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09-13 魔導師にケンカを売る愚行


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 その日の昼食後、逢坂おうさか先生含む俺たち全員が別棟に集められた。

 何の用かはみんな分かっている。第一次選考の結果が知らされるのだ。


 イルベルム、タマキ、そしてランクス教官たちが大層な書類束を小脇に抱えながら入室して、教卓のような机にドサッと投げるように置くと、生徒たちの名前を次々と読み上げていった。勇者の称号を得た者と、勇者に次ぐ実力者と認められ、戦場に出ることを許された者の名だ。


 総合評価 1位 剣の勇者 トキワ

 総合評価 2位 剣の勇者 烏丸アーヴァイン

 総合評価 3位 剣の勇者 中山ソラン

 総合評価 4位 剣の勇者 瀬戸口ゲイル

 総合評価 5位 魔の勇者 サガノ


 戦士 浅井ルシーダ

 戦士 音戸グリューワルト

 弓師 門田アルセイ

 戦士 韮崎アッシュ


 治癒師 ヒイラギ

 魔導師 アラシヤマ


 深月アリエルたちみんな揃って洗礼名ではなく、日本名で呼ばれた理由と言うのは簡単な話で、要はみんな揃って洗礼名を拒否したということだ。名乗る名前が多すぎて訳が分かんなくなってるのもあるけど要は面倒くさいということ。ここを出たらアリエルと名乗るつもりだし。ランクス教官には『とりあえず今はこのままでいいだろう』と認めさせたので、ここでは嵯峨野サガノで通すつもりだ。


「まあ、いずれは洗礼名を名乗るんだぞ? 仮にも女神ジュノーに選ばれし勇者なのだから、洗礼名を名乗るのが礼儀だ」


「うふふ……、あなたがジュノーに選ばれし男ってことだけは賛同するわ」

 ジュノーの機嫌がいいと平和だ。


 別に表彰式をやってるわけじゃないのだから、もったいぶることなく矢継ぎ早に名前を呼ばれ、そして、神器を授与された。



 ロザリンドもタイセーも両手持ちの幅広剣をもらったけれど、席に戻ると抜いて確かめただけで深月アリエルに手渡した。ミスリル混ざりの剣で強化魔法が乗るらしいというのは深月アリエルの打った剣と同じなのだけど、剣そのものの硬度が違う。帝国の神器が強化魔法を乗せて叩きつけるタイプの設計なのに対し、深月アリエルの打ったものは単純に切れ味と強靭さという相反するテーマを追求していて、自画自賛するわけではないが、正直なところ帝国軍の神器などと比べ物にならないほど完成度の高い刃物だ。


「ん。ありがとうな。このミスリルの剣は回収します」

「ええっ、マジ? せっかくもらったのに」


 貴重なミスリル無垢の鋼材なのでそのうち溶かして打ち直しに使いたい。その代わりと言っちゃなんだけど、2人には勇者になったお祝いとして一振りずつ日本刀をプレゼントすることにした。


 もちろん身長に合わせて、ロザリンド監修のもとパシテーの助力を得て、オヤジの嵯峨野工房の炉を借りて打った。愛刀美月は[ストレージ]の中にあるけど、ロザリンドが二刀流で振るってた『常盤』と『嵯峨野』は失われてしまったので、その代わりという意味合いが強いのかもしれないが……。


 材質はタレスさんが製錬したウーツ鋼。ミスリルで挟んでクラッド鋼にしてあるのは愛刀美月と同じ。打ってる間は、だいたいノーデンリヒトや、生まれ育ったトライトニアのことを考えていた。深月アリエルの鍛冶工房を作ったこと、ロザリンドと再会した時のこと、パシテーを抱いて滑ってて転んだこと。あの満天の星空、凛と頬を切るほど冷たい朝、針葉樹の森に洗われ、淀みなく澄み渡った空気。だけど温かい人のぬくもりを胸に、カン! カン! と槌を振るいながら、この二振りの刀に銘を入れた。


 北斗。それがこの刀の名だ。


「これな、タイセー。俺が打った刀だ。実は中3の時すでに完成してたんだけど、まさか中学生に真剣をプレゼントするわけにいかないから、勇者になったお前に使ってもらおうと思ってさ。世界にたった二振りの刀だ。大事にしてくれよ」


「うぉぉー! ありがとう。日本刀? 俺の? 俺のカタナか」

「ああ、お前はいずれ家族を守らなきゃいけないからな。ナマクラじゃダメだ。体に合わせたつもりだけど、ちょっと長めに打ってあるのは、おっさんアーヴァインが身長178センチあったからだ。つまり、タイセーお前はあと5センチ伸びないとその刀を満足に使えない」

「伸びる伸びる! うわー、マジで俺のか。毎日抱いてねてやるよー」


「ロザリンドのもこれ、北斗。タイセーのと同じ形状、同じ材質だけど、鞘にちょっと工夫をして居合で抜くスピードを重視してある。この鞘はまだ試作だから改良のアイデアがあったら言ってくれ。どんどん改良して神速の居合を目指そう」

