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08-19 【日本】 3人とも俺の女だ

だいたい時を同じくして、こんどは日本のお話。

2023 1212 手直し

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 一方、こちらアルカディアの日本で暮らす嵯峨野深月アリエルたちの近況。


 サナトスが14歳でレダと結婚した頃、アリエルたちはまさか自分たちの息子が可愛い嫁さんをもらうまでに成長しているとはつゆほども知らずに、小学生最後の夏休みをそれなりに忙しく過ごしていた。


 夏休みだからといって他の同級生たちのように、海に山にと遊び倒すなんてことできる訳もなく、季節に関係なく、ただひたすらスヴェアベルムに戻る方法を探るか、もしくは戦うための自分磨きにと余念がなかった。


 柊芹香ジュノーが隣町から引っ越してくるのは冬休み。どうせ自転車でちょっと走れば来られる距離なので美月ロザリンドとパシテーを鍛えてやる名目で、ちょくちょく……というか、暇さえあれば毎日でも深月アリエルのうちに遊びに来るようになった。


 過去にはそこまでべったりと過ごすこともなかったのだが、今回は事情が違う。

 柊芹香ジュノーの知らぬ間に異世界に転生した深月アリエルは、こともあろうに "あの" 常盤美月ロザリンドと結婚し、夫婦になっていたというのだから、ご近所住まいの幼馴染という設定であっても、ジュノーにとっては彼氏の元カノといった、半ば敵キャラ認定されていたというのもあり、ジュノーも頻繁に深月アリエルの家を訪れるようになった。


 もちろんジュノーの目にはネストすら隠すことはできず、何やら不穏な「闇魔法の魔法陣がくっついてるのはなぜ?」と一発で看破されてしまったので、機嫌を悪くさせてしまう前にハイペリオンの事を話した。ついでにマナを餌にしてるっていったら怒られた。ジュノーいわく、ペットを拾ったら飼う前に相談しないといけなかったらしい。


 あんなモーニングスターなんてもんで人の記憶を消しておいてよく言う。


 深月アリエルたちは子どもなりに頑張って勇者召喚について調べ、そして分かったことと言えば、今住んでる町から5キロほど離れた隣町の駅付近で2年前8人の男女が一度に行方不明になっていることぐらい。コンビニから3人と隣の美容院から2人、コンビニの階上から1人、あと道の反対側を歩いていた通行人含めて2人が忽然と消えたんだそうだ。ということはまた、最大で8人が勇者候補としてアシュガルド帝国の戦力になったということだろう。


 集団行方不明事件の現場に目撃者はおらず、ただ雷が落ちたような音がしたらしい。ただそれだけだった。人が集団で忽然と消えているのに、警察は事件性なしと判断しているのだろうか。


 目撃者がいないのだから前兆があったのかすらも分からない。こちら側の世界のどこを狙えばいいか指示するポインター役の人間が居てもおかしくないと思ったのだけど今のところ手がかりはない。


 深月アリエルたちはあらゆる手段を使って手掛かりを探したが、芳しくなかった。



 そして瞬く間に季節は巡る。


 冬休み明けに、小学6年の3学期だけという短い期間ではあるが、深月アリエルたちの通う小学校に柊芹香ジュノーが転校してきた。


 そこで前々世と同じくまたバレンタインデーにチョコレートをもらい、なんど目かわからないけど、愛の告白を受けた。そこまで正確に再現する必要あるのかと聞いたら、せっかく美月ロザリンドの邪魔が入らないのだからちゃんと食べてねって言われた。なるほど、そういえば美月ロザリンドが絡むようになってからというもの、ジュノーのチョコが口に入った記憶がない。今までジュノーのチョコはすべて美月ロザリンドに奪われてきたのだ。


 学校でもらったチョコは家に帰ってから食べようかと思ってたのに、帰りに美月ロザリンドから呼び出しがあった。またチョコを奪われるんじゃないかと思って身構えてたらジュノーが「行ってあげるべき」という。指定された場所は体育館裏。


