08-07 マローニ防衛戦(2)
―― ゴンゴーン!ゴンゴーン!
鐘の音がけたたましく打ち鳴らされている。ひどく力任せに鉄のハンマーで打たれているような、物見兵の焦りが伝わって街中に響き渡る。とても不快な音だ。
「グレイスはここを出たらダメだぞ」
そういってサナトスが部屋を飛び出すと、サオもレダも飛び出していて廊下で鉢合わせとなった。居間からは丁度てくてくが、いつものようにマイペースで『しゃなりしゃなり』と欠伸を隠そうともせず出てきたところだった。
「レダほんと運が悪いわね、なにもこんな時に遊びに来なくたっていいのに」
「ボトランジュのピンチだから遊びに来たんだよ」
「それはアテにしていいってことよね?」
「アリエル兄ちゃんをブン殴ってやるために鍛錬してたんだからね」
「ごめんねレダ、アテにさせてもらうわ。あとで南門のほうに集まって。この音は敵が戦闘準備始めた合図ね、今日は来ないと思ったのに……」
サナトスはチラッと目が合ったのにあえてそれを無視して外へ出ようとするサオの肩を掴んだ。
「剣を。俺にも剣を」
「……ダメ。あなたは防護壁の上から見てなさい。矢に気を付けるのよ」
「ガキ扱いすんなよサオ、俺も戦える! さっきも戦えた」
「ダメです。あなたの両親はそれを望んでないの。だから街壁から外に出ることを禁じます。あなたは戦ってはなりません」
グレイスとカンナが生まれ、勇者アーヴァインに稽古をつけてもらってた時のことを思い出すサオ。自分の力ではまだ勇者には対抗できなかった。それから毎日、旅に出た師匠アリエルたちが帰ってきたとき褒めてもらえるよう、毎日朝夕の鍛錬を続けている。あの頃からするとコツコツ積み重ねてきた分、確かに強くなっているとは思う。しかしまだ師アリエルにも幼馴染であるロザリンドにも遠く及ばない。
そんなサオにすら一本取ったこともないような未熟なサナトスを戦場に出すことはできないのだ。
それにアリエルもロザリンドも、この子が戦わなくていい、平和な未来を望んでいた。残念ながらそうはならなかったけれど、それでもサオには通したい意地がある。
サオは自分の都合をサナトスに押し付けるようにして屋敷を出た。
サナトスの気持ちを察してか、少し残念そうにレダが言う。
「サオ、なんだか変わったわね。昔はあんなじゃなかったのにな」
レダの知るサオはもっとキャピキャピしてて、箸が転げただけでも可笑しくて笑ってるような子だった。いったい何があればこうも印象が変わるのだろうか。
「サオは前から変わってないぞ?」
サナトスには『サオが変わった』という意味が分からないようだ。……レダはサオがずいぶんと前から笑わなくなったのだと知った。
せっかく遠路はるばる遊びに来たって言うのに、王国軍が攻めてきたという最悪なタイミングで、いろんな人に置いてけぼりを食らってしまったレダ。旧友の来訪を喜ぶよりも先に、団体さんをもてなしてやらないといけないのも理解できる。セカが陥落してボトランジュが負けたと聞いてフェアルを飛び出してきたんだ、アリエルたちが旅に出たまま、まだ帰っていないことも知っていた。だからこそ、たとえ戦いに巻き込まれることになってもアリエルたちの帰る家を守るためマローニまでやってきた。
レダは[スケイト]を起動するとサオとてくてくを探して南の方に針路をとった。
一方、サナトスは『屋敷を出るな』ではなく『防護壁の上から見てろ』と言ったサオの真意を推し量れずに困惑していたが、サオはきっと何かを見せたいのだろうと理解し、急ぎ防護壁に向かうことにした。
女や子どもたちはみんな避難したあとのようだ。鎧すら満足に着込めずに剣だけもって走っていく男は南門のほうに向かってる。プレートメイルはひとりで着るのに時間がかかるんだ。
さっき西側で斥候に襲われたから敵は西からくるもんだと思ったけど、そういえばサオはマローニの斥候の目を逃れて南東とか言ってたか。
「くっそ、よく聞いとくんだった」
頭の中で考えを巡らせながら南門までくると衛兵のラクルスさんが詰所から飛び出してきた。
