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08-25 逃げ出した先で(2)

「うーん、ところで、ディオネはなんでそんなに嬉しそうなんだ?」


「うーん、やっぱそう見える? 爆破魔法が使えるだけで勇者だなんて……、その条件なら私も勇者になれるってことだからね。やっとあの人と肩を並べるまでになったかーって感じなのよ。分かんないよね? 分かんなくたっていいわよ」


「ところでさ、さっきから気になってるんだけど、エラントさん……その大切そうに持ってる本なんだけどさ、それって何の本?」


「えっとこれは、帝国の機密で……」


「答えられないならこっちから言いましょうか? それに起動式が書いてあって、それを見ただけで魔法が起動するんじゃないかな?」

 帝国の機密を見事に言い当てたのはディオネだった。


 サナトスだけじゃなく、もちろんディオネも怪しいと思っていた。戦場に立って、いまにも戦闘を始めようって時に、片手に杖、もう片方の手には本を持っているのだから、この本は戦闘に使うものだということぐらい誰でも分かる。


「え? なんで知ってるんですか? 帝国の最高機密なのに……」

「じゃあ詳しいことは聞かないから一つだけ。その本はいつあなたに与えられたの?」


「えっと、出陣前の冬だから、半年ぐらい前かな。帝国の魔法学会が完成させたって」


「サナトスくん、このことは内密にね。エラントさん、その本は荷物の中にしまっておいて。いい? その技術はマローニの魔導学院が10年以上かけて必死になって開発して、去年やっと完成させたものなの。それを……たぶんこの町にスパイがいて情報を帝国に流している」


「マジか? マローニにスパイなんて居るわけがない。しかも魔導学院の研究を完成前に流出させることができるってことは、こっちの事情に詳しくないとできないだろ?」

 サナトスも、もしかすると知ってる人物が情報を流してるのではと思うと、何とも言えない嫌な気分になった。


「ちょっとその話、聞き流せないわ」


 屋敷に向かう道、すぐ後ろを歩いていたのだろう。

 背後からの声の主は……、サオだ。


 サオは魔法の本には興味がないことを前置きしたうえで話してくれた。


 父さんと母さんがこの街を出て帝国に向かった先に都合よく14万の軍隊と10人以上もの勇者が待ち構えているなんて考えられないこと。父さんは目立つことを好むけれど、帝国に行くときは隠密行動を徹底して、昼間は動かず、夜間に街道を外れて移動するって言ってたことも、気配の察知も完璧で、伏兵が潜んでいたとしても数キロ先から気配で分かるから待ち伏せそのものも無意味なことと、あと、14万もの敵が待ち構えているような場所に母さんはともかくとして、防御の苦手なパシテーを連れて突っ込むはずがないということ。

 どう考えてもおかしなことが多すぎるといった。


「でもね、情報が漏れていたんだとしたら……、罠にハメられたんだとしたら? と考えると辻褄が合うのよ。まあ、師匠もロザリィも罠とか絡め手にはめっぽう弱いからね。で、問題は誰がスパイかってこと。うちの中には居ないとしても、衛兵か冒険者仲間か。どっちにしても親しい人たちのなかにスパイがいると考えたほうが自然だわ」


「よしてくれサオ、俺はそんな事考えたくない」

「じゃあこの件はみんな自分の心にしまっておきましょう。口外無用で。あ、自己紹介がまだでしたね。私、ベルセリウスの弟子で、サオといいます。どうぞよしなに」


「あ、こちらこそ。私はエラントと言います」


「ところでサナ、あなた師匠とロザリィが退治されたって聞いても別に驚いた様子もなかったじゃない? あなたにとって父さんや母さんはそんなに軽い存在なの?」


 サオの責めるような言い方に少し気圧される。

 サナトスにとって両親が軽い存在な訳がない。


「そんな意地悪な言い方はやめてくれ。実は……知ってたんだ。13年前、国境の街で14万対3の大規模な戦闘があったってことも、その結果どうなったかも。言い出せなくてごめん。言わない方がいいと思ってたんだ」


