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08-20 【日本】 光のジュノー

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 ジュノーはパシテーがディランの一族だと知ると、大規模デバフ魔法に適性があると考えた。

「パシテーは魔法の鍛錬を。考えて、どうやれば他人の視覚を誤作動させられるか。聴覚を誤作動させて幻聴を聞かせるにはどうしたらいいか。闇魔法の基本を学んでいるならその延長線上にあるはずだからね」


 ジュノーの鬼コーチっぷりが如何なく発揮されているらしく、体力のないパシテーがまずノックアウトされた上からビシビシと指示が飛んでいて、とっくにブッ倒されて地面に打ち捨てられてるパシテーにはもう聞こえない。パシテーは気を失うことでようやくこの地獄から解放されたらしい。


「治療したから大丈夫よ。パシテーすぐ立って。ほらほら常盤ときわあなた縮地に頼りすぎだって。そんなの食らうのはよほどの格下だけ。あなた縮地の弱点分かってる? ほら、動きが直線的すぎるのよ。たった1歩動くだけでカスリもしない」



 ―― ガスッ!


「ぐはあっ!」

「ほらネ?」


 ジュノーの肘が美月ロザリンドの脇腹に突き刺さった。

 美月ロザリンドの迂闊で直線的な縮地をあらかじめ読んでいて、身体を半歩ずらしてそこに肘を置いてただけ。それでいともたやすく脇腹にめり込む。


「くっそージュノーって……」


 美月ロザリンドも死ぬほどシゴキ倒されてる。


 ……とはいえ、死なせてもらえないのだけど。



 深月アリエルはひとりだけ縁側でお茶でもすする隠居老人のように黄昏たそがれて、3人の猛特訓を眺めている。


 懐かしい。

 そういえばジュノーもゾフィーにシゴかれてよく泣かされてたのを思い出した。


 しかし、ジュノーは楽しそうだ。

 

「ぐあっ……」

「はいすぐ立つ!」


 美月ロザリンドが倒された。大ケガしても常時展開されている高位の治癒魔法フィールドのせいで瞬時に治癒されてしまい、ちょっとの休憩も与えてもらえず、あちこち骨を折られては治癒されて、腕や足を吹き飛ばされては再生されてを繰り返してる。その様は軽くホラーどころか、けっこうそこそこ重いスプラッターに仕上がっている。


 パシテーのように早々に気を失ってしまえば楽なのだろうけど、美月ロザリンドは貪欲に、必死に食らいつこうとしている。まだまだジュノーには一太刀も入れることができないのだけど。


 何もできずプロスペローに殺されたことがよほど悔しかったんだろう……。

 

 でも残念だけどジュノーには単純な物理攻撃など通用しない。

 いや、ロザリンドの攻撃が当たりさえすれば通用する。さすがのジュノーでもケガすることだろう。

 だがしかし、いくら速くなっても、いくら強く打てても、それじゃあジュノーには一生かかっても届かない。


 考えてみればロザリンドは自分と同じ境地に居る剣士が他に居なかった。だから自分より強い相手を想定した鍛錬がひとつもできなかった。勇者ですら神器なしの対等で立ち合うとすれば格下だったのだから、まるで日本の重量級ボクサーのようにスパーリング相手にすら事欠くという悲しい現実がある。


 それがようやくジュノーという、数段上どころではなく、たぶん何十段と格上の存在と出会い、手合わせしてもらえることで、嬉々として飛び掛かって行っては当たって砕けてるところだ。


 いや、実況するとグロ注意になるから詳しくは言えないけど、正確には当たる前に砕け散っている。


 深月アリエル美月ロザリンドの動きが鈍くなってきたことを察した。

「そろそろ休憩にしないか? 冷たいお茶いれるからさー」


 ハイペリオンが日光浴がてら地面でぐたーっと伸びて昼寝しているその傍ら、翼で作ってもらった日陰にミニテーブルを出してグラスを並べ、即席で作った氷をカランと入れて麦茶をそそぐ。


