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08-29 ハイペリオンを探せ!(3)カンナ編





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 一方、レダとアスラが夢に入り込んだのと時を同じくしてこちらカンナもその意識を深い闇の中に落とし、やがてエラントの遠い記憶へといざなわれた。


 まるで闇のトンネルを抜けたように景色が開け、同時にぶわっとその身を包み込む高温多湿のムッとする空気。夕刻になっているせいか、先ほどと比べると太陽からの日差しも、地面からの輻射熱もずいぶんマシになっている。


「わあ……何これ! ものすごい夕焼け空じゃん。こんなに世界が真っ赤に燃え上がるなんて、世界の終わりでも来るんじゃないの? ものすごい空なんですが」


 カンナは夕焼け空を見てひとりでテンション上がっている。珍しいものがたくさんある異世界の街を探検してみたくてウズウズする気持ちを抑えられない。


 この防護壁の外側には何があるのかな? ずーっと続いていて、切れ目もなさそう。

 延々と続く壁沿いの道を歩くカンナ。見るものすべてが珍しい。

 公園にあるベンチは座るものだということは分かるが、なぜそこに設置されているのかは分からないし、鉄棒や滑り台などはもう何に使う物か想像もつかない。



「んー? あれは……洗濯物でも干すのかな?」


 道の交差するT字路のところで女の人が二人で立ち話をしている。日本じゃ黒髪の人って珍しくないようだ。二人ともが黒髪だ。

 会話を聞こうかどうしようかと思った。母エマからニホンゴをもっと教えてもらってたらよかったなと少し後悔していた。何を話しているのか気になったのだ。


 カンナは防護壁に階段がついていることに気が付いた。


「階段? ……防護壁の上に出られるのね。この街も何か外敵に晒されているのかしら」


 カンナは階段の方に歩きながら激しく燃え上がる空を見上げる。

 今にも世界の終わりを告げそうな真っ赤な空を見上げると不安にもなるけれど、見ようによっては綺麗な夕焼け空だ。


 階段を登って防護壁を超えると、視界がパッと開けた。


 その向こう側に広がっていたのは真っ赤になって今にも沈みそうな太陽と、穏やかな海と、そして遠くの方に見える島のような影。



「わぁ……」


 視界の全てが空と海と、夕焼けの太陽だった。

 高い雲まで燃え上がってる。


 言葉なんて出てこない。この光景は、マローニに住んでいたら想像もできなかったろう。

 世界にはこんなにすごい景色あったのだ。


《 ここが父さんの故郷……。昼間の暑さはいただけないけれど、酷いばかりでもないよね 》


 世界はものすごく美しく、カンナの目には感動的ですらあった。水面に長く引かれた太陽のラインが波で乱反射してキラキラ光るさまが、なんと形容すればいいのか分からない。涙が出そうなになる。


「くぅ~っ、これが感動ってやつなのね」


 カンナは防潮堤の階段を越えた向こう側、海岸に降りる階段に腰かけて、初めて見るこの壮大な景色に見とれていたが、ふと視線を落とすと、砂浜で木剣を振ってる少年がいることに気が付いた。



 どこの世界でも男の子は剣を振る。しかも夕陽に向かって剣を振っている。なんと微笑ましい景色だろう。夕陽と砂浜と木剣を振って鍛錬する少年。カンナはこの鉄板のシチュエーションに目を離せなくなってしまった。もうドラゴン探しなんてどうだっていいほどに。


