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09-08 悪魔の所業


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 モヤモヤしていた心配事が解消し、深月アリエルに肩を抱かれる美月ロザリンドの傍ら、ジュノーが感心したようにフッと鼻を鳴らした。


「ほんとあなたの誘導尋問と、なりすましの能力ってすごいと思う……」

「ジュノー……それ褒めてないよね、俺的にはちょっと自信のあるスキルなんだけど」


「そうね、この人は詐欺師の素質があるわ。昔からこうだもの」

美月ロザリンドの言い方が酷い。愛する夫に向かって詐欺師だなんて……」


「そうなの、結婚詐欺師なの。私もう18年も待ってるの……」

 パシテーのジト目も相当酷い……。このループから抜け出さないと針のむしろだ。


 

「はい! 神官! 話の続きを」


「これは失礼。……えと、正確にはいつだったのか伝える者がおりません故分かりませんが、19年か20年ほど前、隣国シェダール王国の北の外れのノーデンリヒトという静かな土地で魔族が小さな騒乱を起こしたそうです。我らが派遣した勇者がその戦いに敗れてから徐々に魔物どもが勢力を広げ、世界を揺るがす大戦争に突入しました」


「私の生徒に戦争をやらせるつもりですか!」


 戦争という単語を聞いて逢坂おうさか先生が黙っているわけがないと思ったらやっぱり一介の神官であるイルベルムに食ってかかった。こんな下っ端の説明役に怒ったところで無駄だってことぐらい先生にも分かってるはずなのに……。


「いえ、正確には魔物の駆除であります。あまり心配めされるな。先人たちの働きにより、すでに最凶最悪の悪魔どもは討ち滅ぼしましてございます。この世界で悪魔と言えばアリエル・ベルセリウスという暗黒の魔術師でした。その悪魔に加えて、魔王の妹であり前魔王軍の将軍、そして悪魔アリエル・ベルセリウスの妻である魔人ロザリンドと、そしてブルネットの魔女。この3大悪魔こそが魔軍最高の戦力でありました」


 相も変わらず酷い言われようだ。

 そう言えば、てか言われてみれば『破壊神』だったり『死神』だったり、本当にロクな呼ばれ方をしたことがない。特に帝国では『魔』の文字をたくさん入れられるほど悪印象になるようだ。

 アリエル・ベルセリウスの悪名もここまで高まると、ノーデンリヒトで帰りを待つ家族たちも鼻高々だろう。


「くくくく……」

 笑いを噛み殺しながら肩を震わせるタイセー。

 幼馴染の親友から聞かされていた名をこんなところで聞かされるなんて思ってなかったのだろう。

 地面を転げまわって笑ってやりたい気持ちを抑えても、笑い声が漏れてしまっている。


「この3大悪魔は16年前、隣国シェダール王国で暴虐の限りを尽くしたあと、我が帝国に向けて侵攻を始めました。迎え討つは我ら帝国と王国の連合軍14万と、厳選された10人の勇者。……たった1時間足らずの戦いで、戦死者重軽傷者合わせて12万以上という莫大な犠牲を払い、3大悪魔を討ち滅ぼしました。ここから出陣し帝国くにを守るために戦った勇者たちはただの一人も帰りませんでしたが、彼らの功績があって今の我々もあるのです。ご安心ください、もう、3大悪魔は滅びました」


 3大悪魔ってか……もうどうでもいいや。

 でもあとでジュノーに怒られそうだな……ああっ、ほらこっち睨んでる。くっそ、めんどくさいな。


 深月アリエルが辟易してるところ、最前列に居た韮崎にらざきがその話に興味を持ったらしい。


「おいおい、1時間足らずで12万以上が殺されたって? 大悪魔ってな、どんな兵器を使ったんだよ?」


 3大悪魔だ3大・悪魔。大悪魔じゃねえよこのバカ……と言いそうになって飲み込んだ。

 12万の兵を一時間足らずで倒した魔法の威力をちょっとその身体で実演してやりたい欲求に負けそうになったが、よくよく考えてみると確かに大悪魔と言われたこともあった。この大悪魔問題については口を挟まない方がいいと判断した。


