09-12 朝練
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翌日の早朝、朝が弱いパシテーはベッドの上で毛布を巻き取って簀巻になっていて、だいたい毎日時間ぎりぎりまで起きてこないので、朝練はいつも4人でやることが日課になっている。
どうせパシテーが居たところで、爆破魔法は封印してるし、飛行魔法やら剣舞の魔法やらを使うと大騒ぎになるのでパシテーだけは特に何もすることがないのだ。だから寝ている。ぐっすり睡眠をとっている。
早朝の鍛錬に木剣を肩に担いで、韮崎が出てきた。
まさか朝錬から出てくるとは……やる気満々じゃないか。
「お。おはよう」
どこかぎこちない朝の挨拶をする韮崎。まだ朝5時だというのに、もう準備運動で体を温めてきたのか、韮崎の額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「あははは、おはよう」
「おお、おはよう、みんなまだ寝てんぜ?」
朝から晩まで毎日鍛錬と試験の繰り返し。疲れて朝起きられない者が続出してるというのに、韮崎ときたら、木剣を持って早朝から鍛錬に参加するという。とんでもないマゾだ。
タイムカードがないんだから、いくら働いても残業代でないのに。
特に美月とタイセーは、こんな体育会系の熱いノリが好きだ。長く武道をやってるとこうなるんだろう。
韮崎がタイセー監修のもと素振りを始めた頃、木槍を肩に担いでもうひとり、女子生徒が深月グループの朝練を訪ねた。クラス委員の浅井冬華、洗礼名をルシーダというらしい。
「私も生きたい。こんな言葉も通じない異世界で死にたくない」
浅井はとてもまっすぐな目をタイセーに向けて訴えた。
クラスの中で、俺たちのグループのリーダーはタイセーということになっているのだろう。ま、そんなものはどうでもいい。タイセーがリーダー気質なのは誰もが知ってることだ。
美月とタイセーが深月の方を見て、じーっと目で訴えた。
浅井も仲間にいれてやろうぜ! といってる。饒舌にだ。
早朝の鍛錬は人の目につかない、談話室の建物の向こう側に陣取ってやってる、別にコソコソ秘密でやってるわけじゃないけど、誰にも見られてなければ美月とタイセーがそこそこ実力を発揮して打ち合えるという利点があった。
今の美月とタイセーが本気で打ち合うと木剣が一発で折れてしまって鍛錬にならない。だから早朝、誰も見ていないところで刃引きの剣を使って立ち会ってる。もちろん、ジュノーがしっかり見ていてくれるからできることなんだけど。
ここに韮崎が加わり、更には浅井も参加するらしい。
2人のマゾっ気には恐れ入る。
―― キン!
―― キン!
―― ガッ!
激しく交錯する剣戟の応酬。タイセーも日本で気合入れて鍛錬していたせいか、すでに前世のおっさんアーヴァインの実力を超えて、今やこんなジャージ姿のくせしやがって、フル装備キャリバンなみかそれ以上に手ごわいと感じるほどの力を持っている。
「す……すげえ。剣どころか姿すら目で追えねえ」
その鍛錬の凄まじさに開いた口が塞がらない韮崎。美月とタイセーが激しく打ち合う剣戟が鳴らす金属音に違和感を覚えた。
「お……おい、あいつらまさか真剣で……」
「刃引きの剣だよ。まあ、あのスピードだと刃引きに意味があるかどうかは分からないけど、木剣だと折れてしまうからね、仕方ないんだよ」
一方的にタイセーが攻めているように見えて、まるで午後の紅茶を嗜む有閑マダムのように、退屈そうな表情で軽くいなす美月。
ここに来てからの美月はどうもおかしい。先読み? に数段磨きがかかったように見える。
本気で打ち込むタイセーの剣を、振りかぶった時、すでに防御が完了しているのだ。
傍から見ていると、あらかじめ美月が防御しているところに打ち込む、予定調和のチャンバラごっこのように見えてしまう。
本気で打ち込む相手を、まるで遊んでいるように見せてしまう。力量の差が大きすぎるのだろう。
手玉に取られているという事を如実に表している。
―― ガッキン!
……ズバッ!
