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07-25 決戦!バラライカ(3)不死の悪魔【挿絵】

★少し厳しい内容と結果になります。ご注意ください。約13000文字という長さに加え挿絵まであります。環境によっては重くなりますがご容赦ください。

このあとのアリエル後日談もありますので、どうか投げずに是非お読みください。

第七章はこれにて終わり。今後とも、ダウンフォール!よろしくお願いします。




 勇者たちは生粋のアシュガルド帝国人ではなく『もと日本人』のはずだ。仲間が倒されたのだから一瞬だけでもスキが出来ると思っていたが……どうやらそれすらも甘い幻想のようなものだった。

 また一人仲間が死んだというのに、チラッと目をやっただけで表情も変えずに波状攻撃を仕掛けてくる。この『もと日本人』たちは仲間の死にすらもう慣れたとでも言わんばかりの落ち着きぶりで、アリエルに斬りかかってくる剣筋にも迷いがない。


 日本人には難しいだろうと思ったことを平気でやってのける勇者たちに対し、アリエルはもう他力本願ではどうにもならないと悟った。今もうすでに追い込まれつつあるのだ。


 ではどうする?

 どうするのが自分にとって都合のいい結果を生むのか?


 いま相手をしている3人の勇者のなかでは、とにかく槍使いの存在がうっとおしい。

 アリエルはうるさい槍勇者の動きを止めるため一計を案じた。


 軽装で二刀流の女勇者は打ち込みが速いばかりで軽い。アリエルにとってこういう軽装の相手はむしろ『やりやすい』相手だった。相手からするとアリエルは戦いづらいと考えているはず。

 ならば二刀流の女勇者を狙っていると見せておいて、次に視界の端っこに行くと渾身の力を込めて斬り込んでくる剣勇者の攻撃! これをバックステップでかわす。


 このとき二刀流の女勇者は一歩引いて攻撃がおろそかになる。なぜならこの後、槍使いが神速の突きを放つのを待つからだ。槍の利点、広い間合いを生かして踏み込み、バックステップした距離をつぶす刺突を放ってくる。いくつかある連携技のバリエーションのひとつだ。こいつらしっかり練習している。


 練習した連携技というものは次にどんな手が来るか、なんとなくわかってしまう。何度も繰り返し同じ手を使うようなバカなどこの場に居ないが、アリエルはその裏をかく。


 剣の勇者の一撃をさっきのようにバックステップで躱すと槍の勇者が腰を落とし、槍を水平に構えた。思った通りだ、こっちの間合いの外から刺突を放ってくる。だから二刀流勇者も、剣の勇者もその攻撃の軌道から予め避難している。


 槍に対して剣で戦うのにサイドステップでかわすほど愚策はない。槍の切っ先はサイドステップで避けるより数段速いのだ。横に飛ぶと次のステップをする準備が出来上がる前に刺し貫かれる。サイドステップさせることが槍の必勝パターンなのだ。そんなものに乗ってやることはない。


 剣で槍を相手にする場合、槍の間合いの外に構える必要がある。これが基本。

 そして槍を突いてきたその引きに合わせて踏み込み、槍の切っ先より奥の懐深くにまで踏み込むことで、ようやく剣の有利となる。これがセオリーだ。


 剣を持つものが槍を相手に戦う方法など、あれほどの槍使いなのだから百も承知。そんなものセオリー通りにやっていたのでは、相手側の『懐に入られたときのセオリー』で対策されてしまう。

 こちらのセオリーを崩す意外性のある攻撃手段で、相手のセオリーも崩す! これしかない。


 敵が踏み込むタイミングは読めていた。ここまで誘ったのだから当然だ。

 刹那、アリエルはカウンターを狙って刀を振りかぶり、槍を握るその手を狙った。変幻自在の間合いを生む槍の柄は、剣とのつばぜり合いになると不利になる。露骨に手を狙ってやると、本能的に防御する方向に動く。頭で考えものではなく、身体が勝手に動くだろう。うまくいけば踏み込んだ勢いそのまま胸に突きを入れる。うまくいかずとも槍を握る手を跳ねる。この自動二択攻撃こそがアリエルの狙いだった。


 必殺のタイミングだった。アリエルの作戦が勝った。刹那の攻防は槍勇者を逃がさないタイミングだった。しかし槍勇者は危機に陥ってなお更に加速してみせてた。何が起こったのか分からない。実にアリエルの想像の上を行くスピードだった。


 まずい。この槍使い、まだ本気じゃなかった!


