08-35 【SVEA】 セイクリッドの誤算
マローニを攻める挨拶がわりの前哨戦を挑むため、整列して門の前に立ったセイクリッドたち勇者軍。
セイクリッドのみならず、日本から召喚されてきた者たちは敵側に見知った顔ぶれがあったことに驚きを隠せない。
「なぜアンタがそこにいるんだ? なぜアンタがそちら側に立っている?」
レインが困惑している。
「ねえセイク、ブライが敵に寝返る可能性はほとんどないって言ってたじゃん……どういうことか説明してよ」
「あれは敵だよ。俺たちの前に出てきたってことは敵だ。レイン、ちょっとでも隙を見せると殺られるのはこっちだ。あの男の実力を知らないわけでもないだろ?」
それでもレインは首を横に振った。
「私はイヤだよ……」
「おいおい、お前らやめとけって……」
馴れ馴れしく声をかけるベルゲルミル。
その容姿からはセイクリッドやレインを懐柔できる要素など一つも見えない。ただのいやらしいハゲ男だとしか言いようがない。
だがセイクリッドはこの男を要注意人物と見た。魔物に対して名乗りを上げる必要などないという帝国軍の暗黙の了解をも曲げてベルゲルミルを前に名乗りを上げずにはいられなかった。
「俺はセイクリッド。アンタと同じもと日本人だが帝国で勇者をやってる。魔物どもに名乗る名は持ち合わせちゃいないが、そっちには言葉の通じそうな奴が大勢いそうなんで名乗っておくよ」
「ああ、俺はサナ……」
「いや、いい」
サナトスの名乗りを制止して聞く耳を持たないというセイクリッド。
「んじゃおっぱじめるぞ。今日のところは挨拶がわりだ!!」
「まてって! 俺の名乗りもを聞いてけよお前ら」
魔の勇者カイルはベルゲルミルの名乗りを待たず、48節という長大な起動式をグリモアによって瞬時に詠唱を完了し、その杖の先から光が迸った。
カイル自慢の爆破魔法だ。実戦で使うのは初めてだが、緊張感もほどほどに間違いなく撃ち出された。
狙うはマローニの門。弾丸のように空気を切り裂いて襲い掛かる光の弾。
放たれた破壊の光に臆せず、一歩も引かず、門を守るはサオの盾。
―― ドッゴォォォ!
爆破魔法はそこに居るのがたとえか弱いエルフの婦女であっても容赦のない威力を発揮する。
もともと手加減の利かない魔法。その場にあるものはすべて破壊しつくされる……はずだった。
ふわっと柔らかな熱風が吹いて、爆炎を薙ぎ払う。
そして現れた二枚の盾。そう、日本語で銘打たれた『鎮守の盾』がマローニを守る。
鋼鉄の盾に彫られた日本語に驚く間もなく、二枚の盾の隙間から光が飛び出す。恐ろしく高速で、そして針の穴を通すように正確な射撃だった。
―― ドゥオォォ!
「ぐっ……」
サオの[爆裂]を盾で受けるセイクリッド。まさか盾で受けたあと炎が液体のようにかぶさり、そのあとで肌を焼くとは思っていなかった。
まさか爆破魔法を爆破魔法で返されるとは考えてもいなかったことだ。
《 ケイトが張ってくれた耐魔導障壁の中にあってこの威力か……》
神器の盾がなければ無事では済まなかったところだ。
「このっ、よくも!」
奇襲気味にサオを狙われて激高するサナトス。
魔の勇者カイルを狙って[スケイト]を飛ばす。
―― ガッキィン!
横からサナトスを襲う重い一撃。辛うじて剣で受けた身体がズレるほどの威力だった。
割って入ったのはレイン。パーティ戦闘では魔導師や治癒師から倒すのがセオリーだが、守る方もそんなことは百も承知だ。ただ指をくわえて魔導師をやらせるわけがない。
レインは一撃を防御したサナトスに、まるで余裕でも見せるかのような表情で言い放つ。
「速いのね! だけど見え見え。戦術ってものを学んだほうがいいわ。モンスターさん」
「この! 女だからって!」
「あら? 女の子だったらなに? 手加減でもしてくれるわけ? ぜひお願いしようかしら。私はあなたの首がほしいのだけど」
「ちいっ!」
激しく打ち合うサナトスとレイン。剣ではレインのほうが上かと思われた。サナトスは少し押され気味で先手先手を取られ防戦一方になりつつある。
狙いすましたように撃ち出される魔法攻撃。
サオの2射、3射がカイルを狙う。
―― ドッゴァ!
