『過去編』 しかめっ面のジュノー(3)
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ジュノーとアスティ、たった二人で危険な村に向かおうとするものだからルビスもオベロンも放っておくわけにはいかず、仕方なくジュノーに随伴することとなった。
「ルビス? フル装備捜索隊に無断でついてきていいの? あとで怒られるよ?」
「大丈夫よ。ジュノーのせいにするから」
ルビスがゾフィーみたいな意地悪を言い出した。
ここからパステルの村まで徒歩1日。
徒歩1日の距離は、約30~35ミロメルダ。アスティやオベロンが強化魔法をかけてからランニングすると1時間というところなんだけど……、
オベロンに抱っこしてもらいながら移動するルビスが「揺れる」とか「乗り心地が悪い」とか「吐く」とか言って、快適速度を維持させようとするものだから、エジワラを出てからもう2時間も移動してる。
「ジュノーもいい男を捕まえなさいな」
「うるさいわよオタンコナス」
いい男を捕まえろだなんていまのジュノーには嫌味にしか聞こえない。
縁談が決まったばかりの、あのカマっぽい男を思い出すジュノー。ユピテルって言ったっけ……気持ち悪い。男のくせにうっすらと化粧してて、唇には紅を引いてた……。
「いやだ、いやだ、いやだ、いやだ……あんな男、大嫌い!」
ジュノーの人生はもう終わった。お先真っ暗だ。未来なんてもうどこにもない。
「あらなに?ジュノー? あなたの許嫁って世界で一番偉いんでしょ?」
「世界で一番気持ち悪いの」
「あはは、そんなの3日で慣れるわよ! なんだか眠くなってきたわー、着いたら起こしてねオベロン」
ジュノーすこしイラっとした。心の底から虫唾の走る気持ちの悪いものが本当に3日で慣れるわけがないと思った。本当かどうか調べるためにオベロンの嫌いなものを引き合いにだしてみることにした。
「オベロン! そこ! 毛虫がついてるわ!」
「ひっ!」
―― ゴッ! ゴロゴロ ズザーッ。
やばっ……
オベロンがルビスを落とした……。
スピードは遅かったけれど、油断してウトウトしてるところだったから、まともに顔面から落ちた。
糸で引かれる操り人形のように、ふらふらと立ち上がるルビス……。
「オーベーロ――ン……」
頭から血が流れていて擦り傷もいっぱい……。
まさかオベロンが毛虫に驚いてルビスを落とすなんて思ってもみなかった。
「あれ? 毛虫じゃなくて糸くずだったみたい。ごめんねルビス」
ちょっとしたイタズラ心で言ったひとことでルビスがケガをしてしまった。
何ひとつうまくいかない日、何をやっても裏目、裏目に出る日。
三隣亡と天中殺と仏滅と13日の金曜日が同時に来たかのよう。ザナドゥへの旅の初日は、ジュノーにとって決して楽しいものにはならなかった。
「へー、たかが毛虫に驚いて私なんか捨てちゃうんだ。私がケガしたとしても、毛虫のほうが優先順位たかいんだね」
「ちょ、ちょっとルビス、悪かったわよ、オベロンほら困ってるじゃない」
「ジュノーは黙ってて。この男ホント、ちょっと誉めたらコレ。私もう別れる。オベロンは私を守ってくれないしね。今度こそ別れるからね。フン!」
こっそりルビスを治癒しておこう……。じゃないと後がうるさいし。
みるみる治っていくルビスの傷……。オベロンはしゅんと消沈し、なんだか自慢の角も元気がなくなってしまったように見えた。
「ジュノーは優しいね。私を守ってくれるもの。それに比べてオベロンったらね、図体だけデカいくせに、毛虫……」
ルビスの愚痴はとどまるところを知らず、このまま何か月も続きそうな勢いだったが、辟易して前を見たジュノーの目に異様な光景が飛び込んできた。
「ルビス! ちょっとまって、様子がおかしい」
