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08-31 てくてくの罠


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アドラステアとセリーヌが退室したあと、これからサナトスにアリエルとロザリンドの姿を見せるとして、誰の記憶を採用しようかという話を始めたところ、サオは少し疲れたような重い表情を隠そうともせず言った。


「エルフがいた。黒髪の。ロザリィみたいに大きくて、ロザリィのような黒い髪、ロザリィと同じ紅い眼で……最初は怖いと思ったけど、すっごく優しそうに微笑んでた」


「居たっ! 私も見たよ! 階段の手すりにもたれかかって私を見てた!」


「それって魔人族じゃね? 母さんってことか?」


 サナトスが言った魔人族という言葉。その言葉に対して即座にカンナが反応した。


「角がなかったし、耳が大きくて角度が緩やかだった。森エルフじゃないし魔人でもない。私たちがエルフを見間違えるわけがないわ。あれはエルフ。黒髪で紅い眼のエルフだったの。でも、もしかすると」


 カンナの言葉のさいごに付け加えるようにサオが一言添えた。


「ダークエルフね」


 サオはどうやら気分がすぐれないらしく眉間のあたりを指で触りながらうつむき加減に突拍子もないことを言いだした。もう何万年も前に絶滅してしまったダークエルフがアルカディアに居るのはまだいいとして、他人の記憶を覗いているカンナやサオに気付いたのだそうだ。


 だがカンナも同じ回答にたどり着いた。


「うん。私と目が合ったわ」

「カンナはどこに居て目が合ったの?」


「私は防護壁の階段の向こう側にいて、そのエルフの女性は、防護壁の上、階段の手すりに腰をもたれさせて、こっちを見ていたわ。とっても優しそうだった」


 サオがエラントの記憶の中で見たエルフは、防護壁の上に直接座っていて、足をぶらぶらさせていたのが強烈な印象として残っている。対してカンナは階段の手すりに腰を持たれさせていたという。同じシーンを見ているはずなのに、場所も向きも座り方も違う。しかし話を聞いた限りでは同一人物だと思った。


「サオも目が合ったの?」

「ええ。その人はじっと私のことを見ながら優しそうな微笑を浮かべていただけなんだけど……」


「サオは話さなかったの?」

「カンナは話したの?」


「私はロザリンドさんですか? って聞いたよ? でもなんだかお茶を濁されちゃった」

「ダークエルフと話したの? その人はなんて答えたの?」


「サナトスの母親のひとりだけど、ロザリンドさんじゃないって。どういうこと?」

「サナトスの母親はロザリィ一人だけ。そりゃあ育ての親も母親だというなら私だってそうだし、てくてくもビアンカさんも母親になるわね。じゃあサナトスに何か干渉したことがあるってことなのかな?」


「ダークエルフ? 俺のご先祖様ってことか? 見たこともないけどな」


 サオやカンナたちはてくてくの闇魔法にダークエルフの女性が出てきたという。

 カンナは魔法に対する理解度が少し頼りないところがあるけれど、サオは魔導師として、てくてくも認めるほどの実力を持っている。理解度も然りだ。だからこそカンナやサオの証言には疑う余地がない。


 確かにダークエルフが生き残ってたとしても、アルカディアにダークエルフの女性が住んでいたとしても、そんなことは問題じゃない。てくてくは、自らの闇の魔法に便乗する形で利用されたことが信じられないのだ。


「アタシの魔法に便乗して、利用されたの? ……そんな力……」


 てくてくが落ち着きをなくすなんて珍しいことだ。

 だけどダークエルフなんておとぎ話にも出てこない伝説の神話だ。


 まるで信じられないという表情を見せるてくてくに、カンナが付け加えるように言った。

「魔法に便乗? そんな生易しいもんじゃないよ?」

「詳しく話すのよ」


「だって私、そのとき海岸で木剣を振ってた男の子と目が合って、二人とも驚いたんだから! お互いにさ。ダークエルフが居ただけじゃなくて、私はこのエラントさんの記憶の中にいた、まったく関係のない男の子と目が合ったの。何か言われたけど……わたしニホンゴ分からなくてさ」