 チョコ奪われるだけじゃなく、もしかするとシメられるんじゃないかって心配をしてしまうような薄暗い場所に呼び出され、ドキドキしていたら美月ロザリンド嵐山パシテーの二人がやってきた。まさかのバレンタインデーイベントだった。


 驚いたことに美月ロザリンドのほうは視線を逸らしながら「ジュノーがあげなさいっていうから仕方なくなんだからね」なんていうオマケつき。


「お前ツンデレキャラだっけ?」

「ち、違うわよ」


 なんでも、今回のチョコはジュノーと一緒に作ったんだとか。


「なあ、お前らって本当はすっげえ仲いいんじゃねえの?」


「ないない。それはないわー」

 なんて言ってるけど、前々世のようないがみ合いを見たことがない。アリエルの見たところ、ジュノーとロザリンドはけっこう仲がいい。


 そして驚いたのはパシテーの本格生チョコだった。

 だいたい女の子の手作りチョコというものは市販のチョコレートを鍋で溶かして新たな型に流し込んで作るというお手軽なもののはずが、パシテーのチョコはカカオ豆、カカオバターから自作するという生チョコタイプという手の込みよう。


「カカオ豆をパウダー状になるまですり潰すのに魔法を使ったから完全な手作りじゃないの」


 出た。パシテーのこだわりがすさまじい。スイーツの作り方を勉強して、スヴェアベルムに戻ったら自作するんだそうだ。パティシエのパシテーなんてどっちが名前か分からなくなくなってややこしいのだが。

 ……それにしてもよくカカオ豆なんてもんが日本で手に入ったと思う。そもそも売ってるところを見たことがない。



「ありがとうな、美月ロザリンド、パシテー」


 体育館裏から校舎横を通って学校から出ようとすると正門のレンガ壁にもたれて一人風に吹かれているジュノーが居た。


「バッチリ決まってるのが腹立つのよね……」

「あれで小学生だなんて信じられないの」


 ダッフルコートに黒のタイツ。紺色チェック柄のマフラー。艶のある黒髪には赤いチェックのマフラーが映えるのだけど、ジュノーは赤髪。反射する光の波長を操作することで黒髪に見せているだけだから、黒髪の時、わざわざファッションに赤色を取り入れることはない。


 いつも小学~中学生までは黒縁のやぼったい眼鏡をかけた眼鏡女子なのだけど、今回のジュノーは最初から眼鏡を外していて、朝も早起きして身だしなみも完ぺきにしてから学校に来る本気モードだ。朝が弱いパシテーはいつも学校に来てからジュノーに髪をとかしてもらったりして身だしなみを整えている。


 いつか美月ロザリンドがジュノーに聞いた。『柊って眼鏡のイメージあるんだけどな』という問いに対して、ジュノーは『だって伊達だし、私ヒロインだし……』と答えていたのには苦笑した。


 言っておくがジュノーの視力は、おそらく世界でもトップクラスである。

 スキルとかそんなチャチなもんじゃなく、紫外線、赤外線域はおろか、本気になったら電波域やエックス線の域まで見えるんじゃないかってほどハイスペックな目をもっている上に、自らが光の権能もちであるから、真の暗闇であっても見通すことができる。


 そんなハイスペックな目を持ちながら伊達メガネを捨て、小6で既に身長170近いスレンダー美女なもんだから女子大生にしか見えないけど、ジュノーはJSだということを忘れてはいけない。美人だと思ってナンパでもしようと声を掛けたら警察に追われる『声掛け事案』になってしまう。


「なんでそんなとこに立ってんだよ? 一緒に来ればいいだろ?」

「イベントには御膳立おぜんだてが必要なのよ」


 ちょっと市街地に出ると、ジュノーがお姉さん、美月ロザリンドもお姉さん、そして深月とパシテーはガキンチョみたいな扱いをされる。しかも露骨にだ。


 映画館に行ったりするとこの二人が小学生だという事実を信じてもらうため、一から十まで説明するのにめちゃくちゃ苦労するし、電車やバスでも子ども料金で乗っていると改札で止められることが本当に多かった。いつも利用する駅ではもう顔を覚えられているから大丈夫だったけど、初めて降りる駅やあまり利用しないような駅だと覿面てきめんに疑われて声を掛けられた。


