01-19 共に魔導を探求する者として
2021 0721 手直し
2024 0207 手直し
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太陽がほとんど地平線から顔を出さない極夜の日、夕食をとっていると、グレアノット先生がとんでもないことを言いだした。
「明日から2~3泊で雪山登山キャンプに行こうと思うておるが、心配せんでええからの」
ノーデンリヒトは暖流の影響も手伝って、真冬の極夜でもまっ昼間の気温はマイナス20度いかないぐらいだと感じているのだが、それでもトリトンは開いた口がふさがらなかった。
ノーデンリヒトの冬の、極夜の日に、8歳の子どもが屋敷の外へ出てキャンプ実習とか、ガチで頭悪いとしか言えない。おまけに行先は現在地から北西にある、夏の間も雪が融けない山だ。山の名前は聞いたことがないが、真夏でも雪が融けない時点でかなりヤバい。
だけどアリエルはこの世界に転生してからというもの、プロのアウトドアマン(ホームレス)を目指しているので、多少寒いぐらいじゃあ、へこたれることはない。
雪が積もって土木建築魔法の修練がやりにくくなってからも、アウトドアで何もないところから建物を建築し、ファイアボールを使った床暖房や調理用にコンロを作るという訓練もこなしている。
実は何度も修練場でキャンプをして、初めてではないのだ。
むしろ、もしかすると冬の寒さは、けっこう好きかもしれないと思い始めたところだ。
なぜならビッと体が引き締まって、シャキッと目が覚めるから。
親なら絶対に反対しなくちゃいけないところだが、実際問題としていま現在、ベルセリウス家の暖房はアリエルが行っている。これがポカポカしていて、暖炉のように薪の消費もないのですこぶる快適なのだ。これほどの魔法技術があるのだからと、オーケーを出すトリトンもトリトンなんだが……。
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というわけで、アリエルは手ぶらで山に来ている。アイスバーンあり、深雪あり、雪庇ありというガチの雪山である。アリエルとグレアノットはひとまず登山道を見極めつつ、2000メートル級の万年雪の積もる山ではなく、その途中にある低山にいた。
現在地は集落から北西方向に数キロ離れたところにある標高でいうと500メートルぐらいの低山、あとで聞いたのだが、ノーデンリヒト開拓民たちからはダラス山と呼ばれているらしい。
グレアノット先生をソリに乗せてアリエルが『スケイト』でゆっくり引くという鍛錬も兼ねてここまで来た。
というよりも、先生の同伴はあるけれど、屋敷から離れて、初めての外泊なので足取りは軽い。
極夜の昼間なので薄暗いけれど、空はよく晴れていて、眼下には真っ白な世界が広がっている。
雪崩や落雪、崩落などの危険がない場所を選んでキャンプ地を決めた。
アリエルには『ストレージ』の魔法があるので、キャンプはとても簡単だ。アウトドアというものは不自由を楽しむものだという趣があるのだけど、家に居ながら24時間370日みっちりアウトドア生活のような開拓地で、生きていくだけで精いっぱいといった状況では、アウトドアが便利であれば便利であるほど素晴らしく感じるものだ。
キャンプする場所を選んだのならまず最初にテントを張ったり、タープを広げたりするのだけれど、せっかく土魔法建築の権威、グレアノット教授とキャンプに来ているのだから即席の小さな家を作ることも当然テストになる。
なのでアリエルはあらかじめ自分の鍛冶工房で、高さ50センチほどの小さな扉を木で作っておいて、それをストレージに持ってきていた。土で作れない部品、つまり扉や窓、ベッドや布団などはストレージに入れておけばいいいのだ。
まずは扉に合わせて魔法で土木工事。土を固めてカマクラのような建物を作った。
雨の日は床を上げて、暑い日は通気性を重視する。基本はカマクラ。ドーム状の建築なので雨にも風にもとても強い。カマクラ内では火の魔法で暖房を効かせていて、このクソ寒い中だというのに薄着で快適に過ごせる。元日本人のアリエルはその形状からカマクラと言ってるけれど、こういった即席で作る簡易建築はシェルターと言うそうだ。
