08-22 勇者とは(1)
舞台はまたスヴェアベルムに戻ってきました。
ベルゲルミルが勧誘のプロとなる切っ掛けの話です。
----
舞台はスヴェアベルムに戻る。
これまでマローニに向けて侵攻してきた敵軍は、白地に三賢者をあしらったマークの王国旗を掲げるシェダール王国軍と、赤い旗を掲げるアルトロンド軍だったのだけれど、いまマローニ南の門前にまで来て陣を張っている軍、掲げる旗は青地に白の二本線。アシュガルド帝国旗である。
いや、アシュガルド帝国旗というと少し誤解があるかもしれない。
青地に白の二本線を見るのではなく、二本の白い線で青を三つに分けていると解釈することができる。これは帝国陸戦隊第三軍の軍旗だ。
加えて白地に青の『♀』というアンク旗はアシュガルド帝国に本拠地のある女神聖教団の遠征旗。
この旗は神聖典教会の神兵が掲げる旗と同じに見える。
つまり、帝国陸戦隊第三軍とは日本から召喚されたチートな能力を持つ勇者含む戦士たちの所属する部隊であり、白地に『♀』のアンク旗は端的に言うと神殿騎士の旗だ。
2万5千もの王国軍が僅か15分の戦闘で敗退したマローニ攻略を受け継いだアシュガルド帝国が威信をかけてどれほどの大軍勢を率いて来たのかと思いきや、その数、わずか50名と少し。
要するにいまマローニの前までやってきた者たちは勇者パーティ5人組と、あと45人あまりは神官と帝国軍の騎士たちという構成で、通称『勇者軍』と呼ばれる少数精鋭部隊だ。
そう、帝国からは遠いこの王国の北の外れ、マローニの地までわざわざアシュガルド帝国の軍旗を翻して堂々と進軍してきたのだ。
シェダール王国としては教会の圧力に屈した形なのだろうが、こんなところまで帝国軍の旗を掲げたまま来るということは、そこまで王国の力が落ちているという証明でもある。マローニが落ちれば瞬く間にアルトロンドあたりは帝国に取り込まれてしまうのではないかと、逆にアルトロンドや王国のことが心配になってくるほどだ。
前回の戦闘で力を見せつけたサナトスが最前列で迎え撃つ。相手は黒髪の男女だ、サナトスは訝って傍にいるベルゲルミルに問うてみた。
「あいつらは? やっぱり勇者なのか?」
「ああ、見てみろ。武器の柄が赤いだろ。あれが勇者の称号を得た者に与えられる神器だ。ってことは勇者が3人来やがったってことだ、手強いなんてもんじゃねえぞ? まあ、ほかの2人は俺たちと似たようなもんだから、ボウズにとっちゃどうってことねえが……あーあー、5人がV字フォーメーション組んでやる気マンマンだぜ? どうするよ?」
ベルゲルミルは呆れたように肩をすぼめ、同じようにディオネもウンザリといった表情をみせた。
「あ――、思い出したわ。あれ練習させられるのよね。でも本気でやるなんてアホみたい……」
いつもは最前列を避け、二列目、三列目で事の推移を見守るディオネが今日は最前列にまで出ている。
やはり同郷の者には興味があるのだろう。サナトスもアルカディア人と聞くと興味がないわけではない。父も母も、アルカディアに行って戻ってこないのだ。
「あの黒髪の人たちって、カロッゾさんやディオネと同郷の人なんだろ?」
「ああそうだ。できる事なら戦いたくネエ。だからまずは俺たちが説得してみるからよ、いきなり戦闘はナシだぜ?」
剣の勇者を先頭に5人でV字のフォーメーションを組み、全員が肩幅よりも少し広く足を開いて直立、先頭に立つ剣の勇者だけは腕を腰にするか、腕組みをするか選べるらしい。こういう立ち姿にすらこだわるのが帝国軍人なのだという。
そういえばマローニでも中等部の雪組あたりじゃ隊列を組む訓練をしていたことを思い出した。
サナトスは雪組のフォーメーションよりも勇者フォーメーションの方がかっこいいかも? と思った。
「しゃあねえ、お待ちかねだ。こっちも出て行ってやらねえとな」
サナトスを先頭に、ベルゲルミル、ディオネ、サオ、てくてくの5人が同じくV字フォーメーションで出ていった。その後ろをニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながらゾロゾロ着いて出たのはダフニスたち獣人組と、フォーメーションに加わることを断固拒否したカリスト、……ダフニスの背に隠れてこっそり小走りで出てきたカンナというメンバーだった。
