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08-27 ハイペリオンを探せ!(1)

 てくてくの術中に落ちながら魔法を使って体温調節をしたサナトスとアプサラス。咄嗟に猛暑への対処をしたことは褒められてもいいと思うのだが……。


「サナ! なんであなただけズブ濡れなのよ?」


 てくてくの魔法は睡眠。実際にエラントの記憶に入ってるわけではなく、みんなで眠っているところに、てくてくがエラントの記憶を夢として投影しているのだ。


 夢の中でオシッコしたらオネショしてしまうのと同じく、夢の中で[セノーテ]を使ってしまったサナトスは寝ぼけて頭から水をかぶったのと同じこと。当然、水は本物で、あたりは水浸しになっている。


「いや、あの、ごめん。片付けるよ。……てくてく、俺もういいや。無理。絶対無理」


 この中では一番強いかと思われたサナトスが真っ先に脱落してしまった。


「あー、ゴメン、私もダメ。あのうるさいギャンギャン不快なの何よアレ。何か変な臭いがするし、私には耐えられないわ」


 サナトスに続いてアドラステアもギブアップ。


 ゲンナリした表情を見せてリタイヤした二人、アドラステアの問いにブライが答えた。

「うるさいのはセミですね。クマゼミという虫ですよ、この土地にも夜に鳴く虫がいるじゃないですか。その超うるさい版がセミなんです。夏の風物詩ですね。臭い? はて、心地よい潮風の匂いがしましたが、そんなに不快ですか?」


 ブライがけろっとしているのを見て余計疲れたサナトス。もうやる気が削がれてしまった。

「カロッゾさんたちアルカディア人の強さの秘密が分かった気がするよ。俺頭痛がしてきたんでちょっと休んでるわ」


「マジで? 今のがか? そんなにか?」

 この地獄から来た鬼のような風貌のサナトスにそこまで言われる日本の酷暑。確かにスヴェアベルムは寒い。ブライが思うに、この地よりも南にあるはずの帝国ですら日本で言う東北地方なみの気候だったので、もしかするとこの土地に住む人たちは暑さに対して免疫がないのかもしれない……。


「旦那の故郷って言うからちょっと楽しみにしてたんだけど、過酷すぎて私には無理。ほんとあんな環境に生まれたんじゃ頭も禿げるわ。なんだか気の毒になってきたさ」


「ママン、それ言いすぎ……。でもサナが一番にリタイヤなんて珍しいわ。私勝ったみたいでなんだか悪い気がしないのん。でも私ももういい。だって暑い、うるさい、臭いってだけで興味なくなっちゃった。アルカディアに憧れてたんだけどね」


「なっ、なんだと……くそっ」

 セリーヌに勝ったみたいと言われて「なら二回戦やるかオイ」と売り言葉に買い言葉で返してしまうサナトス。このままでは本来の目的を外れて日本の酷暑我慢大会になってしまうところだが、セリーヌには負けられない。


 そんな子どものケンカを始めようとするサナトスをサオがたしなめた。

「はいはい、いちいち挑発に乗らない。魔人族は人やエルフよりも五感が発達してるんだから、人一倍しんどくて当たり前なの」


 確かにサオの言う通りかもしれない。魔人族は普通の人よりも視覚、聴覚、嗅覚に優れていて……?


 五感……、サナトスはぼーっとする頭で考えてみたが、五感のうち3つまでしか出てこなかった。


 まあいいか……と思ったところでザブッとアプサラスが出てきて恨み節を並べる。


「まあいいか……じゃないのよ。これはテックがミスしたのよさ。何あの地獄のような環境……清廉な水の精霊の住めるような世界じゃないわ。それこそイグニスやアスラのようなガサツな精霊に向いてると思うわさ」


