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08-37 【SVEA】 マローニの命運

あれから更に1年の月日が経過します。セイクリッドたち勇者軍のマローニ攻略も2年目です。



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 セイクリッド率いるアシュガルド帝国第三軍陸戦隊の旗を掲げる勇者軍はマローニ攻略で未だ苦戦を強いられていた。


 マローニ攻略2年目、日本から召喚された者たちが古くからこの街に住んでいて、帝国に敵対しているという事態を重く見た帝国軍はここにきてようやく重い腰を上げ、虎の子の新兵器である竜騎兵を10騎投入。


 帝国から南東外縁の山岳地帯に棲む飛竜ワイバーンを卵から飼育して人に慣れさせ、背に鞍を付けて人が乗れるようにした飛行兵のことだ。この飛竜ワイバーンに乗って矢の届かない上空から、射程の長いファイアボールで攻撃するだけだが、制空権などという言葉のなかったスヴェアベルムにあって、初めて空を制した竜騎兵は初陣で目を見張るような戦果をあげた。


 マローニの街は考えてもいななった空からの攻撃に防戦もできず、防護壁の内側では広範囲から火の手が上がり、もうもうと立ち上る黒煙がその火災の規模を知らしめた。


 これにより竜騎兵の実戦での評価は高くなり、アシュガルド帝国に空軍が新設されることなる。



 だが竜騎兵が投入されてしばらくすると、マローニにも新しい戦力が追加された。

 これまで体調が悪くて、王国軍との緒戦で倒れて以来ずっと薄暗い部屋に閉じこもり気味だったてくてくと、産後しばらくは戦場に出るものじゃないと言われ、双子アイシスとハデスをしっかり育てていたレダが満を持して参戦したのだ。


 竜騎兵の働きで帝国側に傾きつつあった戦況を、たった2人のエルフの女がひっくり返す。


 何よりも恐ろしい力を持っていたのは闇の魔法を行使する幼い少女だった。こちらの少女はセイクリッドがここに来た時少しだけ話したエルフだった。


 もう1人、疵面スカーフェイスのほうもシェダール王国騎士団からの聞き取りで報告は受けていた高位の土魔法を使いで、まさかこれほどの力を行使するとは思っていなかった。


 この2人がなぜ今の今まで参戦してこなかったのかは分からないが、まさかこの段になってこれほどの戦力が出てくる事は、またしてもセイクリッドだち帝国軍にとって大きな誤算だった。


 ならばまずは弓兵から倒せと作戦を変更。冬将軍が降りてくる前の総攻撃で、防護壁の上から矢を射て牽制する弓兵ども狙ってカイルの爆破魔法で一掃したことにより、セイクリッドたちは矢の射程を考えず、門に近づくことができるようになった。また空襲する竜騎兵たちは、制空権を完全に掌握し、24時間いつでも安全に空襲を行うことが可能となった。


 当然、追い詰められた魔人サナトスを筆頭とするマローニの戦士たちの抵抗が激しくなるのは想定していたはずの戦場だった。


 いつものように鉄壁の守備力を誇るサオを崩すために厳しく攻めるグレイブが、凝りることがないのかサオの爆破魔法を被弾し、それをケイトが治癒するという普段通りの展開だった。

 サオに近づくのに無傷ではいられない。被弾覚悟で突っ込むしか方法がないことも確かだ。


 ケイトがグレイブに治癒魔法を発動させたところで、疵面スカーフェイスエルフの放った攻撃性土魔法で岩のトゲが地面から何本も突き出した。セイクリッドは盾を寝かせて下方向からの攻撃をガードせざるを得なかったのだ。


 セイクリッドの盾の守りが一瞬だけ崩れた。



―― ドオオオォンンン!


  ―― ドウオォォ!


 偶然だったのかそれとも狙いすまされた一撃だったのか、身体をさらしたセイクリッドの懐深く、超高速で2発、爆破魔法をネジ込まれて無防備なところに被弾する。


 まず門を守るサオに対して常に動きながら執拗な攻撃を続けるグレイブに爆破魔法を当てたところからが布石だった。動きが止まっている時間を極力短くするようすぐさまグリモアによる高位の治癒魔法を詠唱するケイトの動きも当然想定済み。ケイトの詠唱を止められないよう治癒師を守るセイクリッドの動きまで読まれていた。


