09-10 爆破魔法
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深月たちはいずれ敵となる帝国軍の偵察と戦力分析をしながら厳しい訓練と能力審査を受けている。敵の戦力を分析するためには敵軍に潜り込むのが手っ取り早い。一つ衝撃的な事実が発覚した。
まず日本から召喚されてきた者たちは基本的に帝国陸戦隊第三軍という組織の一員として編入される。
これは第一軍、第二軍があって、第三軍があるという意味だ。正直言ってあまり印象は良くない。プロ野球の二軍以下、つまり戦力外という意味かと考えてしまうが実はそうじゃない。
アシュガルド帝国には軍を統括する最高責任者、最高司令官が3人いて、そのうち皇帝コンスタンティノーブル・レアーノ・ラー・アシュガルド直下の精鋭部隊を第一軍、皇帝の妹ロレーヌ・レイス・アシュガルドが受け持つ主に衛兵など治安部隊を第二軍、そして弟王エンデュミオン・ラー・アシュガルドという次男坊が神聖女神教会と組んで異世界から強力な勇者候補を召喚しつつ軍隊を組織している。それが第三軍なのだ。
帝国陸戦隊第三軍の主な任務は、侵攻と暴動の鎮圧や反政府組織の壊滅と言われてる。
要するに汚れ仕事だ。
そんな帝国陸戦隊第三軍に編入されてから2週間が経過した。
今日は能力審査が始まって8日目。美月とタイセーはランクス教官が用意した帝国軍の剣士に全勝(16連勝)し、更には5年前ここへ来たという先輩との立ち合いにも軽く勝利を治め、早々に剣の勇者となることが確定した。
「目立ちすぎだって」
「ちゃんと手加減してるわよ」
前々世ではここまでじゃなかったが美月とタイセーの間には奇妙な師弟関係のようなものがある。美月いわく『小さな頃からタイセーの剣をみてやってたのは私』なのだそうだ。
美月とタイセーが木剣で打ちあうのを傍らから眺めながら、ランクス教官たちが話をしているのが聞こえてきた。
「ほーう、アーヴァインどのと常盤どのは凄まじい剣の冴えだな。このような逸材見たこともない。これで実戦経験がないというのだから恐れ入る。ここから成長すると考えると空恐ろしいものがあるなイルベルムどの」
「ええ、そうですとも。アーヴァインどのは剣の大会で日本一になったこともあるそうな。常盤どのはそのアーヴァインどのと幼少期から研鑽を積み上げてきた良き仲間だと伺っております」
ただ軽く流すように打ち合うだけで神速の攻防を見せ、教官大注目の美月とタイセーを横目に、深月はと言えば魔法のお稽古をしている。2週間ものあいだ、ただひたすらに魔法の起動式と睨めっこだ」
「ああ……美月もタイセーもいいなあ。俺も剣士にしとけばよかった……」
勇者になるための選考に、まさか起動式の入力からしっかり見られるとは思わなかった。
ここまで2週間かけて火風土水、試験科目の四属性全てをクリアしてはいるけれど、最後の難関、複合魔法とされる爆破魔法で躓いてる。
現在の帝国にはグリモア詠唱法が確立していて、帝国の魔導師は皆、腰に本を入れる革ケースを装着している。グリモア詠唱法を使うなら起動式なんて覚えなくていいと思うのだけど。
『グリモアが敵に奪われたら? グリモアが雨でぬれてインクが滲んだら? あなたは仲間を危険にさらすことになります』というのが魔導教官の言い分だ。起動式魔導をしっかり唱えられるようにならないと使えることにならないということだ。
このグリモア詠唱法、もとはというとアリエル・ベルセリウスが考案したまでは良かったけど、一人じゃ実現させるのが難しかったためグレアノット師匠に開発を投げたやつ。アレだ。
深月たちがスヴェアベルムを留守にしていた16年のうちに何があったのか知らないが、魔法の瞬間詠唱を可能とするグリモア詠唱法はマローニの魔導学院で極秘裏に開発が進められていたはず。それがどういう訳か帝国陸戦隊第三軍の魔導技術になっている。
どういう訳かなんて考えなくとも、深月は帝国軍のスパイがいるのを知っている。
勇者の選考には長大な爆破魔法の起動式を使って標的を爆破しなくちゃいけない。それが難しいのなんの。そもそも深月は起動式が覚えられない。
前世でアリエル・ベルセリウスとしてノーデンリヒトに生まれ、グレアノット師匠から初歩の初歩を教わった時から起動式は苦手だった。それが爆破魔法の起動式はムチャクチャ長くて、タイミングや入力速度が一定にならず失敗しまくり。ただの一度も成功しない。
前世では子供のころから特に苦労なく使えた爆破魔法。それを誰にでも使えるよう難易度を下げた起動式でありながら、ただの一度も成功しないという……。
まったく、起動式なんてのを考えたやつの顔を見てみたいもんだ……。
―― チラッ
「なに? どうかしたの?」
起動式を考え出した女神サマに送られた恨めしい視線に気付いたジュノー。
「いや別に……」
ジュノーはといえば、まあ起動式を考え出したような天才女神サマだからその実力はいわずもがな。
起動式の詠唱は完璧。しかもムチャクチャ速くて正確に唱えるものだから治癒術を指導する女神教団の神官が手放しで称賛している。これは当然なのだが
パシテーも連射できないけど[爆裂]を使える。この選考の基準だと勇者になるのは簡単なはずなのに「私は土魔法でいくの」と、あからさまに手抜き宣言をした。勇者クラスを見つけ出すことに躍起になりすぎた能力審査官たちは、パシテーの真骨頂である1ミリも違わぬ高精度の魔法に気付くことはなかった。