「イイね。アプの負け惜しみを聞くと笑顔を禁じ得ないわ。ワタシ、ニヤニヤが止まらない」


 レダの制止も聞かずにすぐ挑発に乗るアスラ。本当に精霊ってやつはひと時だってケンカせずにいられない性分なのだ。


「キーーッ! 腹立つワ、なにこの敗北感。サナもっぺん行くわよ、こうなったら負けてらんない。体の芯から冷凍してでも行くわよ」


 アプが無茶を言い出した。そろそろレダのゲンコツがアスラの頭に落ちる頃だが……。

「いかねーってば。芯から冷凍したら死んでしまうって。ちょっと興味があっただけだからな。もういいよ。俺には向いてねえわ。悪かったねブライさん? あれ? どうしたの?」


 ブライさんが二歩引いてる。間違いなくドン引きというやつだ。


「いや、えっと、その……」


「ああ、精霊を見るのは初めてッスか? こいつはアプサラスっていって、俺の……うーん、なんて言えばいいのかな?」


「ワタシはサナトスの女よ、オ・ン・ナ。二人はもう離れられない運命にあるの。一心同体かしら。生命の根源たる水の守護者でもあるわ。よろしくネ勇者」


「私はアスラ。大地を守護するもの。そしてレダのチカラ。てかアプなにその自己紹介、レダ何かいってあげなさいよ。ほらー。……いいアプ、サナトスはレダのもの。アナタなんて捨てられたらいい」


「ほーう、言ったかしら?」

「言ったわさ」



―― ゴン!


 いつもより少しタイミング遅めにレダのゲンコツが炸裂した。


「アスラ大丈夫か?」

「大丈夫よ、アスラ石頭だし」


「まさか精霊とは……、初めて見たもんで。なんかの能力者かと思って戦慄してしまったよ。完全に別の意思を持ってるんだな」


 ブライは恐る恐る手を差し伸べて精霊たちに握手を求めたが、今度は逆に精霊たちが引いてしまった。

「精霊は自分の契約者マスター以外の人に触れられるのを嫌うんですよ。悪気があるわけじゃないので……」


「ああ、そうだったか。失礼した」


 ブライは知らずに手を出してしまった無知を謝罪した。精霊というのは話で聞いたことがある。この世界に四柱の精霊ありから始まるおとぎ話、そういえばこの世界の言葉を教えてもらうのに童話を読んでもらったのを思い出した。


「ああ、思い出した。精霊王アリエルのお話に出てきたな」


「あはは、ワタシも知ってるわさ、ドジな風の精霊のおとぎ話なのね」


 アプサラスに挑発されて『やっぱりこっちに来たのよ』なんてジト目で返すてくてく。


「それ以上言うならアタシもう部屋に戻って寝るのよ」


 いつもだいたいアスラかアプサラス(主にアプサラス)がてくてくを挑発して喧嘩が勃発し、イグニス以外のもうひと柱を巻き込んで精霊バトルロイヤルが始まるのだけど……今日のてくてくは冷静に見える。


 冷静? というよりも『いま忙しいんだから邪魔するな』とでも言いたげな顔をして、眠るエラントの額に手を当てている。


「てくてくは知らない人に触れるの平気なのか?」

「記憶のページを探してるのよ。アタシも他人に触れるのは好きじゃないのよさ。でも見つけた。夕刻の記憶。強烈に覚えてるのがある。きっとこれなのよ。サナとセリとアドラステアは脱落したのね?」


 ブライも手を挙げた。

「あ、俺ももういい。俺は日本と聞いて参加してみたかっただけなんだ。まさかエラントの頭の中を覗くことになるとは思わなかったんで、プライバシーの侵害にあたる」



「わかったのよ。残りはまとめて眠ってしまえ!」


 てくてくの身体からまるで波のように瘴気が吹き出し、この部屋に居る者は全員が闇に飲み込まれた。

 だが、魔法が作用したのはサオ、レダ、カンナの三人。ほかの者には何も効果を及ぼさなかった。


 闇の瘴気というものがどういったものかという知識を書物で得た知識でしか知らなかったブライ。


 教会では闇の魔法すべてが禁忌に指定されている理由が少しだけ分かった気がした。人の三欲、食欲、性欲、睡眠欲に直接作用する魔法。ここまで効き目の強いものだとは思わなかったのだ。




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