「ふむ。気密もしっかりしておるし、隙間風も入ってこない。ただひとつ、寒いからと言って中で火を焚くと死んでしまうことがあるからの。注意することじゃ」
先生が注意せよというのは一酸化炭素中毒というものだ。巻きをくべたりすると一酸化炭素中毒になる。今日はマナだけを燃焼させるから一酸化炭素は出ないが、薪をくべる場合には最重要事項となる。
ここにキャンプを設営して、獲物を狩って、食べられるようにして、皮を取って鞣す。
そこまでが訓練らしい。旅人になるためのサバイバル訓練というやつで、トリトンは自分の息子に、たとえ戦争難民となって、いきなりこんな酷い世界に放り出されても、一人でちゃんと生きていけるような技術を身に着けさせるため、グレアノット先生に頼んだのだという。戦う力を伸ばしたいなら、強化魔法や剣術や火魔法の家庭教師を付ける。サバイバル術には土魔法が都合いいから、グレアノット先生だったのだ。
なるほど、こんな真冬に雪山キャンプなんて許した理由が分かった。
よくよく考えれば当たり前のようなことじゃないか。
もっともアリエルのほうも実はこういう生活にもずっと憧れてたので、望むところだったし。
キャンプ設営が終わるとそこを基地にして食料を調達するため、森に入った。
「アリエルくん、ここにガルグの足跡があるじゃろ。ここの獣道は魔獣の通路になっておるようじゃから、待ち伏せるもよし、追うもよし。どちらにしても、先に発見することが肝要じゃの」
ガルグというのは積極的に肉食を行う習性がある猛獣で、本来は雑食性で気が荒いというなかなかに厄介な野生動物だ。外見は猪と狼を足したような猛獣で、トライトニアの家畜も何度かやられたと聞いたことがある。不用意にガルグの縄張りに入ったら人間でも襲われてしまうというからガルグ生息地の森に入るときは細心の注意を払わなければならない。とはいえ、大きさも猪と熊の間ぐらいなので、危険度を日本の野生動物に例えると、ツキノワグマが獰猛になった程度だと思われる。
いや、危険でしょそれ……。
アリエルは、この雪の中、五感を頼りに獲物を探すことにした。
まずは精神を統一して耳を澄ます。
……っ!
これは?
違和感を感じた。
「むっ……何だ? この感覚は……」
「どうしたかの?」
「いや、あっちに……何か」
「ふむ。何か感じるようじゃな」
「今日はもう日も暮れるからの、狩りは明日でいいじゃろう?」
もともと真昼間でも夕方程度の明るさしかなかったのに、太陽が完全に沈み込む時間帯だ。これから長く冷たい夜になる。
グレアノット先生はカマクラに戻って野営すると言ったけれど、せっかくこんなに静かな夜なのに狭いカマクラで過ごすのももったいない。
雪が深いとスケイトが不安定になるが、50センチぐらいならスピードさえ出さなければどうってことないので、スルスルと滑って行ける。雪庇を踏み抜いたところで、山イコール岩石なので、あるていど土魔法を使えるようになると、転落することもないから、非常に安全に山登りができる。
心配なのは夜であることと、真冬の雪山であることぐらいだが、星明りだけで周囲は見晴らしがいいので特に困らない。森に入るとそれなりに真っ暗なのだが、さすがにここまで標高が高くなると、森林を形成する限界点を超えて、樹木が一本も生えてない。景観も素晴らしいのひとことだ。
星明りの下、真っ白な雪景色は、なぜかとても青く映る。
風が凪いで無音の雪山。
シュプールを描きながら登って行き、アリエルは先生をキャンプ地に置いたまま、単独で2000メートル峰にアタックし、万年雪の積もる頂上を目指す。
空気が冷たい。冷気が肺に刺さって痛い。
こんな凄い景色を実際に見たのは初めてだ、360度のパノラマ。天空ぜんぶが星空で、自分より高みにいる者は存在しない。
頂上に立ち、目を閉じ、手を広げる。
この世界を独り占めだ。
……。
ん? いや、たしかに。さっき感じた違和感だ。
やっぱりあっちに何かいる。
目を閉じたまま、探る。耳を澄ますよう、意識を集中すればより顕著になる。
ああ、なんとなく分かる。
これは、気配か。
そういえば今までもなんとなく……感じていた。そうか、これは気配だ。
グレアノット先生の気配も感じる、かなり遠く、針葉樹の森の外れ。あそこがキャンプ地だ。あらためて山頂から眺めると、かなり登ってきている。
