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08-03【SVEA】 運命の邂逅

こちら、異世界、スヴェアベルムでの話。

次話で予定している 08-04【日本】黄昏の邂逅 とは、だいたい同じ時間軸という設定です。






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 マローニから西に2キロほど行くと一面の草原にポツポツと広葉樹の疎林そりんが散見される、なだらかな丘陵地帯が広がっている。ここは駆け出しのDランク冒険者が依頼を受けて薬草や薬味を摘んだり、熟れた果樹を採りに来るのに丁度いい場所として知られ、人気ひとけのない整備されていない雑木林と、雑草が伸び放題になった丘しかない荒れた土地である。ほんの10年そこら昔にはマローニも血の気の多い盗賊たちが居たらしく、このような場所には一般人はほとんど近付かないせいか、現在はたびたび不良どもの溜まり場になっていた。


 サナトス、ヘンドリクス、アンセム。中等部では星組を代表する悪ガキどもが丘の上、アプル―の木の下に陣取ってダベってるところだった。


「ん。冷やしといたぞ」


 友人たちはサナトスがポイッと投げたアプル―の実を受け取ると、まずはその冷たさを楽しんだ。

 木の実を瞬時に凍結させてシャーベットのような氷菓を作るのはサナトスが得意とする水魔法。父アリエルがキャンプ時によく使ったという[相転移]だ。


 サナトス12歳の時、別邸の庭で、サオ、ディオネ、コーディリアの三人がどうやってもうまくいかず、ああでもない、こうでもないと議論しているのを聞いて、なんとなくやってみたら、なんとなくできてしまったという高位の水魔法なのだとか。


「お、センクス。……くーっ、ちべたい。歯に沁みて噛めないぞこれ」


 凍ったアプル―に歯が立たず、むしろ歯茎から血が出てしまったのは人族のアンセム。サクサクと音を立ててシャーベットにかぶりつく二人に懐疑的な視線を送る。


 魔人ハーフのサナトスなら分かる。

 だけどハーフエルフのヘンドリクスまでサクサク食える硬さじゃない……。


「ヒント、強化魔法」

「おまっ、アプルーかじるのに強化魔法って、どんだけあご弱いんだ」


「わはは、歯茎もちゃんと強化しろよアンセム……。その血だらけの口は子どもの頃童話で読んだ吸血鬼みたいだ」


「おおっ、こう、小指を使ってこぼれた血で唇をスッとやるんだっけ? 見て見て、口紅みたいになったか?」


「なってねえよ。血の量が全然足りてねえからやめとけ。……とところでなあサナトス、突然で悪いけど俺もしかするとカンナちゃん好きかも。デート取り持ってくんない?」


「カンナ? マジで? やめたほうがいいって」

「なんでだよー、男はだいたいみんなカンナかグレイス狙ってるけど、グレイスはあれでノーデンリヒトのお姫様だからなあ……」


「やめとけヘンドリクス。おまえはカンナの真の恐ろしさを知らない。セリーヌのほうがマシだマシ」


「え――――っ? セリーヌおっかねえよ、あいつ雪組筆頭のハスタルを木剣でボッコボコにしてたんだぜ? あのベルゲルミルさんの娘だしよ。半分はアルカディア人なんだろ?」


「おいおい、カンナは勇者の娘だぞ? この前一本取られたし……あ、いまのはナシだ。聞かなかったことにしてくれ」


「マジで? マジでええええ? カンナちゃんエルフじゃん」

「勇者ってのは怖いらしいぞ? 並の戦士ぐらいならハナクソ一発で撃ち殺されるってベルゲルミルさん言ってたからな」

 ギルド酒場で聞いたヨタ話をそのまんま伝えられ震えあがるヘンドリクス……と、腹を抱えて笑う少年たち。中等部男子が、木の実をかじりながらいつものようにダベっているだけだった。


 月組のセインちゃんが可愛いとか、おっぱいが大きいとか言って談笑する少年たちを取り巻くゆるーい空気が突然、なんの前触れもなく、僅かな兆候もなく、身体の芯から震えが来るような怖気おぞけとしか表現しようのない、冷たく重苦しいプレッシャーに変わった。


 刹那、草叢くさむらから飛び出すいくつもの影、影、影。



―― ドカッ!


  ―― ドスドスッ!