 だがしかし、そのような攻撃を黙って食らうようなアリエルではない。

 身体をひねって躱す!


「くっ!!」


 だがしかし脇腹をかすった!


 アリエルは背面滑行で飛び出すように緊急回避を試みる。後ろ向きに滑るのにも不自由ない[スケイト]が使えてよかった。地に足をつけていたらこうはいかなかったはずだ。



 緊急回避でひとまず敵の間合いから逃れた。脇腹を押さえてみるとヌルリとした感触があった。

 出血だ。しかし自己再生を持つアリエルにとってこの程度は些末なことだ。あっち側ではロザリンドが剣を巻き上げて腕を飛ばし連撃の最後に首を薙いだ。頸動脈をスパッと切断されたのだろう、出血が多い。いまから治癒魔法を唱えていたのでは助けることは難しい。


 勇者が一人減ったことにより、治癒師の護衛をしていた男が飛び出してきた。こいつは勇者なのだろうか、装備品で劣っているようにみえるが守りの要だ。飛び出さざるを得なくしたロザリンドとパシテーの圧力が勝った。一瞬、護衛が飛び出したスキを見逃さず、治癒師がクソ長い起動式を発動させたのを見てパシテーのナイフが3本突き刺さった。


 てか、パシテーが上空を目まぐるしく飛び回りながら6本の短剣を飛ばして攻撃するものだから、いかに勇者とはいえ、目の前にロザリンドが刀を構えている状況でパシテーの相手までできないというのが本音なのだろう。アリエルでもこの二人の同時攻撃なんて悪夢だ。特に暗闇で視界の悪い中、縦横無尽に飛び回って空からのオールレンジ攻撃なんて、初見なのだろうからタイマンでも負ける要素がない。


 奇しくもアリエルがひとりで3勇者を引き受けていたことが功を奏し、あちら側の守りのかなめである治癒師を守る護衛の手が薄くなった。


 あっちはもう片付いたも同然だ。あとはこっちの、特に槍使いの勇者をロザリンドが引き受けてくれたらやりやすくなる。



 残るロザリンドの相手は勇者が1人だけ。神官服を着ている治癒魔法使いも一掃した。一騎打ちならロザリンドは負けないのでいいとして、問題はこっちの3勇者。前に2人、後ろや死角から攻撃してくるのが1人というコンビネーションがうるさい。今さっきの攻撃をしくじったのも痛い。うかつな攻撃をしてこなくなった。



―― キイィィン!


  ―― ズバドッ!


 一方、ロザリンドと一騎打ちになっていた女勇者は、縮地からの袈裟斬りを剣で受けようとしたことが災いし剣ごと一刀両断にされた。


「また名前を聞けなかったわ……さようなら名もなき勇者」



「よっしゃ! そっち終わったならこっち手伝ってくれ! 槍のやつたのむ!」

「分かった! 槍了解っ!」


 ホッとした瞬間だった。アリエルもロザリンドも一瞬だけ気を抜いた、その時だった。

 ロザリンドの背後に突然現れた3つの人影……。おもむろに剣を振りかぶった。


「ロザリンド!! 後ろだっ!」

 


―― ドウオオオオォォォンン!!


