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08-39 【SVEA&日本】 曇り時々雨

第八章完結です。応援してくださる方々に感謝を。

次話から九章。主人公たちはスヴェアベルムへと戻ります。




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 ボトランジュの長い冬が終わり、芽吹きの季節から初夏へと季節が移り替わるころ、アシュガルド帝国、シェダール王国、アルトロンド軍の3か国連合軍に『ゆるやかな包囲』を施行され備蓄の食料も底をついたマローニの街。


 街の代表者であるシャルナク・ベルセリウスはマローニには戦争難民が避難してきているにも関わらず包囲を解かず兵糧攻めのような計略を行う連合軍に対し、今日も話し合いでの解決を試みる。


 特にシェダール王国に属するボトランジュの民を飢えさせるような計略を使うシェダール王国軍に対しては炎上するかのように非難を展開していたが、この包囲が解かれたとしてもマローニ近郊の農作物は悉くが焼き討ちにあっている。いまから種をまいたのでは季節的にもう遅い。収穫は来年の秋まで見込めないのだ。


 シャルナク・ベルセリウスは困難な交渉を成功させねばならなかったが、剣を持って戦えない代表の主戦場なのだ。懐に刀を差して立ち向かう覚悟だった。


 そんな時勢の折、ベルセリウス別邸では、幼い双子の世話をするレダとてくてくの姿があった。


「ハデスは積み木がお上手なのよ。この子は将来いい設計士になるわ」


 ハデスが時間をかけて作った巨大建造物を、ドラゴン役のアイシスが壊してしまいハデスが泣かされるというのがこの姉弟のいつものパターン。ハデスの性格はサナトスに似て大人しく、親の言うことをしっかりと聞くいい子で、姉のアイシスのほうはまるでレダのようなお転婆っぷり。


 この子らを見守る眼差しの温かさとは裏腹に、取り巻く環境は日に日に厳しさを増してゆく。


 現在の食料は配給制となっていて、マローニ周辺に生えていた野の草ですらアク抜きをしたのちに食された。このまま事態が好転することなくただ飢えるに任せて何の施策も練らなければいつ食料が尽きるかはアドラステアたちが計算したのでもう答えが出ている。


 昼夜を問わず突然飛来する竜騎兵の空襲に対処するため、レダとてくてくの動きが封じられたいま、放っておくだけでマローニは敗れることが確定している。マローニの者たちは男も女も、まずは神経から消耗していった。