 そんな大人なジュノーが転校してきた小学校で、スヴェアベルムに帰る方法を探しながらも、バレンタインイベントは大いに楽しんだ。


 何事もなくこのまま小学校卒業→中学生になれるかと思ったら、2月15日、バレンタインの翌日朝、いつものように4人で登校するとちょっとした騒ぎになっていた。


 教室に入るとみんな口々に「ヒューヒュー!」とか言って囃し立てるし。なぜか4人みんな注目の的になっていた。ちなみに『ヒューヒュー!』ってのは口笛の擬音。漫画とかじゃヒューヒューだけど、それを口でセリフのように言うのは滑稽だ。


 タイセーがクラスを代表して聞いた。


「おい深月みつきおまえどうすんの? みんな知ってんぞ?」


 昨日のバレンタインの結果をクラス全員が知っていたのである。

 タイセーが言うには、3人が3人ともバレンタインデーに告白して深月一人を取り合ってる。

 同時告白された深月が誰を選ぶかってことで話題になってるんだそうだ。


 タイセーが「おまえどうすんの?」って言ったもんだから、ガヤガヤしてたのがしんと静まり返って、みんなこっちに注目してる。クラスメイトの視線が痛いほど刺さった。深月が何と答えるのか、固唾を飲んで見守っているようだ。


 女3人に男は深月みつき1人と、たまにタイセーが入ってくるぐらいの仲良しグループなのになんでそんなに注目されているのか不思議でならないのだけど……。


「ん? そんなの決まってんだろ? 3人とも俺の女だ。俺は3人と付き合う」


「「「ええええええぇぇぇぇっ!!!」」」


「ちょ、深月マジかおまっ、いや、男らしすぎて清々しいぜ」

「どう言って誤魔化すかと思えば……、あとあと面倒が起きそうだけどカッコよかったからいいわ」

「ん、まあ深月にしては上出来かな」

「兄さまカッコイイの」


 ジュノーには怒られるかと思ったけど、美月ロザリンドもパシテーもおおむね同じような感想だった。まあみんなまだ小学生だし、別に問題を起こしたわけでもないし。深月ひとりだけ先生に呼び出されて、ちょっと注意されたぐらいで済んだ。しかしなんで注意されなきゃいけないのかと不満だったので、そこのところもう一度だけ問うてみたら、ただ常識はずれなことをして他の生徒に悪い影響があると困ると言われた。


「先生、冷やかされたんだからアレぐらい言ってやってもよかったでしょ?」


 ああ、なるほど冗談だったんだね……と勝手に納得してくれた先生のおかげで、深月の3又騒ぎも沈静化し、みんな問題なく小学生生活を終えることができた。


 ハイペリオンの食欲がおさまってきているのか、それとも深月のマナ総量、マナ回復量がハイペリオンの消費を上回ってきたのかは分からないけれど、マナの消費が多く、体調がひどくアンダーな時でも保健室で寝ていればすぐに回復するようになったし、最近はマナ欠乏でブッ倒れることもなく、そこそこ好調を維持している。むしろ溢れんばかりのマナが身体から噴出しそうになっていて、魔導師である嵯峨野深月さがのみつきが、この感覚を言葉にして言わせてもらうと『力が溢れてくる』としか表現できないほどの無敵感を感じていた。


 もともと嵯峨野深月アリエルは魔導師としてかなりのステータスを持って生まれているのだが、前世でグレアノット師匠に命じられた、毎日24時間ずっと防御魔法を展開し続ける鍛錬に加えて、成長期のドラゴンの餌として気を失うまでマナを食われていたという過酷な事実が、深月の魔導師としてのスペックを極限まで引き上げていたのだった。



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 ただ、3年後にあるはずの勇者召喚に合わせて乗る方法も、まるで糸口が見えないまま小学校を卒業し、すぐ隣の中学校へと進学したのは誤算だった。まさかこれほどまでに手がかりがないとは考えてなかった。


