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08-27 サナトスが見た日本の風景





「サナ、もしかしてもしかすると、もしかするかも!」

 サナトスにしてみるとドラゴンなんてどうだっていい。だけどサオたちはみんな銀龍のいるところにオヤジが居ると考えている。


「そうだなレダ。サオとてくてくに声かけたほうがいいなこれは」

「分かった。エラントさん? だっけ? ちょっとこっちに来て、その話詳しく聞かせてほしいの」


「はい。こんな話でよければいくらでもしますが、いまはグリモアの事でひどく怒ってるひとがいて」

「アドラステアねー、あの人グリモア開発者の一人だから技術を盗まれたのがよっぽど悔しいみたいなのよね。だけどきっとハイペリオンのほうが重要だから、サナトスちょっと声かけてきて」


「結局俺が行くのかよ!」

 サナトスお願い~っとお願いされて結局面倒なことを押し付けられた。


 居間に入るとそこにはサオとてくてくとアドラステアがいて、ノックもなしにドアを開けたサナトスに少し冷たい視線が送られた。


「あ、ごめん。でもエラントさんがアルカディアで銀色のドラゴンが飛んでるのを見たって。えーっと……、これ、重要だよな?」


 サオとてくてくは『ガタタッ!』と椅子から立ち上がった。ものすごい食いつきだった。


 サナトスのすぐ後ろ、レダたちに連れてこられたブライとエラントがそこに居て、さっきまでグリモアをパクられたことで紛糾していたベルセリウス別邸の居間に招き入れられた。


 ゾロゾロと、みんな入ってくる。

 レダも、カンナも、グレイスも、そしてセリーヌまでも。


 グレイスは兄であるアリエルが行ってるらしいアルカディアに興味があるし、カンナとセリーヌは父親の出身地なのだから興味が無いわけがない。


 妙な空気になってしまった。何かドンヨリとした薄暗い雰囲気だ。

 エラントは少し気後れした面持ちでブライの後ろに隠れたが、サオやてくてくの視線を外すことはできなかった。


「ごめんなさいエラントさん、実は私たちにとって銀色のドラゴンはとても重要なのよ。ちょっと根掘り葉掘り聞くけど気を悪くしないでね」



----


 サオはエラントのみたドラゴンを見たまんま供述通りにスケッチしている。根掘り葉掘りだ。


「ドラゴンは足が4本で背中に翼があるタイプでしたか? それとも前足が翼になっていて腕で羽ばたく鳥のような風体をしてましたか?」から始まって、しまいには首の長さと胴体と尻尾の長さまでの比率や、その飛び方の特徴など動きに関することまでしっかりと話を聞いた。


 サナトスはサオの背後に回り、描いてる絵を見た。

「ガルグが火を吐いてる絵か?」


「なっ! これはどう見てもドラゴンでしょう?」


 てくてくとレダもサオの描いた絵を覗き込んだ。


「サオは絵の才能ないのよ」

「ねえサオ、首長いって言われて描いた絵なのに、なんで首がないの?」


「斜め前方から見るとこうでしょう」


「ドヘタの癖に難しい構図で描こうとするんじゃないのよ!! もう描かなくていいわさ。じゃあそうね、アタシからの質問。そのドラゴンって、眼の色は何色だったのかしら?」


「うーん、ものすごく高いところを飛んでたからなあ、眼の色までは……」


「私の絵がダメだって言うならもう、てくてくの魔法にお願いするしかないわね」


「ふむ。大丈夫そう。アナタほどの魔導師なら、ちょっとぐらい記憶を覗いても平気なのよ」


 サオは師であるアリエルや、幼馴染のロザリンドが てくてくに何度も記憶を覗かれていたのを知っている。


「え? もしかして てくてくの記憶を見る魔法って危険なの?」


「あまりにも魔法に対する耐性がないとアタシの闇属性が侵食してしまうことがあるのよ? アタシの身体に流れるマナはこう見えてエルフ族だから、エルフとはマナの波長が合うけど、ヒト族とは合わないのね、低級でもいいから魔導師じゃないと危険なのよ」


 これは無暗やたらと誰の記憶でも自由に覗くなんてことができないという意味だ。

 だけどエラントは日本人であり、帝国で魔の勇者に選ばれるほどの才女だ。ちょっと1回、短時間なら記憶を見せてもらうぐらい大丈夫てことなんだろう。


「安心して、安全は保障するのよ。そしてアタシたちにアナタのその、ドラゴンを見たという記憶を見せてほしいの。そのために少し記憶を覗かせてほしいのよ。あなたさえ良ければ。イヤなら諦めるわ。これは闇の魔法なの。危害は一切加えない。約束するのよ」