門の付近にはもう大勢の兵たちが集まっていて……イオさんと話してるのはサオとてくてく? レダもいるじゃないか。もしかしてレダも出るのか? レダはボトランジュ人でもないはずなのに……。
「おお、ベルセリウスくん、なんだ丸腰か? 丸腰でこんな危険なところにきちゃダメだぞ。武器なら中にあるのを使っていいからね」
ラクルスさんは父アリエル・ベルセリウスと同学年で同じ中等部の出身。卒業の年の実技大会でアリエル・ベルセリウスたった一人に手も足も出せず負けたという、屈辱の伝説メンバーだったらしい。そのせいか父アリエルのことは苦手なんだと言ってた気がする。
お言葉に甘えてここは体に合った長さのトゥーハンドソードを貸してもらって、サオに言われた通りおとなしく防護壁に上がると50人ぐらいの弓兵たちが慌ただしく戦闘準備をしているところだった。
ここはサナトスにとってけっこうお気に入りの場所だった。
夕焼け空を見ながら緩い風にあたるのにちょうどいい場所だったのに……眼下を見下ろすと、そこには目を疑うような光景があった。マローニからノルドセカに向かう街道を埋めて数えきれないほどの敵兵が幾重にも重なって、剣を抜き、歩調を合わせてこちらに向かっている。
「こ……これぜんぶ敵か」
ゴクリ……息をのむ。
まさかこれほどまでとは思わなかった。さっきの敵は8人だった。8人の敵を倒すのにも一筋縄じゃあ行かなかったというのに、この銀色の波のように押し寄せてくる敵兵たちの迫力に圧倒される。
南門が開くと満足に装備を付けられていない兵士たちも含めて、次々と我先に出て行く。
先頭はイオさんで、ポリデウケス先生と、カロッゾさんたち冒険者もいる。
あれ? 最前線にサオとてくてく、ディオネもいるじゃないか。女なのに大丈夫なのか? 前に出たら危ないんじゃないか? 怪我でもしたらどうするんだ……。あのちっこいのはレダ? まさか。
弓隊の檄が飛んだ。
「諸君! ざっと見たところ敵は2万。我らの矢はかき集めても8千しかない。だが! 矢で8千の兵を倒せばあとは下の連中がどうにかしてくれる。我らはここを守り切るぞ!」
おおおおおおおおおっ!
マローニ防衛に門の外に出ているのは元王国騎士団の面々と、セカ陥落で落ち延びてきた領軍が約3000人にマローニ衛兵500合わせて3500。
でも、敵兵の数は2万って言ってたじゃないか。
マローニ中の矢をかき集めても8000、こっち兵力3500だろ? マズくないか?
波のように押し寄せてくる敵軍から気勢が上がった。横並びで進軍してくる。
強化魔法展開済み。気合も乗ってる。盾を鳴らし威嚇しながら。ものすごい圧力を感じる。敵の数は数倍、こっちは防衛線を抜かれて街に入られたら負けだというのに。
「「「「「 オウオウオウ!! 」」」」」
マローニ防衛に出た者たちも負けじと声を張り上げ、仲間を鼓舞する。
サナトスの目の前、本物の戦争が始まった。
----
最前線では、敵の気勢が上がり、歩調を合わせて進軍してきたものが少しずつ早足になり、最前列では一番槍を放つため、ダッシュで突っ込んでくる。
最前線にいる精霊たちが憎まれ口をたたき合いながら戦意を高揚させる。
「ほらいっぱい敵が来たわよテック、調子が悪そうね? 大丈夫なの?」
「アナタに心配されるようじゃアタシもオシマイなのよ」
「この戦いで死んじゃったらどうせオシマイなんだけど?」
「アナタ本当にムカつくわねアスラ、アナタこそレダを守ってあげないと千年後悔してもし足りないのよ」
てくてくとアスラが軽口を言い合ったのを合図に戦闘の火ぶたは切って落とされ、レダはたった一人で正面右翼の陣に突撃して戦端を開いた。
自分から2万の兵に殴り込んで行くなんて正気の沙汰じゃない。
レダは[スケイト]で滑りながら敵陣深くに入り込むと、土の精霊王の力をいかんなく発揮する。地面から剣山のような岩が突き出し、数えきれないほどの岩が敵兵に向かって飛んで行く。飛礫を嫌って密集隊形を取り、盾で防御ている陣には容赦なく巨大な岩塊が降り注ぎ、押し潰した。
血しぶきが舞い、大地が血に染まる黄昏ゆく戦場で、ひとりの小さなエルフ女性が悪魔と呼ばれた。




