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08-30 ハイペリオンを探せ!(4)サオ編





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 一方、時を同じくしてこちらサオもじっと目を閉じ、椅子に座ったままてくてくの闇魔法を受けた。


 サオの意識はエラントの遠い記憶へといざなわれる。



 閉じていた目をゆっくりと開くサオ。

 ここは異世界


「へー、なるほどね」


 その夕焼け空に圧倒されて見とれてしまう。


 師匠もロザリィも、夕日を眺めるのが好きだった。

 こんなスケールの大きな夕焼け空を見ながら育ったのなら、なんだか頷ける。


 ノーデンリヒトやマローニの夕焼け空じゃ満足できなかったんじゃないかな……と思ってしまうほど壮大な夕焼けショーを見上げた。


 サオは昼間と比べてずいぶん過ごしやすくなった夕方でもまだ暑いと感じていた。

 もうあんなに陽が落ちてるのに、まだ暑い。師匠とロザリィが前世を生きた国は、もっと過ごしやすいものだばかり思ってたから……ちょっと驚いたのも確かだ。


 サオは高さ3メートルもないぐらいの、低い防護壁の続く道を歩く。

 見るもの全てが精密な設計の土木建築の技術が使われている。さすがアルカディアだ。これほど技術に差があるとすればスヴェアベルムとは比べ物にならない。神々の国というのも伊達じゃない。


 でもこの長く続く防護壁。どこの世界も似たようなものだ。日本は平和で争い事とは無縁だと聞いてたのだけれど。



 そして、サオは立ち話している女の子二人組のすぐ傍らに立った。


 この子が勇者エラントだ。

 サオはディオネやベルゲルミルたちに話を聞いて、普通の生活をしていたのだとアルカディア人たちの生活もある程度なら聞き及んでいた。


 上位世界アルカディア。

 ここに暮らす人たちはみな神々の血を継承する上級神や下級神の子孫だとアリー教授が言ってた。


 帝国の勇者召喚は、神々をスヴェアベルムに降ろす儀式なのだと。


 サオは最近、よくロザリィやダフニスたちについてノーデンリヒト砦に居た頃のことを思い出す。


 砦にはロザリィよりも強い者などこの世界には居ないと信じて疑わなかった、狭量な自分がいた。

 勇者たちの強さ、あのロザリィをして赤子の手をひねるが如く力量の差を見せつけられたその記憶が、その瞬間瞬間がまるでスローモーションのように再生される。


 あの日あの時、仲間たちはみんな死んでしまった。生き残ったのはたったの6人。

 絶望の淵に立って死と向かい合った。でもそこにあったのはただ残酷な現実。その非情さを前にすると涙も出てこない。ただ、バタバタと倒れて動かなくなっていく仲間たち。サオの最後の頼みの綱だったロザリィですら意識をなくして十字架にかけられようとしていたそのとき、


 あの人は現れた。

 颯爽と、長剣を振りかぶって、サオの命を助けた。


 命を諦めててしまったのに、それを助けてくれた。

 サオの初恋の人。そして、ロザリィの旦那様。


 愛しいお師匠さま。


 サオの目から涙がとめどなく流れ、そしてこぼれて落ちる。


 遥か上空を飛びび去って行こうとするその見慣れた翼が滲んでしまって見えなくなるほどに、とめどなくあふれる涙。


「ハイペリオン! ハイペリオン! ハイペリオ――ン!!」


 叫びながら追い縋るサオ。だがここは過去。エラントの記憶のなか。いくら叫んだとて声は届くことはない。



 ……届かないはずだった。



 遥か上空を高速で飛行するその龍は、何かに気が付いたのかチラッと下を見る。



 涙で滲んで遥か高空を飛行する銀色の龍も満足には見えないというのに、威圧の視線を受けてサオは確信した。この感じ……間違えるわけがない。


 ハイペリオンだ。


 やはりハイペリオンはアルカディアに居た。


 あふれ出る涙を拭おうともせず、嗚咽を飲み込もうともせず、今まで絶対誰にも涙を見せなかったサオが、ただ泣いて泣いて、高速で上空を飛び去るドラゴンにすがろうとする。



「ししょー、ぐっ、うぇっ……しじょ、なぜ私も連れて行ってはくださらなかっだ……ぐぅっ」



 心ない衛兵たちはサオのことをアイアンハート、鉄の女などと呼ぶ。


 感情を表に出さない、笑うこともなければ泣くこともない。

 会話に抑揚を付けず、ただ淡々と用件だけしか話さない。

 一人で黙々と鍛錬をしていて、近くを通っても目も合わせないし、挨拶もしたことがない。

 孤高のエルフ。鉄面皮。『冷たい』や『鉄』を意味する異名を数え上げればきりがないほど。


 しかしサオがマローニに来たばかりの頃、そう、中等部に通っていた頃を知る人たちはみんな口を揃えてサオをこう評した。



『花のように可愛らしく笑うコ』


 だが今のサオは泣くこともないし、笑うこともない。


 アイアンハート。

 心まで鉄でできた女。


 なぜ泣くことができようか。愛するひとの前で、自分はもう泣かないと誓ったのだから。

 なぜ笑うことができようか。愛するひとが、自分を置いて行ってしまったのだから。



 泣くこともなく、笑うこともない。日々淡々と鍛錬を続け、愛する人に言われた通り自らを強化し続けている。もう守られるのはいやだと言ったあの日、愛するひとに置いて行かれないよう、どこにでも連れて行ってもらえるよう強くなると約束したのだから。



 涙で視界が歪む中、サオは視線に気がついた。



 ……ハッ!


