08-05【SVEA】年齢のはなし 【日本】
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ここはマローニの西側に出たあたり。サナトスは謎のチビエルフとともに王国軍の斥候8人組と遭遇戦になっている。
サナトスの友達、アンセムとヘンドリクスは敵の攻撃を受けたわけではなく、サナトスの爆破魔法を近くで起爆されたせいで現在戦闘不能となっている。サオにくれぐれも使用を止められていた爆破魔法をいきなり実践で使ったのだから、威力の加減も難しい。これは味方誤射のようなものだ。
不用意に爆破魔法を使ってしまった事で余計にピンチを呼び込んでしまった感は拭えないサナトスは、このちっこいくせにお姉ちゃん面するこのエルフに向かって『俺をサナちゃんと呼ぶんじゃねえ』なんていう言葉が喉まで出かかったところでゴクリと飲んだ。流れるように敵を倒してしまうこのチビエルフの、その流麗な動きに見とれてしまって言葉も出ない。
サナトスはさっき生まれて初めて自分の全力で人を殴ったが、ただ吹っ飛ばして転がしただけだ。一見しただけで死んだことが分かるほどの破壊は起きなかった。
力でもない、スピードでもなかった。衝撃をロスなく伝える技術というものを初めて見せつけられた。
このチビエルフの使う歩法はおそらくサオが使う歩法と同じものだ。打ち込めば躱され、目の前からいなくなり、死角に入り込む。躱す動作と次に必殺の一撃を加える予備動作を一つにしている、とても理にかなったものだ。このチビエルフは拳士だ。しかも相当腕が立つ。複雑な歩法を省略しているのだろうか、[スケイト]で舞うように、正確に速く、そして強い。
王国軍の斥候は6人までが倒され、いま2対2になり、ようやく彼我の戦力差をわずかばかり理解したらしい。分が悪いと判断した2人はこの女から先に倒すべきと判断したのか、前後に挟む形でフォーメーションを組もうとしたが、そうはさせるまいとサナトスが間に割って入った。もう敵軍斥候に数の優位性はなくなってしまった。あと残っているのは抜剣している優位ぐらいだが、そのようなもの素手で殺せるサナトスとこの女に向かえば優位でも何でもない。
この程度の斥候、抜剣しているとは言え、前後に挟まれたぐらいじゃどうってことないことは分かっている。分かっているけれどサナトスは間に割り込んでしまった。友達2人を抱えたまま。
どうやらこの女、サナトスのことを知っていて、父アリエルのことも、母ロザリンドのことも知ったような口ぶりではあったが……。
さっきの登場と同時に空中から奇襲をかけたシーンを思い出す……。
空から落下がてら一人を倒した鮮烈な登場シーンといい、目にも留まらないほどの三連撃といい、オヤジの下に集まる女に『まとも』な奴なんてひとりも居ないのかと。呆れ果てて溜息が出そうだ。
「サナちゃんあのさー、ふつう友達を担いだまま飛び込んでくる? ……相手2人で1対1なんだからさ、おろしてきたほうがよかったと思うけど?」
「ああっ! そうか!」
担いでた友達二人を足もとに降ろし、首の関節をゴキゴキ鳴らしたり、指をボキボキ鳴らしたりしながら威圧を強めていくサナトス。
「んー? 誰が牛か鹿の獣人だって? 1対1になった途端に大人しくなったじゃねえか!?」」
チンピラばりの睨みを効かせ、脅しをかける。敵の斥候たちは、剣を構えながらも丸腰の二人に押され、じりじりと下がり始めた。
サナトスが『剣を構えてる奴に素手で殴りかかるの怖えぇな』……なんて考えていた矢先の事だった。
―― ガン!
―― ガイン!
