『過去編』 アスティ、四世界で初めての魔導師(その2)
アスティが語り部の、アスティ視点で語られるジュノーという女の子のお話。
ダウンフォール! 『過去編』 登場人物紹介は「アスティ、四世界で初めての魔導士(その1)」の前書きに付録されています。興味のある方はご覧ください。
次話からはジュノー視点で進行します。
---- ジュノーさま 13歳 春。
四属性の起動式魔法が発表されると、粗末な板を張り合わせた小屋に住んでいたソスピタ国民の生活は一変しました。雪下ろしの作業にかかる人員も大幅に削減できるようになり、平民でも貧乏人でも、これまで板を打ち付けたような粗末な小屋のような家に住んでいた者でも、隙間風の入ってこない石造りの家に住まうことができるようになりました。
そして暖炉には魔法で起こした火が灯り、毎年越せるかどうか分からなかった瀬戸際の冬を、ずいぶん楽に暖かく越せるようになりました。
私が生まれ育ったウィンズリィの町でも毎年、貧しい者、弱い者から亡くなっていくというのが現実だったのですが、[トーチ]の起動式を公開したことで人々の暮らしは劇的に改善され、私も魔法の開発に携われたことを誇りに思ったものです。
強化・防御魔法の起動式も同時に発表しました。これは平民がいくら頑張っても神には勝ち目がない、その決定的な理由だった魔法です。これさえ使えれば、たとえ平民であっても訓練さえすれば下級神の下位ぐらいの力でもって戦うことが可能になります。
要は筋力アシスト強化魔法というもので、初めて使った時にはそのチートっぷりに怒りすら覚えたものです。同時に、こんだけ差があるなら、平民はどんなに頑張っても神々には勝てないと思い知らされた魔法でもありました。
しかし強化魔法はマナを霧化して纏う必要があったので、少し技術が必要で難しく、なかなかすぐに使えるようになるものは居ませんでしたが、兵士たちを集めて強化魔法の講演をするのは私アスティ・ウィンズリィの役目となりました。というか、そのような大役を仰せつかってしまいました。
強化魔法は国を守る兵士たちがケガをしたり、亡くなったりしないように、兵士の家族たちが安心して居られるようにとジュノーさまが考案された起動式です。
ソスピタ軍のほうでも強化魔法の効果が素晴らしいものだと知れるや否や、すぐさま練兵の段階で義務化され、少しずつ起動するためのコツが口コミで広がると同時に、ぽつぽつと一般兵士にも強化魔法を使えるものが現れ始めるのにそう時間はかかりませんでした。
これによりソスピタは下級神クラスの戦闘力を持つ兵士を大量生産できることになりました。魔法で耕した畑でとれる麦や野菜の収穫率を予想するグラフは表示圏内を突き抜けドカンとウナギのぼり。
経済競争力も急速な伸びを見せるソスピタ王国は一気に軍事大国化してゆきます。ジュノーさま付きの侍女だった私、アスティ・ウィンズリィが四世界で最初の魔導師と呼ばれるようになったのはこの頃です。
ジュノーさまが起動式魔導を開発し、世に広められてから1年。
たった1年でソスピタは激変しました。
身体強化や物理防御の起動式が兵の間に広まると、ソスピタ南側に国境を接し、もう何百年もの間飽きずに小競り合いを続けていたエイデン王国に侵攻し、いとも簡単に攻め落としてしまったのです。
あんなに苦戦した戦争をあっさりと勝利してしまうほどですから、魔法の力というものがいかに効率よく人を殺すことができるのかと考えると、教官として兵士に強化魔法を教えていた私ですら、空恐ろしく感じました。たぶんジュノーさまですらまだ気付いてはなかったでしょう、もしかすると私だけだったのかもしれません。世界を覆う戦乱の気配に気づいたのは。
南にあった宿敵エイデン王国を滅ぼすと、ソスピタ王国民皆が希望を胸に抱き、高らかに国歌を歌いあげる最中、ジュノーさまの名声は頂点を究めると、王国の民の誰もが次期王座にはジュノーさまを望む気運が高まり見せ始めました。
国民の期待がジュノーさまに集まったことにより、悲劇が降りかかります。
---- ジュノーさま 14歳
