08-04【日本】 黄昏の邂逅
08-03 【SVEA】運命の邂逅 と時間軸がほぼ同じという設定です。
こちら日本にいる深月たちです。
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前世のまた前世、前に嵯峨野深月だった時の記憶をたどってたどって、いまこの海浜公園の工事をしている海辺の消波ブロックに座って風を受け、夕焼け空を見ながら人を待っている。
ここで夕焼けを見て暗くなったら帰る……を繰り返して10日ぐらいたった頃のこと、懐かしい気配が近づいてくるのを感じた。このスピードは自転車だろうか。
海岸沿いをすいーっと近づいてくるその気配は、すぐ近くの防潮堤を上がる階段下あたりで停止し、逸るように階段を駆け上がってはテトラポッドを慣れた足取りで飛び渡ってくる足音へと変わった。
深月に近付いてきたと思うと、後ろからとても優しそうな声で、はつらつとした挨拶が聞こえた。
「こんにちは」
深月が満を持して振り返ると、清潔感溢れるモノトーンに統一されたシックなファッションに身を包んだ眼鏡の美少女がスカートを押さえて膝を曲げた低い姿勢で立っていた。
美少女は肩越しに振り返った深月を見てほっと一息つき、安堵感に包まれたような表情で話した。
「気持ちのいい風ですね、このまま星が出るまで空を眺めますか?」
「そうだね。ただいま。ジュノー」
眼鏡の美少女は『ジュノー』と声を掛けられ、少し困惑したが、肩をすぼめて『ふう』とため息をついた。
「よかった。隣、いい?」
「いいけどさ、その背中に隠してるモノは預かっていいか?」
柊芹香が来たことを確認した美月とパシテーの二人も、ふわりとテトラポッドの上に降り立った。
「うっわー、わたしモーニングスターって初めてみたわ……まさかそれで記憶を消してたの? 記憶を消す魔法とかじゃなく?」
「痛そうなの」
「……」
何かを言いかけて言葉を飲み込んだモノトーンの美少女は、この場に居る全員の顔を交互に見直して、特に美月を二度見、三度見して訝った。
「もしかして……あなた常盤?」
「へへー、そう。見違えた? もうチビって言わせないからね」
「あなた私にチビって言われたことそんなに根に持ってたの?」
「まだ言われてないからね!」
「あ、そっか。でもなんで常盤に前世の記憶あるの? で私ってば待ち伏せされてたってことよね? えっと、こちらの外人さんは? 初対面よね?」
ぺこり。とスカートのプリーツをつまんで会釈するパシテーと、挑戦的な眼差しの美月が柊芹香と再会の挨拶を交わす。
「久しぶりね。柊」
「ねえベルぅ~、私すっごい不機嫌なんですけど! ……なんで常盤なんかと一緒なの? なに? やる気? 強化魔法なんか張っちゃってさ、常盤のくせに生意気。なんで魔法を使えるのか詳しく説明してもらいますからね。あとこっちの可愛い外人さん誰!?」
美月の顔を見た瞬間、口で言うよりも露骨に不満を表現してみせる芹香。
もちろん強化魔法と防御魔法を展開済みなことはジュノーの目をごまかすことなんてできないし、たぶんパシテーのマナが人族のものと違うってことも、瘴気が混ざってることも、もうバレてる。
どう説明すればいいのかなんてことはもうこれまで12年間考えに考え抜いて、答えが出ずに、実際ジュノーの顔を見ながら出たとこ勝負しかないと思っていた深月だ。考えることをやめた男にスッとあらかじめ用意していたような言葉が出る訳もない。
さてどうしたものかと思案しているところ、先に口火を切ったのは美月だった。
「ねえ柊、待たせて悪かった。やっとあなたと向き合う決心が付いたよ」
「へえ……どういう風の吹き回し? 私から逃げてばかりだったくせに……」
「もう逃げないよ。必要とあらば戦う! 私は深月の記憶を消さないで欲しいだけ」
