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08-08 マローニ防衛戦(3)


―― ドン!


  ―― ドドーン!


 右翼を担うちっこいレダの動きを目で追うサナトス。そのスピードと非人道的な攻撃力に瞬きも忘れてただ見とれるように呆然としていたところ、鼓膜どころか腹にまでズーンと響く爆発音で我に返った。爆発が起こったのは門前の中央。サオとディオネの[爆裂]が起動したようだ。


 敵が遠くにいるうちじゃないと爆裂も満足に使えない。それはついさっき、斥候相手に自分が使って仲間が動けなくなったことで身をもって思い知った。この敵の数……、敵軍も相当強化魔法の乗りがいい。押し寄せてくるスピードが思っていたよりもずっと早い。早いうちに数を減らしておかないと混戦になったら相当不利な戦いになるんじゃないか?


 てくてくがサナトスの見ている側、左翼にすいーっと移動して一気に瘴気を放出し、意思を持った濁流のように兵士たちを飲み込み、そして、瘴気に触れた者の命を次々と奪っていく。


 サナトスが初めて見た。てくてくが人を殺すのは衝撃的だった。

 なにしろサナトスに取っててくてくは自分を甘やかしてくれる優しい姉のような存在で、怒られたこともなかった。


 てくてくが使う魔法、あれがエナジードレインだ。別に吸い取った生命力が術者に還元されるわけでもない。ただ暴走したマナが瘴気に変わったとき生命までもいっしょに流失してしまう性質を利用しただけの大規模デバフ魔法。抵抗力のないものは瞬時に意識を失い、そのまま絶命して行くと聞いている。


 まさかこれほど不条理なものに命を奪われるとは思わないのだろう、敵兵たちは前しか見ておらず、足もとから襲う闇に絡め取られて命を落とすということすら理解せずに倒れていった。その表情には恐怖もなく、してやられたという危急を告げる焦りすらも浮かんではいなかった。

 自分が死んでゆくことにすら気が付いていないような、ある意味とても幸福そうな死に顔だった。


 サナトスもてくてくと立ち会えばだいたいいつも朝までグッスリ寝かされる羽目になるのだが、ここで倒れた人たちの、この眠りは永遠の眠りだ。もう目を覚ますことはない。


 前の者が倒れても、屍を踏み越えて前に出る敵軍の兵士たち。

 戦闘に慣れた経験豊富な兵士たちだ。魔導士と相対あいたいするならば混戦になったほうが有利。防護壁に取り付いてしまえば大規模な魔法が使えないことを経験上知っている。離れているほうが危険だということだ。どんどん我先にと懐の中へと踏み込んでくる。混戦になったほうが安全なのだから前に出れば前に出るほど安全ということになる。


 右翼はレダの土魔法、中央はサオとディオネの[爆裂]、戦況は膠着状態か。

 このまま相手が消耗するばかりなら何とかなりそうか……と思っていた矢先の出来事、てくてくの様子がおかしい。胸に手を当てて、うずくまっている。


「はア……はア……これしきの事で倒れてたら、マスターに顔向けが……アタシがマローニを守るって約束したのよ……アタシが!」


 てくてくは意識が朦朧とする中、フラフラと力なく立ち上がって渾身の力を振り絞ったのだろう、放たれた瘴気はこれまで見たどんな瘴気よりも濃く、光をまったく反射しない漆黒の闇にしか見えなかった……。だけど次々と襲い来る敵軍にまでは届かずに霧散し、力なく風に溶けて消失してしまう。


 瘴気が風に流されるとそこにはエルフの少女が1人倒れているのみだった。



「おおおぅ! 東側が崩れたぞ!!」


 ウオオオオオォォ!!


