08-24 逃げ出した先で(1)
「ブライ……、ほんと頼りにならないわね。セイクリッドを説得しないと私たち次は殺されるわよ? あーもうホントイヤ。セイクリッドやレインたちと戦うなんて絶対イヤだからね」
セイクリッドはアイシャとの幸せを掴もうとし、そしてブライは己が信念を貫くため、袂を分かつことを選んだ。別々の道を歩むかにみえるが、その目指すところはきっと同じなのだろう。
「セイクリッドはアイシャと生きるって言ったよ。自分の人生を選んだってことだろ?」
「そうだけどさ、ブライあなたこれからどうする気なの?」
「ああ、そうか……えーっと、すいません。中に入れてくれとは言わないんで、当面の食べ物だけでも分けていただけると助かるのですが。いまお尋ね者になったところですし、ご存知の通り、見ず知らずの土地で右も左もサッパリなもんで」
「くくくく、気に入った。お前ら本当にバカでお人よしなんだな。今回だけは俺をハゲと言ったことは忘れてやる。なあ後輩。名前は? S市の出身か? それともH市か? 日本じゃ何をしていた? 日本の話を聞かせてくれ。俺らもうこっちの方がなげえからよ。故郷の話を聞きてえと思ってたんだ。……おーい、今日は終わりみてえだ。よかったなあボウズ」
「あ、はい。誰も死ななくて良かったッス」
ブライは戦いがなくてホッと胸をなでおろす魔人サナトスを見ながら……なんというか、不安に近い違和感を感じていた。この魔人、力量がまるで分からない。推し量れない。人族とは勝手が違うと、そう思っていた。
ベルゲルミルの合図で門が開かれると、中では女や子どもまで剣を持って門の内側を守っていた。中学生にしか見えないような子どもまでもが剣を構えている。
「ああ、こいつらは俺らの後輩だ。いま軍を離反して行くところがないらしい。ちょっと飯くわせてやってくれや」
ブライは騒々しい中、辺りを見渡し、その光景の異様さに目を見張った。
人族が多いがエルフ族も目立つ。さっき外に居た熊や狼獣人は他に見当たらないようだが、ここが魔物に支配されているとは到底思えなかった。
気になったのは猫の獣人? の子どもが今にもブライに向かって飛びかからんとするほど威嚇している……。
……と思ったら剣を持った男が頭にゲンコツくれて担いで行った。……あれがお父さん? なのか?
すぐそばには角の生えた……なんとも美しい女性が立っていて、ブライのことを観察するように、じーっと見ている。
「なあエラント……、俺はこの目で見ているものが信じられん」
「ねえ、ブライ……私たちは……いったい何と戦おうとしていたのかな?」
ブライはマローニの人たちの生活を垣間見て、目を奪われながらエラントの問いに答えた。
「国の法律やスポーツのルールなんてもんは、自由を制限するためにあるんだ。その上からもっと厳しい軍規やら校則やらってもんを幾重にも重ねられて、人は自由を失うんだよな」
その答えはエラントの頭からクエスチョンマークが3つ出るぐらい難解なものだった。
「え? ブライ、教員だったんでしょ? 何を言ってるのか全く分かんないんだけど?」
「だからさ、不自由な世の中で慣れてしまうと、自由に振舞う人のことが目障りに見えるわけ。ここは帝国や教団にとって目障りなんだよ。きっと」
「ねえ、あなたの授業わからないって言われなかった?」
「俺は体育教師だったからな。分からないことは筋肉で説明するんだ。好評だったよ?」
よくわからないことで胸を張って見せたブライだったが、話を聞いていたベルゲルミルが二人の会話に割り込んで言った。
「本当か !そいつあいい、親睦を深めるために今夜はギルド酒場でおごらせてくれ」
「がははははは、俺も混ぜてくれや! いいだろ。」
酒と聞いてポリデウケスとブライの肩に腕を回してダフニスも参戦した。
酒場ではダフニス専用の椅子が用意されたそうなので、椅子を踏み潰すというようなことはないだろう。
「ああっ、ダフニス!お前には奢らんぞ。破産してしまうじゃないか」
「もう、マローニの町でガラの悪いのはその3人だけだからね。えっと、ブライさんだっけ? なんかとんでもないのに気に入られてご愁傷様。教員だったのなら感化されないようにね。明日の朝、ガハハハとか言い出さないでね。どうせ記憶も残らないほど潰されてしまうと思うけど……」
ディオネはガラの悪い3人に囲まれて酒場に連れ去られようとしているブライをにこやかに見送った。
「あの二人だけなら心配だけど、ポリデウケスがいるなら安心よね」
「マジか!」
つい反射的に驚きの声を上げてしまうサナトス。「どうかした?」と聞いてくるディオネの声を、よそ見して躱すので精一杯。どうやらディオネはポリデウケス先生に酒が入るとド変態になることを知らないらしい。
「で、えっと……」
「エラントといいます」
「あ、私はディオネ。もうこっちのほうが長いけどね、日本人よ。えーっと、エラントさん……どうしようかな。ねえサナちゃん……いい?」
ダフニスやヘレーネがマローニに来てベルセリウス別邸は増築に次ぐ増築で、いまや一部四階建てになっている。もちろんアリエルが新しい嫁さんを連れてくることも想定済みの設計。食事も含めて今更一人や二人増えたところでどうってことない。
恐縮しながらも足取りが重いエラントを見かねて声を掛けるサナトスが、ひとつ、ささやかなお願いを付け加える。
「構わないですよ。どうせうちは寄り合い所帯みたいなもんですから。でも、父さんと母さんのことは聞かれると思うけど、どうしようかな。死んだかどうかは分からないってことにしといてほしい」
「え? 父さんと母さん?……」
「あなた達の言う、邪悪な魔導師と角の生えた魔物のことよ」
そういえば名乗りも上げなかった。
帝国には名乗りを上げるという習慣がないのだろうか?