「誰から……ああ、レダね……。でも言わない方がいいと思ったってことは、サナ、あなた両親は死んだと思ってる?」


「そんなの正直いって生きてると思える方が不思議だよ。みんな本当は死んだって思ってるけど、生きてると信じたいだけなんじゃないかって思う……」


「そう……、じゃあ両親が死んだと思ってるあなたに質問。てくてくが調子を崩し始めたのはいつだったか覚えてる?」


「俺が初等部に入ってしばらくしたころだから……、5~6年前かな」


「そう。あなたのお父さん、ドラゴンを飼ってるって聞いた事あるでしょ? それこそレダは恨み節のように何度も言うわよね?」


「ああ。ドラゴンなんて童話に出てくる怪物だと思ってるけどな。実際に居るなら一度見てみたいよ」


「いるわよ。アプサラスに聞いてみなさい。そのドラゴンはあなたのお父さんのマナを餌にして成長している。私たちドーラのエルフにとってドラゴンは天敵でね、成長期のドラゴンはいつも飢えてていくら食べても足りないの。分かった? あなたのお父さんのマナが食い尽くされて、それでも足りなくて、てくてくのマナも食われてたのよ。てくてくが体調を崩したのは慢性的なマナ欠乏症。ハイペリオンはもう成長期が終わって成龍になった頃だから、てくてくの体調も落ち着いてきてるんだと思う。帰ってくるわよ必ず。師匠もロザリィもパシテーも。そして私のハイペリオンもね」


「私のハイペリオンって何だよ……」

 そういえばサオは父さんのドラゴンの世話係をしてたって言ってたな。



「あのー、ちょっといいですか? この本と同じものをブライも持ってるんですけど? そのまま酒場に連れてかれちゃったんですが」


「大変! ベルゲルさんが酒場に居るってことは、アドラステアもいるわ! あなたたち、先に屋敷へ。私は酒場に行ってから戻る」


 すっごい勢いでサオがすっ飛んでいった。

 またダフニスのおっさんがサオに絡んでノックダウンされるところを見たいところだけど……。


 サナトスが[スケイト]で人でもはねるんじゃないかって勢いで加速して行ったのを見送ると、ため息をついてディオネがこぼした。


「はああのドラゴンが成龍になってるって? はあ、もうダメ。アレはダメだ私」

「ディオネも知ってるのか?」


「知ってるも何も、遠くの方を飛んでるのがチラっと見えたのよ。それで私焦っちゃって、杖を構えて戦闘の態勢をとったの。たったそれだけ。そしたらそのドラゴンは急に向きを変えてまっすぐこっちにきたわ。ドラゴンは自分に向けられる殺気や闘気の類に敏感に反応するらしくて。私が呼び寄せたのね」


「それで戦闘になったのか?」


「なるわけないじゃない。私もベルゲルもカリストも、みんな動けなかったわ。威圧されて、私は泣いてただけ。ボロボロに泣いてた。もう絶対終わりだと思ったもの。カリストも腰を抜かして立ち上がることもできなかったし、ベルゲルも偉そうなのは口だけで指一本動かせなかったわ。たった4メートルそこらの幼龍がそれだけの威圧を放つのよ? 成龍だったらなんて考えたくもない。調べてみたら成龍って35メートルとかなんだって。もう絶対無理。ほんと絶対にアレだけはゴメン。勘弁してほしいわ」


「ええっ、ドラゴンって? あの?……ああ、そんなの誰に言っても信じてもらえませんよね……」


 ドラゴンの話に少し食いついたエラント。ドラゴンを信じないと言った。


 ディオネは少しアリエルの気持ちが分かったような気になった。

 この想像力が欠如している女にあの恐ろしいドラゴンをけしかけてやりたい気持ちが。


「私も兄弟子が帰ってくるのが楽しみになってきたわ。ドラゴンどれぐらい成長したのか楽しみだしね」



 サナトスもドラゴンと戦うことになるかもしれないと、頭の中でシミュレーションするのにアプサラスの助言を求めた。

『なあアプ、例えばドラゴンがレダを襲ったとして、俺は勝てるか?』

『やめて。レダが逃げる時間を稼ぐこともできないわ』


『そんなにか……』

『ドラゴンは精霊種の最上位種なの。この世界の食物連鎖の頂点にいるわさ』



----


 サナトスがアプサラスとドラゴンのことで話をしていたころ、サオは冒険者ギルドに到着した。ギルドのウェスタンドアを開けて中に入ると、まだ15分ぐらいしかたってないというのに、ブライはもう潰れていて、ダフニスがやけに上機嫌だ。


「おおサオ、見てみろオイ、勇者も大したことねえな。俺が倒してやったぜ!」

 なんて言ってガハハ笑いして勝ち誇るダフニスは無視したいところだけど、サオはこの酔い潰れた不甲斐ない男を屋敷に運ぶ役目を頼まないといけない……。


「えっと、アドラステア……」


 アドラステアも腰のベルトに本をぶら下げてるなんて不自然すぎるので怪しんではいたが、それを指摘すると騒ぎが大きくなるだろうし、離反したブライたちの居場所がなくなるのではと思って何も言えずにいた。その本は何ですかと、ただそれだけのことが聞けなかったのだ。


 とにかく口止めをして、翌日屋敷に来てもらって今後の対策を含めた話し合いをしようということにした。 夢見心地のブライはそのままダフニスに担ぎ上げられ屋敷へ。


 ダフニスはブライを運んだあと、また酒場で飲みなおすらしい。



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