さらに集中力を高めると、気配察知の精度があがった。他にもいろいろと感じる。あれは鹿かガルグか、小さいのは兎か。
せっかく世界を独り占めだと思って悦に入ってたのに、こんなにも多くの生き物がこの静寂の世界を徘徊している。なんと無粋なことか。
せっかく独りだと思ってたのに、こんなにもたくさんいるじゃないか。
せっかくの冬山キャンプで、静かな夜を期待していたのに、ちょっと気忙しく感じるようになった。でも気配察知は意図的にオン、オフできるので、これはもしかすると魔法の一種なのかもしれない。もし意図的に止められないしたら、街とか人が大勢いるところではストレスで死ねそうなぐらい、頭に流れ込んでくる情報量は多い。
この美しくも艶めかしい夜の世界に気配察知など野暮なものはいらない。早々に止めて星空と孤独を楽しもう。
星空を見上げ、どこかにある地球を思い、美月を思う。
そして夜は優しくアリエルを抱きしめる。
日光浴、月光浴ならぬ、星光浴とでも言おうか。
アリエルが着込んでいる毛皮のフードつきコートは内側がボアになっていて大量の空気を貯め込む仕組みになっていて、ここに適温に調節したマナを流し込むという形で暖房ウェアとしている。おかげで雪山の頂上でも凍えるほどでもなく、山の頂上のさらに尖った岩のてっぺんでアリエルは、両手を広げてこの美しい世界を楽しんだ。
今夜も夜遅くまで、手を伸ばしたら届きそうな星の下で孤独を楽しみ、夜更かしをしながら遠き日を思う。この手をあと何光年伸ばせばあの人に届くのか。
…………
朝になるとグレアノット先生も目を覚ましたようで、カマクラの狭いドアをくぐって出てきた。
アリエルはいつものように剣の鍛錬をしながら、傍らにガルグを三頭ならべている。
気配が分かるのだからガルグの三頭ぐらい簡単に狩れるようになったのだ。
まだ体温が残っている、狩りたてホヤホヤのガルグだった。
「なんと、朝のうちに三頭もとれたのか」
「はい、コツを掴みました」
「では次は解体じゃな」
「はい」
いい肉がとれたので、その後二日間のキャンプ実習は楽なもんだった。
解体も皮をはぐ専用のナイフを打てば簡単にできそうだし、ガルグの冬毛の毛皮は高く売れるという。持ち帰ってポーシャに渡せば、トリトンの装備品が作れるので喜んでもらえるだろう。
そしてアリエルはこの世界で、独りでも生きていけそうな気がしてきた。
齢8歳にして、変な所に自信が付いたものだ。
そういえば、前世では高校1年の時、自転車でツーリングキャンプしたときなんて、公園にテント張って野宿しているだけで深夜に警察官が来て片付けさせられた上に家出と間違えられ交番まで連行されたことがあった。
日本よりいくらも生きやすい自由な世界で、ガルグを捌いて皮を剥ぎ、食肉を得るという、生きていくうえでもっとも基本的な作業を教わった。
アリエルはこの世界でも過酷なノーデンリヒトという土地で、生きて行く方法を学んだ。
もちろんグレアノットの採点は満点の合格点だった。
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そしてまた半年が過ぎ、ノーデンリヒトに春が訪れた。
家庭教師と言うのはだいたい、1年のプログラムを終えたら、自ら生徒と模擬戦闘を行って、1年前とくらべてどれだけ成長したかを知らしめ、努力と勉強の大切さを説くらしいのだが、
「お主とはやらんからの」
と、一言で却下された。
グレアノット先生の居室、持ってきた荷物を一旦ストレージに預けて移動し、馬車に積み込む。
1年前持ってきた書物の数よりもアリエルの観察日記? のほうが多い気がする。
「先生、帰ってしまうんですね」
「うむ。まあ、もう、わしが教えることなんかないでの」
「お願いがあるのですが」
「ほう、何かの? 言うてみるがよいよ。聞いてやれるお願いならよいのだがの」
「先生、俺を弟子にしてくれませんか?」
アリエルの唐突な告白にグレアノット先生は少し驚いたような表情を見せた。
「ほう、わしは弟子を取らない主義なんじゃが、なぜ弟子になりたいのか聞かせてほしいの。それにアリエルくん、おぬしはとっくにわしなど超えておる、こんな老いぼれの弟子になどならなくても、よいのではないか?」
そう言って謙遜する先生に向かって、アリエルはひとつ本音をぶつけてみることにした。