―― ドドォォン!!
だが、神器の盾を使うセイクリッドが魔導師たちの守備にまわった。
「ぐあっ……」
「カイル、俺の背後から出るんじゃない。ケイトもだ」
レインと激しく打ち合うサナトスの背後から踊り込んでくるのはブライ。己の肉体を武器として拳で戦い、高位の治癒魔法も使えるモンク。まず治癒師から倒すのが戦場でのセオリーだとするなら、この治癒師は前に出すぎている。
レインはブライが突っ込んできたことで気が削がれ、サナトスから間合いをとった。
「ブライ……あなた本気? 目を覚ましなよ、なんで私たちの敵になってんのよ?」
「敵になったつもりはない。ただお前たちの目を覚ましてやりたいだけだ、レイン、戦闘をやめるんだ」
「どっちが……」
並の治癒師がノコノコ前に出てきたのなら喜んで剣を振り下ろすだろう。だが誰もそうしようとはせず、勇者たちは間合いを取って囲む陣形へと移行した。
一瞬の睨み合い。時間が停まったように静寂が流れる。
ブライひとりにえらく警戒したものだ。
だが間合いをとったらすかさずサナトスの爆破魔法が飛んでくる。
それは異質だった。グリモアを開く動作も見せずに練り上げているというのに、その飛来するスピードは目にも止まらないほどに速く、その威力すらも自在に操っている。
―― ズバーン!
明らかにサオの爆破魔法とは違う炸裂音。戦場にいる皆が一様に耳を傷めた。音だけではなくその魔法の特性まで違う。
魔の勇者カイルは大声を張り上げ最大限の警戒を促した。
「こっちの魔人は爆破魔法が異質だ! 注意しろ」
セイクリッドはサナトスの爆破魔法を神器の盾で受けておきながらその衝撃にたじろいでいた。
勇者軍が最も警戒すべきはこの魔人だったのだ。
「くっそ、普通の声でしゃべるくせにやっぱり魔王級か!」
直接の衝撃波は盾で防げても、空気を伝わる音までは防ぎきれない。
「大丈夫かカイル! ケイト!」
張っていた結界が弱くなってきた。今にも消えてしまいそうにまで弱体化している。
セイクリッドには耐えられてもすぐ背後で身をひそめていた治癒師のケイトは爆発の衝撃波によって少なくないダメージを負ったようだ。
「くっそ、こっちも特大のをお見舞いしてやる!」
精神集中を乱されながらも48節の詠唱をグリモアによって完了し、そしてまたサオを狙って爆破魔法が放たれた。
神器でもないただの鋼鉄の盾が浮遊して爆破魔法を受ける。それだけでも信じらるものではない。
普通なら爆発の衝撃で受けた盾が吹き飛ばされ、サオもろとも背後の門までも吹き飛ばされるのがオチなのだ、サオが常時展開しているのか風の魔法の働きにより爆炎と黒煙が慌ただしく引いてゆくと、髪の毛の一本すらコゲていないサオが次の爆破魔法を練り上げていた。サオは[爆裂]の正統な後継者。爆破魔法の良いところも悪いところも、攻撃するのにもっとも効果的な方法も、爆破魔法から身を守るためにどうすればいいのかということも知り尽くしてる。
……風の魔法だった。
……風の領域魔法。師であるアリエルが名付けた[カプセル]こそが襲い来る爆破魔法の威力を減衰させている秘密だった。
爆破魔法というのは、風の魔法[カプセル]に圧力をかけ、大きめの[ファイアボール]を圧縮し、爆発させる魔法だ。師に教わった[爆裂]の仕組み。爆発とは音速の数倍の速度で膨張すること、たったそれだけなんだそうだ。
爆発の被害を大きくするのは音。そして音を伝える空気だ。
激しい音が空気を震わせるとき、衝撃波となって音速で伝わるために、周辺にあるものが全てが音速で吹き飛ばされ、飛礫となった物も含めて、一帯に甚大な被害をもたらす。それがサオが師アリエルから学んだ[爆裂]だった。
サオは帝国勇者軍が爆破魔法を使えることを知ると、当然マローニに向けられることを想定し、爆破魔法に対する防御魔法を考え出した。
爆破魔法の原理を知り尽くす、爆裂の継承者であるサオにしかできないことだった。着弾点に真空の領域を作り出して爆破魔法を受け威力を減衰するというもの。もちろん障壁を多重に張り巡らせたうえで、それほど大きな魔法を展開できるのはサオの才覚があってこそだが。
グリモア詠唱法では爆破魔法の連射は不可能であることはエラントとの訓練で分かっている。すかさず放たれる反撃の[爆裂]もグリモア詠唱法などまるで相手にならない無詠唱の連射と、師匠の妹弟子にあたるパシテーに鍛え上げられた射出速度で撃ち出された。
サオはアイアンハート、鉄の女と呼ばれていた。それは笑わないことだったり、愛想がないことを揶揄するための異名だったが、このマローニ防衛戦ではその鉄の異名を実力で示してみせた。
サオは防人として門を守る難攻不落の盾となる。
―― ドッゴォォォ!