「はあ? 断るって言ったら?」
「私の存在を賭けて記憶を消させない」
「あなたの存在ごと消してやろうかしらね……」
「もう! 二人ともそんなこと言わずに話し合いをするの」
もともと悪かった空気が一気に凍り付くようなことを言い出した美月。
二人の怪獣の間に割り込むパシテー。知らぬが仏だ。本当にものを知らないにも程がある。
深月でもこの二人の間に入ろうなんて思わないのに……。
いつ芹香の怒りが爆発するかと思ってビクビクしたけれど、その返答は至って冷静なものだった。
「ふうん、じゃあ質問を三つ。いい?」
「いいわよ。答えられることならばいくらでも」
「じゃあ……一つ目、なんで私がこの人の記憶を消してるって思ったの?」
その問いにはパシテーが答えた。
「ゾフィーに聞いたの。ジュノーのドジって言ってたの」
確かにゾフィーがそんなこと言ってたとき傍らで聞いてたのはロザリンドじゃなくてパシテーだった。
ジュノーはドジと言われたのがショックだったのだろう、キッとパシテーを睨みつけた。
「なっ、ドジですって! く~っ、腹立つわね……で、私のことをドジだなんて言ったゾフィーは今どこに居るの?」
「わからないの」
「ジュノー、それはまた後で説明するから……」
「ふうん。まあいいわ、じゃあ質問二つ目、あなたたちには関係ないと思うんだけど、なんで存在を賭けてまで私の邪魔をしようというの? 私からこのひとを奪う気? なら本気でこの世界から永遠に退場してもらうけど?」
「忘れられるなんてイヤ! 深月は私の夫。ずっと覚えててほしいからに決まってんじゃん」
ジュノーの肩から湧き上がるような変な色のオーラが見えた気がした。さぞ不機嫌になるだろうと思っていたが、実はそれほどではなくいつもより慎重に言葉を選んでいるようにすら思えた。
「三つ目の答えは今聞いたわ。ねえベル、確認するけど、私の知らない間に常盤と結婚したの?」
「ああ」
「どこで?」
「俺たちは前世スヴェアベルムに生まれたんだ」
「ええっ? スヴェアに戻れたの? ここから出て?」
「ああ、それもまたあとで説明する」
「ふうん……でも私に無断で結婚するなんて無効よね」
「でもなジュノー、お前のことも覚えてなかったんだから仕方ないだろ」
「仕方ない? あなたいま仕方ないって言った?」
「いや違う、すまん。記憶がなかったとはいえ美月はもう俺の妻になったし、パシテーは俺の婚約者で母親の許しも得た。認めてほしい」
「あーん失敗したー。あなた前世は生まれてこなくてさ、必死で探して探して、やっと会えたと思ったらさ、よりによって常盤がくっ付いてるしさ、ねえベル、わたし泣きそうなんだけど?」
「なあジュノー……」
「ねえベル、先にあなたに確認するけど……、本気なの? 常盤を妻にするの?」
「本気だ」
「私たちの戦いに巻き込むことになるわよ? きっと後悔する」
「もう巻き込んだ」
「無責任なひと……。ところで、なんで常盤に前世の記憶があるの? なんかゾフィーよりデカいし……。えっとこっちの外人さん、パシテーって言ったっけ? この子も妻に娶る気? マナの感じからみてこの子エルフ混ざってるわよね? どうやってこの世界に連れてきたの?」
「はい、私は嵐山アルベルティーナ。パシテーでいいの」
「二人も増えた……ベルの浮気者が私の知らないところで二人も女つくってた……」
ジュノーは混乱しているのだろう、この世の終わりのような表情で絶望を表現した。
ちなみに嵐山アルベルティーナをどう捻ればパシテーになるのかというツッコミがないのは寂しいけど、いまのところジュノーの怒りが爆発することもなく冷静に事が運んでいるように見える。でもジュノーらしくない。がっくりと肩を落として脱力している。
「じゃあベル……あなたは私の機嫌をとること。三日三晩私を抱いてくれること。いい?」
