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01-21 戦争の兆し

そろそろきな臭くなってきます。

2021 0721 手直し





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 北の砦からもどったアリエルは屋敷の西側につくった修練場兼鍛冶工房に引きこもり、剣を打ったり、魔法の練習をしたり、剣を振ったりと、師匠であるグレアノットの言いつけを守り、毎日遊び惚けることなく、何か実になることをしていた。


 たしかにノーデンリヒトは開拓地であり、まだ農家が50軒ばかりあるという程度の、小さな集落だ。集落の子どもたちは町の子とくらべて、それはそれは働き者ばかりであることは確かなのだが、それでもアリエルのように、まったく遊びに興じないような子どもはいない。


 そう、アリエルは両親ですら、遊びに夢中になっているところなんて見たことがない。

 むしろ剣の素振りをしたり、魔法の鍛錬をしたりといった修行にばかりかまけていて、およそ子どもらしいところを親に見せたことがないのだ。


 ビアンカは屋敷の二階で、アリエルの修練場が良く見える部屋の窓から、静かに見守っていた。

 最初こそアリエルの天才じみた才能に喜びもした。しかしまだ8歳の身でありながら、北の砦を守護する騎士たちを相手に45人抜きなど尋常な話ではない。


 ビアンカも若いころには、それなりに名のある剣士に師事していたし、現役の軍人を相手に正面から模擬戦をたたかって勝利することがどれだけ困難かということも知っている。


 このままではアリエルが本当に自分の手から離れ、どこか遠くへ行ってしまうんじゃないかと思って心配になり、夕食の後アリエルを暖炉のある居間に呼んで、ソファーに隣あって座らせた。


 アリエルはもうビアンカのひざに乗せてもらったり、胸に顔をうずめて、温かい手で優しく髪を梳いてもらったりなんてことはできなくなった。身長も伸びているし、なんだか照れ臭くもある。


 今日アリエルが座っているのは、いつもトリトンが腰掛けている指定席だ。


「ねえエル、将来は旅人になって世界を回りたいって言ってたけど、世界を回ってどうしたいのかな? またノーデンリヒトに戻ってきて、お父さんの後を継ぐ気はあるの?」


 アリエルは困惑した。その問いにどう答えるのが一番いいのだろうか。


 世界を旅してまわりたい理由は、グレアノット師匠の友人に異世界から転移してき人がいるらしいと聞いたからこそ、異世界とやらに行ってみたいと思ったからだ。別にこの土地がイヤだなんて思ったことはない。寒いけどその分静かだし、住みにくいとは言われているが、対人関係に悩むことがないのはストレスがなくていいとまで感じている。むしろノーデンリヒトは好きだ。


 だからといって跡を継いで領主になろうだなんて考えたことはない……。

 いや、それはウソだな。むしろ一番最後の選択肢というか、結局日本に帰れなかったとき帰ってくる場所として領主なんて選択肢があるといいのだが、そんなことを言うと卑怯な計算高いやつだと思われるのがイヤなので、この選択肢なんて最初からないように振る舞っているだけだ。


 どう答えたらいいのか分からないので、質問で返すことにした。とりあえずその質問の意図が知りたい。


「母さんは俺にどうしてほしいの?」


「質問したのお母さんです。私がどうしてほしいかじゃなくて、エルがどうしたいのかを聞いているのです、それとも何か答えられない理由でもあるのかな?」


 アリエルは納得した。

 なるほど、トリトンが口喧嘩で勝てないビアンカの戦法はこれだったのだ。

 ビアンカはジト目で睨んでいる。睨まれても可愛いので、もっと睨んでくれていいのだが。


「別にどうしたいのかなんて決めてないよ。でも確かに答えたくない理由なら、あるかなあ」


「お母さんに言ってみなさい、その答えたくない理由とやらを」


「あははは、イヤだよ。答えたくないっていってるじゃん」


「生意気! トリトンに勝ったからって私にも勝てると思ってるなあ、よし、お母さんの力を見せてやるからね、あんまかけてやる」


 ビアンカはそのままアリエルに覆いかぶさり、脇やらアバラやら尻やら首筋やら足の裏やらを執拗にくすぐりまわし、アリエルが呼吸困難になって涙を流し、降参のタップをするまでくすぐった。