ダフニスは龍の大腿骨を削り出して作ったといわれる大ハンマーを肩に担いで戦場に出てきた。
思い出すのはあの日、あの時。ノーデンリヒト北の砦での戦闘。人一倍大きな体と、ロザリンド以外には誰にも負けたことがない怪力をもってまるで歯が立たなかった悪夢の体験。相手があの勇者だと聞いて、ダフニスは否が応でも気合が入る。
「おいおい、武者震いしてきやがったぜ……」
膝が震えるのを指さして、それすら笑いとばすダフニスにウェルフのカルメが軽口で応えた。
「そうだね、生きて戻れたら、今夜は酒が進みそうだね……カンナちゃんも一緒に飲もうか?」
「だーめ。若い女に酒をすすめる男はみんな狼だって母さんが言ってたし、ポリデウケス先生にバレたら怒られるわ」
「がははは、ちげえねえ。カルメお前の魂胆はその姿を見れば一目瞭然だなオイ」
ウェルフ渾身の自虐ネタがこれだった。もちろんあまり笑えたものじゃない。
カンナの声が聞こえたサナトスは咄嗟に振り返った。
「え? ってなんでカンナ出てんの? ダメだろうがカンナはエルフなんだから」
「……あ、バレた? いやちょっとね、父さんと同じ勇者って、興味あるじゃん? 見に来ただけよ」
「ボウズ、よそ見してんじゃねえ! あれが帝国の誇る勇者だ。油断してっと瞬殺されるぞ」
サナトスは初めて見る勇者に少し違和感を感じていた。
世界最高の戦力と言われるからには、このベルゲルミル・カロッゾのような厳つい筋肉質の男たちばかりなのだと思っていたけれど……実物を見てみると、マローニの衛兵よりもっと一般人に近いように見えた。ただ黒髪が珍しいだけの普通の人にしか見えないのだ。
「ディオネと同じトーヨージンっていう人族なんだな。黒髪なのも同じだし」
V字に並んだまま歩調を合わせて少しずつ近づく両軍の精鋭たち。
剣は抜かない、抜くそぶりも見せない。まずはベルゲルミルが説得する手筈になっている。
先に声を出したのは勇者軍の男。
「へえ、亜人でも戦闘の作法は心得てるってことですか?」
この軽口は牽制のように放たれたが、ダフニスたち獣人を蔑んでいるように聞こえた。
「ちげえよ、お前らが面白れえV字フォーメーションなんざ組んでやがるからちょっとマネして出て来ただけだ。どうせカトクリコンのオッサンの指示だろ? ちがうか? もうトシで引退しちまったか?」
勇者たちは会話内容を聞かれたくなかったのだろう、日本語で会話していた。
『なあブライさん、見ろよ、あれ日本人だろ?』
『黒髪のオバちゃんはたぶんな。だがハゲのほうは分からん』
「オバっ……」
反射的に手のひらの上に爆破魔法を練り上げるディオネ。出来上がった[爆裂]の光に下方向から照らされ、オバケのような顔になってることにはきっと気付いていない……。
若造どもにハゲと言われ、真っ赤になって頭から湯気が出ているベルゲルミルも鼻息を荒くしながら小さな声で「この野郎」なんて言いながら地面に八つ当たりを始めた。
サナトスたちは当然だが、日本語が分からないので何を言ってるのか分からない。
「なんて言ったんだ?」
「あなたは知らなくていいことです……」
だがベルゲルミルはハゲって言われたんだろうなと、サナトスはそう思った。
『この野郎ども、日本語だったら聞こえても分からないと思いやがって』と勇者たちの日本語の会話にベルゲルミルが割って入る形で答えた。
「……あのなあ、俺はハゲじゃねえ。薄毛なんだよ……ってディオネそれ引っ込めろ、てか顔怖え」
「なんだやっぱり日本人かよ。なんで?って聞くのは野暮ってものなのか?」
フォーメーションを組んだ勇者軍の後ろから神官の一人が走ってきて勇者のひとりにに耳打ちをしていてチラチラと見るその視線の先には……カリストがいた。
どうやら帝国の勇者軍のほうに知り合いが居たらしい。
「行方不明になった勇者軍? このオッサンらが? マジで?」
とはいえ正体がばれたところでどうってことはない。軍を離反して敵についたのだから、もし捕まりでもしたら反逆罪で斬首刑になるらしい重罪人だ。ベルゲルミルも、ディオネも、そしてカリストももう後に引けない。ベルゲルミルは死ぬ覚悟なんてできちゃいないが、どうせこの戦いに負けたら無事じゃあいられないのだから、結果として捕まって斬首になったとしてもどっちみちあんまり変わらない。
