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08-09 マローニ防衛戦(4)

「オラッ! どうした、来いよ!」


 サナトスの挑発にも乗らず、ただ高速で動いては、サナトスの大振りの攻撃を誘い、スタミナとスピードを奪ってゆく王国軍の将校。敵の中でひとりだけ強い豪傑と戦うには、大勢で囲んで少しずつ疲れさせながら動きを封じてゆくのがセオリーだ。


 今まさにサナトスがセオリー通りの攻略にハマってしまい、周りも見えていない状況にまで追い込まれている。前に出すぎているのだ。こんな時はサオやディオネの守る南門近くまで下がることも検討すべきだった。


 実戦経験のないサナトスがいいように囲まれ、危機に陥っていたとき、戦場の全てを見渡すなんて余裕、ひとかけらもなかったサナトスの目に、キラッと白銀に光る一条の線を引いて、何か白いものが通り過ぎたように見えた。


―― ズバババッ!


 いままさにサナトスに襲い掛かろうとしていた敵兵たちから血しぶきが舞いあがり、一度に5人もの兵が崩れ落ちた。何が起きたのかは分からない。血しぶきは敵兵の首を割いたものだった。倒れた後からもおびただしい量の血液が止めどなく流れ出している。


 目を疑った。何かとてもはやいものが風を巻いて襲ったのだ。

 自分の左右にまで気を回す余裕のなかったサナトスの両側から、一歩、二歩と前に出た男が二人。

 低く構えた姿勢から細身の短剣を構えている。白銀のスケイルメイルを身に纏い、低く、地の底から湧き上がってくるような唸り声をあげ威嚇すると、今までいいようにサナトスを囲んでいた敵兵たちは包囲を解いて広く間合いをとった。


 身を低くかがめながら、その自慢の爪を大地に深々と打ち込み、いまにも敵に襲い掛かろうと身体を揺らす二人の獣人がニヤリと口角を歪めて、不敵な笑いを投げかけた。


「やあ、サナトスくん。遅くなったけど、間に合ったようでよかったよ」

「ダフニスも来るはずだけどあいつ足遅いからなー。きっと明後日ぐらいになるぜ?」


 これまでマローニに援軍を要請したところで間に合った試しなんかなかったノーデンリヒトが、その苦い経験を踏まえたうえで援軍を頼まれる前に義勇兵を集い、組織して先に出したことが功を奏した。


 カルメとテレスト。

 この二人のウェルフが戦場に参じた事により、崩壊しかけていた東側の戦線が持ち直し始めた。


 とにかく機動力を生かした戦術で、側面や背後など視界の外から襲われるものだから敵にしてみるとたまったものじゃあない。このウェルフの戦士たちに対応しようとすると自然と前進が止まるのだ。しかも人族とウェルフ族のスピード差は如何ともしがたいものがある。これこそが種族の差なのだろう。至近距離では視界から消えてしまうほどの超スピード。更には最高速度域での急旋回などで次の動きを読むことも叶わず、人族には不可能な、想像を絶するような機動力が猛威を振るった。


 そもそも戦場でウェルフの戦士と対峙するなら大型の盾で守りつつ短剣の攻撃をびた1ミリ通さないような完全防御陣形を保ちながら侵攻しなくてはならない。戦場を高速で駆けまわるウェルフの煩ささを王国軍は経験したことがなかった。ウェルフの参戦が想定されてないこの戦場で戦士たちは水を得た魚のように暴れまわる。


 ウェルフは機動力に長けてはいるが、防御魔法が薄く、剣が届きさえすればいとも簡単に倒されてしまう筋金入りの攻撃特化型だが、その弱点を補って余りあるほど高性能なスケイルメイルを装備していて、多少の攻撃など食らったぐらいじゃ傷もつかず矢も通らないことから、防御のことなんか考えず、ただスピードに任せて押すだけという異常な戦闘を続けている。