 勝ち誇るビアンカ。


「参ったか! さあ吐け」


「うん吐く、俺もさ、母さんみたいな可愛い嫁を探すんだ」


 ビアンカは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐニンマリといやらしい微笑に変わった。

 どうやら機嫌がよくなったらしい。


「そんなこと言って誤魔化そうとしてるでしょ」


「だって母さんもう誤魔化されてくれてるし……、それに嫁を探しに行くのは本当だよ」


「仕方ないわね……今日のところはそれで誤魔化されてあげるわ、でも本当に争いごとに巻き込まれないでね、それだけが心配です」


 これが8歳の男児の女たらしである。




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 また時は流れた。


 アリエルは基本的にたった一人で剣も魔法も鍛錬を続け、10歳になった。


 ノーデンリヒトという特殊な土地であることもあり、年の近い友達など一人もおらず、集落に何人か名前を知ってる子はいるが、たとえば道で領民の子が何人かで肩を組んで笑い合いながら談笑しているところにアリエルが通りかかると、その子らは談笑をやめ、それまでどんなにいい笑顔をみせていたとしても、アリエルの顔を見た途端に真顔になって、ぺこりと頭を下げるのだった。


 決して嫌われているわけではないと思うのだが、それでも一緒になって遊んだとして、夢中でバカなことをやって、笑い合えるのかと思うと、たぶんアリエルには出来ないと思う。やっぱり前世の記憶を持つ転生者というのは、精神年齢が前世の年齢プラス現年齢になるのだと思う。そう考えると、アリエルを避ける集落の子どもたちの対応は正しいのかもしれない。どっちにせよアリエルの友達になれるような人物は、ここには居ないのだ。


 ノーデンリヒトも開拓がはじまって10年たったということで、領民(開拓民)たちの生活も以前と比べてかなり安定しており、生活していける目途がついたということで屋敷のある開拓村を領都として王都の役所に申請していた『領都トライトニア』にようやく回答が返ってきた。


 王都からの返信でトライトニアという名前は3年ほどかけてようやく登録されたらしいが、いかんせん領都を名乗るにはせめて街ぐらいの規模になってからにしてくれと言われ、トライトニアの村が設立された。


 集落だったところが最小の自治体「村」へと出世したのだから、ここは手放しで喜び、なにかお祝いをするべきだ。まつりでも催していいんじゃないかと思ったのだけど、この国には国王陛下が交代する戴冠の祭礼ぐらいしかお祭りごとはないという。あとは女神を信仰する教会が年に二回ほど復活祭のようなものがあるのと、地方ごとに謝肉祭が催されることがあるのだという。


 トライトニアの自治会ではもうちょっと人口が増えたら村長も決めなきゃいけないとか、村の運営の話も頻繁に行われるようになり、ノーデンリヒトも徐々にだけど、活性化してきたように思う。


 そんな中、アリエルはというと、実は2年前とやってることはあまり変わってない。

 魔法はひたすら微調整と安定性を重視して、まるで息をするように魔法を起動することを旨とした鍛錬を続けている。


 [ストレージ]出し入れも素早く、流れるようにスムーズにできるようになったし、

 [爆裂]は展開速度も威力も増した。

 [スケイト]はより速く移動できるようになったうえ、さらには高速での小回りが利くようになり、ガラテアさんの剣の横薙ぎよりも速く背後に回り込むぐらいの芸当はできるようになった。


 ガラテアさん曰く、剣の振りよりも速く動くようなものは一生かかっても斬れん! だそうだ。


 剣のほうは、2年前のあの日、最初に立合った45人以外、別のシフト勤務で働く兵士たちも、俺も俺も! と立合いを申し込んできたので、全員がテーブルにメインディッシュを運ぶことになったぐらいには順当に強くなっている。


 趣味で包丁を打ってた鍛冶の方も着々と腕を上げていて、トリトンもガラテアさんもアリエルの打った剣をえらく評価しているので、アリエルのほうも気をよくして、ひと振りずつ打ってプレゼントした。


 業物わざものという訳ではないのだけれど、それでも一般的な剣よりはいくらも強くて欠けにくく、そしてよく切れるので、ものすごく喜んでくたのだが、少し重く感じるらしい。重心の位置が悪かったのだろうか。


