08-38 【日本】 嵯峨野深月という男
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一方こちら、サナトスやサオたちが勇者軍とたたかいどれほど善戦しているのかなどまったく知る由もない日本で、そろそろ行われるであろう勇者召喚についてまだ調べている深月たち。
前回の行方不明事件と、そして更に前の行方不明事件について調べていたけれど、有効かと思われる手がかりはなかった。記録では5回分の行方不明事件が残っていたが、それらすべて6月に起こっていることが分かった程度……。手がかりになりそうなことはそれだけ。
今は気配察知のスキルを磨いて、転移魔法陣の展開する座標を知らせる役目の人物を探し出す方向にスイッチしている。もちろんそんな人間が居るかどうかは分からない。だけどもう手がかりがないし、何をすればいいのかも分からないのだから、何もしないよりはよっぽどいい。
ところで、ある日のこと。
気配察知のスキルを磨く方向で鍛錬していると少しおかしなことに気が付いた。
誰なのかは分からないけれど、たまに誰かがこちらを見ているような視線を感じる……。
いや、視線というよりも不審な気配? と言った方が状況をより正確に表現しているかもしれない。でもそれはジュノーやパシテーを見ているのではなく、常に自分、つまり嵯峨野深月を見ているようだという事までは分かった。女たちを見つめるストーカーの視線だったらとっ捕まえてケチョンケチョンにぶん殴ってやるところだけど、自分を見ているならどうだっていい。襲ってきたら返り討ちにしてやればいいだけの話だ。
気配を察知しきれないほど気配を消す技術に長けてるような相手が日本にいるとは考えにくいってことが最大の謎でもあり、問題でもあるわけだが。
それでもまあ、その不審な気配を感じてはいたが、襲ってくることもなければ何か仕掛けてくるようなこともなかったので、様子を見ることにした。
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そして年月は流れ、スヴェアベルムに帰る方法はまるっきり見つからないまま、日本では勇者召喚の年を迎えた。分かった事はと言えば、深月たちがあまりにも無力だってことぐらい。
スヴェアベルムってのは本当にひどいところで、現代日本のように安穏とした生活とは無縁の、弱肉強食の世界だ。いつかパシテーが『こんな世界滅んでしまえばいいの』と言ったその気持ちが今になって良くわかる。深月だけじゃなく、美月もパシテーも、あの世界を知るものが日本と比べたら誰に聞いてもスヴェアベルムなんて酷いところだと答えるだろう。でも、世界が残酷な分、力を合わせて、身を寄せ合って、一生懸命に生きる人たちの姿はことのほか美しい。
アリエルたち3人がアルカディアを目指してマローニを出てから、今年でもう16年がたつ。これほど長い間帰らないのだ。向こうに残してきた家族はどれほど心配してるだろう。日本の家族にも同じ思いをさせるのは忍びない。
スヴェアベルムに戻った時、日本から消えてしまったあと家族に読まれるよう、手紙を書いておくことにした。家族にあてて。
桜の花が狂い咲き、土手に黄色い菜の花が一面を彩る季節。
嵯峨野深月、柊芹香、常盤美月、嵐山アルベルティーナ、そして、烏丸大成は、中学を卒業すると、みんな揃ってすぐ近くの高校に進学することとなった。
今生のタイセーは剣道が全国レベルなので剣に打ち込む努力が半端ない。ついこの前、木刀を持ってる学生がいると通報され、警察官に厳重注意されるまで海岸で木刀を振っていたぐらいだから勉強なんてこれっぽっちもしていなかった。
そのタイセーの学力を合格ラインの上まで一気に引き上げたのがパシテーこと嵐山アルベルティーナ。前世では教員だった経験を遺憾なく発揮した。
