08-21 【日本】 戦い続ける理由
いまの実力だと真剣で斬りかかってもきっとジュノーにはカスリもしないし、傷つけることなんて不可能だってことぐらい分かってるのに、なんだかんだと言いながら美月は愛刀美月を鞘に戻して木刀に持ち替え、上段に構えた。
美月の動きは最初と比べるともう見違えるように良くなっている……けど、まだ足りない。もうちょっとで壁を越えられそうに見えるのだけど、まだまだジュノーには及ばない。
どうせすぐに転がされるのがオチだ。
深月は、レベルが違いすぎることを承知のうえで、それでも自分が少しでも強くなるため突っ掛かって行く美月を見ながら微笑んでいる。美月の確かな成長を生暖かい目で見守るというのはたぶんこういう事を言うのだろう。
美月はジュノーに先手を取らせたら勝ち目がないと知って、先の先をとる作戦にしたようだ。とはいえ美月の攻撃バリエーションが増えるのはいいことだ。
……えっ!?
深月は目を疑った。
避けた! ジュノーの光を紙一重で躱した。
いや、先読みか。攻撃を読んで縮地を回避に応用したのだ。
ロザリンドの動きがよくなってきたのは、この先読みによるところが大きい。
だけど初撃を避けれても……ジュノーは次の攻撃が早い……。
熱光学魔法という、光属性の攻撃魔法で、日本人にはレーザービームというのがイメージしやすいだろう。
美月はジュノーのレーザーを斜めに避けた。すでに木刀を振りかぶっている。
その木剣を振り下ろすことができればいいのだが、ジュノーの光魔法は連射が効く。
まるで美月が避けたことも予定されていたかのように、動きに合わせて閃光が放たれた。
また避けた!
「おおおっ!」
深月は目を見開き感嘆の声を上げた。瞬きすら許されない攻防が繰り広げられている。
いまのはさっきの攻撃を避けたことでムキになったジュノーの迂闊な攻撃を誘発したように見えた。美月もジュノーが次どんな攻撃に来るか分かっている。
これを反撃に繋げたら大したものだ……。
攻撃を2度連続で避けられたジュノーのほうも、実はこのパターンはゾフィーにボコられてたときと似たようなパターンだ。つまり、ジュノーも対処の仕方をすでに学んでいる。
―― ボワシュッ!
ああっ、発想はよかったのに技術が足りない……ほらもう負けた。いや、よく頑張った。
見物していた深月と嵐山は数手の攻防を見て「おおおっ!」なんて声を上げてしまい、思わず拍手してしまった。見事だ。
ロザリンドがブッ倒されところでジュノーの治癒が入った。とりあえず終わりという事だろう。
「フン、私に挑もうなんてまだまだ早いわね……」
「珍しいな。ジュノーが勝ち誇ったようなこと言うなんて。余裕がなくなってきたか?」
「ちょっとだけね。何? 常盤って前世何だったの? とてつもなく弱いゾフィーと立ち会ってるみたいだわ。んー、攻撃が予知されてる気がするんだけど……」
「え? 私の前世は魔人よ。魔人族って言われてたけど、どうかしたの?」
「魔人? ねえあなた魔人って何? スヴェアベルムにそんな種族いたっけ?」
「もとはダークエルフのハーフなんだってよ。いまもうダークエルフは絶滅してスヴェアに居ないから、その血はかなり薄まってると思うけどね」
「前世も少しダークエルフかー。いまはクォーターでしょ? 血は薄まってるはずなのにダークエルフの戦い方が板についてきたなと思って」
「えーっと、私分かんない。なにそのクォーターって? うち父さんも母さんも日本人よ?」
「ごめん忘れて。どうしても聞きたいなら自分で常盤右京に聞けばいいよ」
「はあ? なんで柊が私のお父さんを知ってるの? 知り合いなの? なんか呼び捨てだし」
「はいはい、右京さん右京さん」
「右京さんって……、なんでそんなに親しげなのよ!」
「あーもう、あなたたちがスヴェアベルムに転生してて、こっちに生まれなかったから、心配してすっごく探したの。だからあなたのお父さんとも話した。私の知ってる常盤右京は前世の常盤右京だからね。現世じゃ挨拶した程度にしか知らない」
「ああ……、そっか」
「それだけよ。ところで常盤ってさ、普段ガサツなくせに剣を持つと本当に精密な動きをするよね。その辺はゾフィーとは大違い。まるでルビスのような繊細さを感じるわ」
「柊ってルビス知ってるんだ。そうよ、だってルビスは前世の私のご先祖様だし、ミドルネームにルビスの名がついてた。ロザリンド・ルビス・ベルセリウス、これが私の前世の名前」
「ルビスがご先祖様? なにそれ本気で言ってるの?」
「本気もなにも、事実だし。ルビスがどうしたの?」
「ルビスはゾフィーの姉。あなたゾフィーの血縁だったの?」
ロザリンドは遥か昔の話でルビスがゾフィーの実の姉だということも、ジュノーの幼い頃からの知り合いだという事を知らなかった。ジュノーに言わせると、魔人族だった頃のロザリンドも身内にあたるのだそうだ。