「え? ええ? 記憶を?」

「そう、アナタがドラゴンを見たというのが本当なのかどうかアタシが証明するのよ」

「証明ですか、うーん、そんなことよりも闇の魔法というものに興味があるので、危害を加えないという条件でなら構いません」


「いい子。感謝するわ。いっこ借りができたかしら? どうぞソファへ」


「はい! 私! 私も。」

「俺も、俺もだ。俺にも見せてくれ。アルカディアを」

「てくてく、私も、私も」


 この場に居る全員が手を挙げた。みんなアルカディアの風景を見てみたいのだろう。



「ええい面倒なのよ、みんな眠ってしまえ!」

 てくてくの身体から黒煙のような闇が噴き出すと、瞬時に居間を埋め尽くした。



 そしてサナトスの意識はエラントの遠い記憶へと誘われた。



----


 真っ暗な闇の中から徐々に光の支配が広がってくる。

 いや、光が強い、どこまで光と熱が上がっていくのか。


 暗闇にいたサナトス、開ききった瞳孔に容赦なく襲い掛かる強い光に眉をしかめる。

 徐々に風景がその紅い眼に映し出される。


 黒っぽい石でできた道と、木が植えられた箱庭のような街の風景。



《 そんなことよりも、あ……暑い。何だこの暑さは 》



 日差しに肌が焼かれる。光に圧力すら感じるほど。


《 か、陽炎かげろうだと? 異様な熱気に視界が歪んで見える 》


 この規模でこれほどの陽炎を起こすような熱の放出……。



「攻撃だ!」


 サナトスは魔法攻撃を受けていると考えた。



「だが! 俺は水の魔導が使えるんだ……このような攻撃など!」



―― ザバーッ。


 水の魔法[セノーテ]で広範囲から集めた水を頭からかぶって体温の上昇を抑えるサナトス。


 熱気の攻撃は[セノーテ]で躱せる……。



《 だが……なんだ……、この耳をつんざく不快な音波は? 頭痛がする。『ギャンギャン』うるさい、何の音だこれは……『ギャンギャン』くっそ…… 》



「誰だ、姿を見せろ!」


 地面が……熱い。ここで倒れたら焼けてしまう。なんという責め苦、そして見渡す限りの広範囲にわたっての大規模魔法攻撃。


『アプ、術者がどこに居るかわかるか?』

『わからない、この攻撃にはマナの残滓ざんしを感じないわさ」



 これほどの大規模魔法だというのに魔法を使った形跡が感じられないだと?



『……ってことは、もしかして?』

『そうなのよ、魔法攻撃じゃないという可能性のほうが高いわね』


 しかも、なんだこの鼻の曲がりそうな悪臭は……。何かが腐ってる。


 腐ってる匂いがする。



 清々しい空気なんか欠片も感じない。

 息をすることすら拒否したい気分だった。


《 父さんや母さんはこんなところに住んでいたのか…… 》



 すぐ近くに人の気配を感じた。

 サナトスが気配の主を遠目で確認すると分かった。女性だ。


 エラントだった。ちょっと髪形とかオシャレに見える。勇者なんていっても女性は女性なのだと思った。だがしかし驚くべきことはそんなことじゃなかった。


 エラントはこの猛烈な暑さの中に居ながら、手のひらで風を扇いでる程度なのに、ちょっと汗をかいているだけなのだ。


 アルカディア人というのはこれほどまでに過酷な環境で暮らしていることが分かった。


 強いのも頷ける。育った環境が違い過ぎる。この人たちは、ここで息をして、ここで暮らすこと、それだけで毎日毎日、寝ても覚めても相当な鍛錬をしているのと同じことだ。


 生まれてから何年も、自然に、この過酷な環境の中で生きていく。それだけで人生、日々鍛錬を続けているのと同じなのだ。


 サナトスはダメだと思った。アルカディアとは、まるで地獄のような環境じゃないかと。


『アプ! 俺はまだまだ弱い。もっと鍛錬しないとアルカディア人とは戦えない』

『ワタシには向いてないのよさ、こんな地獄』



----



 ハッと気が付くとそこはベルセリウス別邸の居間だった。

 各々が頭を抱えながら目を覚ましているところ、エラントだけがソファーでスヤスヤ眠っている。


 みんな汗びっしょりで言葉にならない。


「あーミスったわ、ドラゴンは夕刻だったのよ。間違えたかしら?」


「間違えんなよ、真昼間だったし」

「自分の影があんなに短いのなんて初めてみたのん」


 皆がっくりと肩を落とし、一様に疲労の表情を見せた。

 あんな酷い環境に放り込んでおいて、命からがら戻ってきたら『あーミスったわ』なんて酷すぎる。


 さすがにブライさんだけはまるで動じていないが……。


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