「おつかれ。これ麦茶な。……なあパシテー、13年目の日本どうよ?」

「好きなの。誰も明日の命の心配してないし……、麦茶も美味しいし、いちご大福なんて幸せの塊なの! 全エルフの女の子は絶対日本のほうがいいっていうの」


「いちご大福が基準かよ……」

「日本は豊か過ぎるから誰でも美味しいものを食べられるの。特にスイーツ。もうほとんど魅了なの」


 たしかにスヴェアベルムではスイーツがあんまり選べなかった。女性や子どもは菓子のかわりに甘い木の実を好んで食べる。男はほろ苦い草の茎や、がっつり塩の効いたジャーキーを酒の肴にする程度だった。ケーキすらなかったのだからスイーツ好きにとって日本は天国に感じるのかもしれない。


「スイーツの作り方をいっぱい覚えて、そしてね、マローニのみんなに食べさせてあげるの」


 だからパシテーはパティシエを目指すのか……。

 素材が違うし、スヴェアベルムには素材となるものが少ないから一筋縄じゃ行かないだろうけど、それでも代替品を使えばどうとでもなりそうな予感がする。砂糖と小麦粉と卵があれば様々なものが作れるだろうし。



「はい、休憩終わり。パシテーは防御が弱いんだからね、スヴェアベルムに戻った途端に殺されちゃうよ。特訓、特訓」

「うー、ジュノー厳しいの」


 お茶を飲んでグラスをテーブルに置いたかと思うとすぐジュノーに連れ去られてしまったパシテー。

 可哀想だけど、飛ぼうが何しようがジュノーからは逃れられない。


 ジュノーは光だ。光属性魔法使いなんていう甘いもんじゃなく、生まれながらにして光属性を持っている真祖だ。その魔法は学んだものじゃなく生まれ持った権能。


 ジュノーがキラッと光ったのが見えたら、もうやられてる。秒速30万キロの攻撃が飛んきて、光が網膜に写った時にはもう攻撃が当たってるということだ。網膜まで光が届いた時点ですでに食らってるんだから……こんなの避けられるわけがない。


 アニメの宇宙海賊の船長などは敵のビーム兵器を見てから舵を切って避けていたが、そんなことは絶対に無理。そして吹き飛ばされて死ぬような傷を負ったとしても、立ちどころに治癒させられてしまうので休むこともできないという無限地獄に落とされている。パシテーにとっては特訓どころか悪夢を見せられてるに違いない。


 パシテーはジュノーの視覚を誤動作させる方向にシフトしたほうがよさそうだ。あんなの避けられっこないんだから。光の真祖を視覚で騙すってことは難しいだろうけど、ジュノーの視覚を騙すことができたら、この世界でパシテーを捉えられるものは居なくなるんだから、パシテーには頑張ってほしいところだ。


 しかし……二人の鍛錬に付き合ってるジュノーを見ていると、楽しそうだな……。こんな上機嫌なジュノーを見るのは何千年ぶりだ? ってぐらいに楽しそうだ。


「く――っ、ジュノーったらマジ強いわ……ねえ深月は? あなた鍛錬とかしなくていいの?」


深月ベルはいいのよ。魔導師は魔力と知識。ドラゴンの成長期にマナを食われ続けてるだけで相当な鍛錬になってるみたいだし。記憶が戻ってるならもう鍛錬の必要なんてない。なんなら立ち会ってみたらどうかな?」


「え? そういえば私いままで深月と立ち合った事ない……」

「そうだな、どっちか必ずケガすると思ったからな、主に俺が……。でもジュノーが居てくれたらケガの心配ないから思い切ってやれるぞ?」


「殺す気でやってもいいわよ? 私が見てるから」

「ならこれだろう。これ」

 深月アリエルが[ストレージ]から愛刀美月を出すと、美月ロザリンドは出した手を引っ込めてしまった。これは深月アリエルに向けていいものじゃない。


「……ちょっと」

 首を横に振る美月ロザリンド

 真剣で立ち会えと言われるとさすがに二つ返事はできない。


「大丈夫だよ、ジュノーの力は身をもって知ってるだろ?」

「そ、そうね……ひいらぎ、信用してるからね」


「任せて。でもたぶん、私の出番はないと思うよ」



 美月ロザリンド深月アリエルの[ストレージ]から愛刀美月を受け取ると、鞘から刀を抜いて久しぶりの重さを喜ぶように軽く振って、新しく得た常盤美月ときわみつきの身体に、筋肉に、そして神経にその感覚を覚え込ませている。