「頭痛いわ……」
「なんでさ?」
「あなたは前世でこのひとと結婚する前からわたしたちの遠い親戚みたいなものなの。あーあ、それじゃ面倒ぐらい見てやんないとゾフィーが戻ってきたとき怒られるわ」
「じゃあ今日は一本取るまで面倒見てもらおうかな!」
「常盤のくせに生意気。それはまだまだ無理だけど。いいわよ、いつでも掛かってらっしゃい」
「パシテーはどうするの?」
「私の体力は無限じゃないの!」
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「トゥリャァァァァ!」
「叫ぶ必要あるの? アホなの?」
美月はしつこいほどジュノー相手に鍛錬を求め、深月とパシテーはハイペリオンの影にレジャーシートを敷いてピクニック気分でのどかな見物をしている。
「姉さまの動きすごく良くなってるの」
「そうだな、やる気満々なのはいいけど急には無理だ。あっ、ほら。もう負けた」
さっき健闘を見せてたから少しはやれるかと思ったけど、今回は2秒だった。美月がルビスの血縁だと知れるとジュノーも甘く見ることをやめたらしい。少し表情が険しくなってる。
「同じ手が何度も通用するなんて思わないことね、はい、休憩にしましょうか」
「いてててて、ほんとジュノーって鬼よね。首の関節が寝違えたように痛いんだけど、これは治してくれないのよ? 性格の悪さは相変わらずだわ。ところでさ、ねえ、あなた神話戦争じゃただ世界を滅ぼすために生まれてきた破壊神って書かれてたけど? 私はプロスペローを倒せばいいのかな?」
「んー、プロスか……。プロスのことは後回しでいい。まずはスヴェアベルムに戻るのが先。ゾフィーを助け出すのが先だ。こんな近くに居ながら手を出せないなんて、自分の無力さを呪うよ」
「見つけたからにはいつか必ず手が届いてゾフィーを助け出せるわ。でもこの二人どうするの? 一緒にスヴェアへ戻っていいの? 私たちの戦いに巻き込むことになるわよ?」
「望むところなんだ」
「上等なの」
美月とパシテー、二人は呼応して堅い覚悟を口にした。
その瞳にはしっかりとした力強い決意がこもっている……。そう、この二人はもうとっくに巻き込まれてるし、実際に殺されてしまったから日本で中学生やってるんだ。いまさら巻き込んでいいとか悪いとかの話じゃない。
「それは俺にも覚悟を決めろってことなんだろ?」
「少し違うかな。今更覚悟しろだなんて言わないわよ。でも、それをハッキリと口に出していう事が大切なの。あなた今まで何も話してなかったんでしょ? どうせ」
どういえばいいのか、どう話せば誤解なく伝わるのか分からない……。
そういうジュノーもスヴェアベルムの神話では灰燼の魔女リリスと記されているし、深月は破壊神アシュタロスと呼ばれている。
ジュノーはあの戦いがどんな形で伝えられているのかを知らない。深月が一番最初に生まれた故郷、ザナドゥのアマルテアはもうとっくに滅びてしまったけど、異世界で悪の破壊神みたいに伝えられているのを知って、少し傷ついたぐらいだ。ジュノーはたぶんもっと傷つく。どうせスヴェアベルムに戻ったら神話戦争の本ぐらい読むのだろうし……。
……どれぐらい考えていただろうか。3人とも深月の言葉を待ってる。
ちゃんと話せってことなんだろうけど、言葉を選べるほど豊かな語彙を持っているわけでもない。
自分が見てきたことを、見たままに伝えたほうがいいかもしれない。
「……んー、言えなかったんだよ。ジュノーもスヴェアベルムに戻ったら神話戦争の本を読んでみるといいよ……俺なんか、スヴェアベルム全土で悪の破壊神なんだぜ? まだ死神のほうがだいぶマシだしな、そんなこと誰にも知られたくなかったんだ」
「知ってたわよ」
「私も知ってたの」
「知ってたというよりも、そんな話をマジで信じてたのか? じゃあさ、この四世界のトップにヘリオスって女が居るのは知ってるよな?」
「ヘリオス?……なんか聞いたことあるけど、パシテー知ってる??」
「神話に出てくる神々の最高位なの。ジュノーは三位。ジュノーより偉いの」
「へー、良く知ってるわね。そんなのまだ残ってたんだ。私ですら忘れてたわ」
「知ってるなら話は早い。俺たちの最終目的はヘリオスを倒して滅ぼすことだ。だけどこれは私怨だよ。ぶっ殺して恨みを晴らしたいだけなんだ。だから一番最後でいい。関係ないお前たちを巻き込んでまでヘリオスを追っかけようとは思わない。ヘリオスは永遠を生きている。500年後でも1000年後でも、いつでもいい。だが必ず討つ。必ずな」
「何度負けても、何度倒されても、そのたび転生して蘇って、まだ戦うのよこの人」
