『過去編』 アスティ、四世界で初めての魔導師(その1)
アスティ・ウィンズリィのお話は、ダウンフォール!本編とは打って変わり、一人称で進行します。
さっきまでとは視点ががらりと変わるのでご注意ください。
ダウンフォール! の過去編になります。アリエル(深月)は前身のベルフェゴールとして出ます。
時代背景は、はるか昔の話。神話戦争が始まる前、どんどん不安定になっていく世界です。
ブクマ200記念で投稿しました『敗残のステファノー』よりも更に5年か6年ほど前という設定です。
ダウンフォール!本編のネタバレ含みます。
以下、設定資料など。
登場人物:
〇ジュノー・カーリナ・ソスピタ
物語の後半『しかめっ面のジュノー』のヒロイン。
〇ケイシス・カーリナ・ソスピタ
ジュノーの実父で、妻とは死別。カーリナ家はソスピタ王家から分家され、没落の一途を辿る。
〇アーカンソー・オウル・ソスピタ
ソスピタ王家の嫡男にして王位継承権第一位。更には上級神として炎術を操る剛の者。
ジュノーとの王位継承争いで、焦って異世界の世界樹に手を出した。
〇ゾフィー・カサブランカ
紅眼のダークエルフ。カサブランカ姉妹の妹。身長190センチの長身でウェーブがかった黒髪。
ソスピタ王国の属国、ガンディーナのカサブランカを治める豪族の娘。
時空魔法という強力な魔導を操り、設置型魔法装置(魔法陣)の扱いにも長けた才女。
エルフ族にしてただ一人、上級神となり、その神位第一位を誇る。
〇ルビス・カサブランカ
ゾフィーの姉。紅眼のダークエルフ。スヴェアベルムの下級神として100位以内の才女。
ゾフィーほど強力な魔法は使えないが、時空魔法の使い手。
〇アスティ・ウィンズリィ
『アスティ、四世界で初めての魔導師』の主人公。ジュノーの起動式魔導実験により、四世界通じて初の魔導師となった不運な女の子。ジュノーに関わってしまったことからとにかく酷い目にあう。
〇ベルフェゴール
ザナドゥにあるアマルテアが国難に瀕し国王が退位したため、若くして国王となった青年。
誰のマナとも混ざる親和性を持ったマナの持ち主。水属性の魔法が得意だが爆破魔法の使い手。
本編の主人公である嵯峨野深月の最初の姿。
〇キュベレー
ベルフェゴール第二の妻であり、ザナドゥの世界樹から生まれた樹の精霊。
権能を範囲化する『フィールド』能力の持ち主。マナの働きを阻害するアンチマジックを範囲化して使う、己のフィールド内では無敵。その他にもチートな権能を複数もっている『何でもあり』なキャラ。
軽く風にそよぐ純白の髪をもつ。外見年齢は12歳ぐらいの、まるで色を塗り忘れた線画のような精霊だが、実年齢は数万歳と言われている。
〇オベロン
身長2メルダ20サンチというから現在の尺度で言うと2メートル20センチの巨躯を誇る。
この物語を最初から読んでくれてる方はお分かりかと思うが、神話大戦を北の地に逃れルビスと子孫を残す魔人族のルーツとなった男。寡黙で年に二言三言しか話さないというのはゾフィーの談。毛虫が大嫌いなのでエルダー大森林行きを拒否し、晩年をドーラの地で暮らした。
〇アリア
スヴェアベルム、ソスピタに生まれたウッドエルフの下級神。治癒の権能を持ち、ソスピタの軍医として従軍する。ジュノーの権能を目の当たりにした。後にソスピタに帰ると布教活動を始め、ジュノーを主神とする女神聖教を興す。始祖マザー・アリアとして神聖典に名を残している。
スヴェアベルムにある女神聖教も神聖典教会も、始祖はエルフ女性だった。
〇ヘリオス
十二柱の神々の頂点、第一位に座す最高神。年の頃は40代ぐらいの女性。
〇ユピテル
ヘリオスの息子で、十二柱の神々の第二位。親の七光りで二位に座すわけではなく、相当な実力者。
薄化粧をし、唇には紅を引く。美しさを追求しているが男だ。
用語設定:
メルダ 長さの単位 1メルダは約1メートル
サンチ 1/100の意 1サンチメルダは約1センチメートル
ミロ 1000倍の意 1ミロメルダは約1キロメートル
地名など:
●ソスピタ王国
スヴェアベルム北東にある大国のひとつ。位置は現在で言うアシュガルド帝国のあるところ。
●アマルテア
ザナドゥの王国の一つ。住民は少数民族デナリィ族 戦闘には向かない温厚な民族が暮らす温暖な土地。