「ああ、うん。ありがとう。これだ、これ。私もうあなたの打った刀じゃないと命預けられないわ」

「マジで? 深月みつきってそんなにウデいいの? オヤジさん超えたか?」

「戦局が厳しくなればなるほど信頼性が増してくるよ。タイセーも絶対惚れるから。メロメロになるからね。絶対」


 ロザリンドほどの剣士が称賛してくれる。いち鍛冶師としては最高の栄誉だ。



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 今期は初年度の第一次選考から5人の勇者を輩出するに至った。25人も召喚したことも初めてなら、25人のうち第一次選考から5人もの勇者が選ばれたのも初めてのことらしい。


 だいたいはここで鍛錬を続け、翌年かさらに翌年の昇格審査に合格してから勇者の称号を得る者が多いのだそうだ。


 勇者にも下積みの期間ってものがあるってことだ。


 深月アリエルたちのグループ以外で勇者に選出された瀬戸口せとぐちは置いといて、中山ソラン。こいつは昨日ちょっとムカついた奴で、敵になるだろう勇者の中の筆頭のような奴だ。


 前々世あたりじゃ中山とそこそこいい関係を築けていたこともあったが、今回は関係悪化が甚だしい。深月アリエルは中山の野心が好きじゃないし、中山にしても嵯峨野深月さがのみつきの豹変ぶりについて行けてないのだろう。日本にいるときは1年にしてS高陸上部期待のホープだったのだが、ここにきて剣だけじゃなく魔法にも相当な適性があったことで文句なしの勇者となった。もともと理論立てて身体を使うトレーニングで身体強化してたような奴だから、勇者になったことにもそう驚いているわけではない。


 そういえば100mを10秒台というタイムを出したロザリンドを熱心に勧誘していたこともあったし、パシテーのことが好きなんじゃないかという噂もあって、なんだか異様にライバル視されてるように感じている。


 こんな酷い世界に無理やり連れてこられたのに、一部の者はそれをチャンスと捉え、自らの腕だけでのし上がることに執念を燃やすようなやつも居る。それが中山ソランのような男だ。


 高校一年生の若者なんだから自分の置かれた境遇を最大限に活かして前向きに生きて行こうとする、その姿勢は褒められるべきだと思うし、クラスメイトから尊敬を集めているのも理解できるってもんだ……だけど、その中山ソラン深月アリエルに言った、その言葉が酷かった。



「なあ嵯峨野さがの、お前さ、自分たちだけ良ければそれでいいのか? クラスメイトたちを出し抜いて、自分だけ強いメンバー集めてさ、それでいいと思ってんの?」


 呆れたような顔を作って、わざわざ皆の居る前で絡みを入れてくる中山ソラン

 総合評価が深月アリエルより上だったってことで急に態度がデカくなった馬鹿野郎だ。


 一瞬、こいつが何を言ってるのかその意味が分からなかったけど、どうやら現時点で魔導師と治癒師、そして剣士二人というバランスのいいパーティ構成ができているのは深月アリエルがリーダーを務めるパーティだけ。


 瀬戸口せとぐち瀬戸口せとぐちで、岩津ガンツが居なくなったと思ったら、もう中山ソランの手下になったらしく、すぐ横にへばりついてガン飛ばしてくるという始末。


 ケンカ売られてることだけは分かった。だけどその理由が分からない。なぜいきなりそんな事を言われなければならないのか。


「はあ? 何を言ってるのかわかんないんだけど?」

「お前を俺たち1年1組のリーダーとは認めないってことだよ。これはクラスの総意だ」


「え? おれクラスのリーダーになりたいだなんて、爪の先ほども思ってないぞ?」

 びっくりした。正直言って、……いや、びっくりしたとしか表現できない。

 クラスの総意と言われた。いつの間に総意が決まったのか全く知らない。そもそも深月アリエルが聞いてないのに総意なわけがないし、ジュノーも美月ロザリンドもパシテーもタイセーも誰もクラスの総意に参加してないと思うのだけど、それが総意だといって、中山は更に言葉をつづけた。


「お前たちのパーティは解散だ。パーティの編成はクラス会議で決めることになった。これは帝国側も認めてくれているからな」


「断る! あのな中山ソラン、ここには民主主義なんて概念すらないんだぞ? シェダール王国には元老院があるけど、帝国は徹底した実力主義だと聞いたぜ? クラス会議なんて誰が言い出したんだ?」


「ちげーよ深月みつき中山こいつは俺たちが戦力を独占しすぎてるって言ってんだよ? 俺たちは今のまますぐにでも戦場に出られるけど、こいつら3か月後の二次選考まで戦力が集まらない。最低5人、で治癒師や魔導師を入れたバランスのいいパーティを組まなきゃいけないからな。中山ソランたちは居残り確定なんだよ」