 咄嗟だった。ロザリンドが振り返るよりも早くアリエルの[爆裂]が転移して起爆した。あの近距離で爆破魔法が炸裂したら二人とも無傷じゃ済まないが、突然3人の男が音もなく、気配もなく、パッと現れ、剣を振りかぶったのだ。ロザリンドを助けるには爆破するしかなかった。


 背後からの爆風を受けて吹っ飛ばされたロザリンドは飛び込んだ動作のままローリングで爆破の衝撃波をやりすごし、回転レシーブよろしく振り返って剣を構えた。

 パシテーは衝撃波をまともに受けて墜落しそうになったが、爆心地より少し遠かったおかげか地面を『とん』と蹴ることですぐさま体勢を立て直した。


「助かった! アリガトね、あとでキスしてあげる!」

「姉さま! こいつらどこから現れたの?」

「分からない。ねえ! あなた見てたわよね!?」

 

「見えなかった。だけど気がついたらそこに居たんだ! 不気味だ、気をつけろ!」

「どう気を付ければいいのか詳しく!」


「槍の勇者とってくれないと無理だってば!」

「あとでとってあげるから、あなたもそれまで気を付けてね」


 ロザリンドはこんな窮地にあっても、まだ微笑みを絶やさない。魔人族はピンチになればピンチになるほど笑いが込み上げてくると言う。それが嘘か本当化は別として、ロザリンドが笑ってるってことは、いま見た目ほど楽じゃないってことだ。


 気配もなくフッと現れた男たちは3人。うち1人はアリエルの爆破魔法をまともに食らってロザリンドとともに吹っ飛んだ。倒れてるところからパシテーの短剣が飛んで戻ったのが見えた。一人はパシテーがトドメを刺したのだろう。あっちおかわり2人だ、くっそ。


 だがしかし、気配もなく、なんの前触れもなく、背後に突然パッと現れるだなんて、そんな芸当ができるようなやつはこの世界で過去から現代にいたる歴史から探してもそう多くはない。


 アリエルの知る限りではゾフィーと……、あとひとり。


 ロザリンドとパシテーは突然敵が現れたことにより半ば混乱していて、何が起こったのかも分かってないようだが、この現象、アリエルには覚えがある。

 まさか……と脳が否定して打ち消そうとするが、これは現実だ。


 現実に3人もの勇者を目の前に、パッと、音もなく運んできた奴がいるのだ。


 転移魔法を使って。



 訝るアリエルに剣の勇者が斬りかかった。考えるスキも、呼吸を整える時間も与えたくないのだろう。


「よそ見をするとは余裕だなベルセリウス!」


「そっちだけ俺の名前知ってるなんてズルいぞ、名乗ったらどうだなんだよっと!」



―― キィン!


「名乗る前に奇襲したのはキサマだろうがあああ!」



―― ガッ!


「それもそうだなっ! とくらぁ!」


 このままじゃあらちが明かない。ロザリンドのほうもあと何人の敵が転移して現れるか? なんて分かったもんじゃないのだから、こっちも攻撃を捌きながら助けを待つという作戦は賢いとは言えない。


 いや? ロザリンドのほう、転移してきた2人のうち1人を相手にしている?

 違う、パシテーがロザリンドの補助をやめ、勇者のうちひとりを完全に引き受けている。あっちはタイマン勝負になったと言うことだ。


 なぜだ? あの二人はツーマンセルで動いた方が効率いいはずなのに?

 ああっ、パシテーの相手してるやつはボウガン使いだ。飛び道具でパシテーを攻撃している。パシテーが補助に徹していられないのか。


 こっち未だ状況は変わらない。念のため[相転移]の魔法が効けばいいな……的に試してみたけれど、勇者たちにはまるで効果があったようには見られない。


「寒いとか熱いとか、感想のひとつでも言ったらどうなんだよ!」

「なにかしたのか? んっ?」

 こいつらの着込んでいる鎧も神器か、軽装の二刀流勇者にも効いてる様子はない。神器かそれに近い性能があるってことか。まったく、神器ってのは神聖典教会しんせいてんきょうかいだけの秘術で門外不出だと聞いていたのに帝国軍も持ってんじゃねえか……。


―― バババッ


  ―― ズバアアアッ!!


 くうっ!

 とにかくこっちは二刀流で舞うような連続攻撃を仕掛けてくる女勇者とコンビで合間に槍を突き刺してくる変則攻撃がうっとおしい。こっちはギリギリの糸の上を綱渡りするように攻撃を凌ぐしかできないのだけど、さっき攻撃パターンを読まれたことに気付いた3人が、わざと変則的な攻撃のバリエーションを多用し始めたせいでパターン化するのが難しくなった。こっちはもう敵の攻撃を読んで対処することができない。


 相手はこっちの手の内を知り尽くしていると言うのに……。

 いや、まてよ……。


 帝国軍に使ったことのない手が……あるはずだ!