ジュノーの呆れた顔。どれだけ呆れた顔をして見せていたのか分からないぐらい板についたキメ顔のような、とてもいい表情だ。呆れた顔の中にも『この人のこんなところが好きなのよ』という温かみを感じる。そんなジュノーの呆れ顔に応えるかのように、ロザリンドもひとつ心に据えかねることを語った。
「あのね、私にはあなたとパシテーを目の前で殺された恨みがあるの。あの夜のことを夢に見て夜中に、朝方に目が覚める。汗びっしょりになってね。見たくもない悪夢をなんども見せられてるんだ。関係ないだなんて言わないで。ヘリオスを殺せばいいのね? 分かったわ。私もヘリオスをぶっ殺すから」
美月は自分が先に倒されてしまったせいでアリエルが背後から貫かれたことをトラウマのように覚えていて、今でもまだ夢に魘される事があるといった。ロザリンドもあの戦いのことで悔やんでも悔やみきれないことがあるのだ。
パシテーは一番先に死んだからアリエルとロザリンドがどうなったのかまでは知らない。でも、自分が一番先に落とされたことが原因で均衡が崩れ、戦況が相手側に傾いた責任を感じていると言って涙を流した。
もうみんな後戻りできないところまで来ている。愛するものを殺されたのだ。この戦い、勝たなければならない。次があるなんて甘い考えじゃ二人をまた死なせてしまう。
美月と嵐山の覚悟を聞いて、ジュノーが軽口を叩く。
「クロノスってまだヘリオスの手駒やってんのね。ハチ公なみの忠犬っぷりで笑っちゃう。プロスなんとかって人がクロノスなんでしょ? 個人的な恨みはあるけれどこの際無視してもいいわ。他にもテルスって女がいて、こっちの方がムチャクチャ手ごわい。今の戦力でテルスに会ったらどうせまた負けてここに叩き返されるのがオチだから、先にゾフィーを助け出す必要があるわ」
「おいおい、誰がクロノスを無視するって? アホか。美月を後ろから刺したクソ野郎を俺が生かしておくわけがないだろ。ゾフィーを奪われた恨みもあるからな。クロノスには死んでもらうよ。俺が念入りに殺してやる。そしてクロノスの後ろにコソコソ隠れてる女もころ…………いやまてよ。前にも言った通り、女がいなかった。うん、プロスは俺の知る限りじゃ女っ気がまったくなかった。あんだけいつもべったりくっついてたのにおかしいな。マローニでイシターを見たことがない。もしかすると本当に別れたのかもしれないな」
「別れたのならザマあないわ。あのクソ女が居なくなってるのならやりやすいんじゃない? あいつら2人揃うとコンビネーションで何倍も手ごわくなるタイプのペアだったからね。個別なら今の戦力でも戦える。この二人が足を引っ張らなければね……はい、休憩おわり! 続きをはじめましょうか」
「え――っ疲れたの」
「足を引っ張るのならついてこさせない。みすみす殺されるなら置いていくわ。それでもいい?」
「姉さま、ジュノー厳しいの」
「今度こそ一本とるわよ!」
二人とも以前にも増してコテンパンにやり込められるというオチなのは想像に難くなかったのだけれど、だけどまあ動きは格段に良くなってきている。
それでもコテンパンなのだけれど。
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ボロボロのドロドロになった服はジュノーの治癒じゃあ元に戻らない。
アリエルのストレージにしまってあったのを取り出す。
着替えて帰り道、寂れた山間部のバス停からワンマンバスに乗って各駅停車しか停まらない小さな駅。中学生はまだまだ子どもという扱いなのに大人料金の切符を買わされるのは仕方ない。床屋では中学生は小人と大人の間、中人として料金が設定されているのにな……とか、まったく関係のないことを考えてる。
だって女3人のガールズトークに割って入れないのだから男1人だと孤立するのは当たり前だ。まったく関係ないことを考えてしまうのも仕方ない。
到着した四両編成の各駅停車に乗ってガラガラの長椅子に座る3人の前、深月は吊り革に掴って立つ。エアコン付きなのに省エネなのか車内はむっとして暑い。
窓の両脇についてるつまみを握って窓を上げると、これから正に鉄橋を渡る所で、ゴトンゴトンという枕木を踏んでレールの継ぎ目にかかる音が遠くなる中、川の上で冷やされ湿気を含んだ涼しい風が車内にぶわっと吹き込み、女たちの髪を乱暴にかき乱した。
美月の鍛錬好きに最後までつき合わされて、疲れ気味のジュノーと、無限の体力でも持っているのか、来た時とあんまり変わらないツヤッツヤの美月。パシテーは少し過労気味だから次からはペースを考えないと本当に倒れてしまう。美月と同じペースじゃやれないだろう。オーバーワークは意味がないのだし。
鍛えて、鍛えて、強くなって、スヴェアベルムに戻るのが当面の目的だ。
……この二人も同じ日に転生したってことは、深月やジュノーたちと生命を共有する『道連れ』になったのかもしれない。あの日、キュベレーは何て言ったろう?