アマルテア北側にはザナドゥを代表する世界樹の森が広がっている。また世界樹の森はアマルテアの人たちにとって聖域とされている。
●エイステイルの門 ←→ エジワラの門
時空魔法に理解が深いゾフィーが作った空間転移魔法陣。
……。
小さな小さな物語。
最初は些細な出来事であっても、やがて全てを飲み込むような大波となることもあります。
世界中の人が幸せに暮らせるよう願った美しい少女が、なぜ? いったいどういう理由で世界を焼き尽くし、滅ぼしてしまうような戦乱を引き起こしたのか、その最初の異変と、とても些細な出来事を話します。
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私はアスティ・ウィンズリィ。平民に先祖代々受け継いだような姓はなく、ウィンズリィは生まれた小さな町の名。つまり私は貧乏な町人の生まれで、しがない侍女。というか召使いの仕事にありつくことができただけでも幸運でした。
ここ、ソスピタ王国にあって私は、王家から分家されたカーリナ家という貴族の家に仕えています。
まあ、分家されていなければ私など恐れ多くてソスピタ王家の屋敷になんか雇ってもらえないんだけど、カーリナ家が没落しかけているせいで私のような普通の町娘が職にありつけたということですね、もともと私は躾のなっていない町娘だったものですから、おやかたさまのお世話から外されたのも致し方なかったのかもしれません。
私の仕事は、お掃除、お洗濯、そしてお嬢さまのお守りと、付き人のようなお役目。
最初はそんな小さな女の子の付き人なんて楽勝だと思ってたのですよ、後で自分の考えの甘さに激しい後悔をすることになるのですが。
そのお嬢さまというのが、
ジュノー・カーリナ・ソスピタさま 10歳。
スヴェアベルムにいくつかある大国のうち、もっとも北に位置するソスピタ王国にあって王家の分家筋に座する末席の一人娘として生まれたお方。王位継承権はあるものの、生まれた瞬間では12位。本家筋で子どもが生まれるとどんどんその順位は下がっていくという、王位継承権だけをとってみると絶望的な順位だからか、カーリナ家としては最初からジュノーさまの王位になど興味はないように見えました。
ジュノーさまは王位継承権に遠く、実際には王位に届くことはないと思われていたため、比較的自由に街へ出ることが許されておりました。幼い頃から街で生活をする人々を見て育ったせいなのでしょうね、『なぜ王家の人たちだけが魔法を使えて、平民は魔法を使えないのだろうか』という疑問が芽生えたといいます。
その疑問は誰にでもある疑問です。平民である私ですら子供のころから『私にも魔法が使えたら、厳しい世界で食べていくのに困らないのに』なんて夢を見ていた時期がありますから。
「ジュノーさま、王家とはすなわち神の血筋でございます。神の力を使えるのは神の血が流れているからに相違ありません。我々平民とは違うのです。さあ胸を張りましょう」
これが私たちスヴェアベルム人の常識でした。
私も普通の人。魔法なんか使えたら下級神の末席に名を連ね、領土の一つでも与えられてウハウハ人生、一生安泰の左団扇だったでしょう。しかし私ごとき無能力者の平民は貴族サマにへりくだって一生を平身低頭するのが御身のためです。
ジュノーさまのお父上で、こちらケイシス・カーリナ・ソスピタさまは魔法の力が弱く下級神として序列が500位以下。ソスピタの王家にあってその序列の低さは致命的でした。だからケイシスさまは分家されてしまって、王位継承権からは遠く離れたところに追いやられることになったのです。
ソスピタを名乗れるだけまだいい。王族にあっても継承権の与えられないゲーリング家、ウィッカール家、ポリデウケス家のように、ソスピタの名まで奪われてしまうと神籍のある者との婚姻は認められなくなり、以後の血筋は衰えていくばかりとなるのは明らかです。ゲーリング家に至ってはついに権能を持たない子が生まれ、次世代にはほぼ平民落ち確実とまで陰口を叩かれるほど没落しているのですから。
この世界で魔法の使えない平民に生まれるという事は支配される側に立つという意味なのです。
---- ジュノーさま 10歳 冬。