 ならこっちも敵に読めない攻撃をしてやればいい。


 やってみるか!


 すうっ……。

 アリエルは息を大きく吸い込み、少し大きめの[爆裂]を自分の足もとの地中へ転移させるのと同時に、その範囲の地面丸ごと[砂]に変えた。


 敵の動きが一瞬止まった。こちらの出方をうかがっている?

 間合いの外? 二刀流の女勇者がなにかを察したのか? いいカンだ。



―― ドオオォォォンンン!


 アリエルの立っていた地面が爆発した。衝撃波と共に砂煙が高く舞い上がった。

 そして砂塵に紛れて姿を隠すと、まずはこの場を逃れるために飛び出す。


 この衝撃波と砂煙の中、アリエルの動きが見えている者がいた。

 目がいいのは槍の勇者だ。


「甘いぞっ! ベルセリウス!」

 槍の勇者はロザリンドの使う『縮地』を彷彿させる加速で踏み込んだ。アリエルの見立て通りだ、槍の勇者は瞬間的にスピードを上げるスキルのようなものを持っている。


 アリエルの加速に追いつくと容赦なく足を薙いで機動を奪い、転倒させておいて追い打ちをかける!



―― ズババッ!


「違うルゼフ! そっちじゃない!!」


 二刀を振っていた女勇者が急を告げた。そうか! こいつが気配を読む勇者だ!

 いま飛び出したものの気配を読んだのだ。ならば間違いを指摘するよりも、いま気配がどこにあるのかを言うべきだ。


 気配がなくともギリギリ目で追えるスピードで動く物体というものには注目してしまうものだ。

 目で追って、網膜に映った映像の情報を脳に送り、それが何なのか判別するまでの短い時間、それが大きなスキとなる。



 シュパッ……。

 

 暗闇の上に砂煙がもうもうと立ち込めて視界が悪い中、風を切るような小さな音を立てて何かが二刀流勇者の首元をかすめた。それは軽い衝撃だった。アリエルが軽く振った、ただ速いだけの剣筋だ。フルプレートの鎧を装備していれば助かったろう。しかしスピード重視の軽装勇者はほんの一瞬だけ油断したことで、喉から熱い液体が流れ出るのを実感している。


 アリエルは爆発した位置から動いていなかったのだ。

 槍の勇者が追ったのは、いつかパシテーとの手合わせのとき使ったデク人形だった。

 その昔、アリエルがパシテーに追い込まれたとき起死回生の逆転手段となった『空蝉うつせみじゅつ』だ。


 ものすごい勢いで砂塵が晴れてゆく。いずれかの勇者が何か障壁のような魔法を使って視界を確保しているのだろう。


 デク人形に釣られ、槍を突き刺すまで己の愚かさに気付かなかった槍の勇者が振り返ったときにはもう二刀を振り回していた女勇者は不思議そうな表情を浮かべながら喉からの大量出血を手のひらで受けているところだった。

 槍の勇者に向かって何か言いたそうに視線を送ったが、そのまま糸が切れたように膝から崩れ落ちた。



「うわああぁ! ラナリイィィィィ!」


 槍使いの方は女を殺されたら突然感情的になった。こっちの3勇者の中じゃあこの槍使いが一番強かった、冷静さを失ったなら今がチャンスだ。



―― ッキッキィン!


 槍使いの勇者に注意が集中するアリエルの背後から渾身の一撃を見舞った両手剣の勇者は、たった今までアリエルの立っていたところに現れた巨岩を力いっぱいブッ叩いていた。


 城壁を破壊するための攻城戦魔法に使おうと思って[ストレージ]に仕舞ってた、単なる質量兵器。ただのでっかい岩の塊だ。


 そして!



―― ドッゴオオオォォォン!