嵯峨野深月は身長170センチぐらい……なんてもう言わない。
正確には170.3センチまで伸びたので、170ちょい! と言えるようにはなった。
そして前世から大きかった美月に至っては197センチにまで成長を遂げた。
人間の女子高生で197センチは異常だけど、2メートル超えロザリンドで慣れている嵯峨野たちにとって、もう美月は大きくないと美月じゃないようにも感じる。
男性の中に混じってもポンと頭ひとつ飛び出すので見つけやすいことから、人混みで迷子になりやすいパシテーなんかでも美月の頭を探すことで迷子になることを防げるという素晴らしい利点があるのも付け加えておこう。
もちろんバレー部やらバスケ部の勧誘が凄まじく、教室にまで押し寄せてきていたが、そんな折、先日行われた体力テストで手加減の匙加減をほんの少し間違えたらしく、非公式にでも100m10秒台などという、全日本女子の日本新記録というタイムをたたき出したもんだから陸上部の勧誘も毎日のこととなった。これでいて強化魔法を使っていないというのだから末恐ろしい。
さっきも上級生に呼ばれて教室を出て行ったところだ。
中学の時部活をやってたら名門校とかからの勧誘もあったのだろうけれど、こちとら部活なんてやってる時間なんてなく、ひたすら異世界転移の手がかりを探していたものだから全員揃って帰宅部。中学では剣道部がないのでタイセーですら帰宅部だったが、通っていた剣道場から出た試合で全国大会に行き、その結果好成績を残したことで剣道をやってる者の間ではちょっと知られた存在だった。
「自分、部活やる気ないッス。格下を叩きのめして表彰されるなんてお断りっスわ」
高校に入ってすぐ剣道部に勧誘されたタイセーは入部を断る際にちょっと言葉を間違えてしまったことで先輩たちのプライドを傷つけたらしく武道場で立合うことになってしまったが、先輩とは言え、弱小校の部活程度ではタイセーの相手にはならなかった。
観戦していてウズウズが我慢できなくなった美月が乱入。タイセーと防具なしで打ち合っているのを見て、いや剣筋に関してはほとんど見えなかったろう立ち合いを見て、男子部員も女子部員も、この二人の勧誘を諦めたという。この二人がルール無用で殺し合うような殺気を少しでも感じ取れたなら、剣道部員たちも武道家として誇っていい。
柊芹香は小6で転校してきたときすでにダテ眼鏡をやめて本気を出していたせいか、噂をききつけて隣の市の交流のない中学校からも見物人が来るほどのモテっぷりを披露していた。いまの柊芹香は美月とも打ち解けて仲がよく、都合、何度も繰り返す輪廻の中で何千年も続いてきた確執はここにきて氷解したようで、いまは普通に仲がよく見える。もちろん教室でケンカすることもないので、誰もジュノーのことを、人付き合いが苦手で近寄りがたい、気難しい女子だということを知らないのだ。
そしてその柊芹香と双璧を成す美少女、嵐山アルベルティーナ、通称パシテーも同じ中学、同じグループにあって、同じ高校に無事進学し、そしてどういう粋な計らいなのか、それとも中学から上がってきた素行評価などの内申書がそうさせたのか、嵯峨野深月たち5人はみんな1年1組と、同じクラスで1年間を過ごすことになった。
学内では「なあお前どっち派よ?」「絶対嵐山!」「お、おれは柊だな」なんていう会話がよく聞かれた。そんな美少女二人がすぐ隣に居て妬まれないはずもないのだけれど、中学に入ってからはイジメられたこともなければ、三人と三股かけて同時に付き合っていることを面と向かって批判されたこともない。あ、そういえば岩津の野郎だけはイチャモンつけてきたんで徹底的にブチのめしてやった程度だ。