新しく帝国が開発した起動式に土魔法はないとかで、教本に記載された土魔法のすべてを高レベルで操ることができるのも当たり前。忘れそうになってしまうけど、パシテーは魔導の先生だったんだから。
しかし……爆破魔法の起動式が開発されているのにはパシテーも驚いていた。
その爆破魔法の起動式が48節からなるのだから、深月はもうハッキリ絶望。たとえ覚えたとしても、んなもん正確に入力なんかできるわけがない。こんなに小難しいものを無詠唱でやってたんだから《俺ってやっぱ天才じゃね?》ってマジそう思う。
この魔法の起動式は16年前、大悪魔ベルセリウスとの戦いで使われた[爆裂]を帝国の分析魔導師たちが記録して解析し、起動式を作り上げたのだそうだ。タマキさんの話によると、ブルネットの魔女が使っていた飛行術も帝国魔導の最高学府である魔法大学にて解析中とのこと。
そういえば深月の身内に爆破魔法を使える者は少なくない。でも実用的な高度で飛行できるのはパシテーだけなんだから……もし起動式が開発されたとしても、誰も使いこなせないだろ。
深月に課せられた最後の課題。この爆破魔法を使えたら魔の勇者の称号を受けられるのは確実だという。。
だけど魔法組についてくれているタマキさんの指導が行き届きすぎるのが困る。起動式の入力にまでチェックを入れてくるので、タマキさんの目を盗んで起動式入力を誤魔化すのは難しい。
入力するフリだけしておいて、無詠唱でボカーン! する予定が、なかなかスキが見つからない。
「ねえ、42節から43節に移るときちょっとタイミングがズレてるわ。もうちょっとリズミカルにさ、スムースに移行してみたらどう?」
ヤバい。相当ヤバい。
せっかくジュノーがつきっきりでアドバイスしてくれてるのに、そのアドバイスの意味が分からない。
まあ勇者になれなくても四属性全てを扱えたのだから評価的には治癒師のジュノーと同等で、勇者になったロザリンドやタイセーの次点だから同行するのに不便はないのだけど。夫の威厳というものがある。せめて肩を並べておきたいものだ。
「ちょっと見せて」
起動式が苦手で覚えるのに苦労してる俺を見かねて、ジュノーが手を貸してくれるらしい。
48節もの長大な起動式を入力するタイミングがシビアで、ちょっと間違えただけで起動しない。ちょっとタイミングが遅れただけでも同じ。入力テンポがズレてもダメ。昔、勇者パーティに居たカリストさんが操る高位の治癒術ですら40節と聞いたことがある。こんなの集中して3分以上もかけて剣林弾雨の飛び交う戦場で唱え切るなんて尊敬に値するほどだ。
それをジュノーにお願いするとたった20分そこらで起動式の解析が完了。それからわずか15分という短時間で、新しい起動式を作ってしまった。ほとんど即興だ。
「はいあなた、できたわ。無駄を省いて30節まで圧縮したけど、うーん、たぶんこれで大丈夫。事故って燃えたらゴメンね」
「テストしてないんだよね?」
「私がテストして火だるまになってもいいの?」
ジュノーの傷を癒せるのは深月の再生スキルだけだし、そのスキルでは火傷の痕まで消してしまうほどの力はない。
仮にジュノーの起動式が間違っていたとして、深月の身体が派手に炎上したところですぐに消せるし、死ぬほどの火傷を負っても寝て起きたら治ってるんだからまあいいか? ってことだ。
ジュノーの魔導実験で人が燃えるところを何度も見てきた深月だからこその警戒心なのだが。
「ねえ、これさぁ、起動式を読んで分かったんだけど、爆破魔法はあなたのマネにすらなってないわね、分析魔導師って見た目だけ真似たらそれでいいのかな? 威力が弱すぎてお話にならないし、飛行するスピードもかなりゆったりしてる。射撃の精度も厳密に出せない仕様だし、射程が短いからかな? 威力を上げると自爆よね……」
「ん。ありがとう。これで頑張ってみる」
ジュノーが圧縮してくれた起動式はタイミングを合わせるのが苦手な深月にも唱えやすいようにしっかりと洗練されていて、とてもスムースに入力することができた。マナ炎上事故を起こすこともなく……。深月の起動式爆破魔法は能力審査官の見ている前で的を破壊した。
―― ドバーン!
その爆音と衝撃波に戦慄するクラスメイトたち。
この世界に来て戦争だ戦闘だといわれて訓練をやらされちゃいるけれど、剣を振る者は体育の授業の延長、魔法の勉強は座学の延長だった。これまでたった2週間という短い期間、講義と訓練を受けて、初歩の初歩、防壁の魔法や防御魔法から始まり、ファイアボールを連射できるまで進んだ実力者も珍しくない。魔法は日本人にとって目新しく、使える者はちょっとした人気者にもなった。だけど爆破魔法の威力と衝撃波は戦場の空気を連れてきた。あんなものを食らったらタダでは済まない。誰にでも想像できる簡単なことだった。
鼓膜がキーンと高周波を奏で、衝撃で一瞬意識が飛んだ脳に恐怖が刻み込まれた。
一陣の風が吹いて土煙を押しのけると男の影……。
軽く開いた手のひらで顔の半分を隠し、指の隙間からしっかりと前を見据えるサイキックポーズをビシッと決めて一人の男が立っている。
嵯峨野深月、ジュノーに起動式を書き替えてもらってようやく狙った爆破魔法を使えるようになった。




