08-34 【SVEA】 勇者軍ふたたび
帝国軍に主力治癒師のパーティ離反という戦闘継続が困難なトラブルがあり、マローニ南門の前から引き返してから数日後、離脱した勇者が居ると聞いてマローニの代表、シャルナク・ベルセリウスがブライたちのもとを訪れた。
「あなたたちが帝国軍を離反したのは自由に生きるためなのだろう?」
そう言ったうえで当面の食糧と生活用品、そして僅かではあるが旅の路銀の足しにと現金を受け取ったブライたち。マローニの街の人たちには感謝の気持ちしかなかった。東門から出てノーデンリヒトに続く街道から街に向かって深々と頭を下げると進路を北東へ向けた。
二人の勇者は一路ノーデンリヒトを目指す。
会話も弾まず、ただぼーっとしながら半日も歩いたブライとエラントの二人は、道中の事もあまり記憶にない。初めてマローニの南門をくぐって街に入って見た信じられない光景、年端もゆかぬ子どもたちが剣をもってあの門を守ろうとしていたのが日本に居たとき教員だったブライの教え子たちと重なっていた。
「ねえブライ……何を考えてるか当ててみましょうか?」
「いや、わざわざ当ててくれなくても、何を言いたいのか分かるさ」
「ふうん、勇者とは? なんだっけ? 魂に問うた結果がこれなの? もしそうなら私もブライと一緒に逃げていいと思うんだけどさ、なーんかお通夜みたいに足取りが重くてさ、少しも前に進んでる気がしないのよね」
「戻ったらセイクと戦うことになるかもしれないんだぞ?」
「そうね、そしたらたぶん私、殺されちゃうわね」
「だったら!!」
反射的に怒鳴るような大声を出してしまったブライ。年下の女に諭されて大声を出すなど、心に余裕がないことの表れだった。大人の男として恥ずかしい事この上なかった。
自分たちの置かれた状況、そして、容易に想像できる未来。
セイクリッドたちと戦うなんてこと考えたくもなかった。
「悪い……怒鳴る気はなかった」
「そんな事はもうどうでもいいよ。ねえブライ。私はセイクリッドやレインたちが間違ったまま戦って、これ以上ひとを殺してしまうことを止めたい」
「ああ、そうだ。エラントの言う通りだな。止めてやるべきだ」
ノーデンリヒトに向かって歩いていたときの足取りの重さと比較して、踵を返し、マローニに引き返すときは小走りになるほど心は逸る。二人は魂が指す方へ向かった。
そして季節は巡り、月日は流れる。
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ブライとエラントがマローニに戻り、ノーデンリヒトに亡命しノーデンリヒト人としてこの街に住むようになってから、はや1年がたち、季節が春から夏に変わる頃、マローニの街に双子の赤ちゃんが産声を上げた。
初産でしかも異種族交配、しかも母体あるレダが小柄なのに加えて双子を身籠っているという、難産になる条件をフルセット持参で抱え込んでいる。普通なら死産になる危険性が高くなるところだが、レダの出産には四柱の精霊が立ち合った。
精霊たちに助力してもらえたおかげで誰もが驚くほどの安産で双子を出産することができた。これまでこの世界に四柱の精霊が出産に立ち会ったなどという前例はなく、精霊信仰のエルフたちとって、精霊に取り上げられた双子は特別な子となった。
双子は男の子と女の子。二人ともレダと同じ茶色の髪で、そして二人ともサナトスから深紅の瞳を引き継いでいた。出産に立ち会ったヘレーネは双子が二人ともルビスだったことをとても喜び、女神ゾフィーの加護に感謝の祈りをささげた。そして子どもたちの名前が決まるのも待ちきれずに手紙をしたため、スピードに自信のあるウェルフの戦士テレストが手紙を持ってノーデンリヒトへと向かった。
一通はヘレーネからエテルネルファンにあるアルデール家に、もう一通はビアンカがトリトン宛に。
名付けに関しては口うるさい姑のような女たちがあーでもない、こーでもないと口を出してきたが、サナトスはすべて一蹴、姉として生まれた女の子にアイシスと名付け、そして弟として生まれた長男の名は、サナトスがいくつか候補を上げた中からレダがひとつ選び、ハデスと名付けた。
最初は自分の子を抱いても父になった実感を持てなかったサナトスも、一日、また一日と日を重ねるごとに、新しい家族の誕生がじわじわと大きな幸せだと実感し始めた初夏のころ、朝早くからノルドセカ方面に続く街道を見張っていた物見が息を切らして戻ってきた。
報告によると帝国旗とアンクの旗を掲げて50名余の軍が堂々と北上しているという。
現在位置と行軍の速度からおそらく数時間後にはマローニ南側に到着するだろう。
衛兵たちがベルセリウス別邸の門前まで走ってきたがチャイムを鳴らすまでもなく、朝の鍛錬をしていたサナトスとサオが出迎えて情報は伝わり、その日のうちに迎撃の態勢が整えられた。