響き渡る爆音。そして爆炎と土煙を吹き飛ばす風が巻き起こる。
2枚の盾の後ろ、ドーラ式拳闘術の構えを解かず、目の前にまた2発の[爆裂]を練り上げているサオ。
盾の隙間から連続して放つ。一発はセイクリッドの盾そして……、
―― ドドッガァァ!
幅広剣を平面に寝かせて盾のように[爆裂]をガードするグレイブ。だがサオの練り上げた[爆裂]は、そんなもので防御できるほど甘いものではない。避ける間もなく直撃してしまう。
セイクリッドのすぐ傍に居てサオの隙を窺っていたグレイブが爆破魔法で吹き飛ばされた。
「ケイト! グレイブを! 慌てず急いで確実にだ」
「詠唱はすでに完了していますっ!」
ケイトが詠唱する高位の治癒魔法がすぐに施されて一命を取り留めたグレイブ。吹き飛ばされもんどりうったが、そのままローリングで立ち上がり、剣を構えた。
「サンキュ、ケイト。次もよろしくな」
すぐさま隊列に戻ろうとするグレイブを労うようにセイクリッドが制止する。
「ああ、挨拶はもういいだろ。本番は明日だ。今日のところはここまでにしよう」
挨拶がてらに手合わせしてみて分かった。
戦力は拮抗している。いやむしろマローニのほうが優勢と見た。
セイクリッドはこのまま戦闘を継続することは得策ではないと考えた。いったん引いて、綿密な作戦をたてる必要がある。下手に意地を張って犠牲者でも出たらまた帰国が大幅に遅れる。
戦闘を早く終わらせたいがための撤退だ。
実はセイクリッドには戦闘をすぐに終わらせて、早く帝国に帰りたい理由があった。
ノルドセカで受け取った手紙に、アイシャが体調を崩したと書いてあったのだ。
今すぐにでも戦闘を終わらせて、帝国に帰らないといけない。
焦りもあった。いや、焦るなというほうが酷なのだろう。
戦闘技術が未熟なくせにその地力で凄まじい戦闘力を見せつつも詰めの甘さが目立つノーデンリヒトの死神サナトスと、拠点防衛にかけては屈強な武人が揃う帝国軍と比べても右に出る者が居ないのではないかと思われるほどの鉄壁ぶりを見せるエルフの防人サオ。とにかくこの二人の力が想定していた範囲を大きく超えていた。
セイクリッドの思惑は外された。
相手の力量を計れず、格下であると見限っていたせいで、どのような作戦もうまくはいかなかった。
そもそも最高戦力であるセイクリッドが魔導師と治癒師の護衛をつとめていて離れることができないのだ。なぜなら敵の側に爆破魔法を使える者が4人もいるなんて全くの想定外だったのだ。
セイクリッドの焦りとは裏腹に帝国のマローニ攻略は大変難航し、セイクリッドたちはここで足止めを余儀なくされた。
まずはマローニを押さえてから中継基地とし、ノーデンリヒトへと侵攻する足掛かりにするという目論見はもろくも崩れ去り、ノーデンリヒトに軍を進めることはできなかった。




