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09-06 月下のロザリンド

 その夜は深月アリエルの身内たちが全員、ひとつの部屋に集まった。各自与えられた個室から深月アリエルがシングルベッドをストレージに入れて持ち込み、狭い部屋に並べて設置した。

 この部屋に深月アリエル、ジュノー、美月ロザリンド、パシテーの4人と、ミツキたちエルフ4人。みんな同じベッドで寝ることになった。かなり狭く感じるが、せっかく日本の常識から解放されてみんな一緒に居られるというのに別室に分かれて生活するなど考えられない。

 狭すぎて困るようなときは、壁をぶち抜けばいいだけの話だ。


 ゴロンとベッドに倒れ込んだと思ったらすぐにスヤスヤと寝息を立て始めたパシテー。

 今日はいろいろあって疲れたらしい。


 明日もイベントが目白押しになるだろう、眠っておかないと疲れが残る。

 眠らなくとも目を閉じるだけで脳は休むことができる。深月アリエルはロウソクを吹き消し、考え事からは逃れられなかったがゆっくりと目を閉じることにした。



 みんなが寝静まった頃のことだ。美月ロザリンドがそっと音もたてずに部屋を出て行った。

 行き先はこの宿舎の屋上だろうか? 階段を上って階上へと気配が動く。きっと眠れないのだ。

 日本から持ってきた目覚まし時計がサイドテーブルに置いてある。薄暗い中よく見ると深夜2時すぎを刺している。どうやら深月アリエルも2時間ぐらい目を閉じて考え事をしていたようだ。


 マローニが陥落したと聞いて眠れるわけがない。しばらくは考えごとをしていたけれど、もう眠るのは諦めた。深月アリエルもどうせ眠れないので夜風にでも当たってやろうかと思い、美月ロザリンドの後を追って部屋を出た。


 真っ暗なでひんやりとした廊下から階段を上がり、宿舎の屋上に出ると美月ロザリンドが夜風を受けながら月を見上げているところだった。


 時折ふわりと髪を持ち上げる程度のそよ風の中、柔らかな月光に照らし出されて、15歳とは思えない妖艶な空気の中に佇んでいる。人間のはずなのに、魔人族だったころのロザリンド・ルビスを幻視してしまう。


「どうした? 眠れないのか?」

「眠れる方がどうかしてるわ……、それよりあなたいつの間に出てたの?」

「ははは、影の薄さには自信があるんだ。俺も眠れなくてさ」


「あなたは心配してないと思った」

 美月ロザリンドは酷いことをいう。深月アリエルがあまりサナトスのことを心配していないことが不満なのだろう。その言葉からは少しだけ非難しようとする意図が読み取れた。


「そうか? あーでも確かに心配はあんまりしてないかな? いまサナトスはもう18で立派な大人だろ? レダを選んで結婚したということは人を見る目もしっかりしてる。てくてくとサオとディオネが加わると、もう16年前の俺たちよりも戦力的には上かもしれないからな」


「うん。そうかもしれないわね」

「何度も言うけど、サナトスはもう大人なんだ。18っていやあお前、サナトスを産んだ歳じゃないか。俺たちが手を引いてやらなくても自分の足で立ってるよ。死んだ両親が蘇ってまで助けに行くなんて過保護すぎるだろ」


 うつむき加減のままジト目で深月アリエルを睨みつける美月ロザリンド。分かっちゃいるんだ。美月ロザリンドも。


「そんな目で俺を見るなよ。必ずサナトスに会いに行くよ。でもな、俺も、常盤美月ときわみつき嵐山あらしやまアルベルティーナも、遠目から見るとアリエルとロザリンドとパシテーそのまんまなんだよ。プロスペローは『疑わしい』という理由だけで、血のつながったイトコですら殺せるんだ。中等部にいた頃あんなに仲が良かったんだぜ? それを、どうやったらあそこまで冷酷になれるのかと問い詰めたい気持ちもあるさ。でもそれは俺たちだけじゃなく、サナトスの身も危険に晒すことになるからな。俺たちはプロスペローを排除する。それだけでいいんだよ」


 本当は納得してないけど……という表情をありありと滲ませながらも美月ロザリンドは、こくり……と頷いた。

 深月アリエル美月ロザリンドが一人で飛び出して行ってしまわないかが心配だっただけだ。納得なんてできなくても自重してくれればそれでいい。


 深月アリエル美月ロザリンドを一発で元気にする魔法の言葉がないものかと思索を巡らせる。艶やかな黒髪を横目で見ながら……。


 どこかで見た気がした。


 デジャヴだろうか、夢で見たような気がする。


「あ、そうか。あのナトリウムランプの黄色い光の下だった。覚えてるか?」

「え? なに? 唐突に……」


「俺さ、あの時、お前が元気ないからさ、お前を元気にさせる魔法の言葉があったらいいのにな……って思って、考え事しながら歩いてたらトラックに轢かれたんだよな」


「そしてあなたは魔法使いになったってわけ? ……私は、あなたの背に手が届かなくて、チビだったのを悔やんだっけ……。もっともっと高い身長と、あなたに届く長い腕があればと思った。でも、私の手は届いたわよ? そのあとがダメダメだったけどね」