「わかった」
「わかりました。以後あなたは黙ってて。ここから先は口出し無用、わかったわね」
「ああ、認めてくれてありがとう、あとはジュノーに任せる」
ジュノーは美月とパシテーの顔を交互に見ながら言った。
「ねえ常盤、あなたこのひとの事どう思ってるの? 本当に愛してるの?」
「うん。心の底から」
「私は3番で常盤、あなたは4番になるから、あなたは私の下になって、序列は何があっても変わらない。下剋上とかいう単語が好きそうなあなたにはつまらないかもしれないわよ? そうね、ある時は私が姉であなたは妹、ある時は私が親分であなたは子分みたいな関係になるけど、それでもいいの? もうケンカできないわよ? 人生がつまんなくなる」
ジュノーがつまんなくなるって言った! やっぱりだ、美月とのケンカを楽しんでたんだ……。
「ケンカぐらいできるでしょ?」
「わたしに楯突いたら手加減しないわよ?」
「望むところだわ」
「ふふふ……いい度胸してるわね……。わかりました。私はベルフェゴール3番目の妻でジュノー・カーリナ・ソスピタです。普通にジュノーって呼んでくれたらいいわ。1番のゾフィーと2番のキュベレーが不在なので、私ジュノーが常盤、あなたをベルフェゴール4番目の妻となることを認めます。なんか文句ある?」
「ありがとう。受け入れてもらえるなら文句なんてないよ」
「ぐれぐれも言っておくけど私の方が上だから、そこんとこ絶対に忘れないでよね。そこ忘れて私に偉そうなこと言ったら毎日毎晩、昼夜の区別なく泣かしてやるから。いい? 私に無断でこのひととイチャつくの禁止。私に無断でこのひとに触れるのも禁止だからね」
「えええっ? 触れるのにも許可が必要なの?」
「必要なの! 当り前よ。私なんかベルに触れてほしくてくっついてるだけなのにさ、くっつくたびにゾフィーが邪魔するのよ? 離れろって! いうこと聞けって! それで言うこと聞かなければ思いっきりぶん殴られるしさ……グーでよ! グーで殴るんだからね! どんだけ痛いか……あの暴力女、重機みたいな腕で私を殴るの! ねえベルぅ~ゾフィーに頭ドツかれたの思い出した! 痛かったの。撫でて!」
開いた口が塞がらず、あんぐり口から魂が出そうなほど呆れてる美月の傍ら、ジュノーの頭を撫でながら深月は続きを促した。
「ジュノー、いまはその話おいといて、パシテーのほうも認めてやってほしいのだが……」
「私この子のことよく知らないんだけど?」
「前世で婚約までしてたし、お母さんには許しをもらってるんだ」
「ふうん、で、やったの?」
……。
……。
言葉を失った深月に対し、柊は更に追い打ちをかける。
ちなみにこの場にいるのは全員小学6年生だ。
「ねえ、私は許してないんだけど、この子とも、やったの?」
「はい、やりました」
ジュノーは少し涙目になりつつ、悔しそうな表情を浮かべた。
深月にあたまを撫でてもらいながら名残惜しそうに、今度はパシテーに向き合う。
「そうね、わかった。……パシテー? あなたもなの? あなたもこのひとのことが好きなの?」
「うん、私は兄さまと約束したの。どこまでも一緒に連れて行ってくれるって」
「それでこんな日本までついてきたの? それって死んだって事でしょ? アホじゃないの?」
「そう言われると何も言えないの……」
「もう一度考えることをおススメするわ。この人ちょっと目を離しただけで爆発するし、女を2人も連れてきて嫁にするとか勝手な男なのよ? それにハーレムに入るってことはあなた5番目。序列は一番下。ガサツな常盤の下になると苦労するわよ? ゾフィーが戻ったら常盤よりもっとガサツな女がトップに君臨するけどそれでもいいの? あとで後悔しても知らないわよ。これは最初で最後の確認」
「うん、後悔なんて絶対しないの」
「本当に?」