「主に爆破魔法という最高レベルの難度を誇る魔法にございます。魔法についての講義はまたの機会にいたしましょうか。……それから16年、我が帝国はシェダール王国軍と共同戦線を張って戦い、次々と勝利し、悪魔が支配していた土地を開放し続けております。2年前には遥か西の地、フェイスロンドも陥落させ、つい先月はボトランジュの要衝マローニが明け渡されました。もはや魔族どもは敗北の一歩手前でしょう」


「ちょっとまってください。じゃあ僕たちは現時点で既に失業の危機ってことですか?」

「敵がいないなら手柄を立てられないじゃないか」


 やる気を出し始めた男子生徒たちが次々と質問を投げかける。願わくばそんなにやる気を出さないで頂きたいものだ。仲の良い奴が居ないとはいえ、クラスメイトと戦う事態は避けたいのに。


「それは少し考えが先走り過ぎかと存じます。皇帝陛下はシェダール国王との会談で、これほどの血が流れる根源である魔族はすべて討ち滅ぼさねば人の世に平和は訪れないという結論に至りました。あなた方の訓練が終わりますと、ノーデンリヒトを人の手に取り戻す戦力に組み込まれ、殲滅戦を仕掛ける手筈になっております。なあに、現状の戦力でも尻尾を巻いて逃げたような腰抜けどもですから、さらに精鋭が増員されるとなれば簡単な狩りのように楽しめるでしょう」


 尻尾を巻いて逃げたと言われイラッとしてしまう俺がまだガキなのか……。殲滅戦という言葉にも引っかかってしまう。

「殲滅戦っていうと? 敵は皆殺しにしろってことか?」


「はい、左様でございます」

「それは女も子どもも皆殺しって事か?」

 息を飲む生徒たち。しんと静まり返ってイルベルムの答えを待つ。


「うーん、我々の敵は魔物でございます。魔物に支配された町や村を開放し、苦しめられている人々を助けるのが勇者です。そう批判的な言い方をされると困ってしまいます。魔物にもオス、メスの区別はありましょう。大人、子供の区別もありましょう。それは皆さんも戦場に出れば目にすることです。ですが、つい20年ほど前まで人族は平和に暮らしておりましたこともまた事実。……皆さまがたには、魔物を打ち倒す力があります。人々の暮らしを取り戻し、そしてその力で人々を守っていただきたいのです」


 イルベルムの演説にやられた……。こいつ、文官として相当なもんだ。

 拳を振り上げる者までいる始末だ。さっきからやる気を見せていた奴らは見事に乗せられてしまった。

 いずれ袂を分かつことになるだろうクラスメイトたちの説得は後回しでいいだろう。


「分かった。じゃあ俺たちが戦場に向かうとして、メンバーは俺たちが決めていいんだな? 信頼できんやつとは組まないぞ俺は」


「はい、ですがあまりにも戦闘適性のない者を同行させますと、戦いのときに足を引っ張ることにもなりかねません。そうなる恐れがあると判断された場合は申し訳ありませんが、こちらの進言をくみ取っていただきたい」


「がははは、今年のヒヨっ子どもは元気があっていいな。横から口を出して悪いが、最低5人のパーティを組んで行動してもらう予定だ。独りぼっちが好きだからといって一人で戦いには出せないぞ。最低5人。このルールは絶対に守っていただく。要は戦闘単位であるパーティを構成するメンバーの最少単位が5人というわけだ」


 勇者と剣士ばかり5人では、ケガをした者を治療できないのでこれでは出撃が許されるわけがない。だからと言って、治癒師ばかり5人では敵を倒せないのでこれもダメ。


 魔法使いばかりだと懐に潜り込まれたら非常に苦戦するのでバランスが悪い。

 つまり、剣士、魔導師、治癒師、あと弓師などを組み込んだバランスのいいパーティでメンバー各々が最適の仕事をしさえすれば各個の力は数倍にもなり、強大な敵と相対しても負けることはないのだ。要はバランスって奴だな。そんなこと俺たちの世代の若者はみんなゲームをやってるから知識だけはあるんだ。


