09-09 何をかけて食べるか紛争【閑話】
お約束っぽい閑話です。
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その日の昼食はライスにクリームシチューをかけた物が出た。
美月の心配事が少し緩和したことでテーブルには大盛りのクリームシチューライスがドカンと乗せられている。フードファイターほどではないが恐ろしい炭水化物量だ。一般人が食べると一発で糖尿病になってしまう。
真昼間からこともあろうにクリームシチューライスということで、食堂に詰めているクラスメイトたちの間では少し騒ぎになっていた。ある者はありえないと非難轟々、ある者は普通じゃん? と言って、普通にうまいうまいと食べている。
カレーライスは許せてもクリームシチューライスは許せないという日本人の了見の狭さが露呈したようだ。
「ほんとそんなくだらないことでよく騒げるよな」
「私は普通に美味しいし、洗い物の皿が1枚で済むから楽なんだけどね」
ジュノーの発言は主婦を何世代も続けてきた者の言葉として重い。
「くだらないって言ったわね? じゃああなた、卵焼きには何をかけて食べるの?」
美月は深月の嗜好を知りながらそんなことを聞く。深月がこれまで何世代にもわたって朝の卵焼きにはこれだと力説し続けてきたものだ。
「マヨネーズ」
「ありえない」
間髪入れずに全面否定したのはジュノー。
「あー絶対に無理」
うんざりした表情でマヨネーズを拒否しようとするのは美月。それを言うためにマヨネーズと言わせた感があって、否定された深月としてみればちょっと納得がいかない。
「兄さまとは好みが合わないの」
パシテーも遠くへ行ってしまった。
「俺もさすがにマヨはねえわ。マヨは」
タイセーお前もあっち側についた。
さすがにこれにはちょっとこめかみの血管が浮き出たような気がした。
マヨネーズの主な原料は卵黄だ。卵焼きに卵をかけて合わないわけがないのだ。バッチリ合う。これは断言してもいい。それを頭から全否定するだと?
「じゃあ目玉焼きは? お前らなにをかけんだよ? マヨネーズ以外な」
「マヨは論外。あなたは何なの?」
「ケチャップ」
「ないわ。普通はお醤油でしょ」
「ちょっと無理かな。私はウスターソース派。卵焼きもそうね、ウスターソース」
ジュノーが醤油派なことも、美月がなんにでもソースドバドバなのは周知の事実、ここまでは予想していた範疇だった。
「ケチャップ美味しいけど目玉焼きは塩なの」
「パシテーお前、ケチャップ好きって言ってたじゃん……。オムライス大好物じゃん。タイセーは? ケチャップだよな?」
「いや、深月すまん、ケチャップねえわ。俺は塩コショーだし」
なんだと……。
目玉焼きのモーニングにケチャップというのはファミレスでも普通なのだが……。
「……ちょっと殺意がわいてきたわ。じゃあ、お前ら心して答えろよ? 鶏の唐揚げ。お前ら何をかけるんだ? ちなみに俺はカットレモンを絞ってかける。これが最高だよな?」
「唐揚げが出てきた時点でレモンは予想してたけど、絶対にない。私は塩山椒。すっごい美味しいから」
「あー無理だわ。私は七味。これが最高なの。モノによっちゃ一味のほうがイケるわ。唐揚げの表面にまぶして真っ赤になるほどかけるとたまらないわよ」
塩山椒は確かにイケたが、一味まぶし唐揚げはドラゴンのブレスと同等の後遺症に悩まされる。ソースドバドバかける癖と言い、美月の舌はバカになってる。絶対。
「レモンもないけど七味も無理なの。私はお塩かな」
「ゼンラマンには悪いが俺は塩コショーに三千点ってところだ」
塩、塩コショーコンビは調味料それだけあればいい感じだな。しかし……。
「ダメだ……俺は3人の妻と親友を同時に失ったような喪失感に苛まれているよ」
「何言ってんのよ、別皿で食べりゃ不都合ないでしょ? 何大げさなこと言ってるの」
「そうね、大皿に盛ったから揚げ全部にレモン果汁かけられた日にゃ戦争始まるわよね」
「ケンカを売られたと判断する」
「いくらあなたでも唐揚げにレモンかけられたら私も怒るって話をしたまでよ」
少食のパシテーが勝ち誇ったようなドヤ顔を決めた。
「言ってりゃいいの。どうせスヴェアベルムにはレモンないの。お醤油もケチャップもマヨネーズもないの。あるのはお塩だけ。みんなケンカしてたらいいの。どうせお塩しかないんだから私の勝ちなの」