この国の冬は厳しい。とても。
毎年ソスピタ北部の村々では種火を買えなかった家族や、薪を切らしてしまい火を維持できなかった家族が亡くなっている。ケイシスさまが貧しい者たちの家を訪問し、種火をつけてやるのに同行してジュノーさま自らも種火をつけて回るのが日課になっていました。それに随行する私などはもう、寒いの冷たいので死ぬ思いなんですけど。
「アスティは来なくていいから」
「そんなことをおっしゃられますと私、お役御免を言い渡されてしまいます」
私ごとき平民の侍女は『仕事のできないやつだ』と思われると職を失うかもしれないので必死で役目を果たさないといけません。職責を全うするため必死でジュノーさまについて行く健気な私。ちょっとでも雪深い道を歩くと革でこしらえたブーツでもすぐ冷水が沁みてきてグズグズ。頭の芯まで冷えてしまって頭痛がするほどです。
道なんか埋まってしまってどこにあるのか分からないようなところをラッセルしながら進むのですけど、魔法を使える人って身体に暖房を纏うのも簡単らしく、なぜそんなに薄着なんだ? って格好で普通にこの極寒の地を訪れています。私はちょっとでも汗をかくと、その後すぐに襲ってくる汗冷えで凍え死にそうになって、屋敷で三日寝込んだりもしました。ええ、それもしょっちゅうです。
ジュノーさまたちが訪問するのが遅れたことで凍死、衰弱死した人も、もう何人も見ました。
凍死した村人の遺体を前に、ジュノーさまが目に涙を溜めて言ったその言葉が忘れられません。
「お父さま、この厳しい世界で生きるため皆に魔法の力が必要なのに、なぜ誰も魔法が使えないの? 火を起こす魔法だけでもいい。みんなが使えるように、いいえ、村に10人、5人でもいいから、火を起こす魔法を使えさえすれば、こんな悲しいことは起こらないのに」
「ジュノー、平民たちはマナの寵愛を得られない、弱い存在なんだよ。私たち王族は弱い民たちを守るために種火をつけてまわったり、あるいは自ら剣をとって外敵から守ってやったりもしなくちゃいけない。私たちは何も偉い訳じゃないんだよ『力をもって生まれた者には責任がある』ということなんだ。ジュノーにはまだ難しいかもしれないね」
おやかたさまはそうおっしゃる。それはとても優しくて、ソスピタの家に生まれた嫡男として自尊心にあふれた言葉でした……。でも一つ、認識の違いがあったのです。
ジュノーさまの権能は光。その光の権能を持つジュノーさまが言うには、施しとして種火を受け取る貧しい村人たちにもマナは流れていて、私たちのようなただの人であっても、ソスピタ王家の方たちと同じ色のマナが流れているのだと言います。なんとも夢のある話ですね……。
そう、ジュノーさまの目にはマナの流れや総量が『なんとなく』見えていたのです。
幼少期からジュノーさまはとても視力に優れ、暗闇を見通す目を持っていることは広く知られてましたが、10歳になった頃から人のマナの流れまで見えるようになったのです。
そしてジュノーさまが12歳にもなるとその権能はさらに大きく、強く成長し、触れもせずに人のケガや病気などを治してしまう治癒の権能が発現しました。
更には人体の欠損した部位や古傷までをも治癒してしまうという、治癒権能の中でも類を見ないほど強力な権能は神々の中でも特に重用されたことから、齢15を待たずして上級神を飛び越える勢いで、いまやこの四世界を統べる十二柱の神々に名を連ねる第一候補と噂されるほどでした。
その話を聞いたときは、なあに、斜陽の王国ソスピタが期待を込めてそう言ってるだけだなどと、私ですら高をくくっていましたが、この『触れもせず人のケガや病気などを治してしまう』治癒の権能、ジュノーさまがこんなものに目覚めてしまったおかげで、いつも傍にいる私がどれほどひどい目に遭ったかというと……それはもう筆舌に尽くしがたいほどです。
告白しましょう。忘れもしません、屋敷の庭でジュノーさまのお世話をしていた時のことです。
「アスティ、これから『起動式』の実験をするわよ」
「は、はい。どうぞ」
「何言ってるのアスティ、あなたがやるの。はい、これを」
ジュノーさまはこんな複雑な文様?を出して、こうやってこうやって指で書いて目に焼き付けろとおっしゃる。いったい私に何をさせようというの?