 タイセー分かりやすくこいつらの意図を説明してくれたおかげでようやく理解できた。


「ああそうか、出世競争に乗り遅れそうだからって俺の足を引っ張ろうってことか? クラス全員で?」

 ハッキリとクラス全員を嘲笑する深月アリエル


 幼い頃から深月アリエルを知る瀬戸口は『足を引っ張ろうとしている』そう言われて反論することももせず、ただあざけるような口調でこう言った。


「魔導師なんだろ? どうせ勇者おれたちの背中に守られないと満足に働けないんだからよ、大人しくいう事きいとけ。な、あと今の俺を昔の俺と思うなよ? ちょっとケンカが強かったからっていい気になってっと軽くヒネっちまうから」


 深月アリエルは開いた口がふさがらず、口あんぐり開けたまま美月ロザリンドを見て、反対側のタイセーの顔も見た。

 美月ロザリンドは大層面白いらしく楽しそうに目を輝かせていたが、タイセーの方は困ったような顔でお手上げという表情をして見せた。


 それ見て深月アリエルは吹き出してしまった。


「くくくっ……すまん、笑っちまった。しかしな、勇者になったからっていい気になってるような奴のいうセリフがそれか?」


 ボキボキっ……。


 タイセーが指を鳴らしながら殺気を放ちはじめ、ロザリンドからは殺気というより、なんだかもっと酷い気配が流れ始める。うまく表現できないけど、例えるなら死の気配とでも……。


 深月アリエルは両側から前に出ようとする2人に両腕を広げて制止した。


 瀬戸口せとぐちらは、魔導師である深月アリエルを勇者の背中に守られないと満足に働けないと罵った。あからさまな挑発だ。ロザリンドやタイセーが出てこられないようにする策略だろうことも分かってる。ここでこの2人が出てきたらきっと『ほらな(笑)』とか言って笑い飛ばす気だ。デッカイ泥船のような挑発を用意してくれたのだから、しっかり乗って差し上げようと言うのが深月アリエルの考えだ。


「まてまて、勇者サマは2人揃って魔導師をナメてらっしゃる。ここは挑発に乗って差し上げるのがスジってもんだろ? 俺がお前たちの、そのお花畑から抜けきれない脳ミソに魔導師の恐ろしさを刻み込んでやる」


「あはは、バカが乗ってきたよ。どっちから相手してくれんだ? ええ? 魔導師サマ」

「はあ? 何言ってんのお前ら? 俺の敵に回ったクラス全員まとめてに決まってんだろうが」



「ヤバい! 外に逃げるよ」

 ロザリンドが避難誘導を始めた……以心伝心? また先読みってやつか?


「なに? ケンカするの? えっと、あと20秒まって」

 ジュノーは20秒後に始めるならいいと言った。ならカウントダウンだ。


「うん。わかった。19」

「アッシュ、ルシーダ! ここから出るぞ。急げってほら」


「18」

「ああ? 何が始まんだ? 俺たちもやんだろうがフツー」


「17」

「ダメだアッシュ、いいからついてこい!」

 韮崎アッシュの首根っこを引っ張って部屋を出ていくタイセー。


「16」

「避難するの。タマキさんたちも早く逃げるの」


「15」

「何を始める気だ? 決闘するなら申請すればよかろう?」

 ランクス教官がいいことを言った。そうか、決闘ならケガさせてもいいんだった。


「ああ、じゃあ決闘だ。14! 受けない奴は出て行けよ」

「わはは、決闘受けてやんよ13、おら、早く数えろよ12」


逢坂おうさか先生はどうするんだ? 巻き込むぞ11」


「ええっ? 何が始まるの?」


「10」

「先生、早く走るの!」

 パシテーが逢坂おうさか先生の手を取って走って出て行った。

 

「あと室内に残ったものはみんな俺の相手でいいんだな。9」


「よーしみんな戦闘態勢だ。1でこのバカをボコっちまおうや 8」


嵯峨野さがの、1でいいんだな?」

「ああ、いいよ 7 先に防御魔法はっとけ。ケガするぞ?」


 グッと強化と防御を強めに張った瀬戸口せとぐち中山ソラン。ゆっくりと木剣を構えて残ったクラスメイトに指示を出した。


「爆破魔法でくるはずだ。みんな防御魔法を展開しておけ。耐風、耐火障壁も忘れるな」

「6」


「んなクソなげえの唱えるヒマ与えるわけねえだろ 5ぉ!」


「ああ、生意気な魔導師に口の利き方ってもんを教えてやる 4」


「おう。逆に教えてもらわんように気をつけろ。3になったぞ」


嵯峨野さがのお前は調子に乗りすぎだ」

「終わってから聞いてやるよ 2」


「ガキの頃からの恨み。ぶっ殺す! イチだオラァ!!」



―― ドドーン!


  ―― ガラガラッシャーン!


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