「一生をかけて魔導を追及してゆくには同志がいてほしいです」
「ほう……」
「俺はたぶん、元の世界に戻る転移方法を求めて一生、ずっと一人で旅を続けるでしょう。俺と一緒にどっぷりと終わりのなさそうな研究をしてくれそうな人なんて、200年も飽きずに魔導の研究をひたすら続けてる先生ぐらいしか思いつかないもんで」
「ほっほっ、なるほど、なるほど。おぬしが魔道を探求するのに、このわしを道連れにしようというのか。ふふふ、なんだか嬉しくなってくるのう。弟子にしてくれと言われて心が動いたのは生れてこのかた初めてじゃ。……よし、お主を弟子にしよう」
「先生、ありがとうございます」
「今日で家庭教師は終わり、先生も終わり。今後はわしのことを師匠と呼ぶように。わしはアリエルと呼ぶからの。ちなみにお主が一番弟子じゃよアリエル……、しかしのう、生まれて初めて弟子を取ったら、その一番弟子が天才だったというのは望んでもなかなか出会えない幸運じゃ。これから気が遠くなるほど長い時間、魔導を探求することになるのじゃからの、これは古いが、魔導を志す者には何かと便利なミスリルと魔導結晶の指輪じゃ。これをお主にやろう」
先生は自分の節ばったしわくちゃの指から古ぼけた刻印と黒紫の宝珠があしらわれた指輪を外すと、アリエルに手渡した。
黒紫の宝珠、それは小さいが魔道結晶と呼ばれる宝石で、身に着けているだけで使う魔法の威力が底上げされたりするというチートアイテムだ。そして魔道結晶そのものの産出量は極めて少なく、国家が管理していて、大金を積んでも手に入らないたぐいのレアアイテムだ。
「えええっ!そんな貴重なものを!」
「そうじゃよ、これは貴重な物じゃからの、なくしたり、盗まれたりせんようにの」
「は、はい、ありがとうございます」
「偉そうなことを言っておるが、この一年、わしのほうが学ぶことは多かったように思う。こちらこそ、実に勉強になった一年じゃったわい。マローニの街に来ることがあったら魔導学院に顔を出すんじゃぞ。成長したお主を見てみたいからの。それでは、またいつか、どこかで会おう。弟子よ」
「師匠、お世話になりました」
アリエルは王国式ではなく、日本式のお辞儀をして師匠を送り出した。
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師匠は帰りぎわ、弟子になったアリエルに結構多めの課題を残した。
魔法鍛錬の課題
マナ(放出量)コントロールの微調整
マナ(濃さ)の微調整
マナコントロールの安定
強化魔法(防御)の常時展開(寝ている間も常時展開)
以上の4項目だった。
もちろんこんなのは一生やり続けなきゃいけない課題だということはアリエルにも分かっていた。
加えて、個人的な趣味で、
マナ燃焼効率化を追及することと、スケイトで出せるスピードを追及。
最高速チャレンジというやつだ。
この2つの鍛錬は毎日行っている。
マナ燃焼の効率化というのは、単純に鍛冶のためなんだけど、この鍛錬を行ったおかげで、様々な恩恵があった。この件は後程また。
スケイトのスピードはもう風圧との戦いになっている。
最高速では150キロぐらいでてんじゃね? ってぐらいの速度を誇れるようになった。
師匠に強化魔法(防御)を常時展開しとけって言われなければ安定してこの速度を出すことはできなかった。
今後の課題は風圧。なにか魔法でうまいこと風圧を軽減できないか思案しているところ。
防御魔法のマナを流線形に展開するか、もしくは風魔法で何とかする予定。うまくいけば涙が耳に流れ込む不具合も、風圧で息が吐けない不具合も解決するだろう。
最高速アップしたことでスケイト中のジャンプは飛距離が大幅に伸びたのと、高さもかなり稼げるようになった。また、ジャンプ中、カプセルの魔法を空間に固定しそれを足場にすることで、踏んだり蹴ったりして、急な方向転換をすることができるようになった。
地面から遠いと土魔法のスケイトが乗らないので、空を飛ぶことにはならないけど、トリッキーな機動ができるので、何者かに追われて逃げるときは効果を発揮するはずだ。
そう、実は逃走することにかけてうなぎ上りに腕前が上げている。かっぱらいをさせたら世界トップの実力かもしれない。しないけど。