でもまあ、美月とタイセーが目を光らせてくれていたから15になるまで平穏無事に過ごせている。これまでの人生でおそらく一番の平穏さだ。だいたい幼少期から中学ぐらいまでは岩津のボケに虐められて過ごした記憶しかない。
美人であることは間違いないが、ただ身長が約2メートルという全日本女子バレー選手と比べても体格で勝る美月は、前々世の身長150センチちょいのちっこい美月だった頃よりりもなぜか男たちの評価は低い。むしろ女たちにモテるという逆転現象が起こっている。
一方タイセーのほうは、きょうびの中学生としてはとても珍しい『番長』という役職に就いていた。東で同級生が他校の生徒に殴られただとか聞いては、行って〆、西で後輩の女子が他校の生徒に付きまとわれていると聞いては、行って相手の前歯を折って帰ってくるというバイオレンスな生活を続けていたが、中2の夏に深月たちの強化鍛錬に同席し、木刀をもってパシテーと立ち合い、コテンパンにのされて以来か、なんだかいろいろ考えが変わったのだろう、今のタイセーはもう番長職を退いたあとの名誉番長のような訳の分からないポジションにいる。バイオレンスからは一線を画したのだ。
ジュノー見物にくる他校の奴ら(高校生含む)にいちいち「おまえどこ中よ?」なんて凄んでいたのは過去の話。、ちょこっとだけジュノーの強さを知ってしまってからはなんだかやる気がなくなったようで、憑き物が落ちたようにおとなしくなってしまったが他校のヤンキーどもから同級生を守るという『番頭』の役目だけはしっかりと果たしている。
高校に上がってからはもちろん、タイセーは学内で喧嘩をしたりとか問題を起こすことはなくなった。あの常盤美月の舎弟であるにも関わらず、喧嘩は強いがたいそう温和な人間だと思われているようだ。日本の女子たちは昔から『気は優しくて力持ち』というキャラクターを好むから、タイセーはいま人生の春を謳歌しているようにモテているけれど、どうやら好きな女がいるようで、せっかく女の子が勇気を振り絞って告白してくれているというのに、色よい返事をしたことがないという変態だ。
高校に通うようになって、同じクラスになった一人の男子生徒がいる。
名を韮崎真也と言い、中2の頃、強い強いと噂されていたタイセーに挑んで撃沈された一人だ。そんな奴が高校に入って同じクラスになったのだからこりゃまたひと悶着あるかな?……と思ったらそうでもなかった。
何しろ相手の烏丸大成が巨人族みたいにデカい女の舎弟に収まっているというから、鼻で笑う以外の反応はできないのである。韮崎自身そのタイセーに完膚なきまで叩きのめされたということはこの際棚の上にあげておいても。
別の中学ならば敵同士、同じ高校に入ったのだからこれからはもう仲間なのだけれど、それはそれ。じゃあ今はタイセーと韮崎どっちが強いのか? ってことだけははっきりさせておかなくちゃいけない。それがこの世界のルールなのだ。
「イラつくぜ。入学してから2か月たつが、烏丸の野郎はクラスをシメようともしねえ」
韮崎は取り巻きのヤンキーたちに不満をぶちまけた。
「他のクラスの奴もここに烏丸が居るってだけで手出しをしてこない。上級生ですら避けてやがる。まだ誰もこの烏丸の没落を知らねえんだ」
柊と嵐山という、二人の完璧美少女がいるグループに入って『実はボク真面目なんだよ」なんてフリしてるのかもしれない。なんか嵯峨野? なんてヘタレにタメグチ許してるのも気に入らないし。烏丸も落ちたもんだ……なんて言う奴が居るってのも頷ける話だ。
「だがな俺は知ってんだ……そう、この顎が覚えてるぜ」
すっかり毒が抜けて大人しくなってしまったタイセーを睨みつける鋭い眼光。
韮崎は知っている。腑抜けのようになってしまった烏丸だが、あのころと比べて体は大きくなってるし、服の上からでも筋肉がついているのは分かる。あれは鍛えた筋肉の付き方だ。弱くなってるわけがない。