 自分用にも一振りの両手持ちの剣を打ったが、どうしても日本刀を打ちたいので、日々、絶賛修行中だ。何しろ、日本刀のように細身の刀は、いざとなったら重量で叩き斬るという簡単な戦法が使えない、切れ味命の刃だ。硬くしすぎたら剣との打ち合いで折れてしまうし、柔らかくしたら鎧を叩いて刃がダメになるからとにかく難しい。


 今アリエルが打てるのは日本刀の形をしたナマクラだ。何としても技術を向上させたいと考えている。


 最近は、北の砦に行くのにトリトン同伴だと遅いので、アリエルは1人でぶっ飛ばして行くようになった。トライトニアの屋敷から北の砦まで[スケイト]で鼻歌交じりに滑って30分ぐらい、急げば20分ちょっとでつくけれど事故ったら服が大変な事になるので自重している。


 途中、ガルグなど魔獣の気配が近いときは砦の兵士の貴重な食料になるので、見つけたら積極的に狩るようにしていて、鹿ディーア野牛モウは狩人の食い扶持ぶちになるので見かけても獲らずに放置している。産業を発展させるためには必要な措置なんだそうだ。アリエルが狙うのは食えそうな猛獣だけ。っても、ここまで条件を絞るともうガルグしか居ないのだけど。


 今日もおみやげに肉を持って行こうと気配を察知しながら道を滑って移動していると、砦近くの針葉樹の森に何か分からないが気配? のような不確かなものを感じた。


(なんだろう? 何かいる。鹿でも牛でもないな……獲物だ)


 よし、今日はこれをお土産にしよう。


 気づかれないように気配を消して接近する。[スケイト]は音が立たないのでとても便利だ。

 前世、嵯峨野深月さがのみつきの影の薄さを舐めちゃいけない。野生動物の背後ぐらい余裕でとれる。


(お、木に登ったぞ……、サル? サルか……初めてだな)


 背後の木に飛び乗って様子をうかがう。徐々に接近しているが獲物には気づかれてない。

 木の上なら安全だとおもって油断しているようだ。アリエルは枝から枝に飛び渡り、獲物のすぐ背後に付いた。


(あれっ? 服を着ている? ……サルじゃない)


 気配を殺しながら、じっくりと観察すると、人との相違点がはっきりと分かった。


(人じゃない? ネコミミに尻尾があるぞ)


 おおっ! もしかしてあれが獣人ってやつか!

 獣人が砦を偵察してやがる。


 獣人が居る木に飛び移って背後をとろうと思ったが、枝に触ってしまったことで葉擦れの音を出してしまった。アリエルのミスだ。


 猫耳の獣人はバッ! と驚いたように振り向いた。


 ……くそ、気づかれた!


 アリエルのとった行動は、

 『しゃあないので、木剣で殴っとく。←』だった。


 飛び出したついでに[ストレージ]から木剣を出して殴りかかったけれど、木の枝に居るというのに、落ちるでもなく、そのまま道のほうに飛んで躱された。


 猫の獣人はそのまま空中で短剣を抜いて、体勢をくるっと翻して、音もなく着地するのと同時に背後から接近したアリエルと対峙した。カッコいい。てか、なんかのワイヤーアクション映画みたいだ。


 気配でバレるだなんて考えてもなかった。アリエルが気配を読めるのだから、同じスキルを持つ者が居てもぜんぜん不思議じゃない。


 アリエルが最初に遭遇した獣人はこのネコ獣人だった。たしかカッツェ族といったっけか。

 グレアノット師匠が言うには、たしか確か獣人は兵士5人とトントンの戦闘力を持っているとか。


 相手はオッサンだけど白っぽい髪で猫耳がついてる。たぶんシカの皮をなめした毛皮の鎧を装備していて、手指は5本ちゃんとついてる。肉球もふもふの手じゃなく、人と大差ないようにみえる。


 もはや獣人ってもネコのコスプレしてる変態おじさんにしか見えない。

 どうせならネコミミとしっぽの生えた可愛い女の子と遭遇したかったのだが、このオッサン、中腰で斜に構えてる。右にも左にもサイドステップしやすいよう膝に力を貯めているし、それにこのネコおじさん、強化魔法は展開済みですでに短剣を抜いている。


