09-02 思いがけない出会い
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深月たちが洗礼を受ける部屋の前でだべっていると、神官の女のひとりが日本からきた召喚者25人の世話役に任命されたととかで、挨拶に来た。
今後は何か分からないことがあればこの女性に相談することになるらしい。
この女性、タマキと日本名を名乗った。苗字なのか名なのかどっちともとれる名前だけど、ここでも日本での名を使うことができるのか思って聞いたところ、タマキという名は、本名とは違うらしい。
深月たちは洗礼を受けて神聖女神教団に入信するつもりもないし、そんないかがわしい教団の尖兵となる気もさらさらないので洗礼名を拒否する意向をタマキに伝えると、その意向を受け取ったうえで、ひとつ忠告と、そしてアドバイスをしてもらえた。
深月たちのように、日本で生まれ育った者が自分の意志に関わらず、こんな異世界に連れてこられて、知らない人から新しい名前をつけてもらって、今後それを名乗るなんてこと了承するほうがおかしい。タマキの話によると拒否する者は珍しくないそうだが、洗礼名を名乗るか名乗らないかは別として、とりあえず名前だけでも付けさせてもらわないと最初から反抗的だと見なされ、この世界で生きて行くことに支障がでるのだそうだ。
「反抗的だったらどうなるんだ? ここから放り出されてどこへでも行けばいいのか?」
まあ深月としては食いっぱぐれる気もないし、いま裸で放り出されたところで、すいーっと[スケイト]で飛ばしてマローニに帰り着く自信があるので放逐されるのはまったく望むところなんだけど、プロスペローの目をかいくぐってゾフィーを助け出すまでは目立った行動を取るべきではない。
ここはお楽しみイベントだと思って洗礼を受けることにした。
まあ……、ジュノーを愛するファンたちの集いで、もらう名前をハンドルネームか何かだと思えばそれほどイヤな気もしない。
先ほど空中回廊を渡って入った建築物こそ神聖女神教団の総本山、エルドユーノ大教会だったのだという。召喚者たちはここで洗礼を受け、名を授かる儀式が執り行われるのだとか。
小さな告解室に似た作りの部屋に入ってカーテンの向こう側に居る、何やら500年も生きてる高位の占術師が新しく召喚された勇者候補の過去と未来を見て名前を付けてくれるのだそうだ。
500年とか、グレアノット師匠の倍近く生きてる……それだけで眉唾物だと思った。
「過去と未来を見るって、闇魔法か?」
「未来を見るってのが不愉快よね」
生まれた子がどんな人生を送って、どんな人物になってほしいのか、期待と願いを込めて贈られるのが名前なのだから、その子の幸せや成功を願う、その『想い』が一番強い者に付けさせるのがいいに決まっている。だからこそ生まれた子の名前を付けるのは、その子の親であるべきなのだ。
過去と未来を見て名前を付けるという行為は、小説を書いた後で内容を吟味し、タイトルを考えるのに等しい。悪く言えばビンの中に何が入っているのかを分かりやすく示す『レッテル』を貼り付ける行為と似ている。
そんなものは名前とは言わない。
アダ名のようなものだと思えば、頑なに拒否することもないんじゃないかと思えるようになった。
深月は、この畳2畳分ほどしかない小さな部屋にカーテンを押しのけて入っていく。
室内は思っていたよりも暗く、500歳の占術師なんて見ることはできなかったが、カーテンとカウンターの向こう側から感じ取れた気配は3つだった。
結局、占術師とは顔を合わせることもなかったが、カーテンの向こう側から年寄りのかすれた声が聞こえた。
「敬虔なる女神ジュノーの使途よ、汝は洗礼を受け、名を賜った。その名をべリアルとする」
椅子に座るや否やすぐに流暢な日本語を話す神官が名を読み上げた。本当にじっくり考えたのか? と疑ってしまいそうな早さで名前が出てきたという、たったそれだけのつまらない儀式だった。