 刹那、足元の地面からまるで金属のように変質した高硬度の岩がトゲとなって突き出す。


 初めて隙を見せたセイクリッド。いや、無理やり盾をこじ開けて隙を作られてしまった。


「ウオオオオオ! セイクリッドオオオォォ!」


 爆破魔法を盾の内側で被弾し、盾を手放してしまったセイクリッドに襲い掛かるブライと、非常事態を察し、セイクリッドを援護するため身体を割り込ませるレイン。


「させないっ!」



 景色が、動作が、まるでスローモーションになってしまったかのようにゆっくりと進む。


 鉄壁の守りを誇る筆頭勇者セイクリッドを崩す、見事な連携攻撃だった。


 この時、セイクリッドの危機が演出され、魔導師のカイルも一瞬だけチラッとよそ見をしてしまった。仲間に爆破魔法が直撃する。それの意味するところを他の誰よりもよく知るカイルだからこそ生まれた一瞬のスキ。狙っていたのは魔人サナトスだった。


 サナトスは父アリエルから盗んだ爆破魔法をもってマローニの弓兵50人を皆殺しにしたカイルに対し、これまで一度も見せなかった『縮地』を使って安全圏だった間合いを瞬時に詰め、振り上げた大剣を振り降ろす。

 

 父が打ったと言われる幅広の両手剣が、サナトスの身体の一部となったように軽くしなやかな航跡を引いて襲い掛かる。その剣には明確な殺意と、例えようのない怒りが込められていた。



―― ズババッ!


 カイルは攻撃を躱すこともできずに鎖骨から腰まで袈裟斬りにされてしまう。まっ二つになった。

 致命傷などという生易しいものではなく、仲間が両断されてしまったのだ。


 攻撃がクリティカルヒットしたカイルに気を取られ、何とかしなくてはとグリモアを開いたケイトは耐魔導障壁を重ねて張った結界が薄くなっていることにまで気が回らなかった。てくてくから噴出した闇の触手に囚われたところ、サオが放った[爆裂]の2連発すべてを無防備な横っ面に被弾。ケイトが倒されたことで一気に前線が崩れ、戦況は大きく傾いた。


「ケイトおお! グレイブ、レイン! いったん引け! 立て直すぞ」

「了解だ!」


 レインの返事はなかった。



 レインがブライの拳を受けて倒れたのだ。

 被弾したところを狙われたセイクリッドを庇うため、反射的に飛び込んだレインは、ブライが必殺のタイミングで繰り出した拳に胸を貫かれていた。


 一つ、セイクリッドは大きな考え違いをしていたらしい。


 自分が兄と慕ったブライが、自分たちに対して本気で殺しに来るなんて思ってなかった。

 あんなにもブライを慕っていたレインをこうもあっさりと殺すなんて、これっぽっちも思ってなかった。



「うわぁぁ! レイン! レイィィン! ブライ貴様、レインはお前のことが好きだった、ずっと慕っていたのに! なんてことを……お前はもう人じゃない! 人じゃなくなってしまったんだなブライィィ」


 致命傷を追わせておきながら、慌ててグリモアを取り出しページをめくるブライの姿を見たセイクリッド。

 何をいまさら……とあざけるような感情が先に立ったが、ブライの治癒術ならレインは助かるかもと心が動いてしまったのも確かだ。


 しかし戦場の女神は非情だった。

 爆破魔法がすぐ近くで炸裂しその衝撃波はレインに治癒魔法を施そうとグリモアを開いていたブライをも巻き込み、詠唱が止められてしまう。その爆破魔法は前に出すぎているブライを援護するため防護壁の上にいるエラントが放ったものだ。


 爆破魔法の着弾が3秒遅れていれば或いはレインは一命をとりとめていたかもしれない。

 いや、レインの受けたダメージは深刻だった。最初から治癒魔法など意味がなかったのかもしれない。


 未熟だった。

 自分が守備のかなめだと高をくくっていた。だがしかし、盾を手放してしまったという、ただそれだけのことで一気に崩されてしまった。



 爆炎と黒煙そして砂埃が晴れると、継戦のかなめだった治癒師ケイトも、攻撃のかなめだった爆破魔法使いカイルも、もう息をしてはいなかった。


 これまで足りない戦力で不利な状況をどうにかこうにか戦ってきたセイクリッドたち勇者パーティは、一瞬の乱れから3人を失ってしまった。あの時こうしていれば、いやこうしていれば……などと、いくら悔やんでも悔やみきれない。


 戦闘終了のラッパが吹き鳴らされ、仲間の遺体をポンチョにくるんで荷車に乗せた。

 ひとまず数キロ離れたキャンプ地まで後退し、今後の対策を練ることになった。



 これは自分の甘さが招いた敗北だと唇をかみしめるセイクリッド。


 ここは戦場だ。攻めているのもセイクリッドたち帝国軍のほうだ。仲間が命を落とすことに恨みごと言うつもりはない。セイクリッドたちもここにきて大勢の人を殺しているのだから。