「そ、そうとは知らず、すいません、あの……」
アリエル・ベルセリウスが邪悪だとか死神だとか、そんなことはもう言われ慣れてるサナトスにしてみればもうどうでもいいこと。でも魔物って言われたのは初めての経験だったせいか少しショックだった。
「気にしなくていいよ。でもてくてくだけは怒るかもしれないから注意してな、そう、あのエルフの小さい子だよ。夜にはおっきくなるけど……。怒らせるようなこと言わなければ大丈夫だから」
「てくてくは兄弟子を悪く言うと怒るのよ。……で、魔導師でも勇者になれるものなの? 私が帝国に居た頃は絶対に無理だったんだけどな」
「えっと、爆破魔法っていう難易度の高い魔法があるんですけど……」
耳を疑うというのはこういうことを言うのだろう。まさかこの若い女勇者の口から爆破魔法という言葉が出てくるとは思わなかった。
「いま爆破魔法って言った?」
「はい、そうですけど」
両の耳でしかと聞いたはずの言葉をもう一度聞き返すほどに驚いたという事だろう。
どうやら勇者の使う爆破魔法は何と48節からなる長大な起動式が必要なのだといい、さらに爆破魔法を使えたら無条件で勇者の称号をもらえるのだという。
48節もの起動式を入力するなんて、実戦じゃ時間がかかりすぎる上に長時間よそ見することになるからとても使い勝手が悪く感じるのだけど……。
しかしサナトスはエラントが大切そうに抱えるこの一冊の本が気になって仕方がない。
起動式が長大すぎて実戦で使いづらいんじゃないかという魔法を使う魔導師が持つ、表紙にも背表紙にもタイトルらしきものが見当たらない本……。
「なんで爆破魔法が帝国に伝わってるの? 兄弟子のオリジナルのはずなのに」
「前の戦に出ていた高位の分析魔導師がデータを持ち帰って10年かけて起動式を開発したらしいです。私はそれが使えただけですよ」
爆破魔法を使えたアリエル・ベルセリウスが拠点にしていたマローニだからこそ爆破魔法は珍しくない。ちゃんと教えを受けて爆破魔法を継承しているのはアリエルの愛弟子であるサオだけだが、そのサオから教えることはできないから見て盗めと言われ、何度も何度も見せてもらってやっと使えるようになったディオネと、あと、サナトスやカンナのように子供の頃からサオの鍛錬をマネてる内になんとなくできてしまったような者も含めて4人の使い手がいる。
「んー、俺もディオネと同じ。サオを見てマネしただけだよ。この街一番の爆破魔法使いはサオかな」
「この町の魔導師ってみんな高位の分析魔導師なんですか?」
分析魔導師というのは、戦場などで敵方の魔導師が使った魔法の属性値などを分析して記録しておいて、持ち帰った後でそれを再現することを旨とした魔導師のこと。
簡単に言うと耳で聞いた音楽を音符にして楽譜を作るような仕事をしている魔導師のことだ。
「要するにあなたのお父さんの魔法がパクられたってことね。どうせ見境なくボカンボカンやったんでしょ。あんだけ目立つことが好きだったんだからパクられて当然だわ。気分が悪いだろうけど仕方ないわよ」
いやそれが意外と気分が悪くなかったサナトス。
帝国の高位の魔導師が10年かけて再現した魔法を使えただけで勇者になれるってことは、それだけ父アリエルの魔法が凄かったってことだ。