マローニの街は門を堅く閉ざし、帝国軍の来襲に備える。報告では午前中にも敵影が見えると思われたが、鐘が打ち鳴らされたのは午後2時を少し過ぎた頃だった。えらくゆっくりなお着きだ。
ブライとエラントは午前中からすでに戦闘装具フル装備を身に纏い、出撃の準備はできていた。
緊張感が抜けず、階段に腰かけたまま貧乏ゆすりが止まらないブライに、ベルゲルミルが言った。
「あと足りないのは覚悟だけだなオイ。やっぱやめとけや。知った顔と戦うなんて酒がマズくならあ」
ブライはやめておけというベルゲルミルの忠告をすぐさま断った。セイクリッドたちが来ることは分かっていたし、もう何度も何度も考えた末の決断だ。
覚悟はできているのだ。
帝国の事情を良く知る男のアドバイスはとてもありがたく思うのだけど、ブライたちは今日この日、ここで出るためにマローニに残ったのだ。覚悟が足りないなんてことはない。1年もの間、毎日毎日、ずっと自問自答を繰り返してここに居るのだから。
「俺たちは最前列の特等席を予約済みだよベルゲルミルさん。セイクリッドの頭を殴って目を覚まさせてやりたいんだ」
マローニ南門の裏側には兵たちが集まっていて、ブライとエラントが近付くと海が割れるように人垣がざっと引いて、ざわざわと賑やかだった門裏はしんと静まり返った。人垣割れた先にはサナトスとサオ。
てくてくは先日出産したばかりのレダが飛び出してこないよう、屋敷で留守番をしている。
サオがブライに覚悟のほどを確認する。
「本当に出るの?」
「ああ、俺たちは自由だ。俺たちの好きにするさ」
そしてこの後、とても悲しい戦いが始まる。
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一方、こちら帝国の陣。
セイクリッド率いる5人の勇者パーティはブライたちが抜けた穴を補充して戦場に戻ってきた。
朝に出会った斥候を見逃してやったおかげだろう、マローニの迎撃態勢は整っているようだ。
「出られる者だけでいい。長旅のあと疲れているだろうが、とりあえずは挨拶がてら、あのペラッペラの門だけでもぶっ潰すぞ」
「ではとりあえず出ましょうか」
押っ取り刀で出るのは四人の勇者と一人の治癒師。
筆頭は盾の勇者セイクリッド。左手にもつ大型のカイトシールドは、以前キャリバンが装備していた完全魔法防御のエンチャントを施されたミスリルの鎧と同格と言われている、いかなる魔法も通さない神器のシールドだった。
背に幅広の大剣を背負っているのはグレイブ。そして華奢な女性にしか見えないというのに、身長ほどもある巨大な両手持ちの剣を軽々と振るうレインに、爆破魔法が使えるようになり勇者の称号を得たばかりで戦場に駆り出されたカイルと、勇者なんてものにはまるで興味がない治癒師のケイト。ただ仲間を守る最後の砦として治癒師の道を選び、セイクリッドのパーティに招集されてここまできた。
フォーメーションは組まず、ただ横一線に並んでマローニの門に向かう。
背中に夕日でも背負ってれば絵になったろう。
「俺は門を爆破すればいいのか?」
「カイル、お前は後ろからバンバン撃て。早く終わらせて早く帰ろうや」
作戦会議とも言えない、まるで工事現場の作業員のような雑談をしながら現場に向かう5人。
「……おい、冷え込んできたぞ? もしかしてこれか?」
足早に歩くセイクリッドたち5人を突然の冷気が襲った。
シェダール王国軍の1万をものの15分そこらで葬ってしまったという魔人がそこにいるという事だ。
帝国の分析魔導師が実際にここで攻撃を受けた者たちから徹底した聞き取り調査を行い、魔導師には効き目が薄いということが分かっている。要は障壁の魔法の有無によって効果が大幅に違うということだ。ネタバレしてしまうと格下にしか通用しない大規模魔法。この効果の全てを一点に集約でもされない限り勇者軍には通用しない。
「耐水と耐風の防護障壁を強めの結界にして張ったよ。私中心に半径30メートル。それ以上は保証できないからね」
「ケイトちゃんアリガトね。鎧も剣も冷たくって私冷え性になるトコだったわ」
「戦場で腹冷やして下痢なんかしたら大変だからな。トイレ無いぜ?」
下品なグレイブのジョークに辟易するレインとケイト。
日本から帝国に召喚されて、何年たっても慣れないトイレ問題だというのに……。
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防護壁の上には50からの弓兵、ギィィと立て付けの悪さを伺わせる音を立てながら門扉が開く。
ゾロゾロと出てくるマローニ防衛隊の面々。
セイクリッドは訝る。
「角の生えた魔人が先頭、その後ろ誰だっけ? 日本人の薄毛センパイとオバチャンセンパイ。なんだ? 盾2枚持ち? のエルフと……はあ、俺の顔は見たくないって言ってたくせに……ひどいぜブライさん」
セイクリッドは一瞬視線を落とした。あの二人の顔なんか二度と見たくないと思っていたのに、なぜその街の門から出てくるのか……。




