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08-23 勇者とは(2)

 頭ごなしに侵略者と言われた勇者軍のリーダーはすぐさまそれを否定した。

 日本人はそう言って帝国のやっていることが正しいことだと教育される。帝国臣民のためを思うと正しいことなのだろう。


「だから言ってんじゃねえか。魔物なんざこの世界にゃいねえんだよ」


「いや、嘘だな。十年とちょっと前の話らしいが、邪悪な魔導師が2体の魔物を引き連れて帝国に攻め込もうとしたって聞いたよ。俺たちと同じぐらいの力を持った13人の勇者と、そして14万の大軍で応戦したけれど、その大半が死んだと言われてる。もちろん日本から来た勇者たちも、直接剣を合わせた者たちは一人も帰ってこなかったそうだ。戦場になった地は大きな湖になっていたが、そこは戦場になるまでは、それなりに賑やかな街があったらしいよ。……でだ、その魔導師が連れてた魔物の片割れには大きな角が生えていたってさ。ほら、そこの男、お前のような角がね……。俺は魔物の存在を確信したけど?」


 十年ちょっと前に帝国に攻め込んだ邪悪な魔導師と聞いて、ここにいる面々はみんな誰のことを言っているのか分かってしまった。誰一人『邪悪なんかじゃない』と反論できなかったのはアリエルの不徳の致すところなのだろう。だが、その邪悪な魔導師のことを良く知らない男が口を開いた。


「その邪悪な魔導師と角の生えた魔物ってのがどうなったのか教えてくれないか」


 まさかこの男がこんなにも普通の声で普通にしゃべるとは思わなかった勇者一行。少し驚いて顔を見合わせる。地の底から湧き上がるような低い声で『うぬら我の問いに答えよ』とか言うもんだとばかり思っていたので肩透かしを食らったような感覚だ。


「ああ、ベルセリウスってやつなら帝国に入る前に退治されたらしいぜ」


「まてまて、退治されるようなタマじゃねえぞアイツは」

「帝国が誇る英雄アザゼルが自ら出て退治したらしいけど? ウソつく理由はないんじゃないかな?」


「英雄アザゼルってアレか? 神の生まれ変わりだとかいう? ウソくせえなあ。会ったこともねえしよ、だいたい神の生まれ変わりなんて言うが、俺たちだって日本から召喚されてきたらすぐに神の血を引くとか言われなかったか? 神の大安売りじゃねえか」


「アタシのマスターはそんな微妙な奴に退治されたりしないのよ。だいたい神の生まれ変わりって何なのよ? 神じゃないのね? 生まれ変わって神じゃなくなったって事なのよね? まったく、なんて微妙な奴かしら。そんな気の毒な呼ばれ方をしているような奴にマスターはやられないのよ」


 この小さなエルフの少女がマスターと呼ぶ男が、あの邪悪な魔導師ベルセリウスだと察した治癒師の勇者が割って入った。


「ちょっと待って。マスターと言ったね? キミは魔導師ベルセリウスの奴隷だったのかい?」

「違うのよ。マスターは奴隷なんて認めないの。アタシは自らの意思でマスターの従者となってここにあるのよ」


「そちらエルフ女性お二方ふたかたは?」

 エルフ女性お二方ふたかたと言われて顔を見合わせるサオとカンナ。


「私ですか? 私はベルセリウスの一番弟子です。奴隷になるぐらいなら自害して果てますから手加減無用で願いしますね。もし敗れたとしてもあなた方の戦利品になるつもりはありませんから」


「え? 私はクォーターだからどっちかっていうと人族の血のほうが濃いんだけど、えっと、亡き父が日本から来た勇者だったので、勇者を近くで見たかっただけです。もちろん誰の所有物でもありませんし、誰かの物になる気なんてこれっぽっちもありませんけど?」


 盾もち勇者のセイクリッドは、いま熊獣人ベアーグの後ろからひょこっと出てきたエルフ女性が日本から来た勇者の娘と聞いて平常心ではいられなくなった。こんなところに帝国から逃れてきた者がいて、恐らくは平和に暮らしていたのだろう、カンナを直視することができず、視線を落とした。


「そうか。じゃあ最後に聞かせてくれ。なんであなたたちのような女性や、小さな女の子がこの戦場に出て俺たちの前に立っているんだ?」



「「自由のため」なのよ」


「だってこの世界スヴェアベルムは私たちエルフには厳しいもの」

「私もそうね、私は正しく生きて、胸を張って死ねればいいですね」


 先頭に立つセイクリッドは、いま自らの間違いを悟った。

 だが、勇者たちを束ねる筆頭勇者という立場と、そして帝国くにで帰りを待っている者の存在がセイクリッドの決意を揺るぎないものとしていた。



「戦闘態勢! 俺たちはここを解放してから北のノーデンリヒトも解放して、そしてさらに北の大陸に巣くう魔王を倒さなきゃいけない。忙しい身なんでね」


「ちょっと、私の決闘は?」

「まてまて、お前ら頭を冷やして、胸に手を当てて考えてみろ。どうせお前らも帝国じゃ浮いた存在なんだろ? お前らも帝国に迎合しなかったからこんな遠い戦地に飛ばされてきたんじゃねえのか?」


 ベルゲルミルの説得が効いているのだろうか、戦闘態勢の号令がかかった勇者たちから殺気が放たれ、一触即発の空気がピリピリと肌を刺激し始めても、誰も剣を抜こうとはしなかった。