 ―― ボカッ!


 あまりにも唐突な奇襲に対応できたのはサナトスだけだった。

 ヘンドリクスとアンセムは防ぐことができずに攻撃を受けたようだが、偶然強化魔法と防御魔法を展開していたおかげで、吹っ飛ばされはしたものの、ただ殴られただけで済んだようだ。

 ちなみになぜ強化魔法と防御魔法を展開していたかというと、凍ったアプルーの実をシャリシャリ噛むためだったといえば、あまり格好のいいものではない。


 襲撃者は奇襲が失敗に終わったことを悟ると、あちこちの木の陰や草叢くさむらに伏せていた者たちが次々と姿を現しはじめた。


 ざっと8人。8人の大人が少年を囲み、スラッと剣を抜いて気を放つ。ただ中等部で喧嘩が強いだけというサナトスたち3人は、たったいま奇襲を防いで見せたというのに、相手が姿をさらして奇襲作戦を諦め、包囲戦に作戦を切り替えたことにすら気が付いてはいなかった。

 奇襲されてすぐに全速力で走って逃げれば、あるいは逃れることができたのかもしれなかった。


 あっさりと8人の正体不明の男たちに包囲されてしまったサナトスたち。

 いや、一人動かない。


 サナトスを襲った男がぐらりとバランスを崩し、ドサッと音を立てて倒れた。

 奇襲に失敗し、殴りかかった際にカウンターで反撃を受けた男の末路が見えた。サナトスはこう見えて、しょっちゅう鍛錬中のサオを奇襲しては反撃の拳を受けてる身だ。そんなスローで馬鹿正直に顔面狙ってくるような素人の拳に当たってやるほどサービス精神旺盛じゃない。


 襲ってきた敵は、ひとり倒されたので、7人。


 殴られてぶっ飛ばされた友人たちの無事を確認するついでに、周りを囲む大人たちをひと睨みすると、サナトスの睨みを不服とでも言いたげに、中でもいちばんデキそうな雰囲気を醸し出す男が一歩前に出で余裕ぶっこきながら話し始めた。


「ほーう、これはこれはマローニのお坊ちゃま方を甘く見てしまったようだ。我々の接近に気付かなかったのは仕方ないとしても、まさか強化魔法を展開済みとは思わなかった。賞賛に値する」


 こいつらやっぱり敵兵だったのか。盗賊の類かもしれないと思ったけど、そんな甘いものじゃなかったようだ。

 こんな非常時だというのに、サナトスには『驚いた』というしか表現しようがなかった。さっきまでゴロ寝しながら、とった木の実を食べていたのに、次の瞬間には敵の兵士に襲われていて、今は7人の兵士(おそらく手練れ)に包囲され切っ先を向けられているんだから、その理不尽さに言葉も出ない。


「当たり前だ。お前たちのような卑怯者にいつ奇襲されても対応できるようにやってんだよ」

「アンセム、おまえ口の中切ったろ? 出血すげえから黙ってたほうがいいぞ」

 アンセムの軽口にツッコミを入れながら腰にさした短剣を構えるヘンドリクス。

 サナトスは焦ってるところを見せると仲間にも良くないので敢えて余裕をみせる。


「アンセム、今ならべに引けるぞ、小指でほら」

「サナトスおまえすっげえ余裕なのな。俺さすがに無理だわ」


 実力はあるけど、殺意を持って剣を抜いた兵士相手にケンカのノリは通用しない。敵は戦闘用の剣を装備しているのに比べて、こっちは冒険者必携のナイフを装備している者が一人しかいない。


「こいつ何だろうな? ツノはえてやがる。牛か鹿の獣人か、まあどっちにしろ魔族だな。んで人族ヒト1とハーフエルフが1、ちっこいナイフを引っ張り出しちゃいるが、それじゃ人は殺せないぜ? 戦時だってーのに脳ミソ平和だな。お花畑かよ」


 囲まれても落ち着いて、いましがた倒した男の腰から剣を奪うサナトスを見て、構えを堅くする敵の斥候たち。一触即発の緊張感の中、いま奪った剣を丸腰のアンセムに投げて渡した瞬間だった。