察しの悪い後輩勇者たちに説明してやる必要があるのかと思って、ベルゲルミルが口を開こうとしたとき、V字フォーメーションの一番前にいる盾持ち勇者が気を放っった。
「じゃあえっと、裏切って敵についてたってことでいいですか? センパイ」
「おいおい、お前ら召喚されて何年だ? 若い身空でもうゴリゴリの帝国軍人になっちまったってか? お前らウソ教えられてるぞ? お前らが敵だと思ってる北の蛮族ってのはモンスターなんかじゃねえ。愛も人情もある、あったけえ人たちなんだ。体よく人殺しの道具に使われてるだけだぞ、お前ら」
「目の前に立ってるツノの生えた大男とか、あっちのでかい熊男とか、狼男とかがですか? 俺にはモンスターにしか見えないんですけどね? 薄毛センパイ」
話をしていて誰も割り込んでこない。中央に立って腕組みをしながらベルゲルミルと話をしている身長180センチほどのいい体格をした男がこのパーティのリーダーとみていいだろう。
ディオネの懐かしい思い出。この若い勇者があのキャリバンとダブって見える。
顔も悪くないし、なかなかモテそうなキャラクターだ。そんな奴が盾持ち片手剣を装備して、目の前に敵として立っている。
あのキャリバンですら神器の盾は扱えず、持たない方がマシと言って盾を持たず両手持ちの神器で戦ってきたというのに、この大学生風の優男が盾を扱えるらしい。それだけで最大の警戒をしなくてはならない相手だ。
そして赤いグリップで彩られた杖をもつ女性、年の頃は25歳ぐらいか。少し痩せすぎた感がある、腰までの長髪もよく手入れされている。こちらは魔導師として勇者の称号を得たのだ。
その姿にディオネは素直に感心した。帝国では剣士ばかりが優遇され魔導師はどちらかというと不遇な扱いを受ける。それでもなお柄の赤い杖を持ってここに立っているとするならば、この女性は自分の考えているさらに上を行くということだ。
あと、カリストに似た神官の服を着た赤い杖を持つ男も要注意だ。
歳は30ぐらいの短髪。日本の床屋が得意な髪型、スポーツ刈りに似ている気がする。
治癒師が着る神官のローブを着ているのにその上からでもわかるゴツゴツした体。
そもそも帝国の評価基準では魔術師や治癒術師が勇者になんてなれる訳がないというのに、よくもまああの厳しい勇者基準をパスしたものだと感心する。
ディオネは常々考えていることがあった。
今、自分は、あの遠い存在にどれだけ近づけたのだろうか。あんなにも憧れた勇者キャリバンにどれだけ近づけたのだろうか。
戦闘を開始する前に、ディオネが口火を切ったことにみんな驚いた。
「私はディオネ。もう20年以上も前になるかしらね。日本から召喚されてこの世界に来ました。この街の人たちには本当によくしてもらっています。夫にも子どもにも恵まれませんでしたが、私にも守りたいものはあるのです」
そういうとディオネは「はあっ」と強く息を吐くと、いつもの眠そうな目を釣り上げた。
「そちらの魔導師の方にアシュガルド式の決闘を申し込みます」
アシュガルド式の決闘。つまり、治癒師などの補助や救援なしに、自分の気が済むまで戦うという決闘の方式だ。相手を殺すまでやってもよし、勝敗が決したところでやめてもよし。勝者がどこまでやるかを決めるという、強いものが生殺与奪権を持つ、アシュガルド帝国ならではの決闘だ。
ディオネの指さした先に立っている女魔導師は、持ってる赤柄の杖を落とすほど驚いて、たったいま決闘を申し込んだディオネに聞き返した。
「え? 私? なんで?」
「なんでって? あなたたちは平和な街を襲う侵略者なのよ? 自覚がないのですよね? 私たちもかつてはそう、正しいことをしているつもりでした。でもいまの私は平和な日常を奪いにきた侵略者を止めるためにあなたの前に立っています。引いてくれないなら戦うしかありません」
V字フォーメーションで中央の先端に立っていた勇者が話に割り込んできた。さっきのリーター的存在であろう盾もち勇者だ。
「ちょっと待て。聞き捨てならない。俺たちは魔物に支配されたこのマローニとノーデンリヒト領を解放するために来た。誤解だ、侵略なんてしない」