「うん!」
「本当に本当? 常盤の下よ? 私が常盤をパシリに使ったら、それそのままあなたに命令が下ることになるんだけど、本当に後悔しない?」
「どうせすぐ6番目もできるの。そしたら私がそいつをパシリに使えばいいだけなの」
「はあ?」
ジュノーはものすっごく不機嫌そうな視線を深月に向けたあと、パシテーに向き合った。
その表情はとても気の毒そうに見えた。
「仕方ない……じゃあ簡易的になって申し訳ないけど、パシテーあなたをベルフェゴール5番目の妻となることを私、ジュノーが認めます。あなたのことを知りたいから、たくさん話しましょう、よろしくね」
「わあっ! ありがとうなのジュノー。スヴェアベルムでは結婚するとき女神ジュノーの前で永遠の愛を誓うの」
「はあ? 女神って何? なにそれ? 私知らないんですけど?」
「ああ、ジュノー。これもまたあとで説明する。美月とパシテーを受け入れてくれてありがとうな」
「前世で結婚までして、異世界にまでついてきたのに受け入れるしかないじゃないの! あーあ、私がついてたらこんな事にはならなかったのにさ、ほんと、ちょっと目を離したらこれだ……。で、6番目って誰?」
その問いに答えたのは美月だった。
「あっちに残してきたこの人の弟子。この女ったらしはあちこちに女いると思うけど、私が知ってるのはそれだけかな」
「弟子? 何の弟子?」
「魔法の弟子ね、サオって子なんだけど、エルフでさ、可愛いんだよね……」
「あなたのガバガバ魔法に弟子!? でもまあ、エルフっていうならきっと可愛がってるんでしょうね」
「そうなの! 兄さまはエルフ大好きなの。ロザリンドもエルフ混ざってたし、私もクォーターだったし、エルフと聞いたら見境がないの」
「常盤は日本にいたころからエルフ混ざってたわよ?」
「ええっ? なんで? わたし日本人だし、エルフ違うし……」
「あらそうなの? じゃあ父親にでも聞いてみるといいわ。深月もエルフに生まれたことあったからね」
「兄さまのエルフ好きの秘密が明らかになったの。じゃあ2番目のキュベレーってひとはエルフなの?」
「それ! キュベレーって誰なの? 初めて聞いたかも。わたしジュノーが2番だと思ってた」
「んと、キュベレーは私たちに不死の呪いをかけて死んだわ。ベルに聞けばいい。あなたたちももう無関係じゃいられないだろうし、もしかするとまた戦いになるかもしれないんだけど、さっきもう巻き込んだって言ったよね? どういうこと?」
アリエルは頭をバリバリと掻いて話をごまかそうとしたが、芹香はそれを許さなかった。
美月がこの世界に転生することは分かっていても、もともとスヴェアベルム人であるパシテーが『嵐山アルベルティーナ』という名を得て日本に転生してきたのがおかしいと言う。
パシテーがこの世界に生まれてくると言うことは、父親も母親もここに存在すると言うことだ。
事情をよくわかってない美月とパシテーが眉根を寄せる。
「それって、そんなにおかしいことなの?」
「この世界は私たちを閉じ込めておくための牢獄なのよ、だからこのひとが死んだら、それをスイッチとして世界の時間が巻き戻って、またゼロからスタートになる。私たちはここでもう、200回以上も転生を繰り返してるのよ。覚えてないでしょうけど常盤、あなたも同じだけ人生を繰り返したの」
「マジで? じゃあなに? どうせ私のものになるとか言ってたのは?」
「は? なにそれ」
「あなたが言ったのよ。私に」
「あー、そういえば。そんなことよく覚えてるわね、そうよ。このひと記憶があるときは私一筋だったけど、記憶を消すようになってから常盤、あなたが割り込むようになったの。でもそれ以来ずーっとだね、ベルの取り合いをして、いつも私が勝ってたわ」
もちろん常盤美月とのケンカを楽しんでいたというのも絶対ある!