入学当初は「同級生の中にあの烏丸大成が居る」という噂が嵐のように吹き荒れ、内ポケットに忍ばせたクシで前髪を上げようかという男子生徒たちは心底震え上がったが、同時に「あの柊芹香も嵐山アルベルティーナもいっしょに入学してきた」という事実が男どもを浮足立たせた。
「あの烏丸」「あの柊と嵐山」と、どっちの『あの』が男どもの話題をさらったかというと断然後者の「あの」だった。
だが、その柊も嵐山も、他の同級生は誰も入れない、見えない鉄の壁で囲まれた5人組のグループに属している。CGか? と見間違うほど美しい柊芹香と、子どもっぽくはあるが北欧の血が混ざったクォーター美少女、嵐山アルベルティーナ。それとなんかすげえ威圧感の塊みたいな巨人族の女と、冴えない、ただひたすら冴えない嵯峨野なんて野郎とつるんでいる。なんでも小学生のころからずっと一緒なんだそうだ。
韮崎は鼻で笑った。
そりゃそうだ、じゃないとあんな冴えないオブザイヤーを3年連続で受賞してしまいそうな嵯峨野があのグループに入れるわけがない。
だがある日のこと、嵯峨野深月を斜から睨みつける韮崎に一つの情報が伝わった。
それはあのどこから見ても一般人で、男子100人いたら喧嘩90位ですみたいな嵯峨野深月が実はムチャクチャ強いという嘘みたいな話だった。
幼稚園のころから小学、中学、高校、嵯峨野とはずっと一緒だった野球部の瀬戸口が言うには、3年の岩津さんの幼馴染で、近所に住んでる嵯峨野とは何度も小競り合いを繰り広げたが、その都度、コテンパンにのされてしまったらしい。
岩津さんといえばS高ラグビー部でもナンバーワンのガチムチ脳筋だ。そもそも180センチ以上あろうかという筋肉でできたような巨躯を嵯峨野のような一般人がどうにかできるなんて到底思えないというのに、それが全敗していると言うのだから信じられる話じゃあなかった。
「信じねえって。なんだそりゃ、中学じゃ烏丸が番張ってたじゃねえか」
幼い頃から何度も嵯峨野に負けたという瀬戸口は更に付け加えるように忠告した。
「なあ韮崎、嵯峨野を舐めないほうがいいぞ。おな中出身の奴らは、烏丸より嵯峨野のほうが強いってことぐらいみんな知ってるよ。そしてあの女3人は全員、嵯峨野の女だからな」
韮崎は耳を疑った。最後のほうに聞き捨てならないセリフが混じっていたからだ。
「はあ~?」
烏丸はたぶんこの1年男子じゃ三本の指に入るぐらい女子の注目を集めているが、烏丸の所属するグループのそのメンツが、烏丸ファンの女子たちから夢を奪ってるという事実がある。
女子生徒たちが噂するのを聞いたことがある。烏丸が好きなのは柊か嵐山か。はたしてどっちが烏丸と付き合うのかと。烏丸の小学、中学時代を知らない女子たちには嵯峨野なんて眼中にないのだ。
その5人のグループを小学生のころから知ってる瀬戸口は、烏丸が、あの中の誰かを射止めるなんて、あり得ないと言う。嵯峨野深月が3人とも俺の女だと声高に宣言したのをみんな知っていて、その4人は昼ドラのようなドロドロの愛憎劇を繰り広げるわけでもなく、ただ仲のいい4人組として存在しているのだ。
要するにだ、幼馴染だからグループに入れてもらっているのは嵯峨野ではなく烏丸のほうだという。韮崎はここまで話を聞いても半信半疑、というより、疑いのほうに傾いているが、どっちにせよ、烏丸が腑抜けになってしまったことは確かだと確信を持った。
「烏丸が一年をシメないなら俺がシメてやんぜ」
高校入学からしばらく。普通のツッパリヤンキー学生である韮崎真也が気合を入れ、一年をシメようと勢力を伸ばし始めた6月6日、4時間目の授業、担任の逢坂先生の数学の授業中、それは唐突に訪れた。
―― グラグラ……
―― ゴゴゴゴゴォォ……
「地震? はい、皆さん落ち着くように。……大丈夫ですよ、揺れは小さいです」