延々と出てくるルビスの愚痴を遮ったジュノー。
遠くに見える集落を指さして言った。
「人が倒れてる!」
「どこ? どこに?」
ジュノーが駆けていく先にある集落が目的地、パステルの村だった。
そこにあったのは死体、あっちにも死体、こちらにも死体。おびただしい数の死体。集団戦闘があったのだろうか。
ざっと見て200ほどの死体が転がっている。
駆け付けたジュノーたちを見て逃げる人たちと、ナイフを構える男もいて一触即発の空気。
ナイフを構える男は、倒れた青年を守るように立ちはだかる。
倒れてる人? マナの流れが弱い。でもまだ息はある。
「アスティ!」
「はい!」
強化魔法を展開済みだが丸腰のアスティと、ただナイフを持った男とではそのスピードの根本からして違う。いとも簡単に組み伏せられる男と、そんな男には目もくれず、倒れた青年に駆け寄るジュノー。
酷い切創が2か所と腹部に刺し傷が1か所。大きな血管を複数傷つけられている。これは致命傷だ。
「剣でやられてる。誰がやったの?」
「おまえらソスピタ人だ、よくもテトを……」
ジュノーは治癒の権能を発動し、倒れている男を治癒した。
即座に柔らかな光が包むと、虚ろだった眼に光が戻り、飛び起きるように立ち上がる。
その奇跡に驚きの声を上げる住民たちにジュノーの指示が飛んだ。
「こちら治癒師です! ケガ人を早く!!」
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戸板に乗せられ運ばれてくる者や、荷車に乗せられ、曳かれてくる者もいた。
ジュノーの声に応えて集まったケガ人は重軽傷者合わせて35人。
路傍に倒れたままの、およそ180人はすでに死亡していて、いかにジュノーの権能をもってしても救うことができない。ジュノーの見立てでは、だいたい剣によって殺されていた。
治癒に忙しいジュノーに代わり、アスティが村の者からとってきた証言によると、ここでこんな殺戮を行ったのはソスピタ兵に間違いないという。ソスピタとの協定を破り、暴動を指揮して捜索隊を襲わせたアマルテア国王を捕えるために行軍しているらしい。
300もの完全武装した兵がこの村に押し寄せ、抵抗したものは容赦なく斬り捨てられたという。
その末の惨状だった。
ソスピタ軍は2時間ほど前に北に向かったらしい。
あのフル装備捜索隊の隊長が隠したかった理由はこれだ。
また魔法を使って弱いものを蹂躙した現場に出くわした。
ゾフィーを探しに来て藪から蛇が出たようなものだ。
毎年ソスピタを襲う大きな悲しみを少しでも減らすためにと思ってアスティと必死になって開発した起動式魔導が、はるかに大きな悲しみを生み、その悲劇は止まることを知らず、まるで波紋のように広がっていく。
「私……こんな事のために魔法を……」
「はい、わかっていますよ。ジュノーさま」
「止めるわよ、アスティ」
「はい。お供しますとも」
半ば自棄になってこんな異世界くんだりまでついてきたアスティだったが、兵士たちに直接魔法を教えたのは他でもないアスティ本人。心に思うところがあるのだろう。その眼にはいつの間にか覚悟を宿していた。
「触らないでオベロン。もうあなたになんか乗せてもらわないんだからね。だって落とされるし。もう別れたし!」
なんて言ってるルビス。
でも内心では心が張り裂けんばかりに責任を感じていた。
自分がオベロンに乗せてもらって、乗り心地が悪いなんて言ってスピードを落とさせなければ、この村にもっと早く到着してさえいれば、ジュノーの力でもっとたくさんの人を救えたのに。
ここは今朝までジュノーたちがぬくぬくと暮らしていたソスピタじゃない。
そんな当たり前のことを思い知らされた出来事だった。