実はジュノーさまが起動式魔導を開発される少し前から、そう、ジュノーさまに治癒の権能が現れ始めたころから、ソスピタ王国にはあまりよろしくない動きがあったようです。
治癒の権能、それはこの世界で最も尊いと言われている能力です。
何しろ人の傷を癒し、生命を助けるのですから。
ジュノーさまの全てを癒す誰よりも優しく誰よりも強い権能は、この四世界を支配する最高神ヘリオスの目に留まりました。最高神ヘリオスもまた、人の生命にまつわる強力な権能をもつ女神であり、ジュノーさまの強力な癒しの権能に興味を持たれたのです。
加えて起動式の発明と、それを平民に下ろし、誰にでも簡単な魔導を使えるようになり、人々の生活が一変したことに対する功績。それにより、ジュノーさまは四つの世界を統べる十二柱の神々という、国を飛び越えて世界を動かす権力を手に入れるかもしれないと噂されました。
ジュノーさまの実力と功績が認められることをよしとしない者もいたのです。
アーカンソー・オウル・ソスピタ。ソスピタ王国にあって王位継承権第一位に座していた男神でした。
たかだか分家の小娘であるジュノー・カーリナさまが十二柱の神々に選出されると次期ソスピタ王の玉座も奪われてしまう。なにしろジュノーさまの父上であらせられるケイシス・カーリナさまを分家する発議をかけ、ソスピタ王家から追い出したのは他でもないアーカンソー・オウルさまなのですから。政敵としてミジンコぐらいにしか思っていなかったカーリナ家の逆襲におびえる日々でした。ジュノーさまの治癒の権能が発現してからというもの、それはそれは不安な毎日を過ごしたでしょう。
カーリナ家の使用人として仕える私にしてみればいい気味です。
このままではカーリナ家の下克上が完遂し、ジュノーさまに王位を奪われるであろうことを恐れたアーカンソー・オウルさまは、ジュノーさまを上回る功績を挙げるため、最後の聖域と言われた『不死の秘法』を求め、ソスピタから異世界『ザナドゥ』へ繋がる転移門を新設し、そこから次々と兵を送っているらしいのです。
噂では強化魔法を使える魔導兵がもう千人も送られたというのに、そのすべてが消息を絶っているのだとか。
なんとも空恐ろしい話です。
「ねえアスティ? アーカンソー・オウルさまは異世界と戦争をしてらっしゃるのですか?」
「いいえジュノーさま、これは王位継承権の争いです。異世界で争っているように見えて、実はジュノーさまとアーカンソー・オウルさまとの争いなのです」
「えっ? どういうことなの? 私は争い事なんか……」
「そうですね、でもこのままですと、ほぼ間違いなくソスピタの王位はジュノーさまのものとなるでしょう。もしアーカンソー・オウルさまが王位を継がれたとしても、ジュノーさまが十二柱の神々に選出されたら序列としてはジュノーさまのほうが上になりましょう、これはジュノーさまが優秀すぎたがゆえでございます」
この時、ジュノーさまはまだ14歳。王位継承権の争いなどというくだらない争いを異世界にまで広げて、そして千もの兵の行方が知れぬことになっていることに心を痛めるのも仕方がなかったのかもしれません。
そもそもジュノーさまが起動式を考案したのは、この厳しい環境に生きる人々が少しでも豊かに暮らせるようにと願ってのことでした。人々の幸せと、いつかこの世界から悲しみがなくなってしまいますようにと祈りを込めて、夜も寝ずに研究していたのを私はこの目で見て知っています。
起動式魔導は人々の暮らしを豊かにするためジュノーさまが考案されました。
強化魔法は、弱き者たちを守る力になればと発案されたものです。
このアーカンソー・オウルさまの所業には、幾度となく繰り返された魔法実験により、失敗した数だけ命を落としかけ、苦痛を味わったこの私であればこそ怒りを感じたことも付け加えておきます。
その苦痛も最初だけで、途中からは新しい世界の扉がひらけ、ゾクゾクするほどの快感になったことは私の胸の内にこっそりとしまってあるので誰も知らないことなんですけどね。
ま、そんなことは置いといても、魔法が人の手に降りると、人は大喜びで戦争に利用し、数えきれないほどの人たちが魔法の炎に焼かれて死んでいきました。ジュノーさまが人を助けるためにと開発し公開した魔法は、最も効率よく人を殺すための手段として使われることになったのです。