 敵は拾われた剣を手放したサナトスに狙いをつけた。いま拾った武器を投げるなどと、そんな大きな隙を見逃してもらえるわけもなく、包囲していた男たちのうち三人が剣を振りかぶって襲い掛かった。


 一人は剣を投げて丸腰になったサナトスに、もう一人はいま剣を受け取ったばかりで防御の構えもままならないアンセムに向けて、もう一人は、小さな小さな、アプルーの皮を剥いたりロープを切ったりするのに使うナイフしか装備していないヘンドリクスに向かって。


 剣と剣が打ち鳴らされる音、激しい交錯音が鳴り響き、包囲していた側の一人が弾かれるように吹き飛ばされる。単純なパンチだった。カウンター気味に入った右ストレートだった。サナトスは自分の出せる全力で男の頭をぶん殴った、ただそれだけだった。殴られた男は空中で一回転したのち地面を激しく転がったあと動かなくなった。


 気配をうまく探れないサナトスには相手が死んだかどうかは判別がつかない。

 アンセムは敵の攻撃を剣でうまく受けたようだけど、ナイフしか持たないヘンドリクスは攻撃を受けずに避けるしかなかった……しかし避けきれない剣の切っ先が肩をえぐる。


「ヘンドリクス!」

 アンセムがヘンドリクスの援護に向かい、背を向けたアンセムに追撃しようとした斥候を縮地からの左ボディアッパーでフッ飛ばすサナトス。


 また一振りの剣を奪った。


「ヘンドリクス、剣だ受け取れ! 大丈夫か!」

 奪った剣をこんどはヘンドリクスに投げ渡すと、残り5人となった敵斥候は間合いを外し、遠巻きに包囲する陣形をとった。


 初めて見る敵、初めて向けられたマジモンの殺気が込められた剣……。

 躊躇は自分のみならず、友達をも死なせてしまう。


 こいつらすべて訓練を受けた斥候だろう。偵察がてら遭遇した敵は始末するのがセオリー……。

 今さら引き分けってことで帰ってくんない? なんて言ったところで帰ってくれるわけもなし。覚悟を決めなければ次に地面に転がるのは自分であり、ガキの頃から一緒に育った友達だ。


 サナトスはサオに禁じられていた魔法を使うことに躊躇はなかった。

 あれほどきつく鍛錬の場以外じゃ使うなと言われた爆破魔法を、あっさりと手のひらの上に練り上げると。左右に動きながら包囲を狭めてくる敵に向けて放った。


「おまえら耳を塞げ!」



―― ドォォォン!!


 サナトスは学校の同級生の前では爆裂の魔法は使ったことがない。危険だからという理由でサオから『絶対に使っちゃダメ』と、くれぐれも止められているのだから仲間たちは何が起こるのかすら分かっていない。段取りも知らされていないのに突然『耳を塞げ』と言われても土台無理な話だ。


 生憎あいにく両手は剣の柄を握ることで塞がっていて、構えを解いてまで耳を塞ぐことなんかできる訳がなかったのだ。


 いまの爆裂で1人は倒した……だが、まだ4人残ってる。


「耳を塞げっていったのに……っても聞こえないか」

 ヘンドリクスもアンセムも[爆裂]の衝撃波をまともに食らって立ち上がれずにいる。


 残った4人の斥候は突然、考えもしなかった爆破魔法を受けて態勢を整えようと更に包囲を広げて下がったが、落ち着いてフォーメーションを組みなおす。手のサインだけで統制が取れてるから、敵さんのほうに不都合はなさそう。むしろ鼓膜を傷つけられて身動き取れなくなったのはこっちだ。


 いま4人から同時攻撃を受けたら、サナトスはともかく、まだ立ち上がることができずにいる仲間まで守ることはできない。


 4人が下がったことを隙と見て、うずくまってる二人を担ぎ上げ[スケイト]を起動したサナトス。

 一目散にマローニ方面へと逃げる。筋肉には自信があって、同級生二人を担ぎ上げることには何ら不安はなかった。だけど二人を担いで[スケイト]で飛ばすなんて想定してなかった初めての経験だった。そう思ったようにスピードが出せない。追いかけてくる敵斥候のほうがスピードは上だ。