 シャルナクの交渉がうまくいかなければマローニは滅ぶ。

 状況は八方ふさがりといったところ。



 子供たちを寝かしつけてほっと一息ついたばかりのてくてくが自室に戻り、ドアを開けるとそこには……うっすらとオレンジ色に光る物体が浮かんでいたのだ。


 よく見ると人型のように見えるその物体はてくてくを認識すると、焦ったような口ぶりで話し始めた。


「テック! 手伝ってほしいの。あなたの力でベルを見つけ出して」


 身構え警戒を解かず、眉根を寄せて訝しむてくてく。


「この声は確か……ゾフィーなのよ?」


 その姿はよくわからなくとも何かに追い詰められたような焦燥感が伝わってくる。


「お願い、ベルを探して。時間がないの。早く!」



―― パチン。



 てくてくの耳に指を鳴らす音が聞こえると、そこは異様なほど高温多湿な世界だった。

 雪と氷に閉ざされた北の地に生まれたてくてくにとって、そこは過酷な環境だった。空気は湿っていて風も淀んでいる。


 てくてくは了承せず、いきなりこんなどこかも分からないような場所に連れてこられた。

 そう、ここはアルカディアの日本。


 何年か前、エラントの記憶で見た景色だ。


「誰かの記憶に飛ばされた? 違う。記憶じゃない。記憶なんかじゃないのよ」


 恐ろしく正確に平坦化された街の風景。馬車と人の通る道が分離された黒い道。そして城壁のようにそびえ建つ、灰色の巨大建造物。


 てくてくには感じることができる。

 主人アリエルの居場所。


 わずか200メートルほど先の、あの3階建ての石造りの建物の中に主人アリエルがいる。



「マスター! マスターがいるのよ! あそこに」


 てくてくの状況判断は早く、そして正確だった。

 ゾフィーの恐ろしい力で異世界に転移させられてしまったことを認識すると同時に駆け出す。

 でも思ったようにスピードが出ない。地に足がついていない感覚……。


 ふと足もとに目をやると、まるでいま会ったばかりのゾフィーのように、てくてくの身体もうっすらと光りを放っていて、足は半透明に地面が透けて見える。


 ハッと驚いて両手を開いて見ても同じ。てくてくの身体は透けて向こう側が見えるほどに存在そのものが薄らいでいるのだ。


「アストラル体? ゾフィー……計り知れないのよ」


 逸る気持ちとは裏腹に、思うように動かせない身体。焦って走ったところで空回りする。


 てくてくは何度も転びながら深月アリエルの居る建物に入って行った。

 多人数が利用するであろう玄関ホール。蜂の巣のような棚に何百という靴が放り込まれている異様な光景。靴ゾーンを通り過ぎ、奥に進み入ると装飾も何も施されていない殺風景な石の回廊がひたすら続く。


 てくてくが移動するごとに航跡を引き、わずかずつではあるが徐々に失われていく光はゾフィーが言った『時間がない』ことを如実に表していた。


 届かないかもしれない。扉は抜けられないから開く必要がある。

重い引き扉から校内に入り、ドアクローザーのバネで跳ね飛ばされるてくてく。逸る気持ちを抑えることもせず、すぐさま立ち上がり、主人アリエルのもとへ急ぐ。



―― グラグラ……


  ―― ゴゴゴゴゴォォ


 足もとを揺るがす得体のしれない振動がてくてくを不安にさせる……。

 この振動は地震なんかじゃない……、なんだか分からないけど大規模な魔導の波動を感じる。



「マスター! マスター!!」


 何度も倒れながら校舎に入り、そして階段を駆け上がる。

 アリエルを呼ぶその声は、授業中、ひっそりとした廊下に響き渡った。


 こんなうっとおしい天候で空気もむっとして呼吸するのも気分のいいものではない。

 授業中うたた寝しながらも完璧に授業を受けているように偽装中だった深月みつきの耳にもその声は届く。


 幻聴かもしれない。周辺からはてくてくの気配も感じない。だが、いま自分の耳に届いた声は、確かに鼓膜を震わせたその声は、小さな子供バージョンてくてくの声だった。



―― ガタタッ!


「てくてくの声だ!」


 授業中いきなり席を立ったのはクラスでは最も目立たないとされる嵯峨野深月さがのみつき

 担任の逢坂おうさか先生もクラスメイトもみんな驚いて深月みつきを注目した。


嵯峨野さがのくん、落ち着きなさい。こんな小さな地震でパニックになっちゃダメよ」


 ちょっとしたジョークのつもりだったのだろう、クラスメイト達がどっと笑っている中、当の嵯峨野深月さがのみつきは人差し指を立てて笑っている皆を制止する。


「シーッ! 静かに」


 深月みつきは窓際最後尾という、まったくもって昼寝に適した一等席から立ち上がり、真摯な眼差しであちこちの机に太ももをぶつけながら教室のドアへ向かって足早に急ぐ。



―― グラグラグラ


「地震?ちょっと大きい? みんな落ち着いて、嵯峨野さがのくん、常盤ときわさんも席を立っちゃだめ。そのまま先生の指示を待ちなさい」


 クラスのみんなキョロキョロと顔を見合わせていたが、ドアを突然ガラッと開けて教室に飛び込んできた物体に驚いた。物体? いや、光? それが何なのかは分からない。まるで光の粒が集まっていて、うっすらと少女のような形にも見えた。



「マスター!!」


「てくてく!!」


 嵯峨野深月さがのみつきと光の少女、お互いに差し出した手と手が触れ合うか触れ合わなかったかの刹那、光の少女がパァッと霧散して消えたその時、地鳴りとともに激しい揺れが1年1組を飲み込んだ。