 その巨岩を盾にして向こう側に立つ剣の勇者に爆破魔法で攻撃。ロザリンドとパシテーの位置から逆方向だ、この位置で岩を爆破すれば破片の攻撃で……。


 気配を読んでみても大したダメージ与えてない……か。

 やはり魔法攻撃は勇者の鎧にいまいち効果がない。



―― フッ。


 アリエルはその場から飛びのく瞬間、盾として使った巨岩を消すと同時に[ファイアボール]の4連撃を発射していた。


 剣の勇者は巨岩と入れ替わりに飛来した[ファイアボール]を顔面に受け、一瞬たじろぐ。

 アリエルは岩の裏側から飛び退いたとき、岩の上を飛んでいて、顔面にファイアボールを当てた時すでに背後に回り込んでいた。

 こいつは気配を読めない奴だ、背後に回り込まれたことにすら気付いてない。


 相手しなければならない勇者が2人に減ったことで、アリエルの攻防はずいぶんと楽になり、勇者たちの戦況は一気に劣勢へと傾く。


 両手剣の勇者はフルプレート鎧を装備している。アリエルの剣筋じゃあ一刀両断にすることは難しいがフルプレートの鎧は下方向からの突き攻撃に弱い箇所がある。首だ!


 背後から無防備な首を狙うアリエル。だがしかし剣の勇者の脇腹をかすめて槍が飛び出してきた!

 これも避けねばならない見事なタイミングで放たれた攻撃だった。


 突き刺そうとしていた刀を諦め、アリエルはそのまま斜め後方に飛んで槍の攻撃を躱した。


「くっ! しぶといな」


 ローリングしながらパシテーの相手に目をやった。片手剣と左ボウガンの狩人みたいな勇者だ。空中を飛び回るパシテーと有効射程を一定に保つためだろうか、背中を預けて戦っていたもう一人の男から少し離れたのが見えた。

 いま狙わない手はない!



―― ドオオオォォンン!


 アリエルの[爆裂]でボウガンの勇者を吹き飛ばす。防御姿勢をとれず、地面を転がる男に襲い掛かる無手の短剣がドスドスドスッと音を立てて突き刺さった。パシテーは援護をもらい、その大きなチャンスを逃すことなくボウガン使いを葬った。


 パシテーは無言だったが親指を立てて見せた。

 あれは『ナイス援護なの』という意味だ。

 


 一瞬だけパシテーの援護にまわったアリエル。ただ一瞬のよそ見が大きな隙を作ってしまった。


 追い込まれていた戦況が傾き、一瞬のスキを捉え好機と見るや自慢の両手剣をおもむろに振りかぶり、渾身の一撃を放つ剣の勇者。


 次の瞬間、剣の勇者は足もとの砂を踏んでしまう。

 アリエル自身、よほど余裕がないとき以外は使わなかった砂の魔法を踏んだ剣の勇者。

 足に力がこめられた刹那、砂に足を取られバランスを崩すはずだった。だがしかし勇者の足もとは盤石な岩のように固くなり、むしろスターティングブロックを踏んで発射台から打ち出されたかのような急激な加速を生む結果となった。


 砂に足を取られた勇者に反撃する動作に入っていたアリエル。まさか砂を踏んでさらに加速してくるとは考えてもいなかった。敵の足下を砂地に変える魔法まで読まれていた。キャリバン戦のとき多用したから、どこかで戦況を記録していた斥候が報告して対策されたか!


 これは大きな誤算だった。



―― ガッキィィィン!


「ぐうっ、重いいい!」

 アリエルは剣で受けるので精一杯、あまりの強打にぐらりとバランスを崩してしまったのを見て背後、槍の勇者の眼光が鋭く光った。


「崩れた! 死ねベルセリウス」


 背後から槍の刺突が襲い来る。本気のスピードだ。それは必殺のタイミングだった。


 くぅ……!!


「あなたっ!!」

「兄さまっ!!」


 星明かりに照らされた影という陰から闇の触手がぶわああっと吹き出すと、勇者たちを捉え動きを止めた。間一髪だった。


 瘴気を纏ったパシテーの触手が勇者たちに絡みつき動きを止めるのが間に合ったのだ。

 一瞬だけでも動きが止まってくれれば!


 アリエルは目の前で触手に絡め取られ身動きの取れない剣の勇者の、鎧の隙間を狙って刀を首に突き刺した。ゆっくりと、正確にだ。


「くぅ、パシテー助かっ……」



―― ドッ!


