09-05 フェアルの村の悲劇
逢坂先生をはじめ、クラスのみんなは各々(おのおの)一人ずつ側女と呼ばれるエルフ奴隷をもらったらしい。
もちろん、あれだけボコられて瀕死だった韮崎も治癒魔法を受けたのだろう、無傷で戻ってきて、最後になったが一人選んだ。スケベ面丸出しでちょっと胸の大きな娘を選んだそうだ。
韮崎も帝国の政策に迎合する気なのだろうか、日本じゃドロップアウト寸前のヤンキー崩れだからこそ『やったもん勝ち』の世界に来ると水を得た魚のように本領を発揮するのかもしれない。
深月たちは今後、アシュガルド帝国を相手に戦うことになるだろう。
その時、浅井たちクラスメイトと戦う羽目になったとして、正直なところ戦えるのだろうか。逢坂先生と戦うなんて考えたくない。韮崎にしても根っから悪い奴じゃないはずだ。
深月たちは選択を迫られている。
「なあ、クラスのみんなが敵になったら? どうする?」
深く考えもせず、ジュノーが答えた。
「そうね、私はあなたの敵と戦うわ」当たり前よ? 何か変なこと言った? みたいな顔で。
そんなジュノーに美月も同調した。
「私もジュノーと同じ。戦わなくて済むなら戦いたくはないけどね」
「パシテーは?」
「同じなの。私たちの敵だというなら戦うの」
「ん。わかった」
女たちの覚悟を再確認した深月は、次に側女となったミツキの話を聞くことにした。
「ところでミツキ、フェアルの村は? どうなったんだ? なんでお前だけここにいる?」
フェアルの村のことを聞かれたミツキはベッドの上に腰かけていて、怯えているようではなかったが、すこし言いづらそうに言葉を噛み締めながら答えた。
「……みんな……、死にました」
こんな所にミツキが居ること自体、フェアルの村に何かがあったということは容易に想像できた。奴隷狩りの冒険者にでも村が発見されてしまったかと思い、深月はもう一つ質問を重ねた。
「それはいつのことだ? フェアルの村を襲ったのは誰だ?」
「はい、6か月ぐらいまえだと思います。鎧を着た兵隊が大勢で村を取り囲んでいて、私たちは森に逃げることも出来ませんでした」
「兵隊? ダリルの軍か」
「はい、そう聞きました」
ダリル軍がエルダーの森まで侵攻して、そしてエルフ狩りを行ったという。
深月たちが日本に戻っている間、恐れていたことが起こったらしい。エルダー大森林はフェイスロンド領の西の端っこの端っこ。
ダリル領からだとちょっと行って荒らしてくるなんて距離じゃあない。ということはフェイスロンドはダリルと戦って、すでに敗れたと見て間違いないのだろう。
「レダとセキは? ドロシーやタレスさんはどうなった?」
ミツキは丸くなっていた背を伸ばして伸びあがり、驚いたような表情で深月を見た。家族の名を知っている人とこんなところで会うなんて思わない。普通は。
「……私の家族を知っているのですか?……でも、みんな死にました。レダはドーラの王族と結婚してフェアルには居なかったので今どうしてるか分かりませんけれど」
ドーラの王族というとロザリンドの実家だ。
「ドーラの王族と結婚? まさかフランシスコ兄さんがレダと?」
「いえ、サナトスさまという次期魔王候補だと伺いました」
「「「サナトスぅーーー?!」」」
これには深月も美月も開いた口がふさがらず、次の言葉が出てこないほどの衝撃だった。
深月は気を取り直して、もう一度確認のために聞いてみた。
「なあミツキ、もう一度同じ質問をするけどこれは状況確認のためだ。いいね? レダが誰と結婚したって? はっきり聞かせてほしい」
「はい。サナトス・ベルセリウスさまだと聞いています」
深月は変な汗がたくさん流れていて、美月は開いた口がふさがってない。
アリエルはストレージからタオルを取り出して汗をぬぐった。
「ちょっと父さん混乱してるんだけど、母さんはどう思う?」
「え? ええ? 結婚式に呼ばれなかったのがショックで泣きそうなんだけど」
「姉さまが結婚したときは誰も呼ばなかったの」
「なんか硬い物で頭を殴られたみたいにクラクラするわ……母さんに謝ろう」
「あはは……私も息子に会うのが楽しみになってきたわね」
どうやらジュノーもサナトスに興味があるようだ。あんまりそんな素振りを見せなかったのでどう思っているのかと不安だったのだが……。
それからミツキは涙ながらにフェアルの村で何があり、そしてミツキ自身がここにいるのかを話してくれた。
レダが結婚したことでドロシーやタレスさんたち家族はドーラの王族と親戚関係になり、ドーラから3人の護衛が来てくれたこと。
その3人が村を守るため獅子奮迅の働きをし、力尽きるまでに200ほどの屍の山を築いた事。魔人族近衛のダンは斧を構え、立ったまま絶命したこと。
ドロシーも弓と剣で勇敢に戦ったこと。タレスさんも慣れない剣をもって戦ったこと。