「自信たっぷりなわけだ……」
「フン、当り前のこと今更聞かないでくれるかな。話を戻すわよ……って、うーん、難しいな。どう説明すればいいのかしらね? 早い話がパシテーがこの世界に転生するために、私たちを閉じ込めておきたい奴らは、パシテーの両親を用意する必要があるの。じゃあ誰がそれを申請したの? 誰がパシテーの両親を用意したの? 私はそれがおかしいと言ってるの」
美月は深いため息をついた。地球丸ごと一つを牢獄にしなくちゃいけないなんて、いったいどんな悪いことをしたのかというのは言わずもがな、何となくわかったのだが……。
パシテーはアリエル・ベルセリウスだった男が、神話に語られる破壊神アシュタロスであることを理解していたので、それも納得といった表情だ。
ジュノーも分からないことだらけで話の整合性をつけたいという。
「で、ちょっと分からないことがあるんだけど聞いていい?」
「いいよ。なんでも」
「あなたの誕生日を教えて」
「実は3人とも同じ誕生日なんだが、11月7日」
ジュノーは少し斜に構えて呆れたような口調になった。
「はあ? 3人して同じ日に死んだってこと? じゃあ何歳で死んだの?」
「俺と美月は20歳で、パシテーは26歳だっけか」
「ベルと常盤は20歳で死んだ。間違いないのね?」
「間違いないけど、どうかしたのか?」
「前世、日本には嵯峨野深月も、常盤美月も生まれてこなかったの。私ほんと焦ってさ、繋がりが切れたかもしれないと思って毎日探し続けたよ。でも20歳の時この世界が終わった。また新しく作り変えられたの。それはベルが死んだことを意味するわ。ということは、アルカディアとスヴェアベルムの時間の流れにほとんど差はないってことね」
「なるほどなの! ということは私たちみんな12年行方不明になっているの」
12年……ロザリンドの表情が曇る。
そう、スヴェアベルムでも同じく12年たってるとしたら、サナトスは15になってる。中等部を卒業して酒も飲めるトシだ。子どもの人格を形成する大切な時期に12年も顔すら見せていない親なんて忘れられて当然なのだけど、それでも親にしてみれば心配以外の何物でもない。
柊は美月の表情が曇ったのを横目でチラと流しながら話をすすめた。
「で、ひとつ質問があるんだけど、ベルって強いのよ? 本気を出したら世界が滅ぶぐらい強くって、そう簡単に殺されるなんて考えられないんだけど……。いったい何があったの?」
パシテーは先に死んだのでアリエルとロザリンドがどうやって死んだのかは知らない。聞きたい話だったけど、二人が頑なにその話をしたがらなかったので、何となくタブーな気がして聞き出せなかった。
その疑問には美月が答えた。
「パシテーが落とされたあと、敵の勇者たちを全員倒したと思ったら……アリエルのうしろに男がいきなり現れて……剣をこう構えて、背中を狙っていたの。あまりに咄嗟のことでさ、わたしはアリエルを突き飛ばすことしかできなくて……」
「勇者? なんだろそれ。でも分かった、それ転移魔法ね。時空魔法の使い手がいたの? で、相手は?」
……。
「深月? 誰にやられたの?」
……。
深月は聞こえてないフリでヨソ見を決め込んだ。
ジュノーはそんな深月を見て、少し達観したように説明を始める。
「言わないわけ? まあいいわ、転移魔法を使っていきなり目の前にパッと現れるようなやつ、私の知る限りでは二人しかいないわ。うち一人はゾフィーだけど、ゾフィーは人の後ろに転移してこっそり剣を突き刺すなんて卑怯なことしないし、あなたの敵になる訳がない。あなたには敵が多いけど、中でも時空魔法を瞬間移動レベルで使える奴なんて一人しかいない。しかも後ろからじゃないと女も殺せない? そんな奴、クロノスしかいないと思うんだけど?」
「まあ、そうだ。うん」
「クロノスがあなたを傷つけたってことね、許せないわ。イシターは? あのクソ女はどうしてたの?」