 つまり現在、闘争の真っただ中というわけだ。

 しかし動きがない。このネコ獣人、低く構えて瞬きもせずこっちの出方を窺っている。


 睨みあってるだけじゃ進展がないので、アリエルはこの獣人にひとまず話しかけてみることにした。もっとも、言葉が通じればの話だが……。


「凄いな。砦の誰よりも凄い体術だ。ところで、猫ちゃんがこんなトコで何してんのかな?」


 アリエルの姿をジロジロと観察していたネコ獣人は、その声を聴いて驚きの声を上げた。


「おいおい嘘だろ! こ、子どもか? おいガキ、誰が猫ちゃんだって? てめえ1人……だよな? なに粋がってんの?」


「あははは、おまえ尻尾すげえ太くなってんじゃねえか。ビビってんのバレバレなんだが?」


「うるせえよ。冷静に分析してんじゃねえよガキが。ほんと不覚だ、なんでこんなガキに背後うしろ取られてんのオレ。ここにガキ居るってことは、砦に親が居んだろうし、やっぱこのまま帰すわけにもいかねえ。ガキさらうのは本意じゃねえが、おとなしくしてりゃ酷いことしないから、その木剣を捨ててついてこい」


「んー? 断る」


「あのな、考えてみろ。その木剣を捨てておとなしくついてくる。これが満点の答えだ。今のままだと、オレにボコられて怪我をして俺にさらわれる。これじゃお前は痛い目を見て、俺はお前を担いでいかなきゃならん。誰も得しないから0点だよな?」


 ネコ獣人のオッサンは身振り手振りを交えて説得を試みるが、アリエルはそれに応じるつもりはない。逆にアリエルとしては、先生の話ではもっと問答無用で襲ってくるものだと思っていたのに、もしかすると話の通じるやつかもしれないと思ったのが第一印象だった。


「じゃあこうしようか。あなたは武装解除して、お縄になり、砦に連行される。これが100点な。俺にボコられた挙句、縛り上げられて砦まで引きずっていかれる。これが0点だろ?」


「しゃあないな。ガキ。ちょっと痛い目みせるが悪いのはお前だからな」


 といって、猫の獣人は短剣を鞘にしまって指で来い来いと挑発気味に答えた。


「ほら、いいからかかってこいガキ。大ケガまではさせねえからよ」




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 ズルズル…………。


 アリエルはさっき会ったネコの獣人をぐるぐる巻きに縛り上げて、それを引きずりながら砦に向かっているところだ。ちなみにこのネコの獣人は頭にガンコブができていて、意識がもうろうとしている。頭をしこたま殴られたときの症状だ。


 さすがにそのまま引きずってたら砦につく頃には擦り減って半分ぐらいになってそうだから、

[ストレージ]に入ってた、大サイズカマクラ用に作っておいた戸板に縛り付けてやって、たったいま砦南の広場に足を踏み入れたところだ。


 土産ものが気に入ったのか、門番の兵士に獣人を見せると大慌てで引っ込んでゆき、かわりにトリトンとガラテアが門扉を開けて出てきた。


 アリエルが捕まえてきた土産を見て、トリトンは頭を抱えた。


「うわあ、アリエル、大変なものを捕まえてきたな……」

「こういう時は素直に褒めてやるもんだぜ。よくやった、なあエル坊」


 ごつごつした岩みたいな手で頭をなでるガラテアにサムズアップで応えたアリエル。


「父さん、砦の南側の約500メートルぐらいのところで、木の上から砦の中を覗いてたんだけどね、俺が子供だからって手加減してくれて、抜いた短剣も鞘に戻してから戦闘になったんで、この人は悪い人じゃないと思う。酷いことしないでね。お願い」


「ああ、わかったわかった。尋問室は子どもが居ていい場所じゃないから、お前はちょっとそっちで待っててくれ」


 トリトンとガラテアは徐々に意識がはっきりしつつあるネコ獣人を椅子に縛り付けて、窓のない鉄の扉をくぐって、厳重に扉を閉じた。そして尋問を始めるべく獣人の猿ぐつわを解く。


「さて、あなたはあんなに年端もいかない10歳の子どもに負けて捕虜になったわけだが、まずは戦闘を始めるのに短剣をしまって素手で戦ってくれたことに礼を言わせてくれ。かたじけない。あれは私の息子なんだが危なっかしくてな。しかし、あなたが短剣を持ったまま戦闘を始めていたら、たぶん腕の1本は失ってここに繋がれてたとは思わんか? まあ、今後も女や子どもには手出し無用ということでお願いできたらうれしい」