「そうなのよね。お醤油がない世界って本当に味気ないわ」
「はぁーっ、そうよね、ここにはウスターソースもなかったわね」
「なあ深月この世界ってコショーねえの?」
「いろんな香辛料で作られたスパイスはあるよ、南方産だから栽培できないとは思うけど胡椒の苗も持ってきてるし」
「お塩があるの」
珍しい。本当に珍しく勝ち誇るパシテー。
その鼻っ柱をへし折って差し上げるのは不憫ではあるが……。
「あるよ!!」
「え? なにがあるの?」
「俺が何の準備もしてこなかったと? 本気でそう思うのか?」
俺の手に握られているのは塩コショウ(お徳用)と、そして反対側の手には七味唐辛子のビン。
「あると言ったんだ」
ロザリンドとタイセーの目が羨望の眼差しにかわった。よし、次はジュノーを畳みかけて落とす。
「俺の[ストレージ]にはマヨネーズやケチャップが大量にストックされている。そして、醤油は一升瓶に30本。こんだけあれば10年以上は大丈夫だろう? カレーにでもウスターソースドバドバなロザリンドのために俺は一斗缶で3本。醤油と同じ量の三斗ほどストックしてあるんだが、ジュノーとロザリンドが俺の敵に回るなら……もういいや、捨てる。醤油すてる! ウスターソースもいらないな。七味や一味唐辛子もそれなりに持ってきたけど、もういいや。ぜんぶドブに流すわ」
「ねえあなた、私は2万年以上もずっとあなたの味方。勘違いしないで」
「私もそうだよ。敵になんてなるわけないじゃん。あなたについていくからね」
「うん。そうかそうか。タイセー、白コショーも、黒コショーも、ほら、塩コショーも持ってきてるぞ」
「俺とお前は親友だろ? な」
「そうだ、そうだよタイセー。俺とお前は親友なんだ……。さてと、ここに俺のかわいいパシテーの好物だった金泉堂の苺大福が大量にあるんだ。ホント、スヴェアベルムの金貨をネットオークションで売ったりして稼いだお金の大半はみんなのストック品を買うために使ったんだけど、その中でもさ、俺のパシテーが愛してやまない、ほら、金泉堂の苺大福。パシテーの喜んだ顔が見たいという一心で大量に買い求めたのに……もうみんなで一緒に食べようか。……パシテーは俺の敵になったんだ」
「わ……私は、兄さまの敵になったことなんて……うぅ……」
「やばっ、ごめんよ、ちょ、泣くことはないだろ? ちょっと悪乗りが過ぎただけだ、誰も本気で敵だなんて思ってないから……」
「嵯峨野くん!! 女の子を泣かせるなんて、先生は許しませんからね!」
「あああっ、見つかっちまった。ちくしょう」
クラスメイトたちの目はもっと厳しいものだった。
―― ティーナちゃんが泣いてる? まさか嵯峨野が泣かしたのか?
―― おいおい、そりゃ絶対に嵯峨野が悪いな。何があっても嵯峨野のせいだ。
―― 嵯峨野許すまじ! 嵯峨野許すまじ!
「嵯峨野くん、謝りなさい!」
ものすごいブーイングだ。クラスメイトからも先生からも矢のような非難が飛んでくる。
これがクラスのアイドル的存在と、どうでもいい奴との差ってやつか。
「ごめん。もう言わないから許せ」
「………………」
くっそ、すねてる。珍しくパシテーがすねてる。
うるんだ目をしてるくせに、意図的に視線を逸らしていて、顔を見ようともしない。
前世では6つも年上だったから童顔のくせにお姉さんキャラだったけど、転生してからこっち、お説教されたこともないし、妙にしおらしいなと思っていたが……すねた顔もかわいいじゃないかパシテー!
パシテーの大好物、金泉堂の苺大福をパシテーの前に差し出す。
……おかしい、手を出してこない。
2つ、3つと手のひらに出して見せる。
チラッと見た。いまチラッと見た。でもまたよそ見した!
「よし、苺大福は一つ残らず全部パシテーのものだ。最初からそのつもりで買ったんだしな」
「……いくつあるの?」
釣れた!
「120個はあるとおもう」
「ぜんぶ?」
「ぜんぶだ」
「に――。許すー。兄さま大好きなの」
『へーへー左様でございますか。もう勝手にやっちゃってくださいな』とでも言わんばかりのクラスメイトたちから、ゲンナリしたときにでる青い霧のようなエフェクトがもわっと出たように見えた。
「うん、明日の朝は卵焼きにマヨネーズかけて食べような」
「「「「「「「「「絶対イヤ!」」」」」」」」」
クラス総ツッコミであった。