 好機と見た敵軍が押し寄せてくる。

 倒れたエルフ少女に向かって、剣を振りかぶり今こそチャンスと襲い掛かる王国軍兵士たち。


 魔導士は魔法の合間を狙うのがセオリー。少しでも崩れたとみるや踏み込んで剣で必殺の一撃を入れることに何の迷いも躊躇もない。


 それが12歳ぐらいの小さな少女の姿であっても。



 倒れたてくてくに襲い掛かろうと気勢を上げ、我先に敵将を討ち取らんと迫る敵兵たちが、今まさに倒れているてくてくを討とうとした。この剣が振り下ろされるともう……。



―― ガキン!


 ―― ズババッ!


 刹那、飛び込んでいた。


 あと一瞬でも速ければその剣は倒れているてくてくを斬り裂いていただろう。

 だがその熱した鉄のような殺意が重く乗せられた剣は、ただ地面に倒れているエルフの少女に届くことなく受け止められた。戦場には出るなと堅く言い含められていたが、家族が今まさに殺されようとしているのに黙って見ていられるわけがない。


 受けた剣をそのまま返すように胴を薙ぐと、今しがた『崩れたぞ』などと号令をかけたこの隊長風の男は、てくてくまで辿り着くことなく膝から崩れ落ちた。



―― ドバン!


  ―― ドドドドォン!


 次々と波のように襲い来る兵士たちに向かって爆破魔法を連射して打倒するサナトス。まずはてくてくの安否を確認したいが敵の攻勢が厳しくて、駆け寄って助け起こすことすらできない。


 至近距離からの自爆覚悟の爆破魔法などを駆使して、ようやく一瞬の隙をつくり、敵の隊列をこじ開けることに成功した。


「てくてく! おい、てくてく!」


 サナトスがてくてくに駆け寄る間にも途切れることなく波状攻撃を仕掛けてくる敵軍に対し、出せる精いっぱいの[爆裂]を連射して侵攻を足止めつつも、てくてくを担いで自陣に戻った。


 てくてくからは温かみが感じられる。鼓動も感じられる。よかった大丈夫だ。



「てくてくをお願いします」


 門前に陣取る救護兵にてくてくを託して最前線に出ようとすると後方から笛の音が。

 弓兵が矢を射る合図の笛だ。


 空気を切り裂く音を立てて矢が頭の上を超えてゆくのと同時に、防護壁を守り下がっていた衛兵たちが堰を切ったように前に出て剣を振りかざす。


 もう矢が届くところまで敵の前進を許してしまったのか。

 あちこちで近接戦闘が始まって乱戦になってしまった。もう[爆裂]は使えない。


 サナトスは剣を担いで打って出た。敵軍が戦闘経験豊富な兵士とは言え、サオやてくてくを相手にすることを思えばそれはそれは楽な相手だった。


 叔父である魔王フランシスコやダフニスのオッサンと比べたらまるで欠伸あくびがでそうな攻撃だ。


 だけどその数に圧倒されてしまう。

 一人を倒すのに3秒かけていると20人倒している間に数千の兵が60秒進んで防護壁に取りついて登ろうとする……。自軍に個々の戦闘力が高い豪傑が何人かいたとしても、数の暴力で街は落とされる。これが砦や要塞だったならそう簡単にはいかないだろうが、ここは普通の一般市民たちの暮らす街を壁で囲っただけだ。梯子をかけて乗り越えられただけで大変な被害を被る。もし敵がビアンカばあちゃんやグレイスの居る屋敷に到達でもしたら……と焦燥感に苛まれる。


 ただ一人として、敵兵に壁を抜かせるわけにはいかない。


 門のほうを見ると、中央の一番攻撃が集中する要衝ではサオとディオネとポリデウケス先生やカロッゾさんたちが頑張って持ちこたえている。


 50の弓兵は全員がこちら側に集まって援護射撃してくれてる。乱戦になってるのはここ、サナトスの与る東側だけのようだ。



「ちくしょう! ここが一番弱いって事かよ!」


 左翼が崩れても他から応援に来られるほど手が余っているわけもない。みんな手一杯なんだ。


「くっそ……抜かれる……」



―― ドグラガッシャァ!