  ―― ドドドッ!



 空に異変……



 ……っ!



 瘴気が漏れ出し、花吹雪に変わって風に溶けていく。

 その花びらの量はこれまでに見たことがないほどの密度で吹き散らされる。


 飛行していたパシテーの身体を槍が貫いていた。




 ドサッ。


 儚く地に落ちた。刀を手放し、地に落ちたパシテーに駆け寄ったアリエル……。


 ……腹に2本、右太もも、そして……胸を槍が貫いている。



 この槍の飛んできた方向を睨みつけた。バラライカの町からだ。建物の上に人の気配があった。あそこから狙い撃たれたのか!


 バリスタ……投げ槍のような大型の矢を高威力で射出する設置型の弩がトーチカのような砲台に隠されていた。これこそ、帝国軍が秘密裏に開発していたパシテーとハイペリオン対策だった。


 パシテーは闇魔法を使って触手を操るときだけ動きが止まる。そこを狙われた。


 研究されてるんだった。

 対策されていたんだった。



「パ……、パシテ……」


 大量の花びらを散らしながら地に落ちたパシテーを追うアリエルを逃がすまいと勇者たちの容赦ない攻撃が降りかかる……。


 だが、勇者たちの攻撃はアリエルには届かなかった。

 バリスタに貫かれ、地に落ちたブルネットの魔女は、最期の力を振り絞って膨大な瘴気を放出し、大地を汚染し始める。


 その闇の触手は波のようにうねりながら残った二人の勇者に襲い掛かり、捕えて離さない。


「はやく! パシテーを治してあげて!!」

 悲痛な叫びを上げながら斬り込むロザリンド。触手に捕らわれた勇者を槍もろとも一刀両断にする。


「もうやってる。やってるけど!」

 アリエルはさっきから己の自己再生の権能を全力でパシテーに流している。

 だけどアリエルの治癒能力は弱く、致命傷を負ったパシテーが回復することはない。


 パシテーの命は今にも燃え尽きようとしている。

 

 もはや瘴気に力はなく、春一番に散らされる桜吹雪のように、吹き出した後から後から激しく散ってゆく。急速に失われていくパシテーの生命……。


 断末魔の気配。


 地面をなめても、焦点の定まらない目でアリエルに縋るような眼差しを送り、力なくそのか細い腕を伸ばす。深夜、星明かりに照らされた花吹雪の中、瘴気の拘束を解かれた最後の勇者は、ギラリとした眼光をアリエルたちに送りながら、一歩また一歩、近づいてくる。


 パシテーに気を取られたアリエルに、勝機と見た勇者が重い大剣を振りかぶる。

 しかしロザリンドがそのようなことを許すはずがない。


 暗闇にぼんやりと光る眼が紅い線を引くとロザリンドの剣が血しぶきを上げた。見えない切っ先が勇者を切り刻むと、攻撃を受けた勇者は大剣を振りかぶった状態で動きを止めた。


 アリエルに向けて振り上げられた剣は振り降ろされることなく、カランと軽い音を立てて背中に落ちると勇者は大の字に倒れた。 


 大地に暗い穴のような闇がぽっかりと口を開ける……。ロザリンドは勇者が息絶えていることを確認すると刀を鞘に戻し、闇の渦巻く中心でうずくまるアリエルに駆け寄った。


「あなた、落ちついて! ねえ!」


 辺りは瘴気に覆われていて、もう誰も居ない。ただ倒れたパシテーを抱き上げるアリエルが居て、その傍らに駆け寄ろうとするロザリンドがいるだけ。もう音もしなくなった暗闇のなか、もうもうと瘴気が立ち込めていた。


 てくてくの瘴気とは違う……、パシテーの瘴気とも違う。

 アリエルから濁流のように噴出する瘴気が、この大地を悲しみの色に汚染していく。


 自己再生の権能を暴走させて、パシテーの治癒にかけたのだ。

 しかしそれも叶わなかった。


 アリエルにとってそれが突拍子のない絵空ごとのような光景で、嘘だ……嘘だ……、悪い夢を見ているんだと心の中で何度唱えたとしても、パシテーが死んでいくことが少しずつ現実味を帯びてくる。


