09-15 竜騎兵
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第一次選考の結果が出た日に起こった爆発は、タマキ、イルベルム、ランクスの3名が双方同意の決闘であったことを聞いていたので、タマキたち神官も含め、重軽傷者合わせて23名という惨事だったにも関わらず勇者サガノはお咎めなしということになった。
そんなことよりも、土魔法で建てられた頑丈な建築物をたった一発の爆破魔法でここまで破壊し尽くしたその魔法威力のほうに注目が集まり、現場は立ち入り禁止のテープが張られ厳重に保全されることとなった。2日後には帝国が誇る分析魔導師たちが現場検証に訪れ、当事者たちは徹底した事情聴取を受けたが、なぜ一発の爆破魔法がこれほどの威力で行使されたのかという原因は分からずじまいだった。
「分からないよ。ただみんな俺のほうに向けて、同時にいろんな魔法攻撃を放とうとしていたので、それらがぜんぶ誘爆したんじゃないかな」
などというアホな説明で切り抜けた格好となってしまったので、恐らく分析魔導師たちは今後しばらく、複数人で同時に唱えたいろんな魔法の相乗効果で威力を上げようという的外れな研究をするのだろう。
しばらくはここの宿舎に居るしかないので仕方なくみんなここで住んでるわけだが、ここ数日というもの、座学ばかり。重軽傷を負った転移者たちはジュノーの治癒魔法で完治しているというのに、それよりも精神的ショックが大きかったこともあり、しばらく実技を行わず訓練は座学に差し替えられた。
しかも3大悪魔と戦って勝利した自慢話をするための戦闘特別講を開くとかで、アリエル・ベルセリウス、ロザリンド・ベルセリウス、そしてブルネットの魔女がどれほど悪逆非道だったかということをこれでもかってほど叩き込まれ辟易したところに、講師のイルベルムが神話戦争のことまで話題に出してきやがったことからジュノーの機嫌がいっぺんに悪くなってしまった。
「灰燼の魔女リリス? 何それ? なにが灰燼なの? 意味わかんない」
イルベルムに不満をぶつけて少しでも気が済むのならいくらぶつけてくれても構わないが、結局あとあとまで引きずるんだからマジやめてほしい……、そこにまさか韮崎が援護射撃してくれるとは誰も思ってなかった。
「その破壊神アシュタロス? そいつはなんでこの世界を滅ぼしたかったんだ? 殺されるたびに蘇ってまた世界を滅ぼそうとするなんて、何かものすげえ動機があって、相当な理由が必要だと思わね? だけどその話には、納得できる理由がネエ。いいか、悪には悪の美学ってもんがあるんだ。そこんとこちゃんと描かれてない物語なんて面白くねえんだ。イルベルムさん、ツマンネエわ。もっと面白い話を頼む」
「そう、そんなつまらない話はドブに捨てたらいい。韮崎ちょっとだけ見なおしたわ。この前うちの人をぶっ殺すって言ったことは許してあげるわ」
「あんなひどい目に合わせておいて、俺まだ許されてなかったのかよ! マジか! 信じらんねえ」
深月は韮崎の肩をポンポンと軽く叩きながら何度も何度も頷いてやったが慰めの言葉は出てこなかった。
ただ深い同情の念は溢れるほどに沸いてきたが。
昼食を食べるため食堂に入ると、いままでガヤガヤ騒がしかった室内がシンと静まり返った。
誰も深月と目を合わせようともしない。
「ふう、これがシカト系のイジメってやつか……」
「そりゃ17人がかりでコテンパンに負けたんだもの。みんな怖いのよ。あなたのことがね」
朝食を食べるみんなの耳にしっかりと聞こえるよう罵ってみせたジュノー。その言葉にはどこか軽蔑のニュアンスが含まれていて、ただでもお通夜の様にシンと静まり返った空気がこんどはドンヨリしてしまった。
「なあ、こんな空気でメシくってうまいの?」
「私はおいしいわよ。謝罪もお礼もないしね、いい気味」