「要はバランスってことだろ?」

「え? 何の話をしているの? バランス? パーティ? どなたかお誕生日ですか? いかがわしいパーティは許しませんよ?」


 逢坂おうさか先生はファンタジー系のRPGをプレイした事がないようだ……。

 


「で、大悪魔ってなに?」

 ジュノーが大悪魔なんて呼称に興味を持ったらしい。何って言われても、他人が付けた異名だし、そんなのに本人が関わっているはずもなければ、その経緯について知ってるわけがない。

 とはいえ、大悪魔とまで言われているのだから、だいたい察しが付くのだけど。


「しらん。俺は俺だ」そう、悪魔でもなければ神でもない、ただの男だ。


「ほんとにあなたは……いつも悪魔とか破壊神とか……」

「へえ、そうなの? 私たちは死神って呼んでたわよ?」

「へー、あと何があるかしらね? もうこの際だからこの世の全ての悪名を自分のものにしたらどう?」

 そんなこと言ってるジュノーも灰燼の魔女リリスなんて名前で歴史に名を残してるのに……。

「なに? どうしたの?」

「いや、ジュノーも歴史の本を読んでみたらいい。そうだな、神話戦争の伝記をおススメするよ」

「ふうん、面白いの?」

「ああ、とってもな……」


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「質問がないようなら、午後から能力の審査を始めよう。審査は10日程度かかる長丁場になるので、最初から緊張していては身体が持たん。我々は10日間通して戦闘適性を見させてもらう。もちろん魔法適性もだ。食堂で昼食をとったあと、14時には建物を出て鍛錬場に集合だ。時間厳守でな。ではいったん解散とする」


 そういうとランクス教官とイルベルムは早足で部屋を出て行ってしまった。


 いったん解散と聞いてどやどやと騒がしい。クラスメイトたちは仲の良かった友達と声を掛け合っている。そう、今この時点からパーティ争奪戦が始まっているのだ。最初から固定メンバーを作ろうとする者たちや、強い者と組んで比較的安全に戦いを切り抜けたいと考える者、ただ呆然としている者もいる。


 みんなの注目を集めているのはやっぱりタイセー。もとから強く、剣道じゃ全国レベルなんだから剣と魔法の世界に来て強くないわけがない。


 その次が韮崎アッシュを派手に蹴飛ばしたジュノーと、目にもとまらぬ動きで韮崎アッシュを痛めつけたロザリンドぐらいか。


「さてと、どうすっかなー。パーティをバランスよくしないと他にメンバー追加されそうで面倒なんだが」


「そうね、じゃあ私は剣を完全に捨てて治癒師で。あなたは魔導師でえっとえっと……」

「ロザリンドでいいわよ……。悪魔とか鬼とか言われるのは慣れてるし。私は剣士ね。タイセーもでしょ?」

「ああ、俺は勇者になるんだろ?」

「私も魔導師でがんばるの。ここでは剣は使わないの」


「よし、パーティーは決まった。この5人で大丈夫だ。手加減わすれちゃダメだぞ。特にロザリンド」

「あなたが一番心配。審査で街ごとフッ飛ばさないでね」

「私もあなたが心配だわ。全裸は勘弁してよね」

「心配なの。絶対何かやらかすの」


「俺ってマジで信用ねえのな」

「同情するよ深月みつき。ところで全裸ってなんだ?」


「はい、そこスルーする所だからね。生まれる前の話なんてナンセンスじゃないか」

「3万の敵と戦うのに一人全裸で戦ったのよ」


「おい、はしょんなよ、話すならちゃんと起承転結の順に説明しないと俺真正のゼンラマンだと思われるからさ。ほらタイセー引いてるし。ほら」


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