たまにトリトンが帰宅したとき剣術を見てもらうのだが、最近メキメキと腕を上げているということもあって、トリトンは説教めいたことをこぼした。
「避けられる争いは避けろ、これは心に刻んでおくように」
アリエルはそもそも争い事など好まない。
できることなら一生誰とも争わずに過ごしたいと考えていた。争い事や揉め事を抱え込むと、それだけで相当なストレスになるからだ。もちろん、ストレスにならないのならトラブルも望むところなのだが、今のところトラブルは避けたい。
もちろん、相手のほうから争い事を避けてもらうには相応の実力がないといけない。剣の方はというと、毎日一人で我流の鍛錬を続けているだけだし、魔法の上達ぶりと比べるとずいぶん停滞しているようにも感じる。
だからというわけじゃないが、たまにトリトンが砦から帰ってきたときには、休みのところお願いしてちょっと立ち会ってもらい、あらゆる攻撃や反撃に対応するため自分の問題点を洗い出したりしている。それで課題を得て、また素振りの時にいろいろ考えて対策を練っている。これも我流だが。
目標は、3手目までは確実に先手をとれるように……と考えているけれど、型の決まっていない戦場の剣で3手先までは到底読めない。ある程度は臨機応変に対応しないといけないので、ここ最近はまた剣を振りながら、ブツブツと何かつぶやくのが日課になってる。
トリトンはアリエルに一振りの刃引きの両手持ちの剣と、両手持ちの木剣を2振り買い与えた。
アリエルの鍛冶の腕前ではまだ厚手の剣を打つことはできないので、アリエルにとってこれはまた鍛冶の研究材料にもなる素晴らしい贈り物だった。
プレゼント包装されていたわけでもなく、抜き身のまま、"ほらよ" と投げて渡した。
アリエルはまだ8歳だけど、だいたい12歳ぐらいの子供が持つぐらいの剣だ。やはり、片手剣を両手で握ると柄が窮屈でダメだ。両手剣の柄は長さが40センチぐらいあって、握る場所の自由度が高い。やはり専用にこしらえられたものは違う。
トリトンは最初にアリエルと立合った時、両手剣を構えていたが、実は盾持ち片手剣のほうが得意らしい。そのほかにも片手剣の二刀流や、左手に短剣をもった変則二刀流など、なかなかいろいろなバリエーションで襲い掛かってくるのがアリエルにとって非常に有難かった。
特に二刀流との立合いが苦手なのでいま対策を鍛錬中。そもそも左手1本でガードできないぐらい強烈な打ち込みができないと後で追い込まれることになるから、やっぱり初撃が大事なんだ。
トリトンは基本的に「避けられる争いは避けろ」という方針に変わりない。
それでも男に生まれた以上は絶対に避けられない争いもある。そのとき背中に守るものを守り切って、自分の命も落とさず相手を圧倒するだけの力も必要という。
要するに『気は優しくて力持ち』を地で行けと言うのだ。それはアリエルには望むところだった。
これぐらい強くなれば十分なんて考え方は剣の道にはないから、一生鍛錬を続けなきゃいけないということも理解した。
刃引きの剣を握るアリエルの手もだいぶマメだらけになって、手の皮も厚くなってごつごつしてきた。
なんていうと18ぐらいになったんじゃないかと思われそうだけど、まだ8歳だ。
鍛冶はアリエルの趣味として定着した。嵯峨野ブランドには遠く及ばないし、ハサミなんて難しいもの打てないけれど、王国のどの鍛冶屋よりも切れる包丁を打つとポーシャが認めてくれた。ただ、硬いので研ぎにくいらしい。やっぱもう一段柔らかくして砥石が滑らかに通るほうがよさそう。
趣味で打った作品はだいたい村人にプレゼントしたのだが、村の農具鍛冶のおっちゃんに商売あがったりだと言われたんで初回特典サービスにしておいた。こんな50軒しかないような僻地の開拓村で鍛冶屋やってんだ、商売敵なんて考えたくもないだろう。隣町のマローニまで実に600キロもあって、行商に行くなんてことも考えられないのだから。
では剣はどうだ? ということになるが、実はノーデンリヒトにはソードスミスがいない。
二か月に一度くるマローニの街からの定期便で剣が送られてくるのだ。
アリエルもこの状況は苦々しく思っていて、練習の結果、薄物の片手剣ぐらいなら何とか打てるようになった。ためしに強化魔法をかけて思い切り剣と剣を打ち合わせたら、砦の兵士が使ってる剣よりもアリエルが打った剣のほうが強いは強いけれど、やはり金属同士で打ち合うと薄手であるがため、刃こぼれが酷く使い物にはならないという評価だった。