 と前置きしたうえでトリトンは尋問を開始した。


「名前と所属と、ここに居た目的を話してほしいのだが」

「うーん、断ったらどうなるのかな? と聞いてみていいか?」


 猫獣人は不敵に笑って尋問を受ける気などないと意思表示をしてみせた。


「死ぬだけだ。……と言いたいところだが、お前ら実は数年前からコソコソ動いてるのを知ってるからな、そろそろまた侵攻があるもんだと私は考えてる。だから殺すこともない」


「はあ? お前、尋問する気あるのか? 普通は拷問されて最後は殺されるってのが定番だろ? ちゃんと仕事ができないのか、人族の司令官は役立たずだな。おい。拷問してみろよ? 俺は何も喋らねえから。カッツェ族の戦士は殺されても仲間は売らねえし」


「はいはい、お前を殺して侵攻が止まるなら迷わず殺すが、どうせ近いうちに侵攻があるんだろ? ……というわけで、帰ってくれて構わんよ。こっちもいま増援呼んでるとこだし」


「はあ? 何言ってんの? 帰っていいのか?」


「いいよ。北西の海岸にたくさんの船がついてて武装した獣人が数百という単位で上陸しているのは掴んでるんだ。だからお前を殺しても殺さなくても同じ。死体の片付けとかやってるヒマないし、面倒なんだ。まあ、おとなしく帰ってくれ、頼むわ」


 ノーデンリヒト北の砦、長く閉ざされたまま開閉する閂の動きが悪くなっている北側の門がギイイィィと今にも壊れそうな音を立てて開くと、なかからネコの獣人がひとり、トボトボと歩いて出てきた。


 アリエルに取り上げられた短剣を返してもらって、訳が分からないまま釈放され、砦の外に放り出されたのだ。


「はあ……ちくしょう、子どもに負けて捕まったなんて言えないし、ちゃんと偵察して帰ったことにすっかな」


 砦の北門から出されて道の真ん中を堂々と帰るカッツェの斥候、その後ろ姿はどこか力なくうなだれているように見えたという。




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 砦の中では全員がフル装備を付けていて、物々しい雰囲気が支配していた。

 トリトンはアリエルをみつけると、まずは「悪い!」と謝った。 


「せっかく遊びに来てくれたのに、急な話ですまんな、どうやら獣人たちの進攻が始まりそうだ。すでに伝令は出しているんだが、途中で会わなかったか?」


 そういえばアリエルはガルグの気配を察知したらガルグ狩りをしながら砦に向かっていた。

 砦とトライトニアの村までは一本道だから、伝令の者と会わなかったのだとしたら、きっとすれちがいがあったんだ。そういえば気配が通って行った気がするのだが、いつもの伝令だと思ってそこまで気にしてなかった。


「アリエル、おまえにしかできないことを頼む。いますぐ村に戻って、ビアンカ、ポーシャ、クレシダと、あと開拓村の村民たちみんなをマローニの街まで護衛してくれ」


「護衛? 俺が?」


「ああそうだ。力を持って生まれた者には責任がある。これは貴族の家に生まれた男子に対する戒めでもあるんだが……、すまんなアリエル。お前に重大な責任を押し付けることになってしまった」


 急なことだったが、アリエルは領民たちの護衛という大役を任されてしまった。

 まだ10歳の子どもだが、その実力はトリトンの信頼できる水準を上回っている。


「あと、村にいる休暇中の兵士は伝令を受けたらすぐこっちに来るはずだ、戻るときすれ違ったらこちらの現状を報告してやってほしい。マローニまで避難する護衛には4人付けるから、領民を守り、家族を守り、そして自分の身も守ること。ひとりも例外なく、傷つけないよう全員を守るんだ。難しいことだがお前ならできると信じてる。避難経路にはおそらく魔族は出ない。出るとしたら盗賊の類だから、くれぐれも気を付けることな。盗賊は魔族のように名誉を重んじないから正々堂々とは来ないぞ?マローニに着いたら、その後のことはビアンカのいう事をちゃんと聞くこと。わかったな」


「分かったよ父さん……どうかご無事で」


「ああ、子どもは親の心配なんかしなくていいからな。それじゃ、急いで」


「はい」



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