 今のところ7年前にあったはずの勇者召喚について調べを始めたところ。

 こちらについてはまだ何もわかっていない。


 まあ、勇者召喚の調査は引き続きやるとして、今日は親にハイキングに行くと言って朝早くから電車とバスを乗り継いで、山奥の人の気配のないところまで来た。半径1キロ以内に人の気配がないことを確認しないとハイペリオンを出すことができないのだ。


 久しぶりにハイペリオンを出してみると、全長はざっと35メートルかそれ以上。立派な若龍だ。去年は30メートルぐらいだったのに成長期って恐ろしい……。てくてくが言うには成長期が終わるとあとはほとんどマナを消費しないらしいので、もうしばらくの辛抱だと考えてよさそうだ。


 今日はハイペリオンが人を乗せて飛ぶ訓練をするのと、あと、もう簡単に殺されてしまうようなことがないように、ジュノーが直々に美月ロザリンドとパシテーの特訓を手伝うらしい。


「訓練ねぇ……」


 深月アリエルは知っていた。訓練という名目で美月ロザリンドとパシテーがイビリ倒されて終わるんだろうな……ということを。


 訓練中、……深月アリエルひとりでハイペリオンの背に乗って、低空でホバリングを安定させたりという退屈な練習をしながら女たちの特訓を眺めていると、最初から圧倒的な力を見せるジュノーに対し、ここで初めて全力を出すロザリンドとパシテー。


 だけどどうやらちょっと調子が悪いらしい。


「なんだか調子が悪い……イライラするよ、思ったように動けない」

「ダメなの、なんだか体が重い気がするの……」


 久しぶりに全力を出したんだからそんなもんじゃないのか? ……と思っていたのだけれど。この件に関しては少し思うところがあるのでまた検証してみようと思う。


 ロザリンドはジュノー相手に一方的にやられてるように見えるけど、その実、時間が経つにつれジュノーのほうも身体がなまっていたのだろう、みるみるうちに動きが良くなってきてる。あいつら本当はいいコンビかもしれない。


 ロザリンドがぶっ倒され、ターゲットをパシテーに移したジュノーが言った。 


「ねえ、パシテーってディランなんだ」


 ……ディラン?

 そういえば深月アリエルには聞き覚えがあった。


 たしかそうだ、スヴェアベルムでの戦闘で、やたらとイヤらしい攻撃に特化した森エルフの下級神だった。ジュノーに言われるまで完全に忘れていたが……。


 ディランは視覚と聴覚を誤作動させる魔法に特化した一族。

 視覚と聴覚を誤動作させる、つまり、幻影を見せることができるということだ。


 物知りジュノーの知識によると、ディランの幻影は闇魔法に属するらしい。

 戦闘力や防御力は十人並みに乏しかったので評価は低かったが、敵の中にディランがいるだけでとにかく面倒だったのを思い出してしまった。


 あたりが濃霧で視界ゼロにされてしまったり、霧に幻を投影されたりするぐらいはまだ序の口で、使い手の腕次第ではこちらのパーティーの全員が同じ幻影を見せられて罠にむかって一直線なんてことも実際にあった。そうなるともう自分以外は何も信用できなくなる。いや、自分が今見ているモノすら信用できなくなるほど面倒な大規模デバフを行うかと思えば、耳元で囁くような心理攻撃も仕掛けてくるのだから性格が悪いとしか言いようがない。


 ちなみにメチャクチャ目がいいジュノーでも、視覚を誤作動させられると普通に騙されてしまう。ジュノーの場合、なまじ視覚には特別自信を持っているので、いったん誤動作させてしまったら、ずーっとだまし続けられることにもなる。


 それがディランの幻影だった。

 ディランの特徴として結晶化するほど濃いマナを纏い、それが身体から剥がれて舞って散る特異体質こそがディランの一族である、パシテーほどハッキリと美しい、ピンク色の花びらを散らすようなことはなかった。


「ディラン? 私の祖先なの?」

「そうね、敵に回したくない雑魚ザコナンバーワンだったわね」


「……言い方があるの」


 まあ、幻影を見破ってしまえばザコだということに間違いはない。


「ジュノーなりに手強かったって言ってるんだよ」



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