タイセーが不用意に面を狙いに行ったところを美月が脇をすり抜けて胴を薙いだ。
膝をついて崩れ落ちるタイセーの腹から臓物がこぼれだす……ように見えて息ができない韮崎と浅井。
だが切れたのはタイセーのシャツだけ。血に濡れてしまってはいるが、さっき内臓がこぼれ出たように見えたのは幻覚だったのかと目を疑い始めたところだ。
「強いとは聞いてたけどさ、ねえ嵯峨野、常盤ってあんなに強かったの?」
高校に入ってから美月と割と仲のよかった浅井もまさかこれほどとは思わなかったのだろう。驚いたというよりも感心したという口ぶりだった。
「あいつらガキの頃からこんなだよ。美月が親分で、タイセーは子分な」
「マジか! そびえたつ巨人にそんな過去があったのかよ」
「あ、ああ、言い忘れてたけど美月は地獄耳なんだぜ? ……ほら」
美月の笑顔が少し引き攣ってる……。
いや、にこやかに笑っているか。
そして妖しく手招きをしている。
「デビルイヤーかよ!」
「はい、そこの新入りくん。キミの剣をちょっと見せてみなさい。本気でかかってこないと死んでも知らないからね」
「え? ええええ?、なんかすまん。でもよろしくお願いする!」
不自然にひきつった笑顔の美月は刃引きの剣を木剣に持ち替え、韮崎のけいこをつけてやると言う。美月に向かって木剣を向けるなど……ぶん殴られに飛び込んでいくようなもの。すなわちアホの所業なんだが……。ケガの治療を担当するジュノーが珍しく上機嫌らしく、にこやかに笑ってる。どうやら『そびえたつ巨人』がツボだったらしい。
韮崎は不用意に出した胴を止められ、前蹴りでフッ飛ばされたところで戦闘不能になった。
ジュノーが治癒させたけど、肋骨が5本ほど折れて肺に刺さっていたらしい。
「ちょっと厳しすぎるんじゃないの?」
あのジュノーが韮崎に同情してしまうほど一方的な立ち合いだった。
ぶっ倒れてる韮崎を嬉々として覗き込むタイセー。いつも自分がコテンパンにやられてることを他人が同じ目に会わされるというのはそんなに嬉しいか? ってほど目を輝かせながら、駆け寄る足取りは半ばスキップのように弾んでいた。無意識だったろうが歓びは隠せない。
「はいお疲れさん。どうだった?」
「ふはー、5回は殺されたぜ。怖え。何が怖えって、殺気がねえんだわ。まったく。だから目で見てないと防げねえんだが、そいつが見えねえ。こいつぁ大変だ。だが……必ずお前らに追いついてやっからな」
美月は二人の会話を聞いて少し驚いた。
殺気のないところから攻撃していることをたった一度の立ち合いで看破されるとは思わなかったのだ。
相手が強敵であれば強敵であるほど、殺気を漲らせていては次どこに打ち込むのかバレてしまう。
怒気も殺気も、気配すら気取られることなく相手は斬られて死んでいた! というのが理想なのだ。
「おいおい、お前シロートじゃねえだろ」
「いや、空手の茶帯もってるぐらいのシロートだよ。……だから必死なんだ」
能力審査が始まってから今日で9日目、この世界に来てからまだ半月だ。
他の生徒たちは教えられることをただ『やらされている』といったスタンスで訓練している者が多い。
まだ戦場の厳しさも惨たらしさも知らない。人生をかけて剣を振るう敵の目も知らないし、敵となり、死んでゆく戦士の死に顔も知らなければ、仲間の死すらまだ知らない。何もわかってないのだから鍛錬に身が入らないのも頷ける。女子生徒の中には未だに帰りたい、もうこんな事したくないなんて泣き出すような者までいるのだから。
そんな中、徐々に自覚が芽生えつつある韮崎と浅井が周りの者たちと温度差を感じて嫌気が差すのも自然なことだったのかもしれない。
「いい覚悟だよ。アっちゃん」
「アっちゃんはやめろよな。せっかくちょっとカッコイイ名前つけてもらってんだからよー」
「カッコいいと思ってるところ悪いけど、アッシュって灰だからね。占術師が未来を予見してその名をつけたのなら注意することよ?」
韮崎と目も合わせずにツッコミだけ入れるジュノー。
あの人見知り大魔王のジュノーが初日からツッコミ入れるとは……。韮崎ってもしかして、見た目に反してナイスガイなのか? と疑ってしまう。
「え? なんで? アっちゃんって呼ばせてただろう? あのハーフエルフの子に」
「なっ! ……なんでそれを!」
「だから言っただろ? 常盤は地獄耳なんだって」
「ち……、チクショー! このデビルイヤーめ!」