横っ面から光の筋を引いて衝突時に金属音を打ち鳴らし、残った二人の斥候はブッ飛ばされた。
飛来したのは盾。
鋼鉄の盾だった。敵に命中してブッ飛ばしたあと即座にサナトスたち4人を守るように展開し、イイイイィィィンと、独特の余韻を残す。
盾から少し遅れて[スケイト]を飛ばし、シュプールを描いた後、エッジを効かせて減速し、くるっとスピンしながら長い髪を振り乱す美麗なエルフ女性が着地した。
サオだ。
「大丈夫? ケガ人は?」
「サオ! ヘンドリクスが斬られた。治療しないと」
友達が襲われ斬られたことを伝えると、すぐさま駆け寄って傷を確認するサオ。
「大きな血管は傷ついてないから大丈夫よ。ホントよくこれだけで済んだわね」
素人目には出血が多いように見えて焦ったけど、この程度はカスリ傷なんだそうだ。
そしてこのえらく強いチビエルフと目が合うと、サオは眉根を寄せて考える仕草をみせた。この女の全身から滲み出る雰囲気、あのフォーマルハウトやてくてくと共通する気配と強者のオーラ。
サオにはすぐに分かった。この女、精霊使いだ。
見覚えのある栗色の髪に、とび色の瞳。エルフにしては珍しい茶系統のカラー。ブルネットの色彩を持つパシテーより少し金髪に近い、この毛色は栗色と表現される。
そして両頬にざっくりと深く刻まれた刀傷……。
「もしかして、レダ?……」
「へへーー。久しぶりだねサオ、兄ちゃんどうしてっかな? と思って」
「いまちょっと留守にしてるけど……って、レダあなた精霊使いになったの?」
「うん。アリエル兄ちゃんトコ行くって言ったらアスラついてきちゃった」
「とにかくここじゃなんだから、マローニに急ぎましょ。サナトス、友達は? 動ける?」
アンセムはヨロヨロと立ち上がって答えた。
「あ、はいい……何とか自分で帰れます」
「ヘンドリクスは? 大丈夫か?」
「ああ、まだ死なないよ。……途中から見てたんだけどさ」
「ん」
「女って怖えな」
「ん」
「聞こえてるよ?」
「ひぃっ」
レダに脅かされ青ざめたヘンドリクスに、サナトスが更なる追い打ちをかけた。
「なあヘンドリクス、おまえまだカンナ狙う?」
「え?」
「たぶんカンナも同じぐらい怖ええぞ?」
「……」
女たちの強さと、そして自分の弱さに歯噛みし、浮かない表情のサナトス。
もう敵はマローニまで到達してるというのに、今さら鍛錬不足を後悔するなんて、自分のバカさ加減がいやになる。
サナトスは目に焼き付いたシーンを回想する。あの女、レダって言ったか。……そういえば、どこかで聞いた名だ。アリエル兄ちゃんって言ってた、こんな大変なことになってるのに、出て行ったまま帰らないクソ親父の知り合いなのは間違いない。
サナトスは忘れられなくなっていた。いま見たものの美しさに目を奪われた。流れるように無駄のない動きで相手の懐に滑り込み、その打撃を、衝撃を相手に叩き込み、無駄なく伝えるその様を。自分がいつもサオと立ち会って届かない動きが、さらに洗練され、流麗で無駄のないものとして目の前にあった。
サナトス自身、何度挑んでも打ち倒されたサオの使う拳闘術とおそらく同じ流派なのだろう。動きや足運びなど似ているところが多い。だがその動きの無駄のなさには目を見張るものがある。なんと美しい動きか。人は鍛錬でここまで到達できるものなのか。見た目は相当若く見えるというのに。
でもあれ、サオよりも熟練度が高いってことは、だいぶトシはイッてるはずだ。……と、少し失礼なことを考えた。
自分も毎日を怠惰にプラプラ過ごさず、真剣に鍛錬を続けていればここまでの境地に至れたかは自信のないところだけど……。いや、無理だと思った。
そんなことはもうどうだっていい。
サナトスはいま、例えようのないドキドキ感に苛まれていた。
強くて怖いレダという女、ちっこくてなんだか可愛い。
30センチの身長差で、頭のてっぺん、つむじから見下ろしながら無意識のうち『つい』手が出てしまい、なんとなくレダの頭を撫でてみるサナトス。
こんなに小さく、筋肉質でもないこのエルフ女のどこを押せばあんな恐ろしい力が出るんだろう?