「え? ええ? これでいいんですか? こんな文様でしたっけ?」
「アスティ、集中。とにかく集中して、火をイメージするの、そしてこの文様を指先でなぞって」
「は、はい。集中ですね、えっと、この文様を……」
―― ボッ!……メラメラメラメラ……。
「あふ、……ぐふっ……」
「アスティ! キャ――――ッ!! どうしましょう、アスティが燃えたわっ!」
清掃用に汲んでたバケツの水を頭からぶっかけられた後、なんだか暖かい光がほわほわとして、酷い火傷が跡形もなくみるみる消えていきました。
「アスティ? 大丈夫? ちょっと失敗だったようね。じゃあ次はこれを……」
「ジュノーさま、あの、わたし風邪をひいてしまいそうですし、服が燃えてしまって半裸なんですけど……」
「そうね、下着だけ着替えて。あと、バケツの水を補充するの忘れないで」
「私また燃えるんですね! まだ燃やされるってことなんですね……」
わたし、泣きました。
もう、ほんと許してほしくて、心の底から涙を流しました。
「今度こそ成功させるから。世界中の人が魔法を使えるようになるためにはアスティの助けが必要なの」
「今度こそ大丈夫なんですよね? ジュノーさま? 信じてますからね?」
なんて言いながら、わたし、本当はあんまり信じてませんでした。
次も、その次も絶対に燃やされてしまうんだと思ってました。
―― メラメラメラメラ……。
「おふっ、……おふっ……」
「キャ――――――ッ!! アスティ――!」
だってこうなることは分かってたんですから……。
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「しくしく……」
「アスティ、『燃えろいい女』って歌もあるしさ、悪くなかったと思うよ。さっきの……えっと、じゃあ次はこの起動式を試してみて。アスティなら絶対できるから」
「………………」
全身から炎が噴出し、水ぶっかけられるも黒コゲになり、全身やけどで死ぬところをジュノーさまの治癒で即回復させられるというルーチンワークを何度繰り返したでしょうか。
どんなに泣いても、どんなに勘弁してくれと懇願しても許してはもらえず、この地獄の炎上実験を繰り返し、ついには起動式と術式に分けて魔法を起動する二段階起動という方式に辿り着いたのです。
そのアイデアのおかげで魔法は飛躍的に安定。その後、研究は加速しました。
そしてマナで書いた起動式を網膜に定着させ、術式とともに魔法を行使することができる起動式魔法『トーチ』を考案。私の献身的な協力(という名の人体実験)と、被験者が火だるまになってもそれを癒して火傷や傷をリセットすることができるジュノーさまの鬼畜のような権能により、私たちのような平民が、きわめて安全かつ安定した状態で魔法を行使できるようになったのです。
これにより、戦士だろうと、うちのお母ちゃんだろうと、バーのホステスのオネエチャンだろうと、簡単な講習を受けるだけで指の先に火を灯すことができるようになりました。
その魔法こそ指先に火をともす魔法、[トーチ]。
起動式の発明は、世界を変える魔導の夜明けでした。
長く厳しい冬が来る前にと急いで発表した起動式魔法は瞬く間に人々の間に広まりを見せ、同時にジュノーさまの名声はソスピタのみならず、スヴェアベルム全土へと轟き渡ることになりました。
更にジュノーさまはトーチの起動式を成功させると、違う起動式を入力することで大小さまざまな魔法を操れることに着目し……わたくしアスティ・ウィンズリィが再び被験者に選ばれ、何度も何度も死ぬような思いをして、いいえ、何度か死んだんじゃないかって思うような魔法事故があったけれど、死に往く私をジュノーさまが引き戻してくれたことにより、僅か半年後の翌年の春には農民が魔法で畑を耕したり、土木建築をする際に何十人がかりという重いものを一人で軽々運べる土木建築用の土魔法と、空気を循環させる風魔法、そして手のひら一杯の水を得る魔法の起動式を確立しました。特に土魔法の発明は[トーチ]の次に偉大でした。これまで荒地だった土地がどんどん開墾され農地になってゆき、農民ひとりで受け持つことのできる農地が飛躍的に拡大、農家は豊かになり、斜陽の王国と言われ力の衰えた北の大国、ソスピタ王国がみるみるうちに力を取り戻していったのです。
これらが俗に言われるところ、四属性魔法のもととなりました。