「え? そういえば居なかったな……。クロノスの女だよな? たしか夫婦だったはずだが……」
「別れたのかな! やった! あのクソ女、ザマアないわ。あの二人が別行動してるなら好都合。別々にだけど二人とも念入りに殺してやりましょうか……。だけどあのクソ女いないのに、そう簡単に殺される? クロノスだけならどうとでも戦えるよね」
「記憶があったら俺勝ってたし! てか、なんで俺の記憶を消す必要があったんだ? ゾフィーが記憶を消すように言ったって聞いたけど?」
「それ、私も聞きたいわ」
「私もなの」
ロザリンドとパシテーは負けた戦いのことを話したくないらしい。もちろん深月も同じ、クロノスのことはいったん棚の上にあげておいて話題がゾフィーのことになってくれると嬉しい。
「えーっと4000年ぐらい前ね、ある日、ゾフィーのアストラル体が現れて、私に記憶を消すように言ったの。記憶なんて消せないって言ったら『私のゲンコツでならジュノーの記憶も消せるわ』なんて言うのよ? だから試行錯誤しながら何度も頭を吹っ飛ばしたり治癒させたりを繰り返して、記憶のみを飛ばす技術を開発したの。ちなみにこれは私のオリジナル」
「ひどい……。俺の頭を何度吹っ飛ばしたんだ! 覚えてないけど、覚えてないんだけど! 何度も何度も頭吹っ飛ばしたことをカミングアウトされた……これってDVだろ? 虐待に近くないか?」
「姉さま、ジュノー怖いの」
「ね? 私の言った通りでしょ? でもまだ想定内だから大丈夫。けどさ、私が聞きたいのは『なぜ』ゾフィーはこのひとの記憶を消してほしかったのか?ってことなんだけど」
「人聞きの悪いことを言わないで。だって記憶を消さないとこの人は何千年もゾフィーを探し続けるのよ?『ゾフィーも絶対に転生していて俺たちを探してるはずだ』って絶対に諦めもしないの。愛想尽かされて逃げられたとは思わないのよね、このひと」
「ずっと? 何千年も?」
「そうよ、ホントしつこいのよ。でもさ、考えてみたらさ、もし私が居なくなったとしても、きっと何千年かけても探してくれる。こんな人だから私は安心して転生できる。でもなぜかしらね? 記憶は消しても消しても、少しずつ思い出す。脳を完全に破壊してるのによ? わけわかんないわ」
「姉さま、やっぱ怖いの……」
「大丈夫。まだ想定内」
「以後、記憶消すの禁止な!。ゾフィーの言いつけでもダメ。分かったな」
「分かってる。記憶なくしたまま転生した地点が離れて私の目が届かないところに行ってしまったらまた女増えそうだし、ほんともうこれ以上は絶対にダメだからね」
「わかった、なんかすまん……」
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女が3人寄ると姦しいという漢字の通り、女たちは姦しく話を続けていた。
深月はもうハミ出し者の気分を味わうこととなった。
会話内容はジュノーの故郷、スヴェアベルムのことがメインで、パシテーは現代日本に転生してきたという、深月たちとは違って逆異世界転生者だ。中世から近世ヨーロッパのような文明レベルだったスヴェアベルからすると全てが魔法のように見えるといって、興奮気味に話しているのが印象的だった。
正直言って、現代建築の超高層ビルや東京スカイツリーのような塔の建築を語るパシテーにはさすがのジュノーも引き気味だった。
深月は、会話内容がゾフィーの作った転移魔法陣になったのを見計らって、会話に割り込むことにした。このまま放っておくとゾフィーの話ができない。
「ジュノー、ちょっといいか?」
呼ぶとジュノーは話を中断して深月を見た。3人の視線を集める。
「ゾフィーの手がかりを見つけたんだ」
「え? スヴェアに居たの?」
「違う、さっきアストラル体と話したって言ったろ? 俺たちもゾフィーのアストラル体と会ってる」
「スヴェアにも表れたのね、ほんと何でもありね……ところでどんな話をしたの?」