「記憶は過去にあった確定した事実なのよ。カンナはそこに居なかった。その男の子とは目が合うはずがないの、気のせいなのよ」


 狼狽するてくてくに、こんどはサオが追い打ちをかけるようまた新たな情報を加える。

「てくてく、本当なのよ。私もハイペリオンを呼んだら、チラッとこっちを見たんだと思う。視線の威圧を感じたの。気のせいなんかじゃない」


 信じられないといった表情で力なくうなだれるてくてく。


「アタシの魔法に便乗しただけじゃなく、他人の記憶に割り込んで過去に干渉したっていうのよ? そんな恐ろしい力、魔法ですらないのよさ」


 深く落ち込んだてくてくに、サオはまるであっけらかんとしたような口調で結論をなげかけた。


「ゾフィーでしょ。そのダークエルフ。もう状況証拠がゾフィーだと言ってる」

 ドーラで生まれ育ったサオはゾフィー信仰のアルデール家に仕えていたおかげで、予備知識程度だけど少しだけゾフィーのことを知っていた。


 3人が言い合ってる間、ずっと上の空で考え事をしていたレダが素っ頓狂な声を上げた。


「ゾフィー!! そうだ、名前ゾフィーだった。思い出した」


 どうやら喉まで出かかっいた名前が出てこなかったようだ。

 サオもそれを聞いて、パシテーが話してくれたのを思い出した。アリエルがレダとドロシーの母娘おやこを送っていくのにセカの転移魔法陣に触れたとき、まるでオバケみたいな半透明の全裸女性が現れたという突拍子もない話だった。


「そうだった! レダは子どものころゾフィーと会ってるのよね。忘れてたわ!」

「さっきも会って話したよ。わたし双子が生まれるって言われた」


「ふたご……だと……」

 サナトスにしてみるとゾフィーのことなんかより双子が生まれるということのほうが大事件だった。

 だがしかし今はそんなこと誰も気にも留めようとはしない。


 てくてくは自分の魔法に便乗されて過去に干渉されたことで半分パニックになっているし、サオはアルカディアに向かうと言ったまま帰ってこないアリエル・ベルセリウス、つまりサナトスの父親に繋がる手がかりを掴んで必死になってるように見える。カンナは何だか分からないけど妙な執着心を燃やしてるみたいだし……レダにダークエルフの知り合いが居たなんてこと、サナトスは知らなかったのだが。


「アスラ、アナタ、ゾフィーと会ったの? どうなのよ?」

「あのヒトはゾフィーだったのね。頭を撫でてもらったわさ。双子のこと知ってたのは、ワタシ心読まれたのかな、それとも本当に知ってたのかな。でもあのヒトがゾフィー?」


 少し照れた表情ではにかみながらゾフィーに頭を撫でてもらったというアスラ。

 その表情はどことなく誇らしげに見えた。


「アタシこんな屈辱を受けたの初めてだワ。侵入者を想定して罠を仕掛けてやるのよ。してやられた分はお返ししないと気が済まないのよさ。相手がゾフィーというなら望むところ。もし本当にゾフィーだというならアタシも会ってみたいのよ。……今度はアタシも一緒に眠るから起こしてくれる人は……ブライにお願いしていいかしら?」


 てくてくの説明によると、どうやら次の魔法は術者であるてくてく本人も深い眠りに落ちて同席しないとうまくいかないほど規模の大きな魔法になるそうだ。


「ん? すまん、さっきから話についていけてない」

 話の輪に入ってこれずただ横で事の推移を見守っていたブライ。まさか全員が振り向いて視線を向けられるとは思っていなかったらしい。その話の内容もよくわからないのだから。


「アタシたち今から全員でグッスリ寝てしまうのよ。アナタには何があっても30分後には起こしてもらいたいの。確実に」


 てくてくは居間にある柱時計を指してブライに時間を指示した。緊急時のフォローまで考えているとは、なかなか手の込んだことになりそう。


「ん、わかった。起こすのはてくてくさんだけでいいんだな?」

「そう。それでいいわ。お願いするのよ」


 なんだか面白そうなことになってきたことでノリノリのサナトス。てくてくをここまで怒らせて無事で済むような者を知らない。サナトスは野次馬根性丸出しで当然参加の意思を見せた。


「よし。んじゃ誰の記憶を再生するんだ?」

「アナタの記憶に決まってるのよ。覚えてるけど思い出せない記憶」


「俺かよ! てか覚えてないよ?」


「問答無用なのよ、早く眠ってしまえ!」


 そして瘴気の奔流が皆を飲み込む。

 てくてくたち一行は、深い眠りに落ち、そして紡ぎ出されるサナトスの夢の中で記憶に薄れた思い出の中へと誘われていった。


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