08-28 ハイペリオンを探せ!(2)レダ編
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~ レダの意識はエラントの遠い記憶へと誘われた。
暗いトンネルのような闇が急激に薄れ、またここに来た。さっきの灼熱地獄のような場所だ。
レダはキョロキョロと辺りを見渡すと、空の様子がおかしいことに気が付いた。
見上げて振り返ると空が真っ赤に燃え上っていた。
《 わあ! なにこの夕焼け、すっごい綺麗 》
エドの村からもこんなすごい燃え上がるような夕焼け見たことない。
でもすっごい正確な建築物がたくさん建ってる。この建物を建てた技術者はパシテーと同等か、それ以上の腕だ。アスラとどっちが上か手合わせしたくなってきた。土の精霊王としての血が騒ぐ。
道もものすごく平らで続いてるし、馬に引かれていないのに走る馬車……。
あれはきっとアルカディアの魔法だろう。
さっきの昼間の太陽が真上にあったときは暑かった。
南部育ちのレダでも汗が噴き出したのだ。影も真下に小さかったってことは、日本という国はかなり南に位置する。これじゃ暑いはずだ。レダの生まれ故郷、エドの村よりも南にあるのかもしれない。
でもここがアリエル兄ちゃんの故郷だ。
レダはアリエルが南国生まれだと知って奇妙な違和感と親近感を得ていた。ノーデンリヒトのイメージが強かったからどうしても北国の印象が強かったのだけれど。
『ここ、樹木がほとんどないのね。ねえアスラ……』
『うん、自然の樹木は見られないね。ぜんぶ植えられた木々たちだ。まるで死んだように生きてて、さっきから何を話しかけても応えてはくれないんだ』
ここは人の住む形跡は多々あれど、生命の息吹が聞こえない街だった。
石でできた防護壁のような壁が延々と見えなくなるまで続く道を歩いて行くと、少し離れたところで女学生っぽい人が二人、立ち話をしているのが見える。
海風に髪を揺らす、涼しげなエラントだった。
『あ、あれってエラントさんよね……スマートな服。どこかの役所の勤め人だったのかな? あまり変わってないみたいだけど、どれぐらい前なんだろう? アスラどう思う?』
『わたしがアルカディア人のファッションに詳しいなんて本気で思ってるのレダ?』
それもそうだと頷く。
エラントが空を見上げて空を指さすのにつられて空を見上げるレダ。
はるか上空、キラキラと夕日を反射しなら羽ばたいている……。
そして速い!
あれは間違いない、ドラゴンだ。
……ものすごいスピードで上空を通過して飛び去って行く。
遠すぎて対比物もないからどれぐらいの大きさなのか見当もつかないけれど、レダは見間違えることはない。
あれは氷龍だ。
レダがまだ子どもだったころ、アリエルにけしかけられた恐怖のハイペリオンかどうかは分からないけど、間違いなく銀色のドラゴンだった。
誰だろうか、10歳ぐらいの木剣を持ってる男の子がいて、空を見ながらエラントさんたちと話をしている。言葉は分からないけど、レダには何を話しているか、なんとなくわかった。
誰だってドラゴンを見たら大騒ぎしたくもなるものだ。
レダはチラッとドラゴンを確認すると、すぐさま辺りを見渡した。こんな他人の記憶の中にまでドラゴンを見に来たわけじゃない。アリエルを探しに来たのだから。
いま上空を飛び去ったドラゴンの行く方向にきっといるはずなのに、でももうとっくに見えなくなってしまった。速すぎてレダには追うこともできない。
『やっぱ実際にここに来ないと探せないのかな……でもあの様子だとサナ絶対にイヤって言うよね』
『アプサラスがヘタレすぎるんだ』
ドクン! ……鼓動が強く打った。
視線を感じる。
誰かがレダを見ている。この他人の記憶を覗く夢の中で……。
「え?」
振り返ると道のわきにある公園のベンチに座っている女性と目が合った。
それは不思議なひとだった。
背もたれにもたれかかるでもなく、ベンチにちょんと浅く腰掛けて、その人はレダの方を見ていた。
その人はとても優しそうな……紅い眼をした黒髪の女性。
レダは最初、魔人族の女性かな? と思った。
だがしかし記憶のどこかに引っかかる。
レダはこのひとと会ったことがあるはずなのに、思い出せない。
一瞬戸惑いはしたが、この女性からは敵意や害意のようなものは微塵も感じられなかった。
この場で出会っていること自体が異常ことだ。レダもそれは重々承知してはいたが、出会ったのが敵愾心のある者じゃなかったことで、ほっと胸をなでおろした。
『どこかで見た事のある人……でも、誰か分からない人。アスラこのひとのこと知らない?』
『知らない。でも、この人はきっと優しいひとだよ』
珍しい。
アスラが初対面の人を優しい人だと言った。これだけでも十分におかしいことだ。
レダは小走りで女性に近づく。もうちょっとで思い出せるのに、喉につっかえて出てこない遠い記憶の、そのやるせない思いを身振り手振りで表現しようとする。
「あの、どこかでお会いしましたっけ?」
「走るなんてダメよ、転んだりしたらどうするの? あなたはもう一人の身体じゃないのだから、大事にしなさい」
「えっと……」
「私? ああ、そうね、私はオバケだったね。でも怖がらないで欲しいな」
この声。思い出した。
あの時は光の粒が集まったような、向こうが透けて見える全裸だったから直視できなかった。
「あなたはあの時の……」
「久しぶりですね。レダさん、大きくなったね。サナトスのお嫁さんになってくれてありがとう」
その姿を確認するとレダの背中からアスラが飛び出し、ずいずいっと前に回り込んだ。
これほど人見知りの激しいアスラが警戒することもなく、レダの身体を離れて知らない人に近付くなんてこと、今までなかったことだ。
「…… ……」
アスラのことだからどんな失礼をするかと思ったが心配はいらなかった。
無言で、このオバケさんに見とれている。
「アスラ……、えっと、この子はアスラ。精霊なの」
「はいアスラ」
紅い眼の女性は優しくアスラの名を呼び、アスラの方に手を差し出した。
アスラが引くかと思ったら無言で、ただこのオバケのひとに優しく頭を撫でてもらってる。初対面の人に黙って触れさせるなんて考えられない……。
瞬きもせず、ただじっとその優しそうな顔を見ながら、頭を撫でてもらっている。
「えっと、あの、お義父さんとお義母さんを探しています。たぶんここにいると思うんですけど……」
「そうね、ここにいるはずなんだけどね……。私も会えるかと思ってきたんだけど近くには居ないみたい。……そんなことよりレダさん、初産で双子を産むのは大変だって言うわ。どうか身体を大事に。いいお母さんになってね」
「え――っ? 双子なんですかぁ?」
女性はにっこりと微笑んだ。