 振り返ると防護壁の上に腰かけ、足をぶらぶらさせながらサオに優しい眼差しを送る女性がいた。


 なぜ目が合うのだろう。ここはエラントの記憶の中。てくてくの魔法で記憶を覗いているに過ぎない。


 それにさっきまで人なんてそこには居なかったはずだ。


 とても優しそうな目でこちらを、いや、サオを見るこの人は……。


 エルフだ。間違いない。


 でも、そのエルフはロザリィほどに大きく、ロザリィと同じ紅い眼をしていて、ロザリィと同じ黒い髪に、ロザリィと同じ褐色の肌……。


 師アリエルへの恋心を他人の夢の中で暴露してしまった。このロザリィほどに大きく見える女性は、サオのことをじっと見ながら、なんだか値踏みしているようにも思わせた。



「あの……」


 まさかと思い声をかけようとした刹那のこと。


「え?」


 気が付くとそこはマローニにあるベルセリウス別邸の居間だった。


 てくてく、サナトス、そしてアドラステアとセリーヌ。勇者ブライ。


 夢を見ている間、発した言葉はすべて寝言として発したようだ。

 サオのセリフもきっと聞かれてしまったのだろう。


 だがそんな些末なことはどうでもいい。

 あの世界にハイペリオンがいた。その事実が分かった。


 サオは涙を拭くでもなく、周りを見渡すと、無言でトボトボと居間を出て行った。



 …………っ。


 居間に流れるのは静寂と、何とも後味の悪い空気。


 いまのこの空間に言葉は不要だといわんばかりの重苦しい空気に支配されている。


「サオ……」

「追わなくていいのよ」


 てくてくがサオのあとを追おうとするレダを制止する。


「でも……」

「アレは安堵の涙。今までの不安が払拭された安堵の涙。追わなくていいのよ」


 サナトスもレダも、まさかサオが涙を見せるなんて初めてだったので狼狽気味に事の推移を見守るしかなかった。


「まさかサオまで兄ちゃん……えと、お義父さんに誑し込まれていたなんてね……」

「何を今さら、ロザリンドよりも先に目がハートだったのよ。サオは最初からマスターのことが好きだった。たぶん一目惚れ。でも、マスターが鈍感だったのが悪かったのかしらね、サオ一世一代の申し出をマスターは断ったのよ。それでもサオは食い下がって、弟子としてアタシたちと同行することになったの。サオの覚悟は本物だったのよ」


 バタン!


 タオルで顔を拭きながらサオが居間に戻ってきた。

 顔を洗いに行ってたらしい。



「ふう……、で、何の話をしていたのかしら?」


「サオがマスターのこと好きで好きで恋焦がれてますって話をしてたのよ」


「失態ね……でもまあ、30過ぎてからそんな冷やかされ方をされると、ちょっと嬉しいわね。うふふ、まるで中等部みたいだわ」


 サオの表情が見る見るうちに明るくなった。


 30過ぎなんて言わなきゃ分からない、見た目は16か17にしか見えない遅老長寿のエルフ。そして、椅子に腰かけて何かリズムに乗っているようなそぶりで頭を揺らしながら、さっきまでお通夜のようだった居間の空気を、ぱっと明るく変えてしまう。


 そしてサオは、これまで見せたこともないような、いい笑顔でこう言った。


「師匠もロザリィも帰ってくるわ。必ずね」


 サオの言葉を聞いて、カンナも声を上げた。

「わ……私、アルカディアに行く。コーディリアさんに頼んでエイラ教授の研究室に入れてもらって、いつか必ずアルカディアに行くから。ついでだからアリエルさんとロザリンドさんには早く帰るよう言っておいてあげるからね」


「何のついでだよ」


 カンナのアルカディアに行く宣言は軽く聞こえたが、その言葉には重い決意が込められていた。

 カンナは何を見たのだろう? アルカディアにはいったい何があるのだろう?


 カンナにそこまで言わせるその『何か』が気になって、エラントさんの記憶からアルカディアを覗きにいかなかったことを少し後悔しつつも、……サナトスなりに考えていたことを提案してみることにした。


「なあてくてく、いまの魔法でさ、俺、父さんと母さんの顔を見られるんじゃないかと思うんだが」


「見たいの? サナ、アナタいままでどうでもいいって言ってたのよ?」

「ああ、だけどほら、俺にとっちゃあ出てったまま帰ってこねえクソ親なんだが、なぜかみんな……クソオヤジの名のもとに集まってて来てる気がしてさ。……いくら何でもさ、どんな人だったんだろうって思うよ」


「私はムカつく顔なんて見たくないから帰るわよ。ほらセリーヌも帰るからね。でも、てくてく、これは素晴らしい魔導ね、ありがとう。いい経験をしたわ。……あと、サオ、あなた今いい顔してるわよ。初めて教室であなたを見た時のこと思い出したわ。その笑顔で中等部の男どもみんなメロメロにされたんだったわ。懐かしい」


「えー? アドラステアさんてサオとトシ離れてない?」


「サオは私の教え子。まあ、私が教えることなんてなかったんだけどね……。じゃあ私たちはこれで。グリモアの件は私のほうから学院に報告しておくから」


 そう言ってアドラステアとセリーヌは帰って行った。


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