 白銀の幻がキラッと光って目の前を交差したら軽く10人からの兵士が血飛沫を上げて倒されているのだから食らう方はたまったもんじゃあない。


 サナトスはノーデンリヒトに遊びに行った時のことを思い出した。


 テレストの話だった。

 あの白銀のスケイルメイルは、昔、サナトスの父アリエルと一緒にドラゴンを食ったとき、餞別にもらった鱗皮を軽装鎧に仕立てたんだとか言ってた。話を聞いたときテレストは相当酔ってたし、酔っ払いがデカいことを言い出したもんだとばかり思ってたのだけど、どうやらあの話は本当だったらしい。


「うっわ……マジでドラゴン食ったのかよ」


 旗色の悪かった中央から東側の守りが、たった二人のウェルフたちのおかげで若干押し返すまでになった。サオやディオネたちが守る中央の門は押し返しているし、西側のレダはたぶん心配の必要がないほど押しているように見える。問題はここだけ。


 最強だと思われていたてくてくが退場してしまった東側の防衛に手が足りていないことは敵の目にも明らかで、次から次へと押し寄せてくる敵兵は、サオたちの守る中央と、レダの守る西側の攻めを手薄にしてまで、いちばん勝てる可能性の高い東側に波状攻撃を仕掛けている。双方が必死の攻防を繰り広げる、大波のように次々と押し寄せてくる敵兵。


 サナトスの防衛線を次々と突破して防護壁に取り付く敵兵たちと、弓兵が踏ん張る中、防護壁の上から戦場を見下ろす少女がいた。マローニ中等部の制服を着ていて、青緑に輝く艶のある髪を風になびかせている。手に持っているのが花束だったりすると、きっと絵になったろうと思えるほどの美しい佇まいで、なんだかホッとする安堵感にも似た感覚があって然るべきだが、この少女はそんな悠長な気を発してはいなかった。少女から立ち上がる殺気にも等しい怒気の塊。とても重厚な、まるでステンレスの塊を口の中に入れた時のような金属の味が口の中に広がる、ただ遠くでこの少女に気付かなくても、口の中は鉄の味が広がる。それほどの剣気を抑えることもせず、漏れるに任せて戦場を見下ろす。


 花束ではなく、お弁当のサンドウィッチの入ったバスケットでもない。ただ武骨としか言いようのない未研磨の鉄刀を一振り携えて、『とん』と防護壁からジャンプし、この戦場に『フワリ』と降り立った。


 まるで音もなく、重量もない。鳥の羽毛が舞って、地面に降りたかのような、緩やかな歩法を用いて、その姿は美しさを湛えながらも、濁流の如く噴き出すその気配は熱く赤熱した鉄のような、触れれば必ずや小さな火傷では済まなさそうな、鉄火場の気配をもって戦場に降りた。



―― ドドドドッ ドガッ!


 後方から鈍い連続音が響き渡り、防護壁に取りついていた敵兵たちが次々と蹴散らされていくの見たサナトスは、疲れた体を引きずって肩で息をしながら、まるで叫ぶように殺気の主を引き留めようとする。



「カンナ、おまえ、危ないから引っ込んでろって」

「引っ込んでたら負けそうじゃん。この世界は私らエルフに優しくないんだからさあ!」


 サナトスたちを抜いて防護壁にとりつこうとする敵兵たちは物凄い勢いでフッ飛ばされていく。



「うっわ……、サナトスくん、あの子だれ? すごいんだけど……」


 カルメもテレストも開いた口が塞がらないほどの剣技で次々と倒されていく敵兵たち。

 しかも真剣でなく、あれは刃がついてない鉄刀。日本刀の切れ味を自らの腕で味わったことがあるというカロッゾさんがマローニの鍛冶職人たちと試行錯誤を重ねて作った試作品だ。


「おじさんたち、ケガ人を中に運んで。ここは私が引き受けますから」


 カンナのおかげで戦線を維持できる。むしろ押し返してる。いける……。

 てか、おっさんたちカンナのいう事は素直に聞くのな。カロッゾさんたちと剣の鍛錬してるから、衛兵のおっさんたちはカンナの実力よく知ってんのか。



----


 カンナの参戦により、戦線は終始押し気味の膠着状態で安定。


 夕陽が赤く燃え上がる時刻になって、敵軍は総数のおよそ半分を失い、退却のホルンが吹き鳴らされた。


 ようやく戦闘が終わった。便宜上は守るほう、つまりマローニの勝利だった。


 剣を天に突き上げて勝鬨を上げるマローニ守備隊たち。


 いつも門を守ってる衛兵のおじさんも戦死した。

 ラクルスさんはどうなったのだろう? 無事だといいが。

 ポリデウケス先生は? イオさんは?


