再確認の意味も含めて、覚悟のほどを聞いてみることにした。


「なあ、お前たちはノーデンリヒト攻めの軍に編成される訳だが、本当にいいのか? もう帰れないかもしれんよ?」


「ああ、覚悟の上だ」

「私も」


「もしかすると、まあこれはあくまで可能性の話なんだが……、俺たち敵になる可能性も含めて、それでも行くのか?」


 そう言うと韮崎アッシュの表情がみるみるうちに険しくなった。キッと俺をひと睨みしたあと、ごくりと唾を飲み込み、少し震えた声を絞り出して覚悟を口にした。


「ああ、それでもだ」

 いや、韮崎アッシュの言葉は覚悟というよりも、信念に近いように思える。

 少し興味をひかれたので聞いてみることにした。


「ちょっと聞かせてくれ。何がお前をそうさせるのか」


「俺は……中山ソランたちとはソリが合わねえ。いまはそれだけで勘弁してくれ」

「そうか……わかったよ」


 何か隠してそうな気はするが、露骨に隠し事してますって顔されたんじゃ突っ込むのも野暮だって気になってしまう。まあ最悪でも誰かに吹き込まれてこっち陣営の監視スパイするぐらいだろうし、あんまり疑ってかからなくても注意だけしておけばいいと判断した。それにしても韮崎アッシュ中山ソランとはソリが合わないと言った。


 中山ソランは自分より格下の者としか組みたがらない典型的な『お山の大将気取り』だ。自分よりも力のあるやつ、自分に対して厳しいことを言うやつを嫌って遠ざけようとする。そんな奴がこの弱肉強食の世界でまともに生きていける訳がない。仲間が死んだり、自分が死ぬ前にそのことに気付いたら上出来といったところだろう。


「んー、でもまあ、なんというか、……奇遇だな。実は俺もあいつとはソリが合わないんだ」


「わはははっ、そりゃお前、知ってるって。全員しってるよ」

 深月アリエルたちの戦場に、韮崎アッシュ浅井ルシーダが志願した。


 これにより、クラスは完全に二つに割れることになる。


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