 勇者軍の方で動きがあった。

 さっきカンナとサオに話しかけた治癒師の勇者だ。


「あー、セイクリッド、すまんな。俺はこの戦い……降ろさせてもらう。やってられるかあ」

「何言ってんだよブライさん、あんたまで裏切る気かよ!」


「裏切るも何も、見てみろ。魔物なんて居ないし、ここのエルフは奴隷じゃないと言ってる。奴隷になりたくないから命を懸けて戦うとまで言われた。なあ俺たちは何をしに来た? 俺は邪悪な魔物に支配された街を解放するためだと言うから来たんだ。話が違う。これじゃあ戦えん」


「そうね、やめましょう。私はブライの意見に賛成。話で聞いたものと自分の目で見たものが違い過ぎるでしょう、私は自分の目を信じます。という訳で、えっとディオネさんでしたっけ? 決闘は謹んでお断りします。私は侵略者ではありませんから、あなた方と戦う気はありません」


 話がややこしい方向に向かいつつあった。このままだと任務が遂行できないと、背後から神官が出てきて大慌てで説得しようとした。

 この男、勇者たちを帝国軍の指示通りの動かす役割を担っている『助役』という役職らしい。


「ブライどの、エラントどのも、敵前逃亡は反逆罪と同じにございます。なにとぞ、なにとぞお考え直しを」

「何が反逆罪だ、ここを攻めることこそが罪というものだ」


「セイクリッドどのも、説得してください。ここでお二方が離反されますと、我々は戦わずして帝国に帰らねばなりませぬ。そうなるとここにいる全員の評価が下がって現在の地位も約束されません。セイクリッドどの!」


「助役、ちょっと黙って。下がっていてくれないか。俺たちだけで話をさせてくれ」


 そういうとセイクリッドと呼ばれる勇者は帝国兵に分からない日本語で話し始めた。


『ブライさん、最初から離反するつもりだったろう?』

『ほう……いつバレたんだ?』


『今だよ。そんなに迷いのない目で離反するって言われちゃな……引き留めることはできないよ』

『セイクリッドなあ、見たら分かるじゃないか、自由を侵害しようとしているのは帝国おれたちだ』


『ああ、そうだよ。この状況……まさか俺たちがここまでの悪役をやらされるとは思わなかった。……だけどなあブライさん、エラントさん、本当に離反するのか? もう戻れないんだぜ?』


『日本に戻れないならどこに居ても一緒だろ。それなら俺は俺の良心に従うさ』

『羨ましいよブライさん。その生き方。カッコいいとは思う。確かに』


『セイクリッド、お前はカッコ悪いぞ?』

『俺は……アイシャが国で待ってるんだ。帰ってやらないと』


『そうだな。それがお前の選んだ道なら誰も批判したりしない』

『次会った時、俺たちは敵になるのか?』


『さあな。出来ることならもう二度とお前の顔は見たくないよ』

『ひっでえなあ、本当に……』


 はははは……と笑いあう二人。

 日本語の分からない者たちにとって何を話しているのかは分からないが、何となく別れを惜しんでいるような雰囲気は伝わってくる。


『じゃ、ブライさんもエラントも元気で。もう二度と会わないよう願っているよ』

『ああ、セイクリッド。身体には気をつけてな』


 セイクリッドは踵を返し、すぐ背後に控えていた助役に向けて無情な言葉を投げつけた。


「説得したがダメだった。ブライとエラントは離反。今日の所は帰るぞ」


 セイクリッドはもう後ろを振り返らず、そのまま去るつもりだった。

 もう何を言われても……。


 だがしかし、ブライは背を向けて去ろうとするセイクリッドに言葉を投げつけた。



「セイクリッドォ!!」


 その声は静まり返ったマローニ南門の外、防護壁の上で弓を構える兵たちにも聞こえるほどの大声だった。



「勇者とは!?」


 ブライはセイクリッドに問うた。

 だがセイクリッドは答えない。答えないまま歩き続ける。


「勇者とは生き方だ。その生き方を貫いた結果なんだ。セイクリッド! 魂に問え!」


 それは無慈悲にセイクリッドの心に突き刺さり、魂を揺さぶるひどい言葉だった。


 セイクリッドはこのまま立ち去るつもりでいたのに、思わず立ち止まってしまった。

 魂にも問うた。自問自答など、ここに来るまでもイヤというほどしたのにも関わらずだ。


 首から下げたアミュレットを握りしめる。

 帝国くにに残してきたハーフエルフのアイシャが作ってくれた木彫りのアミュレット。

 戦場に出るセイクリッドの身体を案じて、ケガなどせず、無事に帰ってこられますようにと祈りを込めて作ってくれたお守りだった。


 目を閉じるとアイシャの笑顔がフラッシュバックする。

 アイシャのころころと笑う声が耳から離れない。この世界に召喚されてきた日、帝国から与えられたハーフエルフの少女を愛してしまったセイクリッドには帝国を離反するという選択肢など選べるはずがないのだ。


 立ち止まってしばらく瞑目し、何度か荒く深呼吸をして心を落ち着ける。それほどまでにブライの言葉はセイクリッドの心を深くえぐったのだ。


 少しの時間だったのかそれとも長い時間だったか。


 セイクリッドが再び目を開けると、そこには覚悟の宿った凛として精悍な瞳があった。

 肩越しに振り返り、ブライを一瞥する。


「俺はたった一人のためだけの勇者でいい。次会った時は敵だよ。ブライさん。だからもう二度と会わないよう」


 そういうとセイクリッドは神官たちに退却の指示を出し、帝国陸戦隊第三軍と神殿騎士たちが混在する勇者軍は、ものの15分もしないうちに撤退を始めた。



 勇者軍は一旦アルトロンドの神聖典教会あたりまで引くのだろう。

 その後姿をずっと見つめるブライとエラント。セイクリッドだけではない、一緒にここまでやってきたレインやグレイブとも、結局別れの言葉を交わせなかった。



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