 何が届いたのかと一瞬考えたが、記憶はすぐにフラッシュバックされ鮮明に思い出された。

 16年前のあの夜のことだ、バリスタで落とされたパシテーを抱いて必死で回復させようとしていたところを、プロスペローに転移魔法で背後を狙われた。


 ロザリンドは背後を狙われたアリエルを突き飛ばし、自らの身体でプロスペローの凶刃を受けたことで死んだんだ。


 あの時ロザリンドは『手、届いたよ……』って言った。確かに聞いた。だけどあの時は考える余裕がなくて何のことか分からなかった。


「お前……そんなことを気にしてたのか、お前はそんなことをずっと悔やんでいたのか?」


 悔やんでいたのかと問われ、美月ロザリンドは視線を外した。

 伏し目がちで物憂げに流れる視線はどこか寂しそうな空気感を伝えつつも、儚げに月を見上げる。


「またあなたの嫌いな、こんなデカい女に生まれちゃったけどね……」


「それは、ちっこいお前を元気づけようとしてだな……」

「ノーデンリヒトの砦でもデカい女は嫌いだって言われたよ」


「悪かったってば。それ一生いじられ続けるほどのネタか? 一生おわって、もう一つ人生終わって、あれから3度目なのにまだ言う気か……」


「次があるならまた言うわよ。私に次がなくても、あなたはデカい女を見るたびに私を思い出す。これは私があなたにかける呪い。ふふっ、可愛らしい呪いでしょ?」


 美月ロザリンドはその唇に薄笑みを湛えながらはにかんでみせた。夜に輝く女といえば悪印象を持たれてしまうかもしれない。でも月光にあぶり出されるその姿は、いつにも増して妖艶な魅力を醸し出している。


 月下のロザリンドは息を飲むほどに美しい。


「そうか。お前も俺に呪いをかけるか。じゃあこっちこい。ハグしてやる。……ああそれと、ジュノーもパシテーも。そんなとこに居ないで、お前らもこっちにこいよ」


 美月ロザリンドは気が付かなかったのだろう、だけど深月アリエルの気配察知スキルの前では、隠れんぼなんてやるだけ無駄だ。


「う……隠れてたの?」

「違うわよ。声がかかるのを待ってただけ。この人相手に隠れるなんて意味がないし」

「でも出ていけなかったの。姉さま抜け駆けはダメなの」


 真夜中の宿舎の屋上はいっぺんに賑やかになってしまった。もうちょっと静かにこの風を楽しみたかったところだが……。


「ちょっと聞いてほしい」


 深月アリエルはこんなにも美しい月と、さんざめく星々の下で、愛を語らうでなく、つまらない話をすることにした。みんないるところで話しておきたかった。


 スヴェアベルムに戻ってきたまではいい。だが今後のことも考えておかなきゃいけない。

 とりわけベルセリウス家のことだ。


 プロスペロー・ベルセリウスはベルセリウス家次男シャルナクの長男。

 長男エメロード・ベルセリウスが男子に恵まれなかったせいで、次男シャルナクの長男、プロスペローがベルセリウス家の跡取り継承権第一位になっている。


 つまり順当に行けば、プロスペローがボトランジュ次期領主になる。


 だが、プロスペローは背後からロザリンドを刺し殺したクソ野郎だ。絶対に許しちゃおけない。

 ……プロスペローを敵に回すということは、ベルセリウス家を敵に回すという事だ。

 そしてベルセリウス家の家訓では、家族は何よりも優先される。家族を守ろうとする絆の力は強い。


 だからこそベルセリウス家とは最初から敵対している方が何かと都合がいい。

 深月アリエルは人差し指をたてて、ひとつ提案をしてみることにした。


「なあ、俺はここで勇者になるのが都合いいと思うんだが、どうだ?」


「え? あなたが勇者? えっと、ぜんぜんイメージ沸かないんだけど……いいアイデアかも」

「あなたがそう決めたのなら私はついていくだけです」

「ん。私も兄さまについていくだけなの」



 16年ぶりのスヴェアベルムは帝国での眠れない夜から始まった。

 俺たちは夜風に当たりながら、心地よい月の光を浴びている。その優しい光に照らし出され、どこまでも広がる壮大な大自然に囲まれて、汚染とは無縁の澄んだ空気を味わう。

 森と風に磨かれた、本物の空気を、肺いっぱいに満たして深呼吸する。


 日本とは空気の質が違うようだし……、ってか、日本人がスヴェアベルムに来ただけで大きな力を得て勇者なんてのになるその理由も呼吸にある。


 召喚の儀とやらでここに来て、まずは呼吸に違和感があったのを覚えている。

 一呼吸、二呼吸と、この世界の空気が肺を満たすたびに、力が溢れてくる感覚と、そして血流に乗って何かが覚醒する感覚。それは奇妙な懐かしさをも一緒に連れてきた。


 地脈から湧き出る魔気というもの。ハイペリオンの卵を持ち帰るときてくてくが言ってた。そういえば……と、日本でもハイペリオンを出すとかなり動きが緩慢だったのを思い出す。

 ロザリンドも思ったように動けないと言ってたし、単に運動不足だったのと魔人族との筋力の違いではないようだ。


 アルカディアの空気には魔気が含まれていなかった。たったそれだけの理由だったのかもしれない。

 肉体は酸素で呼吸するだけでは、その能力の十分の一も発揮することはできないということだ。


 分かってみるとつまらない理由だった……。

 ここにハチミツ酒でもあれば最高なのだが、15歳の高校生という事で逢坂おうさか先生に禁止されてしまった。こんど逢坂おうさか先生の目を盗んで酒を手に入れよう。


 今夜はこの魔気を含んだ空気を胸いっぱいに吸い込むだけでとてもいい気分だ。


 帰ってきたという気がする。


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