「無限回廊に囚われてるって。一緒に死ねなくてごめんって言ってた。つまりゾフィーが転生してこないのは、まだ生きてるからだ」
ジュノーの表情が険しくなり、目がすわった。
「無限回廊? なにそれ。ほんと分かんないわ、でも……あれからどれだけ時間が経ってると思ってるの? 軽く1万6000年以上たってるわよ? エルフの長老でも1000年とか2000年で自然死するし、いくらゾフィーがデタラメでも寿命からは逃れられないと思うのだけど」
「俺もそう思ってた。でだ。ちょっとこれを見てくれ」
深月が芹香に見せたのは1枚の写真だった。暗闇の中に懐中電灯の光で照らし出されたような金属製の細長いロッカーのような箱が写ってて、その箱には厳重に鎖が巻かれている上に、魔法陣が多重に起動しているようにも見え、そしてその箱の下の部分から血のような赤い液体が漏れ出しているのがはっきりと写っていた。
ジュノーは写真を手にとってまじまじと観察する。
「…… ? 魔法陣が立ち上がってるわね……。見たところ封印の魔法陣、かな? この金属の箱を開けられないように魔法でロックをかけているのね、しかも厳重に多重起動してる……ふうん、で、これが? どうかしたの? 」
「説明すると長くなるけど……端的に言うとだな、えっと。俺が荷物入れに使っていた転移魔法なんだけど、入れたものを出したら血がついてたんだ。えっと、この辺にな。だいたい俺は整理整頓していて、こういう血のつくような生ものというか、生肉なんてのは大きくカプセルに包んで左側に入れてるんだけどさ、右側に入れたものに血がついてたんだよ。ストレージに血を漏らすなんてことないはずなのにな」
「転移魔法?」
ジュノーが転移魔法と聞いて眉をしかめて見せた。クロノスの一件もあるし、転移魔法という言葉そのものについて印象が良くない。
「ああ、俺はこの異次元空間は時間が流れてないんだと思ってたんだけど、もしかすると時間の流れが極端に遅いかもしれないって言われたのを思い出して、ためしにストップウォッチを動かしたままストレージに入れる実験をしたんだ。結果、1年間入れたままにしてたら2秒ぐらい進んでた。1年で2秒な。だから血の付いたものを入れた方向に向けて懐中電灯と録画状態のビデオカメラを転移させて、また1年。で、これが写った」
「違う、そこじゃないの。私が言ってるのは『あなたいつの間に転移魔法なんて使えるようになったの?』ってことよ……。ゾフィーの超便利なアレ? 四次元ポケットみたいな?」
「たぶん同じものだ」
「え――――っ、なにそれずるい。私にも教えて、ねえいいでしょ?」
「それはまたゆっくり説明するよ……、なあジュノー、写真をよく見てくれ。この多重に起動している魔法陣を見てどう思った? ストレージは1年間で2秒しか時間が経過しない異空間だ、そんなトコにこれほどまで厳重に封印された、こんな匣に入れられているモノに心当たりはないか?」
「1年が2秒? なるほど……そういうこと?」
「そうだ。ここを見てみろ、箱から血が漏れてる。箱から漏れるなんてかなりの出血だ、恐らくゾフィーはこの箱から出られないほど大きな傷を負わされた状態で閉じ込められている。もしかしたら失血で気を失ってるのかもしれない。だけどジュノーに見つかったら治癒されてしまって、どんな異世界からでも転移して戻る。だから俺たちとは別の世界に閉じ込められたんだ」
ジュノーもピンと来たようだ。そうとしか考えられない。こんなものが存在すること自体おかしい。
アリエルは己の推理の結論を言った。
「ゾフィーはずっとそばに居た。ずっと俺のそばに居たんだ」
「なにそれ……、よくそんな方法で見つけたわね。その箱、取り出すことはできないの? 魔法陣はたぶん解除できると思う。いいえ、必ず解除してみせるわ」
