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08-26 逃げ出した先で(4)

ちょっと短めです。



「き、キミは……」


 カンナの言葉はまるで鋭利な槍のように鋭く尖っていて、ブライを刺し貫いた。

 ブライがマローニに来てからというもの、自分の目で見、自分の耳で聞いたこと全てがアシュガルド帝国の嘘を暴いていたし、勇者を名乗る自分たちの間違いを指摘しているようにも感じていた。


 ブライとエラントが日本からこの世界に捕らわれて2年たつ。


 最初に奴隷を与えられてこの世界の言葉を話せるようになるまで約半年と言われているが、ブライもエラントも与えられた奴隷を引き揚げさせたからか、言葉を話せるようになるまで1年かかった。言葉に不自由がなくなってからも帝国のルールに迎合せず奴隷制を批判したブライとエラントの評価は低く、うだつの上がらない日々を送っていたある日、隣国の神聖典教会に派遣されることが決まったのだ。


 厄介払いに左遷されるなんてどこの世界でも同じか……と半ば自棄を起こしそうになっていたところに、「ブライさんとエラントが戦場に行くのなら俺も行かなきゃな」と同行を願い出てくれたセイクリッドには、本当に悪いことをしたと思っている。


《 だがしかし……だがしかし…… 》


 そうだ、カンナという少女の言った通り、召喚者たちも奴隷だ。烙印を押されていないだけの、勇者という名の奴隷なのだ。


「そうだな、俺も自由を選択するよ」

「それなら後で役所に行けばいいよ。ノーデンリヒト領事が常駐してるから、あ、俺が案内しようか?」


「頼めるか。ありがとうな。しかし尋問されたり、牢に繋がれたりするってことも少しは覚悟してたんだが、いいのかい? 監視もつけずに放り出されてしまったし。俺たち昨日までキミらの敵だったんだよ? これでも」


 昨日まで敵として戦うために進軍してきた者が離反したからと言って、こうも対応が緩いとさすがのブライも逆に警戒してしまう。


「たぶんカロッゾさんが保証するって太鼓判押してくれたからだと思いますよ。あと、こう言っちゃ失礼だけど、どうせアドラステアさんたちが本当に知りたい情報は持ってないだろうし、尋問とか情報を引き出すとか、そういうのここじゃあ誰もやりたがらないんで。それにここから出て行きたいならいつ出て行っても誰も怒らないと思いますよ? 当面の食料ももちろん、何時間かで用意できますから」


「サナの母さんは尋問とか拷問とかすっごい得意だったってダフニーが言ってたけど」

 モフモフ大好きなセリーヌ。またダフニスのオッサンに甘えて要らぬ情報を引き出してきやがった。


「マジかよ! ……母さんの噂ってそんなんばっかりかよ。どんな女だよまったく」


「キミたち、なんだかこう、緊張感がまるでないな。外じゃあ戦争やってるんだよ?」

 少し心配そうな顔になったブライが若者たちの緊張感のなさをたしなめると、若者らしいとてもいい表情でサナトスが答えた。


「俺たちは戦争してるつもりなんてないんですよ。いまは不幸な時代なんだって、婆ちゃんが言ってた。俺もそう思うッスね。来年には俺も父親になるから、子供らの時代にはこんな悲しいこと、無くなってたらいいなと」


「父親? キミ、えっと、サナトスくんだったか。すまないが、年齢はいくつなのか教えてくれないか。聞いた情報ではまだ子どもだと……」


「え? 俺? 今年15で成人しましたよ。子どもじゃないです。ほら、嫁もいるし」

「あ、ああ、そうか。失礼した。ところで、失礼ついでで悪いが、奥さん、レダさん? でよろしいか? その顔の傷は刀傷とお見受けしたが……俺の治癒術で消すことが……」


「あ、どうもありがとうございます。結婚してから傷を消すのよく勧められるんですが、この傷は父が私を守るために、泣きながら付けてくれた傷ですから。夫が消してほしいってひとこと言ってくれれば踏ん切りもつくんでしょうけど」

 

「お? 俺に振るか? えーっと、まあ別に消しても消さなくても、レダはレダだから、レダの気が済むようにすればいいと思うってだけだけど?」

 父親が娘を守るために、これほど深い傷をつけるという事が信じられないブライは、興味本位で、すこし混み入ったことを聞いた。


「守るために傷を? いや、すまん、日本にはそういう慣習がないので俺には分からん。だがどれほどの事情があれば娘の顔に刀傷を付けられるのか……」


「商品価値を下げて、奴隷狩りに攫われないようにするためですよ。南部のエルフの女性たちはみんな傷をつけて自分を守ってました。でも教会の治癒師が傷を消せるということが分かってから、傷を付けたぐらいじゃダメになりましたね。顔に悪魔や動物のような縁起の悪い入れ墨を入れるのが普通になったかなあ。私は隠れてたけど奴隷狩りに見つかっちゃって姉と二人攫われていくところ、あなた方の言う、邪悪な魔導師に助けてもらったの。でも、邪悪な魔導師っていうよりも、悪い魔法使いって言った方がしっくりきますね。アリエル兄ちゃんは。あ、違った。お義父さんでした」


 エルフの美しい顔に傷をつけてまで商品価値を下げないと奴隷狩りに攫われてしまうのだという。

 話を聞いたブライとエラントは、二人ともレダの顔を直視することがきなくなった。


 ブライは知っている。知っているけれど、あえて知らないふりをしていた。

 帝国に召喚されたとき与えられた奴隷の女の子もきっと同じ悲しみの上に生きている。

 奴隷と言うからにはそのような非道が行われていることぐらい予想できたのに。


 ブライとエラントは自分たちの想像力の乏しさを恥じた。

 だが目の当たりにしてしまうと目をそむけずにはいられない。


 だまって唇をかみしめるエラントは、何か言葉をかけてやるべきだと思った。

 なんだか場の雰囲気が悪くなった。誰も次の言葉が出てこない。


 この空気の重さに二人が押しつぶされそうになっているのを察してか、それとも自分たちもこの空気に耐えられなかったのか、サナトスが話を戻した。


「なあレダ、おまえなんでお義父さんっていうときそんな恥ずかしそうなんだ?」

「だって兄ちゃんからお義父さんって、恥ずかしいんだってば。ドラゴンけしかけられた恨みも忘れてないしね。どうしよう、お義父さんになったからもうブン殴れないよ」



「ドラゴン? このファンタジー世界にはドラゴンがいるんだな。……そういやあ、エラントは日本でドラゴン見たって言ってたよな。もしかするとこっちの世界のドラゴンが迷い込んだのかもな?」


「どうせ誰に言っても信じてくれないんだからもういいわよ。どうせブライも信じないんだからさ」

「日本に西洋風のドラゴンいるなんて信じられないって。蛇のあねさんみたいなニョロニョロしてるのなら分かるけど」


 ドラゴンの話をするブライとエラントにサナトスが割り込む。

「ドラゴン? アルカディアにもドラゴンがいるのか?」


「なんか食いついてきたところ申し訳ないけど、遠くから見ただけ。キラキラと夕日のオレンジ色の光を反射してたから金色っぽく見えたけど、あれは銀色だった。すっごい綺麗な銀色のドラゴンがとても高いところを飛んでたの。どうせ信じないんでしょうけどね、私以外にも何人か目撃者いたんだからね。飛行機ってことで決着したみたいだけど」


 銀色のドラゴンと聞いたレダが眉根を寄せてもういちど聞き直した。確かめたいことがあったのだ。

「キラキラと綺麗な銀色のドラゴン? アルカディアで? まさか……」



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