「謝罪はいいとしても、私たち必死で救助したんだからお礼ぐらい言ってもらってもいいと思うわ」
ジュノーと美月がクラスの全員を挑発してはウマイウマイと飯を食ってる。
美月のテーブルに並べられた皿は4人前だ。いつもより1皿多い。ってことは本当にウマいのだ。
いまとんでもなくマズい飯を食ってるのは、深月たちじゃなく、クラスメイトのほうだった。瀬戸口のクソ野郎には『ザマア』と言ってやりたいところだが、女子たちの箸も止まっている。少し気の毒になってきた。
だいたいこんな時は必ず口を出すはずの韮崎は知っている。
この性格のキツい2人の女がイラついてるときに下手なことを言うと絶対後悔させられる事はすでに学習済み。それも嫌というほどに、その身をもって。だから何も口を出すことはない。
クラスのみんなは知らないだけだ。嵯峨野という男は、この2人の女の手綱をしっかりと握っている、それだけでも尊敬に値するということを。
昼食を食べている最中、イルベルムが入ってきて、午後からの予定が変更になることを告げた。
レクリエーションとして、帝国空軍が空から来るらしい。
「竜騎兵こそ、我が帝国の誇る最新の兵器。矢も届かぬ遥か上空から飛来し、敵の砦や城、街を空から一方的に攻めることができます。そして飛行船。こちら機動力は竜騎兵にはまったく及ばないとはいえ、空を飛んで山を越えることも可能。今のところは軍の要人を高速で移動させる手段に使われていますが、現在大型の飛行船を開発中でございます。徒歩で20日かかっていた距離を8時間程度で移動可能になりました。これらの技術は10年前、勇者召喚で日本から転移してこられた使徒ステアーが考案された用兵法です。帝国を強化するため有用な知識や技能がありましたら、ぜひ提供を」
竜騎兵に飛行船という言葉を聞いて驚いた。飛行船なんてものまであるらしい。
しかもドラゴンまで飼いならしてるとなると侮れない。
「てか、イルベルムさん、あんたも日本人だろ? 飛行船なんてたった1発の火矢が飛んできただけで大惨事になるってこと知ってんじゃないの?」
「はい、存じております。考案したのが日本人であり、弱点はとうに申告されておりますゆえ、弱点の克服はアルカディアテクノロジー担当の技術部であります。どうせ私など卑しい身分の者が乗れるようなものではございませんので、講じられた防御策のほうも私の知るところではありません」
要するに大事故起こすかもしれないけど、自分は乗らないから大丈夫という意味だ。
日本人から口伝での技術移転に加えて爆破魔法も盗まれていたし、グリモア詠唱法も盗まれている。帝国の強さは情報戦の強さなんだろうなと思い知らされた。
16年前、帝国に入ろうとしていたアリエルたち3人も情報戦に敗れたようなものだ。
竜騎兵は15時に飛来する予定だと聞かされていたが、少し遅れて、16時を過ぎてしばらくしたころ、西の方角から、少し傾いた太陽を背に5体の飛行物体が飛来するのが見えた。その気配もドラゴンのように絶望を運んでくる災厄といったものではなく、ちょっと大きめの動物と大差ない。
空を見上げてクラスメイトたちがざわつく中、頭上を何度も旋回したあと、バサバサと翼をはばたかせながらそれは降下してきた。
「うぉぉぉぉーすげえ、マジでドラゴンだよ。すげえ、人が乗ってる」
初めて見るファンタジー世界の動物を目にした者たちは興奮を抑えきれない様子で竜騎兵たちを迎えた。その姿は可能な限り空気抵抗を抑えた流面形状になめされたレザーアーマーを着込んでいて、ヘルメットにはゴーグルが付いている。
ということは、竜騎兵には風が直撃するということだ。耐風障壁で空気抵抗を軽減できることを知らないのか、それとも障壁魔法で空気抵抗を軽減してなお足りないほどのスピードが出るのか。