ベルセリウスとアリエルを足して二で割ったみたいな、まるで駄洒落だったが、洗礼名を賜り、小さな部屋から出るとみんな雁首揃えて待っていた。
ロザリンドが待ちきれない様子で前に出てきた。なんかだか物凄く上機嫌に見える。
「君の名は?」
「それが言いたかっただけかよ!」
「姉さまパクりはいけないの」
いきなりパクるもんだから深月は反射的に応えた。
「パクリじゃないよ、映画の『君の名は。』は『。』ついてるし、昭和の『君の名は』は何もついてないんだからね」
「姉さまは?」
「君の名は?」
「ずるいの」
「どっちにせよパクリはダメだぞ。名前はベリアルって言われたわ。悪魔の名前だっけ?」
「死海文書の中に光と闇が戦う話があって、その闇の軍勢を率いてるのがベリアルだったわよね、たしか」
「ジュノー、お前は何でも知ってるんだなあ」
「何でもは知らないわ、知ってるktdk」
「それもパクりなの! 反省するの!」
調子に乗りすぎた。これ以上続けるとパシテーがお説教モードになりそうだ。
パクリ疑惑のことなんてもう棚の上にあげておくとする。
「でもまあ、ベルセリウスとアリエルを足して二で割ったような名前だと思えば、まあまあ、悪くないかと思って」
「あら、カッコいい名前ね。私はモミジだってさ。ちょっと可愛くて気に入ったかも」
ロザリンドが「紅葉」だったと聞いて、ジュノーはうんちくを語る。
「それ日本の伝承の鬼女よね。占術ってちょっと興味あるかも」
「なんでジュノーがそんなこと知ってんのよ」
「ジュノーは?」
「私はジュンよ。ジュノーと同じ意味を持つ6月の女神の名だって。だいたいさ、私が『敬虔なる女神ジュノーの使徒』ってどういうことよ。もう拒否った。私はジュノーでいいし偽名を使うときはリリスが可愛くて好き」
「パシテーは?」
「あらくね?」
「蜘蛛ね」
ジュノーが答える速さがクイズチャンピオン並みだった。
「はやっ……。でも蜘蛛なの?」
「アラクネは神々を嘲笑したせいで殺され、蜘蛛の姿に転生させられたとか。アルカディアの神話ね」
「いやなの。私も拒否するの。パシテーがいいの」
「で、タイセーは何になった?」
「聞いて驚け。以前居た勇者の名をもらって洗礼名はアーヴァインだと言われた」
「そのまんまかよ。占術師って適当に決めてるわけじゃないんだな」
「適当なの!」
深月たちはせっかく貰った名をドブに捨てて、自分たちの日本名か、もしくはスヴェアベルムで暮らしてた頃に名乗っていた名を使うことに決めた。
でもここでジュノーをジュノーと呼ぶのといろいろ面倒が起きそうなので、ジュノーだけは、ここにいる間限定で、普通に日本名、柊芹香と名乗ることになった。
でもタイセーだけは「俺はここでアーヴァインだったんだろ? じゃあアーヴァインだ」と、アーヴァインの名を拝領することにしたようだ。
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日が落ちてから馬車に揺られて大教会から西の方向だと思うが2~3時間ばかし移動し、都会の街並みが消えてしばらく行くと、ちょっと郊外にある施設へと案内された。
そこには門番が居て、あからさまな軍人だった。立哨という立ち番をさせられている。
軍施設であることは見ただけで分かった。
馬車を降りて集まったところでタマキに聞いてみたところ、ここが宿舎であり、訓練施設でもあるのだという。ここで訓練して戦う技術を覚えろという事だ。
今日からお世話になる部屋を与えられ、利用法などの説明も受けた。全員が部屋を与えられた。しかもそこそこに広い。日本で言う12畳と6畳ぐらいの広さだとパシテーが言ってた。
こんなところにはだいたい2段ベッドがビッシリ並べられていると思っていたのだが、大きめのベッドがあって、家具も必要最低限のものは用意されている。