 防護壁にはしごをかけて登ろうとしていた敵が一斉に薙ぎ崩された。

 背後に異変を感じたサナトスは一瞬だけ振り返った。


「なにやってんのよどんくさいわね。近い奴から順番に倒す必要なんてないよ。梯子持ってる奴から倒してりゃちょっとは時間が稼げるでしょ」


 振り向きざまに説教まじりの小言をいうレダ。突然すっ飛んできたと思ったら、言いたい事だけ言ってまた自分の持ち場に戻って行った。



 本当に忙しい女だ……。


 だけど助かった。

 あの栗色の髪……あのとび色の瞳にまた助けられた。


 身長150そこそこのチビのくせに、すばしっこく戦場を駆けて、こんなにも激しい敵の攻撃をかいくぐって、自分の持ち場である西側の戦線を維持しながら、一番遠い場所に居るサナトスが苦戦しているのを見逃さずに、ちょっと手を貸しに来てくれたって事だ。



「はあ、くっそ、強ええなチクショウ」


 敵はどんどん勢いと圧力を増してくる。前線がどんどん下がっいて、いまの主戦場は壁に張り付いて、登ろうとする敵兵を叩き落すことまでやってのけないといけない。


 防衛戦というものは本当に難しい、攻め込まれれば攻め込まれるほどに、どんどんやらなきゃいけないことが増えてくる。ここで少しでも集中力が途切れたら一気に押し込まれる。それだけは絶対にダメだ。


 梯子兵を優先的に倒しつつ、壁上の弓兵とも連携を取りながら東側を守るサナトス。

 とても一人の力で守り切れるような数ではなく、とても仲間の犠牲なく捌ききれるような数でもない。次々と倒れていく衛兵のおじさんたち。守る隊列も崩壊していて、戦線が維持できていない。


 もうダメだ。衛兵たちはほとんど抵抗する力がなくなった。街に撤退させないと全滅してしまう。


「撤退しろ! ここは俺と弓隊で死守するから」


 ケガ人ばかりだ。五体満足で戦えそうな者のほうが少ない。むしろ生きているか死んでいるかもわからない衛兵たちは自力で南門まで戻って撤退することも出来ないでいる。そんな満身創痍の状態なのにまだ戦う意思は折れてはいなかった。


「抜かせ! 子どもにケツ拭いてもらって自分らだけノコノコ帰れるか! 全軍! もうひと頑張りだ。敵の数も減ってる。押し返すぞぉ!」



―― うおおおおおぉぉ!


 士気だけは負けてない。戦おうとする気概はすさまじい。だけど圧倒的な数の差はどうしようもない。

 次から次へと倒されてゆく味方の兵士たちと、壁に取りついたり、横から南門を狙おうとする敵兵。

 サナトスが乱入して守っていた東側はすでに戦線が崩壊している。



「うおおおおぉぉぉ!! 来いやあ!」


 カラ元気も元気という言葉がある。倒しても倒しても、どんどん敵が押し寄せてきて、仲間たちを殺していく。仇を討とうにも誰が仇なのかすら分からない。それほどまでに圧倒的だった。サナトスも個人の力では敵兵などに負けない自信があった。だけどまさか数の差というものがこれほど圧倒的で手に負えないものだとは思っていなかった。


 甘さがあった。

 数の差をひっくり返すだけの切り札がない自分に苛立ちすら覚えた。


 初陣で緊張したのと、あと無駄な力が入りすぎているのだろう、疲労が蓄積してどんどん剣筋も鈍くなっている。普段、サオやディオネたちと鍛錬に付き合ってるときはこれほど短時間で疲労困憊するなんてことは一度もなかった。鍛錬では適度に抜いて動いてたサナトスも実戦では手を抜くなんてこと出来るはずもなく、力み切った筋肉は疲労を呼ぶ。まさかこれほど早く動きが鈍くなるとは誰も考えていなかった。


「ちくしょう、よくも……よくも」

 強化魔法も健在、マナも無尽蔵にある。だけど疲労を隠すことができず肩で息をし始めたサナトス。


 魔人の剣士が疲れたとみて敵軍の一斉攻撃が始まった。


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