『過去編』 しかめっ面のジュノー(1)
アスティ編の続き、ここからは三人称のジュノー視点で物語が進みます。
用語設定、地名、人物紹介などはアスティ編(1)の前書きに設定資料ありますので、興味のある方はそちらも参照ください。
神々の寵愛を受けし歓びの地スヴェアベルム。ここにソスピタという、すでに衰退の色濃く映る斜陽の王国があった。この世界で栄える大国はすでに南の『フェ・オール』北半球『エル・ジャヌール王国』が主導権を握っていて、ソスピタ王国は過去の栄光を振りかざすのみと言われて久しい。
だがしかしこの沈みゆく斜陽の王国に天才少女が頭角を現した。
ジュノー・カーリナ・ソスピタ、齢14である。
属性は『光』
権能は『瞬間治癒』
そしてさらに加えて起動式魔法の開発という功績が大きく評価され、十二柱の神々へと招聘されることが決定した。
驚くべきことに、最高神ヘリオスとその息子で主神第二位のユピテルがスヴェアベルムの地に降臨され、ソスピタを電撃訪問した。ソスピタの王族が全世界の人民に魔法を降ろしたという功績をその目で確かめると大層喜ばれ、ジュノーを神格第三位に指名したのである。
その決定には誰もが驚きを隠せない。最高神ヘリオスの公布に世界が震撼したと言って過言ではなかった。これまで第三位という重責を担ってきた、最高神ヘリオス直下の懐刀である、アルカディアの主神テルスと四位の主神ルナを一気に抜き去ってしまったのだからこれは大事件だ。上位世界であるアルカディアが上位世界たるその根拠が怪しくなってしまほうどのニュースだった。
悲願だった十二柱入りをあっけなく果たし、更には第三位という神位を聞いたソスピタ王は、ソスピタ王国がスヴェアベルムを治める超大国になったことを知った。
翌朝早々にカーリナ家の分家処分が見直され、ジュノーは父ケイシスとともに王城へと呼ばれると、カーリナ家が本家筋に戻されたという決定を聞かされた。今まで治めていた貧しく痩せた領地に加え、これまで王都オウル家が支配してきた豊かで広大な領地を与えられたのだ。
王位継承権もアーカンソー・オウル直下の二位をいただくこととなる。
もちろん便宜上二位というだけで、このままいくとジュノーが女王としてソスピタを収めることになるのは内定された出来レースであった。アーカンソー・オウルが異世界で行方知れずなのをいいことに、ソスピタ本国ではジュノーが王位を継承する準備が着々と進められているのだ。
カーリナ家が本家筋に復帰した会食の場で、ジュノーはソスピタ王より上座の席に見慣れない人たちの一団がいることに気が付いた。
飾り立てるわけでもなく、その身から溢れ出すような高貴さとしか言い表せないような淑女と、化粧映えのする派手目の顔つきでメイクが決まっている……細身の男。
宮廷料理を取り分けてはナイフとフォークを巧みに操り、これでもかってくらい小さく小さく刻んでから口に運んでいる。
この男、口紅を気にしてる。
どこか他国の王家の者なのだろうと察したジュノーは行儀よくお辞儀をしてみせると、厳かな気品を身に纏った婦人が優しく声を掛けた。
「あなたがジュノー? 初めまして。私はヘリオスという者です。あなたが民を思い、魔法を降ろした御業をこの目で見に来ました。素晴らしい成果ですね。感心しました。あなたのおかげで四世界すべての民は今よりずっと豊かな暮らしが約束されることでしょう」
「ジュノー、ヘリオスさまとユピテルさまだよ」
王からのご紹介を受けた。ああ、ソスピタ王も王妃も、ものすごく緊張してる。これほどの緊張感の中で料理が喉を通るなんて、みんなすごい精神力だと思った。
えっと、ヘリオス? ユピテル? ああ、たしか偉い人だったはず……。
まだ若く世間を知らないジュノーであっても名前ぐらいは知ってる。
「ありがとうございます。お褒めにあずかり光栄にございます」
「んー、いいな。この子。私達の前で物怖じもせず、媚びるような目もしない。気位の高さが顔ににじみ出ている反面、民草の事を考える優しさも持ち合わせている。気に入ったよ」
まさかユピテルがそんなことを言うなんて考えてもみなかったヘリオス。女といえばユピテルを見たら媚びた笑みを浮かべていやらしく迫るばかりだというのに、ソスピタの天才少女は作り笑いすら浮かべようとしない。これまでどれだけ美しい女たちが寝室に通されても『気に入った』などとは一言も言わなかったあのユピテルがこの少女を一目見て『気に入った』と言わされてしまったのだ。
「あなたが気に入ったというなら縁談を申し込みましょうか? ユピテル」
「母さん、いくらなんでもそれは気が早すぎるよ」
「お断りします」
ジュノーは話の流れをぶった切った。
「な、なにをいっておるのかジュノー!! そのような失礼なことを言っては……」
慌てふためくソスピタ王や父たちは、最高神の御前であるし、怒ることも出来ずオロオロするばかり。
しかし最高神ヘリオスも、その息子、全世界で2番目に偉いとされるユピテルもそんなジュノーを見て戸惑うこともなく、まずは肝が据わっていることを賞賛した。
「あははは、ほらね、母さん、いいでしょう?」
「ふふふ、そうね。……ジュノー? まだ縁談を申し込まれても居ないのに、なぜ断ったりしたのか聞かせてもらえますか?」
「はい、だって私はあなた方の『偉さ』しか知らされておりませんので」