気丈に振舞い、滅多なことでは他人に涙など見せない、あのジュノーさまが……、悲しみを飲み込んで、声も出さずに肩を震わせ、静かに泣いていたのが印象的でした。
私にはただ涙を拭くハンケチを手渡すぐらいが精いっぱい。
そんな折、たまーに『パッ』と現れて遊びに来てくれる、ジュノーさまが幼い頃から大好きだったエルフのお姉さんが、あのいけ好かないアーカンソー・オウルに指名され、遠い異世界の戦地に連れていかれるらしいと聞きました。
「アスティ? なんでゾフィーがそんなくだらない争いに連れていかれるの?」
「宗主国が属国に命じて戦力を出させるのは珍しい事ではありませんよ」
「またアーカンソーが地位をかさに着て……」
ジュノーさまは黙って居られず、肩をいからせたまま馬を飛ばし、王都ゼルシアに到着すると傍目も気にせず王城に進み、アーカンソー・オウルさまの姿を見つけるや否や、強い言葉であげつらいました。
「アーカンソー・オウルさま、もうこれ以上はお止しくださいませ。むやみに兵を死なせるばかりで何ら成果の上がる様子がありません。わたくしが邪魔ならそうおっしゃってくださいませんか? 王位継承権など私には不要です。欲しいならどうぞ、差し上げますから」
玉座にはソスピタ王、傍らには王妃さまもおいででした。そしてソスピタ重鎮たちの前でこのような侮辱的な言葉を掛けられたのでは、『はい、王位継承権が欲しくてやってたことなのでタダで頂けるならやめます』などと口が裂けても言えないのでしょうね。そもそも王位だけもらったところでジュノーさまが十二柱の神々に選出されてしまった時点で退位させられてしまうことは明らかなのですから。
「フン、この生意気な分家の小娘が。私が世界樹を攻略して帰ってきた暁には、まず目上の者に対する礼儀作法から躾てやらねばならん。その時は尻を引っ叩きながら口の利き方、跪きかたなど私が直々に教育してさしあげましょうや」
私はジュノーさまを止めることができず、ただ引きずられるように王城に上がり、王の眼前まで連れてこられて跪くしかできませんでしたが、一連の騒動をジュノーさまの側から見て……思いました。
やはり14歳の小娘が何を言っても紛争は止まらない。ジュノーさまは未だ権力の座には居ないのだから。……アーカンソー・オウルなどという、こんなにも器の小さな男がこの国の王位継承権一位だなんて世も末だと。
「こんな男と同列で継承者争いをしていると思われるだけで恥ずかしい」
そういってツカツカと肩をいからせて早足で城を出る。ジュノーさまの向かう先は王城からほど近いエイステイル居留地という、南方にあるソスピタ王国の属領、ガンディーナ人が居留することを許された地で、ここには上級神ゾフィーが設置した転移門があります。こんな所に不機嫌そうな顔をしてツカツカ歩く14歳の少女を一人にさせておくわけにもいかず、侍女である私は致し方なくこの居留地に堂々と入って行かざるをえません。
ここには恐ろしいオーガ族がいると聞いていた私は足が震えていたのを覚えています。
オーガ族ですよ? ひとの女の柔らかい肉が大好物で、頭からガリガリ食べられてしまうという噂を聞きました。ジュノーさまと一緒にいると、ウィンズリィの町では体験できなかったような恐怖体験や臨死体験ができることが分かりました。
居留地に入ると探し人はすぐに見つかりました。すこし遠くに見える二人のエルフ女性たちのうち、大きい方。つまりゾフィーさまに用があるのです。でも、近くにいた大きくない方のエルフ女性が先にジュノーさまの来訪に気付き、声を掛けてきました。
「あらジュノー? どこに行ってもあなたの話で持ち切りよ? すごいわねー、天才ぃ♪」
「え? ルビスも行くの?」
この女性は上級神ゾフィーさまの姉で、名をルビスさまといいます。ゾフィーさまと顔は似ているけれど身長も胸も控えめ。そしてルビスさまは私のような平民にも分け隔てなく、誰に対しても優しい。侍女仲間の話す『仕えたい下級神ベストテン』では常に上位に名前が挙がるほどの人気者なんです。仕草もどこか可愛いし。