寮のような作りになってはいるが、男性と女性が建物を別々になど分けれるということもない。恋愛も自由なのだそうだ。
何人か先住のひともいて短い挨拶を済ませた程度だが、なかなかフレンドリーな男だった。
そして召喚された25名は夕食前に綺麗な大部屋に集められた。
そこには50人ほどのエルフの少女たちが集められており、全員が跪き、こうべを垂れた姿勢で深月たちを迎え入れた。
室内に響く声で神官が言った。
「みなさまに与えられる側女でございます。ご自由に選んでくださいませ」
逢坂先生が生徒たちの代弁者になって神官に食って掛かる。
「側女? 与えられる? ちょっと待ってください、それって……」
「はい、あなたさまが選んだ側女は、あなたさまが所有し、あなたさまに一生、身も心も捧げます」
ざわざわとざわめき始めるクラスメイトたち。逢坂先生はその言葉の内容を真っ先に理解し、そしてここでも神官たちを相手に抗議を始めた。
「そ……、そんなことは認められません」
「失礼ですがあなたさまは、学校の先生であらせられますか?」
「はい、クラスの担任、逢坂といいます。そんなことは許されません」
神官はきつくあたろうとする逢坂先生に対し、まるで諭すよう、説明を始めた。
「先生、ここは日本ではございませんし、ここにあります側女たちは厳密には人ではありません。さらにもう一つ言わせていただきますと、ここはあなた方の知っておられる地球でもございません。まったく別の世界にある別の星です。この世界ではこれが普通。これが常識なのでございます」
説明を聞いて唖然とする逢坂先生と、色めき立つ数人の男子生徒。
この状況はもしかするとファンタジー小説などでよくある展開の異世界転移ではないかと思っていたところにこの説明を受けたのだから内心ではガッツポーズしている奴もいることだろう。
神官は説明を続けた。
「たとえば私はいま日本語で話しておりますが、この世界では日本語は通用しません。なので、あなた方はこの世界の言葉を覚えていただく必要があります。この側女には簡単な日本語を教示しておりますので、側女とコミュニケーションをとっているうちにこの世界の言葉も覚えられます。必ず」
逢坂先生は開いた口が塞がらない様子。そりゃ日本でもなければ地球でもない、ここはまったくの別世界だと言われたんだから、その場で固まってしまうのも無理はない。
頑として反対の考えを曲げようとしない逢坂先生に、深月はひとつ提案をすることにした。
「先生、郷に入っては郷に従えって言うでしょ、何を言っても無駄なんだ。選んだ子を与えられるっていうなら、俺は選んで一人でも助けることを選択するよ。俺の手は小さいから一人しか助けられないけれど、ここで無駄な議論をするよりはずっと建設的だ」
美月がジト目を送りながら深月に言った。
「手ぇ出したらマジで怒るからね、ホントもうこれ以上増えるの勘弁してよね? お願いだから」
「俺って信用ないなー」
深月がざっと見たところ、10~14歳ぐらいのハーフやクォーターエルフばかりなんだけど、一人だけちょっと年上の……18ぐらいと思われる純血エルフの子が混ざっていることが気になった。
こんなところに純血エルフが居るということは、どこかから狩られてきたのかもしれない。ここに居るのはだいたい生まれながらにして奴隷の子たち。奴隷から生まれたハーフやクォーターなのだ。
深月はエルフの少女にもわかるこの世界の言葉で優しく問いかけた。
「キミは? どこの出身だ? 名前は?」
エルフの少女は閉じた目をゆっくりと開き、跪いたまま、唇を震わせながら答えた。
「出身は答えられません。名はミツキと申します」
エルフの少女は、震える声でミツキと名乗った。
深月は、その名を聞いて愕然とした。
ロザリンドとパシテーも驚いてこの少女の顔を見つめた。
『もしや』と思い、あの時この手に抱いた赤子との共通点を見出そうと探しているのだ。