ヘリオスとユピテルは顔を見合わせ、肩を震わせた。腹から込み上げてくる笑いを押し殺すことができなくなったのだ。
「そ、それもそうよね、うふふ……ジュノー、私もあなたのことが気に入りましたよ」
「あははは、一本取られたね。なら僕はこれからたっぷり時間をかけてジュノーに気に入られるよう頑張るとするよ」
ジュノーの歯に衣を着せぬ物言いに肝を冷やしはしたが、結果的にはソスピタ王国にとって最良の方向に話が進んだ。
権威や権力に弱いソスピタ王や父ケイシスが最高位神ヘリオスから申し込まれた縁談を断れるはずもなく、ジュノーの気持ちとは裏腹に縁談だけは順調かつスピーディーに進み、翌日にはあのカマっぽいユピテルとかいうボンボンとの婚約が確定してしまった。
ジュノーはもう婚約者のいる身なのである。
「おおお、ジュノーや、抱かせておくれ。おまえが優秀なおかげでソスピタは未来永劫の安泰を約束されたのだよ」
こんな吹けば飛ぶような斜陽の王国の、しかも分家の家から出た末端の姫君が、あろうことか十二柱の神々第二位をいただくユピテルさまの正室になれるという縁談は破格の良縁だった。この縁談が実現すると、最高位ヘリオスが退位の暁には、ユピテルとジュノーがこの四世界すべてを支配することになるのだから。
ソスピタに伝えられた吉報、ジュノーの神位と婚約のニュースが全土に広まるのにそれほど時間はかからなかった。
しかし、全世界が祝福する中、ひっそりと悲報が伝えられた。
---- アーカンソー・オウルの世界樹攻略は失敗。パーティは全滅。パーティリーダー、アーカンソー・オウルは死亡。アマルテアでは武装した原住民たちが暴動を起こして捜索隊を襲い、多数の死傷者が出ている模様。
さらにもう一つ、耳を疑うような情報があった。
……ゾフィー・カサブランカが裏切ってアマルテアに付いたと。
嘘か真か、怪しげな情報をききつけたジュノーはまず最初から疑ってかかった。
「うそ……ゾフィーはアホだけどバカじゃない。(意訳:無茶をやらかすけど頭は悪くない)絶対に何かあったんだ。アスティ、助けに行かないと……」
「ジュノーさま、祝言を控えた婦女子が治安もままならぬ異世界になど……」
そういわれたジュノーは髪も目を茶色に、白っぽい服も灰色に変化させて見せた。
「ジュ、ジュノーさま?」
「光の反射する波長を変えただけよ。これで私だってことはバレないし。アマルテア人って茶髪に茶色の瞳なんでしょ? まあいいわ、ふん。行きたくないならアスティは来なくていいからね」
ジュノーは天才とはいえ14歳の女の子。実戦経験なんかあるわけがない。他人の傷をいやす権能は四つの世界でも最高だと言われているが、そもそも自分の傷は深爪をしてヒリヒリする傷ですら治癒することができないのだ。役に立ちそうなのは髪の色を変えるだけの魔法。こんなので行ってらっしゃいませと送り出せるわけがない。
「私も行きますよぉ。もう、ほんと、絶対あとで私が怒られるんですけどね、絶対に責任取らされそうなんですけどね。ああもう、私も行きますってば。行けばいいんでしょ、もう」
「仕方ないなあ……、アスティがそこまで言うのなら連れてってあげる」
ジュノーはアスティが付いてくるというので仕方なく了承←し、二人はこのままエイステイル居留地に向かった。
----
エイステイル居留地では転移魔法陣を使って武装した兵士たちを次々とザナドゥのエジワラに送っている。転移魔法陣の上に魔導結晶を持って乗ると転移門が開きエジワラに送られるという仕掛けだ。
まったく、ゾフィーのくせによくもまあこんな訳の分からないものを作り出せたと感心する。
アーカンソー・オウルが死んだというのに、なぜこれほど武装した集団が送られるのか……。
もしかすると急いだほうがいいのかもしれない。
ジュノーは得も言われぬ胸騒ぎを感じていた。
魔導結晶を受け取る列に並んで、いざ手を出したジュノーを見て、担当官は困ってしまった。
「ジュ……ジュノー・カーリナさま? 今日はお髪の色が優れないようですが……」
バレた。一発でバレた。変装すらしてないので仕方ないと言えば仕方ないのだけれど、まさか一目みただけでバレるだなんて考えてなかった。ではプランBを発動させるとする。
「ジュノーです。今日はお忍びでエジワラを視察する予定です」
「そのようなこと予定にございません。エジワラでは暴動が起こっていて治安の悪化は一般兵にとっても重大な懸念材料となっております。お転婆では済まされぬ荒れた地であります故、そのような地に通したとあっては、私がお叱りを受けてしまいます」
この男、なかなかに優秀なやつとみた。
ならば気は進まないがプランCの破壊力を試す時が来たようだ。
「では名を名乗りなさい。私がソスピタ王となった暁にはあなたの一族郎党ソスピタに居場所などないかもしれませんが、それでもよろしければ」
そういって手を出すジュノー。
その手には無言で転移用の魔導結晶が乗せられた。
「んっ」
とてもイヤそうな顔をしているというのに魔導結晶をグイグイと押し付けられ、受け取るまでグイグイされたので仕方なく受け取ったアスティ。
ジュノーのあとについてトボトボと転移門の上に立つと転移魔法陣が立ち上がり、魔導結晶が光を放った。魔法陣が起動したのだ。
「アスティ、行くよ!」
「はいぃぃ、気が進みません!」