「ちくしょう、もっと魔法鍛錬しておくんだった……ちくしょう、片手剣も使ったことがない。どっちの手で持ったらいいのかも分からねえ」

 などと今更この状況で日頃のサボり癖を後悔しても後の祭り。どうしようもないことは分かっている。


「くっそ……簡単に逃がしちゃくれねえか」

 ぐるっと回り込まれて横から襲われ、友達を二人担いだまま二人の斥候に行く手を阻まれた。


 自分だけならどうとでもなる。たぶん素手でもこいつらには負けない。だが仲間二人の安全を確保できない。降ろしたところに剣を振り下ろされただけで命が奪われてしまう。


 ジリジリと追い詰められるサナトス。あっさりと4人に囲まれてしまった。

 背後からも剣を抜いた敵兵がいまにも斬りかかてきそうだ、左右を挟む兵士も威圧を強めて、今まさに敵が同時に攻撃してくる、ここが命の瀬戸際だ。


 くるか、くるか。どいつから動く?


 サナトスが鉄火場で瞬きする暇も許されない緊張感の続く戦闘の現場に近付く小さな影があった。

 遠くの方にチラッと見えた……。誰かがものすごいスピードで近づいてくる。


 接近する人影は、サオやディオネよりも明らかに速いスピードで弧を描きながら丘を滑り降りてきた。相当な高速だった。だけど周囲を囲む敵兵をひと睨みして威嚇した一瞬、目を離しただけでもう視界から消えてしまった。


 まるで最初からいなかったかのように。何か幻視したのか? と自分の目を疑い始めたとき、



―― ドォォッガラッシャー!


 何か物凄い大岩のような物体が炸裂したような衝撃。地面に大きな穴が空いて、周りを囲んでいた兵たちは少し離れ遠巻きに包囲を崩さず警戒体制をとった。


 穴の底でしゃがみ込んでいたものはゆっくりとした動作で立ち上がる。右手にはぐったりとした敵斥候の首根っこを掴んでいて、それを無造作に打ち捨てるとひょいっと穴から飛び出し、肩と頭に積もった土埃を面倒くさそうに払い落す。


「ふう」


 ひとつ大きく息を吐いてサナトスに歩み寄るのはエルフだった。

 おそらく純エルフの女性で、背はサナトスの肩まであるかないかというぐらいにチビっこい。


「よく仲間を見捨てなかったね。いい子だ。ここはお姉さんに任せて逃げていいよ」

「おいおい、またエルフだ。ボトランジュは宝の山か……。いや……、なんだ、キズ物かよ」


 サナトスを助けるために飛び込んできたエルフ女性、栗色の髪に栗色の瞳という珍しい配色だった。

 確かに美しい容姿をしてはいるが顔に大きな刀傷が所狭しと刻まれいるせいで、敵兵たちにはキズ物と呼ばれた。斥候たちにしてみれば若いエルフ女は高値で売れる戦利品だ。そんなエルフが舌なめずりをして値踏みする男たちの間に割り込んで逃げろなどという。


 これではさらってくださいと言ってるようなものだ。

「に……逃げていいよ? だと? お前、丸腰じゃないか。エルフのくせにアホか! お前みたいな小さい女を置いて俺だけ逃げられる訳がないだろうが」


「うー……小さくて悪かったわね、せっかく助けてやろうってのにさ……」

 エルフ女性はチラッとサナトスの顔を見たあと、驚いたように二度見した。何度も何度も瞬きをして、角の先から足のつま先までを舐めるように、まじまじとガン見している。


「うっわ、アリエル兄ちゃんそっくりじゃん……その奇麗な紅い眼はロザリンドの?」

「な、なんだ。父さんと母さんの知り合いかよ……」


「あっは! サナちゃんでしょ」



―― ドッ!


 そういうとこの小さな女は、とても無駄のない流麗な動きで敵の懐に滑り込むと、サナトスですら反応できそうにないほどのスピードで顎先に左フック、肝臓レバーに左ボディフックのコンビネーションを決めたあと膝の伸びあがる力を利用して右のボディアッパー。一瞬の三連撃で敵を破壊し、いとも簡単に敵の包囲を崩してしまった。


 一瞬、一番近くにいた斥候が動こうとした。そう、動こうとしただけでまだ動いてはいない。動く前段階の膝を沈める動作をしただけで即座に反応し、そして瞬時に葬ってしまったのだ。


 この日サナトスはサオより怖い女を初めて見た。


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