 殺してしまった敵の兵士。

 いや、この人たちは同じ王国の兵士。ただ立ち位置が違っただけの人。

 敵だったと一言で済まされない、つい何年か前までは仲間だった人たちなのに。


 敵軍も、マローニの守備隊も、両軍ともケガ人の救助が始まっている。


「俺も、助けに行かないと……」


 だがサナトスの足は動かない。

 ただただ涙が流れて落ちる。


 血を流し合った。命のやり取りをして、大勢を死なせてしまった。

 気のいい衛兵のおじさんたちが大勢死んでしまった。


「くそう……くそう……」

 サナトスは紅い眼から涙が零れ、何か分からない、熱いものが込み上げてくるのを感じた。


 今まで殺し合いなんて経験したことがない14歳の若者が初めて経験した殺意と殺意のぶつかり合い。

 命がけの戦闘なんて言葉じゃ足りない。ただ狂ったように殺しあっただけ。狂気そのものだ。


 その結果、多くの血が流れ、多くの人の命が失われた。

 死んでしまった人はもう戻ってこない。失われた日常はどうだ? 明日はまた朝から学校に行って、幼馴染のアンセムとヘンドリクスたちとバカやって……。



「くそったれ……」


 シャツの、返り血のついてない部分を探して、今にも零れ落ちそうな涙を拭くサナトス。


 この惨状はどうだ。これまで剣を持って戦場に行くのは名誉なことだと思っていた。多くの敵を打ち倒し、敵将のみしるしを上げることが戦士にとってほまれだと思っていた。


 だけど現実は違う。サナトスの思っていたようなものではなかった。血の匂いも、剣の打ち合う音も大嫌いだ。誰が好き好んで命を奪い合う? 戦いなんてカッコいいもんじゃない。あんなに気のいい衛兵のおっさんたちが、大勢傷ついて、死んでしまった人も……。


 サナトスには理解できなかった。なんでみんなそんなに喜んでるんだろう。

 拳を振り上げて、なんで勝鬨を上げるんだろう。


 立ち尽くし、涙を拭うサナトスに向けて背後から温かく声をかけるひとがいた。

「俺がもっと強ければ……なんて考えちゃダメだよ」


 見透かされたような気がした。だけどその声はサナトスの耳にとても優しく触れた。サナトスが聞きたかった声そのものだった。


 振り返るとそこにはレダが立っていて、下からのぞき込むような上目遣いで心の底までを見抜かれてしまったかのように、サナトスの心は丸裸にされてしまった。


 サナトスはレダの目を直視することができず、視線を逸らした先で、こんどはサオと目が合った。


 サオはサナトスの顔を見ると無言で手を取り、屋敷の方に引っ張っていこうとした。

 怒っているようには見えないけど……、その足取りは大股で早足。サオ自身もたぶん、何か言葉にならないものを感じているのだろう。


 南門の前、カロッゾさんも浮かない顔をしている。ポリデウケス先生も疲労困憊していて、ひどい顔だ。

 サナトスはかすれてしまって思ったように声が出ない喉を振り絞るようにしてサオに問いかけた。


「てくてくは? どうしてる?」

「大丈夫よ。あなたは屋敷に戻って、疲れを癒しなさい。この様子だと夜戦はないと思うから……」


「サオは?」

「人のことを気にしてる場合ですか。サナトス、ひどい顔してますよ」


 サオは禁を破って戦場に出てしまったサナトスを少しも咎めようとはせず、ただその身を案じた。


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