 やっぱり美月ロザリンドには日本刀が似合う。刀はここにあるべきといった佇まいと、その絵面えづらを見てまるで違和感を感じない収まりの良さが何とも言えない雰囲気を醸し出している。


 リラックスした無駄のない振りに切っ先は見えず、風切り音だけが聞こえてくる。

 あの刀を打った深月には分かる。主の手に戻った刀が歓喜に刀身を震わせて、空気を切り裂いて唄っているのだ。


「うん、たまらないわ。これ、この感覚」

「でもちょっと体に合ってないんじゃね?」


「……まだ体格が足りないかな。でもまだ伸びてるからね、愛刀美月のために身長伸ばすわ」

「おまえまだ伸ばすの? 日本で2メートルったらヘルメットかぶってないとそこらじゅうで頭打つぞ?」

 いつかロザリンドに聞いたことがある。中途半端に背が高いと玄関やドアなど、あちこちで頭をぶつけることになるのは仕方がないのだそうだ。なにしろ頭にぶつかるものが目線よりも高い位置にあって、とても見えにくいのだから。だけど一定の高さを超えて身長が2メートルぐらいになると、それまで頭をぶつけていた障害物そのものが目線に近い高さになるので、常に視界の中なのだそうだ。


「大丈夫よ、その時は頭を鍛えるから」

「それプロレスラーの発想だからね……」


 美月ロザリンドの表情から微笑が消えた。ジュノーを信頼した証だ。

 軽く素振りをしながらいつものあのルーティーンに繋げ、深月アリエルは強化魔法と防御魔法を幾重にも体に纏う。


 その強固な防御魔法は 美月ロザリンドの目にも見えるほど……。


「あなたは素手でいいの?」

「剣を叩き折られたら直すの面倒なんだよ」


「私の剣はあなたが直してね」

「分かった。手加減なしでな」

 上段に構えるや否や、美月ロザリンドは姿を消し、まるでドラム缶を鉄棒で力いっぱい叩いたかのような激しい打撃音とともに姿を現した。


 ジュノーにも注意された、バカの一つ覚えの縮地だ。



―― ガンンンンンン……ッ!


 容赦なく深月アリエルの頭を狙った初撃はバリア―のような物理障壁によって弾かれた。

 剣は折れてないし、刃こぼれもしていないように見える。


 あれほどジュノーを信頼しろって言ったのに、アリエルには寸止めしたことがわかった。


 こんな強固な防御障壁の向こう側、深月アリエルの唇がすこしニヤリとするのが見えると同時に、離れて間合いを取る美月ロザリンド。ただイヤな予感が脳裏をかすめただけだが、本能のままに間合いを取った。


「なにそれ? 障壁?」

「ただの防御魔法。美月ロザリンドの初撃を防げたんだから俺的には合格ってところだな」


「2回斬ったんだけどね。あーもう降参、初撃で歯が立たなかったらもうダメだわ」


「姉さま、諦めが早すぎるの」


「イヤよ、絶対このあと爆発するんだから。傷は治してもらえても服を吹き飛ばされたら裸よ裸。絶対イヤ」


「へー、常盤ときわあなた予知できるんだ」

「予知じゃないし。この人のパターンぐらい分かるわ。いつもいつもボカーン! こんな強力な防御魔法展開してるんだから、至近距離でボッカンするに決まってる。そして私は服だけ吹き飛ばされるの」


「あら残念ね、見たかったのに」

「見たいなら見せてあげてもいいわよ? 私あなたと違って、恥ずかしくないぐらいの胸あるし……」


「へー、私ケンカ売られちゃった……」


「もう、姉さま!」

「パシテー、やらせとけ、構わんよ。ロザリンドは念のため木刀に持ち替えてな」


「でも兄さま」

「見てなって、美月ロザリンドのあんなにうれしそうな顔、めったに見せないだろ? ジュノーも見たことがないほど楽しそうだし。あいつら本当は仲いいんだよ」


「「 だれが! 」」


「ほらな?」

「ほんと! 息ぴったりなの」


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