 あんな足もとが悪いのに腰が入ってる。足腰が強い証拠だ。

 毎日続けてるんだなあ……。なんて考えつつも、夕日に向かって木剣を振るその少年の姿が妙に絵になるので、その姿をしっかりと目に焼き付けることにした。


 しばらく眺めていると、剣を振っていた少年の様子が変わった。

 剣を振るのをやめて露骨に訝しむ仕草で夕日を見るのだ。


 そして沈みゆく太陽からキラキラと光るものが羽ばたき、猛スピードで上空を通過していく。

 少年は上空を通り過ぎようとする『それ』を追いかけて、カンナの横を通り過ぎようとする、その時、一瞬……目が合った……ような気がした。


 驚いて立ち上がったカンナ。


 一瞬、目が合い、そして少年も階段の中腹で立ち止まりカンナをまじまじと見ている。


 ……距離が近い。


 息を感じる……。



「え……何?」


 うそ……。これは過去。エラントさんの記憶の中。私はここには居ないのだから目が合うなんてことはありえないのに。


 この少年、カンナよりすこし年下だろうか。10歳ぐらいに見える。ヒト族だ。


 眼光が鋭いというよりも、キラキラと目に光が宿っているのが印象的。

 ブライさんもそうだけど、アルカディア人って、ちょっとカッコイイと思った。

 母さんたちが父さんのこと好きになった理由がなんとなく分かっちゃったかもしれない……なんて、生意気なことを考える。


 少年は階段を上りながらもういちど振り返りカンナを見て、そして何かを話した。

 カンナには何を言われたのか分からなかったが、確かにその言葉はカンナに向けて放たれた言葉。


 答えられないカンナに目を奪われながらも少年は、ちょっと小首をかしげる仕草をしてから防護壁の向こうに走って行った。


 名残惜しそうに少年を見送るカンナ。大きなため息を一つこぼす。


 ドラゴン? そういえばチラッと見えた気がしたけれど、そんなのもう本気でどうだっていい。



《 なんなのこの胸の高鳴りは 》


 カンナは胸に手を当てて鼓動を確かめる。


《 やっぱり私、ドキドキしてる 》


 顔も熱を持っている、かあっと熱くなっていた。



 こんなときは落ち着く呼吸法がある。セリちゃんのお父さんから習った。


 す――っ……は――っ。


 す――っ……は――っ。


 目を閉じて深呼吸を2回。


 少し落ち着いた。


 カンナはドキドキするその気持ちが何なのか分かっていたが、それを全力で否定しようとした。

 なにしろ年下になんて興味ないのだ。そう言い聞かせる。


 階段を駆け下りていった少年の背を目で追いながら振り返ると、ちょっとした異変に気が付いた。


 女の人がいる。



《 え? さっきまでいなかったはずなのに…… 》


 階段の向こう側。階段につけられた手すりに腰をもたれかけて、とてもとても優しそうな眼差しを送ってくる。どう表現すればいいのだろうか、見られているだけで安心する視線。何かの魔法攻撃にでもあっているのかと心配になるほどの安ど感をもらった。


 目が合うともう逸らすことはできない。美しい紅い眼で。


 そう、過去の記憶の中に居て、カンナのことを見ている女の人がいるのだ。

 さっきの男の子といい、この女のひとといい……、てくてくの魔法が失敗したという疑いが湧き上がってきた。


 だけどカンナは目が合った女性に対して、むしろ警戒心を抱いてないことが不審だと考え、まずは訝って観察してみることにした。


 綺麗なひとだ。

 そしてものすごく背が高い。


 褐色の肌の、この人、エルフだ。


 ちょっとピンときた。この人がロザリンド、つまりサナトスの母親なのかと思った。

 この背の高いエルフ女性は視線をさっきの男の子にやって、そしてまたカンナを見つめている。


「あの、つかぬことをお伺いしますが……」

 カンナが声をかけると、女性は思った通り安心感を与える声で答えた。


「はい」

「あなたは、えっと、ロザリンドさんですか? サナトスのお母さんの」


「はい。私はサナトスのお母さんのひとりですが、ロザリンじゃないわ。ね、そんなことよりも……いまの男の子、あなたに気付いて、話しかけたわね。これはものすごく困難なことなの、あなたとあの男の子のきずなの強さがそうさせたのかもしれませんね」



「いえ、あなたの方も……奇妙ですよ……」



 カンナがこの女性に話を聞こうとしたところで、風景はバッと変わり、カンナはベルセリウス別邸の居間にいた。


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