「なあジュノー、お前、キュベレーとは話したか?」
「え? いつの話? キュベレーが死んでから私はぜんぜんだけど? もしかしてあなた、話したの? ねえ、キュベレーも生きてるっていうの?」
「美月とパシテーは? 死んでから生まれ変わるまでに誰かと話した?」
「わからないの」
「私も分からない。キュベレーって2番目のひとよね?」
キュベレーの名前が出て、ジュノー古い記憶に思いを馳せる。
「キュベレーは優しかったなあ。良妻賢母ってああいう人の事を言うのね。ゾフィーとは違ってすっごく優しくて礼儀正しくて、そして透き通るように真っ白で……美しい精霊だったわ。懐かしいわね、私、ゾフィーに泣かされるたびに助けてもらったなあ……」
「精霊! ええっ? マジ精霊? あなた精霊にも手を出してたの? 信じられないド変態! どっちかって言うと人よりもハイペリオンに近い存在なんでしょ? 女だったらなんでもいいわけ?……まさかてくてくに手ぇ出してないでしょうね?」
「ちょ、まて、チョークだチョーク。首が……」
吊り革をもって立ってるところに、座ったまま首を掴んでくるとは思ってなかったのでおもむろに取っ捕まってしまった。その後はグイっと引っ張られて耳のあたりに柔らかいものを感じながらチョークスリーパーで昇天する気分……。
「姉さま、私はジュノーを泣かすゾフィーのほうが信じられないの」
「何言ってんのよ、そのゾフィーでもキュベレーには挑んだ回数だけ殺されかけてるんだからね。ほんといい気味」
「へぇ、会ってみたいなあ」
「ねえ兄さま、キュベレーも生きてるの?」
「ごふっごふっ……さ、さあ、たぶん生きちゃいないと思うが、キュベレーなら自力で復活するかもしれないな。でもお前らも会ってるんだぜ? 覚えてないかもしれないが」
「キュベレーと会ったの? いつ? 私聞いてない。なんでんな大事なこと言わないかな」
深月はいっぺんに機嫌が悪くなったジュノーのお説教をクドクドクドクド聞かされながら、思い出したくもないこと。つまりプロスに殺されたときの話をした。キュベレーから受け継いだ転生の秘術をフィールド化させて使ったことまで指摘された。たぶんロザリンドもパシテーも意識がなかったとは思うけれど。
興味深いのは、ジュノーですら死んでからの真っ白な光の中で何日か話すということは今までただの一度もなかったらしい。ただひとつ、美月とパシテーがこの世界に転生してきた理由も合点がいったのだとか。
アリエル・ベルセリウスが死ぬ間際に詠唱した転生の秘術がうまくいっただけなら、この二人は輪廻の外にいる。次また死ぬようなことがあったら転生は約束されない。しかしキュベレーが呪いをかけたのなら、ベルフェゴール、つまり深月と生命を共有する輩になったと考えるべきだ。可能性は2つに1つなんだろうけど、それを試す勇気なんかない。死んだら終わりぐらいに考えておかないとまた転生の秘術を詠唱するハメになる。
「ねえあなた、サナトスのことも心配してよ」
「してるさ。常にね。でもサオと てくてくがついてるから大丈夫だとも思ってる。プロスの口ぶりじゃあ……いきなり殺したりはしないはずだ。サナトスのこともそうだし、ゾフィーのこともだ。どっちにしろスヴェアベルムに戻らないと何も始まらない」
結局のところ『スヴェアベルムに戻らないと何も始まらない』という所に帰依する。
何を議論しても結局はスヴェアベルムに戻ること前提の話になる。
次の転移魔法陣の起動は、予定通りだと3年後。
正直いって何も対策できてはいない。