「行かないよ。だって呼ばれなかったもん。……ところでなにか用? ここはあなたのようなアイドルが来るところじゃないわよ」
「うん。ちょっとね、カサブランカ姉妹のガサツなほうに用があって……」
「なーんだ残念ね、ジュノーったら私に会いに来てくれたと思ったのに……」
いつの間にかジュノーさまの背後にはゾフィーさまがいてガサツなのはルビスさまの方だという。
そう、ゾフィーさまは『時空』という訳の分からない権能をもっていて、いきなりパッと現れたり、フッと消えたりする、神出鬼没すぎる女神様なのです。
ジュノーさまが振り返るとニカ――ッと飛び切りの笑顔で笑って見せた。まったく、女らしく口を押えて、しおらしく微笑んだらそれなりに美人なのに、ゾフィーさまという女神はそうしようとしないのです。だからガサツだとか言われるのですけどね。
「ねえゾフィー、行っちゃヤダよ」
ジュノーさまは正直な自分の気持ちをゾフィーさまに伝えました。私はジュノーさまのこういう、嘘偽りなくド直球を投げてくるところは好きです。その剛球を受け止められるかどうかは別として。
あのいけすかないアーカンソー・オウルさま一行がたとえ全滅したとしてもゾフィーさまだけヒョッコリ帰ってくるんじゃないか? とは思います。でもこの紛争はソスピタの権力争い。ジュノーさまは、こんなくだらないことに大好きなゾフィーさまが巻き込まれて危険な目にあうなんて我慢できないと言って、行っちゃヤダと説得を続けるのです。
ジュノーさまの目は潤み、唇は震えて泣き出してしまいそうなほど震えていたのを見て、ゾフィーさまはとても優しそうな表情で、ジュノーさまに歩み寄ってこう諭しました。
「大丈夫よジュノー。世界樹のあるアマルテアって国は私たちの通行を許可してくれたからね、戦争にはならないの。私は世界樹に巣くう魔物を退治するために呼ばれただけ、ソッコーで倒してすぐに戻ってくるわ。だって私アーカンソーなんて嫌いだもの」
しゃがみ込んでジュノーさまと視線の高さを合わせながら、大人の都合を優しく言い聞かせるゾフィーさま。
そこにフル装備をつけたアーカンソー・オウルさまたちがゾロゾロと現れ、ジュノーさまと私は、ここに居ることを咎められたのです。
「何をしておる? 何を話しておる? 何を企んでおる?」
ジュノーさまはぺこりとお辞儀をしてから答えました。
「いいえアーカンソー・オウルさま。まさか御身自らが出征されるとは思いませんでした。当然私の友人を死なせるために指名したのだと思いましたので」
「ぐっ、口の減らん小娘よ。楽しみに待っておるがよいよ。私が不死の秘法を手に帰ってくるまでな」
そういうとアーカンソー・オウルさまたちはゾフィーさまに顎で合図し、光の彼方へと消えて行かれました。異世界へと転移する魔法を編んだ転移魔法陣という設置型の魔法装置を使って。
ジュノーさまと私はエイステイル居留地で女神ゾフィーの出征を見送りました。
自分の権力争いに大好きなお姉さんを巻き込んでしまったことを悔いているジュノーさまの表情はすぐれませんでした。
---- それから三ヵ月
ゾフィーさまも加わったアーカンソー・オウルさまのパーティーは連絡が途絶えたまま三ヵ月の時が経つ。
次期国王の第一候補が帰らないソスピタでは大規模な捜索隊が組織されるらしく、また大隊規模の兵を送るための魔導結晶を準備しているところ……。
ソスピタの未来は明るいと国民みんながそう思っている中、何やら不穏な、薄暗いものを感じていた私の不安が的中してしまったのです。
ここまでが私、四世界で初めての魔導師、アスティ・ウィンズリィが見たソスピタ王国おわりのはじまり。滅亡への前奏曲となりました。誰にもソスピタ滅亡を止めることなどできませんでした。まるで運命だったかのように時代が動き始めます。
世界中の人が幸せに暮らせるよう願った美しい少女が世界を滅ぼす戦乱を引き起こす、まず最初のストーリー。ここから先は私には語れません。なにせ私もソスピタを離れてしまいましたから。
次にソスピタに戻ったときはもう、美しかったソスピタはもうありませんでした……。