 だがしかし、これまで苦楽を共にし、背中を預けて戦ってきた大切な仲間を倒された。

 それが裏切り者の手に掛かったとなると、心に湧き上がってくる憎悪は計り知れない。


 退却する勇者軍の足取りは重い。


「セイクリッドすまん。最初に俺が狙われたんだな……」

「いや、敵の狙いは治癒師のケイトだった。守り切れなかったのも、被害が拡大したのも俺が弱かったせいだ。グレイブは気にするな。お前に責任はない」


「いやセイクリッド、自分を責めるな。今日は運が悪かったとしか言いようがない。悪運が死神を呼び寄せたんだ」


 確かにグレイブの言った通りなのだろう。だけどセイクリッドは返事をする気力もなかった。

 狙われたのは確かにケイトだった。しかしバッドラックが重なり、カイルも、レインまでも失ってしまった。


「いっそのことクビにしてほしいな……俺はもう疲れたよ」

「あー俺もだな。どこかほかに行くとこあったら俺も逃げ出したい」

「帰還命令あればいいけどな、どうせまた補充だろう」

「補充なんていたっけ? もう残ってる勇者は俺とセイクリッド、お前だけじゃねえの? お高くとまった騎士勇者たちはこんな辺境に来ないだろうし……」


 そう。もうセイクリッドたちアシュガルド帝国軍は、勇者のスペアが尽きてしまった。

 数キロ歩けば竜騎兵の駐留する駐屯地があるが、ここもいったん離れることになりそうだ。

 今後どうするのかは300キロも南にくだったノルドセカあたりで夜通しの会議が執り行われ、紛糾ふんきゅうすることだろう。


 セイクリッドたちの遠征は今年も敗北で終わった。

 このままシェダール王国の長い冬をアルトロンド領にある神聖典教会の総本山がある城塞都市ガルエイアで過ごし、春になって雪解けを見るとまた欠員を補充したのちにマローニを攻めることになりそうだ。



「はあ、街に着いたらアイシャに手紙を書かないと……」

 アイシャはレインともブライとも親交がある。でも何があったかなんて手紙じゃ伝えられる気がしない。自分の目の前で起こった出来事をアイシャに伝えることすらできそうにない。


 マローニから撤退した勇者軍は、12日かけてノルドセカに戻り、渡船でセカへと渡ったところで補給物資を運ぶ一団と遭遇した。セイクリッドはアイシャへの手紙を渡したのと引き換えに、一通の手紙を受け取った。


 手紙の主はタマキ。


 タマキは日本人。剣も魔法も使うが性格が戦いには向いていないという理由で戦場には出ず、異世界転移してきた者たちの世話をする役職に就いていた女性補佐官だ。


 便箋はたった1枚。

 書かれていた内容はたったの一行。


 かねてからのやまいが悪化し、アイシャは天に召されたと。



----


 翌年、翌春はセイクリッドたち帝国軍は人材不足を埋めるため、5万もの大軍を率いてマローニを攻めることとなった。勇者パーティが敗れるような戦力に一般兵が何万居ても結果は同じことだ。

 しかし与えられた戦力で何とかして戦い、勝利せねばならないという使命を帯びた勇者軍の分析官はマローニの強大さを認めたうえで、マローニの東西南北にある門を封鎖して物資の流入を停止させるという帝国軍人にあるまじき戦術を提案。


 スヴェアベルムでの兵糧攻めという戦術はそもそも攻砦戦や攻城戦に使われる戦術である。

 マローニはセカ陥落の折に多くの難民を受け入れており、王国の調べでは人口20%増となっている。人道的に戦争難民を受け入れているマローニを封鎖するなど、誇り高き帝国軍人がとってよい戦術ではない。


 だがしかし、一向に戦果の上がる兆しが見えない勇者パーティを後ろから見ていた分析官と助役たちは、戦闘が長引いて自分たちの評価が下がってしまうことを危惧している。


 「マローニに巣食う者どもは人にあらずや。人道的に戦った結果の敗北でありましょう」と訴え、帝国軍はシェダール王国軍とアルトロンド領軍あわせて5万もの大軍を率いてマローニを取り囲み兵糧攻めという戦術が採択された。


 マローニの周辺で食料を生産していた農家中心の小規模集落は手当たり次第に焼き討ちにされ、狩猟に出た狩人もそのほとんどが帰っては来なかった。もとより、帝国軍も新鮮な肉を欲するため乱獲に遭い、マローニ周辺では獲物そのものが激減していて、ついにはディーア、モウ、ガルグなど、大物の食肉が捕れることはなくなってしまった。


 これによりマローニは一気に追い詰められることになる。


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