そしてイルベルムの言うドラゴンというのは、なんだか茶色い翼の生えたトカゲのような生き物で、ハイペリオンのような龍を想像していたせいか、どうも小さくて頼りない。頭から尻尾の先まで6~8メートルで翼を広げた翼長が8~10メートル程度だった。
前足が翼になっているので、誰が見ても普通の動物だ。この世界で災厄と畏れられるドラゴンのように、四肢に加え、肩甲骨から翼が生えているなんてことはない。骨格からもぜんぜん別の種の生き物であることが分かる……。
ドラゴンというからハイペリオン並みの凄いのが出てくると期待していた深月にしてみると、今回の竜騎兵は残念極まりないガッカリ砲だった。タイセーも身構える素振りを見せはしたが、現物を見てホッとしたようだ。
「なあタイセー、アレがもし本物のドラゴンだったら身構えた瞬間に襲われるぞ? ドラゴンを見たら気配を消すのが正しい対処法だ。もし万が一見つかってしまっても絶対に闘争の意思や構えを見せちゃダメだからな」
「無理だって、絶対無理だって」
深月のペットだというハイペリオンですら悪夢としか言いようのない想像を絶するモンスターだった。そもそもハイペリオンを見ていなければ、あの中2の夏から深月や常盤たちと一緒に修行してもよかったのだが、脳裏に刻み込まれた恐怖がそれを許さなかったのだ。
「アレがドラゴン? マジで? わははは……なんかヘチョいぜ。輪ゴム銃で撃ったら落ちんじゃね? 縁日の射的みてえによ。なあ、烏丸大成ともあろう男が、あんなトカゲにビビってんじゃねえぞ、ドラゴンなんざ襲ってきても俺が助けてやっからよ、安心してろや」
韮崎の言葉を聞いたタイセーの表情は笑顔に包まれ、嬉々として深月の肩を叩いた。何やらでっかい死亡フラグが立ったのを察したようだ。
「聞いたか深月、こいつアホだ」
「ああ、覚えとくよ。韮崎、お前をハイペリオンのおもちゃに任命する」
「ハイペリオ? おもちゃ? なんだそれ?」
「知らないのか? 犬にあげると喜ぶ、骨の形をしたガムみたいなアレのことなんだが、アレって何て言えばいいんだ?」
「どっちかというとオヤツよね」
「ダメなの! ハイペリオンがお腹こわすの」
パシテーの一言でアッシュの失業が確定した。変なものを与えちゃいけないらしい。
「しかし、あんなのもいたんだな。俺も初めて見たよ」
深月が感心したように漏らすと、もともとこの地に暮らしていたジュノーが知っていたようだ。
「ワイバーンよあれ。ここからずっと南東の険しい山岳地帯に群れでいたはず。あれをドラゴンなんて言っちゃ可哀想。あんな見た目してるけど、温和な性質の爬虫類なんだから」
「え? 柊なんでそんな事しってんのさ?」
「なあ浅井、こいつらのこういうトコにいちいち突っ込んでたらキリがねえ。んなもん神々の英知を授かったとか、知識を得る魔法だとか、まあそういう事にしとこうや」
物知りジュノーに突っ込む浅井の肩に手を置いて、まるで慰めるように韮崎が言葉を掛ける。それは嵯峨野や烏丸の力を十分に認めた上での言葉だった。
「でも本当にあれで温和なの? すっごい凶悪そうにしか見えないんだけど?」
「ドラゴンのように人類の天敵と言われたり、災厄となって小国を滅ぼしたりはしないってことよ。宿舎の書庫にある本に書いてあるわよ」
これは嘘。宿舎の書庫にそんな学術的な本があるわけがない。この世界の言葉になれない日本人たちにも読みやすい児童書籍を中心に蔵書されていて、もちろん『クロノス英雄譚』や『精霊王アリエル』もあって、いまクラスメイトたちはこぞって読んでいるところだろう。
探せば『ミッドガルドの災厄』ぐらいはあるかもしれないが。
「あはは……ここにきてまだひと月も経ってないのに、もう文字が読めるんだ。私、不勉強な自分を呪ってるわ。だって夜ご飯食べてお風呂頂いたら毎日バタンキューだもの」
前言撤回。
学業は優秀な浅井でも、まだ字までは読めないようだ。