「うん、低いな。ちびっこだ。髪も柔らかい」
「なあっ! なにを……」
「いや、えっと、レダさんトシいくつ?」
「はあ? 低い? レディーに年聞くの? 頭に手を乗せるのも失礼なんだからね」
「レディー? そか、でも50ぐらいイッてる?」
「半分もイッてないわよ。私はまだ23! まだ23なの。まだ」
23! と何度も強調してみせるレダに、サオが反応した。笑ってるようで笑ってない。こめかみに欠陥が浮き出てる気がする。
「またレダにケンカ売られた気がしたけど気のせいかな? なんかトゲが刺さるんだけど」
レダのトシは聞き出せたけど、その話題がサオに行くのはヤブヘビだろ……。
レダはにーっと笑いながら、サオに聞いてはいけないことを聞いた。
「サオはいくつなのさ? 私よりも7つ8つは上だったわよね?」
「女は軽々しく自分のトシ言っちゃダメ」
「サオは30だぞ」
「まだイッってないわよ、私はまだ29!、いい? 29と30では天と地ほどの違いがあるの、そこんとこ間違えたら命を落とすかもしれないわ」
「フォローしたんだよ。50よりだいぶ下の数言ったし、たった1つ違っただけでそんだけかよ」
「そうねレダ、いいこと思いついたわ。明日二人でサナトスを鍛えてあげましょう」
「乗った。さすがサオ、兄ちゃんの弟子だね」
「トシ聞いただけでシゴキかよ……、アンセム、ヘンドリクス、お前らも付き合うか? 鍛えてくれるってよ?」
「……いたたたた、俺さっき剣で斬られて死にそうなんだ……この傷がなければなあ」
「カリストさんに頼めば夕方には傷もなくなるぞ?」
「俺は鼓膜から脳にダメージが……すまんサナトス、付き合ってやりたいが無理だ」
「マジかよ」
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一方、こちらはスヴェアベルムとは遠く離れた異世界、アルカディアの日本、戦火の広がるスヴェアベルムにあって息子サナトスの苦境などつゆ知らず、H市にある海浜公園から防潮堤を越えた先、テトラポッドの上で4人の男女が平和な日本を満喫しながら、いまキュベレーのことを話せと言われて、深月はどうしたものかと考えている。
キュベレーほど人知を超えた存在のことをどう説明すればいいのか。
美月とパシテーが視線をそらさずにじっとこっちを見ている。あれは期待している目だ。いま話せって事なんだろうけど、うまく説明する自信がない。
キュベレーはベルフェゴールの育ての親みたいな感じだったし、そういえば言えば絶対マザコンマザコン言われるだろうし……。
「また今度話すよ」
「なにそよそれ」
「まあいいわ、どうせあなたたち揃いも揃って……こともあろうにあのクロノスに負けて、アッサリ殺されてきたってコトなんだろうしさ」
「記憶さえあれば俺勝ってたし!」
「まさかいきなりパッと現れるとは……」
「面目ないの……」
「本当にどうしようもない人たち。私が居たらそう簡単にはやらせなかったのに……。常盤とパシテー、あなたたち二人はちょっと鍛えてやらないとね。足引っ張ったら許さないから」
「あなただって負けたからここにいるんでしょうが」
「クロノスは卑怯なのよ。まず私を狙って傷つけるとベルは戦いどころじゃなくなるからね、それを知ってるから多人数で私から狙うの。後ろからね。ベルは死んでも絶対に私を庇うってことをクロノスは知ってるから。何度同じパターンで負けてもこの人は同じ負け方を繰り返す。なんというか……つくづくアホなのよ」
「柊って治癒魔法の使い手なのよね?」
「他人ならいくらでも。でも私の傷を癒せるのはこの人のヒーリングだけ。他の誰の治癒魔法も私は受け付けないのよね……」
「兄さま、私、本を読んだの。兄さまとジュノーがクロノスとイシターに倒される話。そんなのジュノーを前に出したら負けるに決まってるの」
「そうだな。あれは完全に俺の傲りだな、俺は自分が強いと勘違いしてイイ気になってたのかもしれない。帝国国境の街で突っ込まずに下がっていれば、ああも簡単にやられることはなかった。それにクロノスがいると知ってたら絶対に引き返してたしな」
「私たち3人で勝てたと思う?」
「正直、難しいな。クロノスはあれでスヴェアベルムを代表するような英雄だし」
「あー、ダメダメ。この人はイノシシ。自分が考えた作戦がうまくいかなければ突っ込んでボッカンすりゃいいと思ってるんだから……あーでも迂闊だったなあ。まさか常盤ともどもスヴェアに帰ってるなんて思わなかった。私メインヒロイン失格だわ」