そして、村の若い女だけ生かされ、セキはその場で乱暴しようとした兵士の一人を短剣で刺し殺し、そして別の兵士に背中から斬り殺されたのだという。
言葉も出なかった。何といって慰めてやればいいのかもわからない。
あの日、ダリル領主へスローを倒した日、長男のエースフィル・セルダルを生かしたままにしておいたことが間違いだった。あそこでエースフィルを殺してさえいればダリルはいまだ復興できていなかっただろう。
「あ……あの、ご主人さま、私の家族とはどのようなご関係なのでしょうか」
「ご主人様なんて呼ぶことは許さないからね。キミは俺たちの身内だよミツキ。俺たちはキミがまだ小さくて、ゆりかごに揺られてた頃に会ってるんだぜ?」
「……?」
「いいかい? 俺を主人と呼ぶときは、帝国の目を欺くときだけだ。俺たちとミツキは親戚なんだ。立場は対等なんだからね。そこんとこ忘れちゃいけないよ。わかったね?」
「親戚?……私はひとりじゃないの?」
「そうよ、あなたはひとりじゃない。私たちがいるもの。それにね、きっとレダも無事。だって、サナトスにはてくてくとサオがついてくれてるから」
ロザリンドはミツキの不安と悲しみを少しでもかき消す言葉をかけた。サナトスとレダが結婚したのだとすると、この子はもう俺たちの身内だし、守らなければならない家族だ。
「でも……マローニは陥落したと聞きました」
……っ!
「なんだと!! いつの話だ?」
「えっと、あの、先月のことですから2週間ほど前です」
てくてくのアストラル体が日本に現れたのは今日の午前中だった。てっきりマローニにいるとばかり思っていた。もしかしてここに来るまでの間にタイムラグがあるのだろうか。
転移魔法陣に乗って異世界転移してきた側からすると一瞬だったのだが、外の世界では何か月か経っていたと、そういうことなのか……。それともてくてくはどこか別の場所から来たのか?
「いや、それでも大丈夫だ。レダにはアスラがついてるはずだし、てくてくも夜戦なら1万を相手にしても負けないはずだ」
「でも……プロスペローが」
「いや、それも考えにくいと思う。プロスがその気になればいつだってやれたはず。今になってというのは腑に落ちない」
美月の表情に余裕がなくなった。
サナトスたちのことが心配で居ても立っても居られないのだ。
「わ……わたしが先行して!」
「ダメだ。それは許さない。自分の産んだ息子を信じろ、てくてくを、サオを信じろ。今飛び出して行ってもまた殺されるだけだ。それに情報が正しいとすれば、マローニは先月すでに落ちている。だとすると、ノーデンリヒトに後退していると考えるのが妥当だ」
「でも……でも……」
「大丈夫だから。今日は風呂入って寝よう。な」
ロザリンドは普段見せないような不安げで焦りの表情のまま、こくこくと何度も小さく頷いた。
納得はしていないのだろう、だがアリエル・ベルセリウスたちがスヴェアベルムに戻ってきたことは、秘匿しておく必要がある。
プロスペローに知られたら必ず向こうから先制攻撃を仕掛けてくるだろうし、今の深月たちにはそれを防ぐ手立てがない。
最初の一撃でジュノーを狙われると、もう取り返しがつかないのだ。
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女たちが風呂から帰ってくると、ジュノーは見事な赤髪になっていた。
クラスのみんなといっしょに風呂に入って、その場で染料を洗い流したように見せたのだという。ジュノーの属性は光。自分の髪に当たった光を本来とは違う波長で反射させるのはそれほど難しくない。
「これが地毛だもの。もう黒く見せる必要もないでしょ? でもあなたが黒のほうがいいって言うなら黒にするけど?」
「いや、どっちも好きだけど、やっぱジュノーは赤のほうがジュノーらしい。そういえばジュノーはソスピタ人だろ? この土地の生まれだよな? 前世でだいぶ見て回ったんだが、この世界で赤髪の人族ってあんまり居ないよな?」
「そうね、赤髪はソスピタ王家に、うーん二十何人だっけ? いただけだから……たぶんもう居ないでしょうけど。どうかしたの?」
「それが……ひとりだけ知ってる。……なあパシテー」
「ん。いるの。変態なの」
「へ……変態なの? 赤髪のヒトで? その人の姓は?」
「んー? ポリデウケスって人なんだけど」
ジュノーはポリデウケスと聞いてがっくりと肩を落とした。
ポリデウケス家はジュノーが生まれたカーリナ家より少し前に分家されたソスピタ王族の血筋だ。
つまりジュノーとはわずかだが血のつながりもある、親戚筋というやつだ。
万年ぶりにスヴェアベルムに帰ってきて、親戚筋の者が生き残っていると聞いて嬉しくないわけがないのだが、それが変態だと言うなら話は別だ。
「……また黒に戻そうかしら」