 教室の床に魔法陣が立ち上がり、ピンク色ともオレンジ色ともとれる直視できないほどの光束ルーメンを放つ。



―― ゴゴゴゴゴ……


  ―― ガタガタタタタ……


 ―― グラグラグラ


「きたっ! デカいぞ。中心に来るか、それとも教室から出るんだ! 今すぐに決断しろ!」


 目立たない男の代表格、嵯峨野深月さがのみつきが授業中、席を立って大声でクラス全員に危急をを知らせ指示を出した。


 緊急であるにも関わらず、誰一人として何が起こったのかを理解しているものは居なかった。深月(アリエルが示した選択肢には教室を出ることも含まれていたが、すぐさま教室を飛び出した者も居なかった。決断しろと言われて、何を決断すればいいか分かった者など、日本で生まれ日本で育った、いい意味で平和ボケしている高校1年生の生徒たちのなかにはただの一人もいなかったのだ。


 柊芹香ひいらぎせりか常盤美月ときわみつき嵐山あらしやまアルベルティーナ、そして烏丸大成からすまたいせいは落ち着いたまま急ぎ教室の中央、さっき光の少女が霧散して消えた地点に集まったところで、1年1組の生徒たちは教室丸ごと光に飲み込まれた。



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 1年1組の32名と担任の逢坂美瑠香おうさかみるか、27歳、合わせて33名、ひとクラスの全員がこともあろうに授業を行っている最中に行方不明となり、日本中を震撼させる大事件となった。


 ほかのクラスの生徒や教員たちの証言によると、大きめの地震があり、そのあと落雷があったように一瞬光ったが、雷鳴は聞こえなかったそうだ。


 6月6日の天気予報ではこの地方、曇り時々雨で、落雷は観測されなかったという。

 郊外の小さな港町にある、有名人など誰一人拠出していない、偏差値は中の下、スポーツは並以下という、日本中に数多あまたある無名の底辺高校だった府立S高校は、前代未聞の失踪事件現場となったことで、しばらくはテレビのニュースやワイドショーが頻繁に取材に訪れ、不名誉にもその学校の名は日本中の人の知るところとなった。


 PTAの情報網、駅や街頭に出てのビラ配布、テレビ報道による情報提供の求めに応じる形で数多くの不確定情報が寄せられたが、情報の確認と処理に追われ、結果的に圧倒的な量のガセ情報があだとなり、警察は初動捜査で後れを取ることとなった。


 警察が威信をかけて徹底的に捜索したにも関わらず、33名の行方はようとして知れず、何の手がかりも得られなかった。


 状況が少しも進展することがなかったせいか、ニュースやワイドショーはわずか半月でこの町から去ってしまい、今は別の政治家汚職事件の事ばかり取り上げている。おそらく数か月後には行方不明になった高校生や、この町のことなんて誰も思い出さなくなるのだろう。


 そんな中、1年1組の目立たない生徒、嵯峨野深月さがのみつきが事件のカギを握るとして捜査線上に浮かびあがった。


 まず第一に、この嵯峨野深月さがのみつきと同じグループに属する男女あわせて5人のみが、失踪に関連していると思われる手紙を家族に宛てて残していたのである。警察はこれを重要な手掛かりと見ているようだ。


 そして第二に、嵯峨野深月さがのみつきの妹、嵯峨野真沙希さがのまさきも同日から帰らないということで警察に失踪者届けが出された。


 会見で話す市立中学の校長によると、事件のあった6月6日は朝、普通に中学校に登校したが、4時限目が始まった時にはもう姿が見えなかったという。兄である嵯峨野深月さがのみつきたち33名が忽然と消えてしまったS高校とは距離にして300メートル離れていて、同じ事件に巻き込まれるとは考えにくかったが、この嵯峨野真沙希さがのまさきも家族に宛てて一通の手紙を残していたことから、二つの失踪事件は関連しているとみて警察は更に手掛かりを探している。


 前代未聞の失踪事件が起こったN市では、この年の梅雨は例年よりも、しとしとと長雨が続いたという。



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