硬すぎて脆いのと、あと、やっぱり厚さがたりない。
こんなのまだまだ剣としては使えない。硬くて粘り気のある鉄を打てるようにならねば。鉄の濃ーいインゴットと、もっと硬いものを研げる品質のいい砥石が欲しいのだけど、ノーデンリヒトじゃあ高望みというものだ。この国の鍛造技術がイマイチな理由は、もしかするといい砥石がなかったせいかもしれない。
では魔法の鍛錬はと言うと、グレアノット師匠はもう教えることはないと言って、とにかく魔法のコントロールを言いつけてマローニの街に帰ったことは記憶に新しい。
アリエルはマナのコントロールが苦手なんだから教えることの筆頭にコントロールがきたってだけなんだろう。おかげでほとんどの魔法はもう無意識のうちにコントロールできるようになり、今はもう息をするように魔法を使えるようになった。
さっき、燃焼系の魔法についてちょっと触れようとしたけど、鍛冶で長時間安定させて高火力を出し続ける必要があったので毎日炉で使って魔法の鍛錬と鍛治の練習兼ねて包丁など打っていたら、魔法のコントロールが驚くほど安定するようになっていた。
ファイアボールの強化型、つまり爆破魔法が安定して使えるレベルになったということだ。
アリエルは大して苦心せずに編み出した爆破魔法をこれまた安直に『爆裂』と名付けた。
爆破魔法などと長ったらしくいうよりもシンプルで一言で済むし。別に名前に拘るつもりはないが、これも自分のオリジナルとして名付けぐらい構わないだろう。
それに、もし何者かと戦うことになったとしたら、自分の身を守る切り札となる高威力の魔法だ。
『ファイアボール』は1秒に6発ぐらい連射できるが、威力は『爆裂』のほうが遥かに勝っている上に、実はストレージの中に圧縮して爆発する寸前の[爆裂]を仕舞っておけることに気が付いたので、前もって準備さえしておけば、見える範囲ならどこにでも[爆裂]を転移させることができるようになった。アリエルが使える魔法の中で一番のチート魔法が『ストレージ』なのは間違いないだろう。
もちろんメインで常用する『ストレージ』と、物体の『転移』する魔法そのものも毎日きっちり訓練している。
『転移』は見える範囲にしか行えないけれど、壁1枚隔てて隣の部屋に転移させるとなると途端に精度が落ち、もうひとつ離れた部屋となると実用にならないレベルで精度がガタガタになる。
壁や床と同化しそうになると転移しようとした物体を空間が弾いて転移がうまくいかない。もともとカプセルは空気中や水中にしか展開できない魔法なのだから。
師匠の話では、アリエルが覚えなくちゃいけない魔法の種類って、実はものすごく少なくていいらしい。
たとえば通常、魔導師が火の魔法を学ぶとしたら、基本の『トーチ』から始まり、『ファイア』『フレイム』『ファイアピラー』『ファイアウォール』『プロミネンス』など、段階的に魔法の威力を求めていくのだが、アリエルは無詠唱で魔法の威力を自分で調節できるので、『トーチ』ひとつ唱えて威力を上げると高位の魔法である『フレイム』を軽く超えるし『ファイアボール』はコントロール次第でどんな高位な火魔法よりも威力をあげられる。
なのでアリエルは高位魔法を覚える必要がなく、下位の魔法だけで十分なのだ。
魔法は精神状態によって威力が増減するのだけど、安定して高威力を出せるようになった。
方法は簡単。魔法発動する瞬間に気合いを入れるだけ。剣道での気合いは、とにかく相手を威圧するように大声を出すアレだけど、魔法でいう気合いというのは『ファイアボール!!』みたいに、起動するときそれらしい言葉を叫ぶこと。
別に『当たれぇ!』とか、『死ねぇ!』でも、気合いの入りそうな言葉を、本当に気合いを入れて叫べば魔法の威力は倍増する。なんかカッコいい気合いのセリフを考えておこう。
こんなのだったら別に術式を省略する必要はなかったのかもしれない。
まあ、どうせ普通はそんなに威力いらないんで静かに無言で行使するのだけれど。
さて、明日はトリトンに砦連れてってもらうことになっていて、とても楽しみだ。
お父さんの職場見学のようなものか、ワクワクして寝付けない。