「マジか。メインヒロインはジュノーだったのか?」
「当たり前よ。私が一番いい女なんだから。返事してくれないと拗ねるわよ。なにしろ50年も私を愛してくれてないんだからね、毎日泣いてたわよ、ほら、早く言ってよー、ジュノーおまえがいちばん可愛いって」
「あなたそれで50過ぎ?」
「なに? もしかしてババアだって言いたいの? 紛れもなく同い年だし。常盤、あなたもね」
そう、同い年だ。キュベレーの呪いはベルフェゴール、ゾフィー、ジュノーという3つの命を繋げて不死にした。なんだかんだで2万年近くもの間、生きたり死んだりを繰り返しちゃいるが、いま12歳だというジュノーの言葉に嘘はない。
3人の命はベルフェゴールを中心に繋がっている。だから転生して生まれるときは同じ世代で、同じ世界に転生するようにと、命を共有する形になった。
3人のうち誰か一人だけが死んだとしても、次もまた同じ時代に転生できるように。
ジュノーが死んでも、ベルフェゴール(アリエル)は死なない。
ベルフェゴール(アリエル)が死んで次また転生するとき、同じ世代で転生してくる。
ゾフィーが死んでも同じ。ただ、先にベルフェゴール(アリエル)が死んだら、ゾフィーもジュノーもおよそ10日以内に死んで、またベルフェゴール(アリエル)と同じ時代に生まれてくる。
だいたい同じトシに生まれ、再会を経て、恋をして、また結ばれて、永遠に繰り返す呪い。
ただの不老不死では感動も薄れ、すぐ生きることに飽きてしまうというのは他ならぬ悠久の時を生きたキュベレーの談話だった。
一つの生ごとに、両親の愛に育まれ、成長を積み重ねて出会いから始まる物語をキュベレーは思い描き、そして愛する家族に呪いをかけた。
深月たちは呪いの上に生を受けて立っている。
ジュノーは深月がうまく説明できないことをかいつまんで説明した。
「繋がってるのよ。命も共有してるの。当然、ゾフィーも命を共有してるはずなんだけど、この人が死んでもゾフィーが転生しない。……ちょっと写真見せて。……ほら、写真をみた限りではその棺っぽいのはミスリルでできてる。魔法陣が多重起動してるのもミスリルじゃないと無理な芸当。つまりこれは何らかの神器である可能性が高い」
「俺たちを殺してしまったら、どこかに転生して生まれてくるってことを敵さんも承知だから、ゾフィーはつながりを遮断しながら死なないように生かし続けられてるってことか……」
「そうね、ゾフィーが居てくれたらクロノスなんかには負けないだろうけど、サナトスって子はあの卑怯者クロノスの手の内に居るって事でしょ? 心配だわ。その帝国とやらの次の転移は? 4年後だっけ?」
「ああ、4年後には帰る」
「目星はついてるの?」
「5年に一度、召喚魔法とやらでH市と隣のS市の狭い楕円の範囲に転移門が開くことは分かってるんだが……」
「狭い楕円の範囲ってどれぐらい?」
「5キロぐらい」
「50メートルにまで絞ってくれないと確実とは言えない。あと日時は?」
「50メートルかぁ、わかった善処する。日時もハッキリしたことは分からないけど6月だ。召喚でスヴェアベルムに連れて行かれた奴らはみんな6月に召喚されてる。『召喚の儀』というのがあるらしい」
「らしい? ハッキリ聞いてないの?」
「召喚でスヴェアベルムに連れて行かれると俺たちとは敵対する陣営に入ってしまうんだってば」
「敵対する陣営って?」
「アシュガルド帝国っていうんだけど」
「知らないわね、新興国? どのあたりにあるの?」
「昔で言うところのソスピタ王国があったところなんだけど……ジュノーは関係ないよ?」
「ソスピタの末裔がわたしのベルを傷つけたってことよね? 許さないから。でも敵対する陣営があるってことは、味方する陣営もあるってこと?」
「まあ、ないわけではない」
「へえ、あなたに味方が? スヴェアベルム人があなたの味方に?」
「そうだよ。確かに俺はいつも周り全部敵だったが、前回はちゃんと……」
「いいわ。すっごくいい。あなたの味方をするってあたりが気に入ったわ。スヴェアベルム人にも見所あるやつっているのね。それに引き換えソスピタは……」
ソスピタはジュノーの生まれ故郷だ。現代で言うアシュガルド帝国があったところに、かつてソスピタ王国というスヴェアベルムでも有力な大国があった。
「言いにくいけど、まあ、残念としか言いようがない。いまはもう滅んでしまったみたいだ」
「ふうん、いい気味ね」
ジュノーは少し寂しそうに、そんな強がりをいった。