「それが……何度も試した。だけどダメなんだ。俺が出し入れできるのは、俺が風魔法のカプセルで包んだものだけ。生きたものはカプセルに入れないから送れない。この匣が入るぐらいのカプセルを作って、何度転移させてもカプセルに入らない」
「私がゾフィーと会ったのは駅前の楽器屋のショーウィンドウね。ゾフィーはガラスに映ってた。反射してるとおもってゾフィーのいる方を見たけどいなかった。ゾフィーはガラスにだけ写って私に話しかけたの。その時ゾフィーは自らをアストラル体だと言ったのよ。そういえば私たちがゾフィーと最後に会ったのはスヴェアベルムだった。いくらゾフィーがデタラメでも、スヴェアベルムからこんなトコまで何の触媒も使わず、何の媒体も介さずに思念を飛ばすなんてことはできないから、きっとこの辺りにも転移門があると思うのだけど。あなたたち、スヴェアベルムに行ってたのね? じゃあゾフィーに会ったのは? 転移門の起点かな?」
「セカの街の……」
「あーごめん、私は1万6千年以上スヴェアから離れてるのよ。きっと地名言われてもサッパリだわ。でもだいたいわかる。石板設置型の転移門じゃなかった? 小高い丘の上、北に大きな河が流れてるのが見える」
「うん」
「じゃあ、そこに行くとゾフィーに会えるわね」
「だがその前に、スヴェアベルムに戻る手段が……まるで分からんのだが、いまヒントあったな」
「転移門のこと? 散々探したけど見つからなかったわよね?」
「いや、あるんだ。4年に一度、この町の意外と狭い区域に転移魔法陣が開いて、日本人がスヴェアベルムに送り込まれてくることは分かってる。あと正確なところは分からないけど、転移魔法陣が開くのは6月の上旬であることが多い」
「え? 何それ? 設置型じゃない魔法陣? 座標指定型して魔法で開くタイプ? だとしたら一方通行になるし、いつどこに開くかは完全に術者次第よね、でもこの町の限られた区域ってどれぐらいの広さなの?」
「だいたい駅を中心に半径2キロぐらいで、あちら側は設置型魔法陣だそうだ」
「向こう側は設置型ね、2キロの根拠は?」
「実際、スヴェアに転移した日本人から聞いたんだ。始まったのは80年ぐらい前だそうだから、単純計算でも20回はこの町に魔法陣が開いてる。次はいつ、どこに開くのか分かれば俺たちもスヴェアに戻れるはずだ」
「全員で戻らないと意味がないから集団行動する必要があるわね、どこに開くか予測はできないの?」
「ジュノーに聞いたら何か分かるかなー?って……」
「そんなの無理。それは私もわからないから後で考えるとして……、ゾフィーのこともスヴェアに戻る方法にしても、凄い進展ね。さすがベル。あなたの執念は時空を超えることが分かった。でもあなた私を32年もほったらかしにして何してたの? 50年もあなたに触れてないのよ? 女として干上がってしまうわ。前世では本当にわたし心配したのよ? 必死で探したのに見つからないしさ、50年分わたしを大事にしてくれないとスネるから」
「えーっと、何から説明しようか。長い話になるなあ」
美月とパシテーがジュノーにこれまでの話のあらすじを説明している。
先ほどと全く同じ展開に閉口してしまう。女が三人寄れば男一人の力じゃどうしようもないことが分かった。三本の矢みたいな折れにくいなんて逸話もあって、なんだか話の次元はかけ離れちゃいるが、話の腰を折り難いという意味では妙に的を射ているなと思った。
「え――っ? 子どもがいるの? 男の子? それを早く言いなさいよ。ふつうは真っ先に報告するでしょ? 遅い! 遅すぎる!」
「だってさ、怒ると思ったし……」
「怒るわけない。ベルの子なら私たちの新しい家族じゃん。そして私の子でもある。怒るとしたら、子どもがいることを黙っているからかしら。名前は? なんていうの?」
「サナトス」
「強そう!カッコいい名前! サナトスかー、会いたいなあ。ねえあなた、スヴェアベルムに行くわよ。何があっても絶対に行くから方法を考えておいて」
「わかった。何とかするよ……」