 現実を受け入れ始めた頃それは血の涙となって表面に溢れ出した。

 この悪夢が現実なんだと理解した途端に赤い涙はとめどなく溢れ、頬を伝って流れ落ちる。


「うわぁぁぁぁ、パシテー! パシテー!」

「ねえあなた、私を見て……。落ち着いて! 暴走を……」


「パシテーが治らないんだ……助けて」


 ボロボロに泣き崩れて懇願するアリエルの傍ら、フッと空気の振動を感じたロザリンド。

 刹那のことだった。何の前触れもなくアリエルの背後に人影が現れた。


 敵はまだいたのだ。

 剣を持ってアリエルの背を狙う敵が!



「あぶない!!!」


 ロザリンドが飛び込んだ。

 アリエルはパシテーを抱いたまま突き飛ばされた。


 アリエルは立ち上がることなく振り返った。



「…… …… ガフッ……」


 ロザリンドは突き飛ばした手をそのまま……アリエルに伸ばす。

 豊かな胸からは剣が貫通して突き出していた。


 背後にいる男の眼光がギラリと怪しく光った。

 突き出した剣に力が込められ、ゆっくりと肩まで斬り上げて行くと、ロザリンドの唇から血が……。


 ……!?


 アリエルは眼を見開いて思考までも停止した。何もかもが信じられない。


 辺りには敵の姿もなければ気配もなかったはず。

 パシテーを撃ったバリスタ兵の気配も消えている。


 混乱……。



「……ロザ…………」

 胸から首までを斬り裂かれたロザリンドはその美しい真紅の瞳から光が失われていく。

 アリエルの再生能力ちからではロザリンドもパシテーも救えない。


 愛する女たちが死んでゆく、奪われてゆく。



「手……届いたよ……みつき…………あぃ……し……て……」


 崩れ落ちそうになりながらロザリンドは、愛する夫に話しかけようとするけれど、もうそれ以上は言葉が出てこなかった。唇の動きだけで何かを伝えようとしながら、ロザリンドはアリエルの頬を優しく撫でた。とても優しく頬を撫でるロザリンドの眼差しは、これまで見たこともないほど愛にあふれていた。


 アリエルはロザリンドを、パシテーを、力の限り抱きしめた。


 突き付けられた現実。突然すぎて受け入れられない、ただ何かの間違いのように思えた。

 まるで実感のない、この非現実的な光景こそが現実なのだ。


 アリエルのマナは暴走し、もう止められない。溢れ出る涙はすでに血液へと変わっていた。

 瘴気は大地に深くみ込み、恐るべきスピードで汚染を広げてゆく。


 脱力し、ゆっくりと冷たくなっていく二人の女を抱きながら、ただ嘘だ嘘だと繰り返す。アリエルにはもうそんな事しかできない。自分を愛してくれた女が、自分の愛する女たちが今まさに死んでいくというのに、ひとつの言葉すらかけてやることはできない。



 ……絶望。



 ここがこの世の果てなのか。


 今がこの世の終わりなのか。


 ここが旅の終着する場所だとでもいうのか!



 そんな夢の終わりに、若い男が現れた。

 それは左手には盾を持ち、剣は肩に担いで背を向けた青年だった。


 パッと。


 何の脈絡もなく、音もなく、ただそこにパッと現れた。

 気配もなく、前触れもなく、気が付くとそこに居た。


 転移魔法だ。


 アリエルが両腕に女二人を抱いていてもう戦闘を続ける意思のないことを察してか、背を向けたまま現れた。担いだ剣の切っ先には見覚えがある。


 ロザリンドの胸を貫いた切っ先だ。


「アリエル。キミはやり過ぎたんだ。この世界のパワーバランスを崩されるのも、平和な帝国に攻め込まれて臣民たちの生活が脅かされるのは本意じゃないのでね。キミがアシュタロスかもしれないと思って監視してたんだけど、アシュタロスがこんなに弱いわけもないな。魔人の奥さんはヤクシニーじゃなかったし、ブルネットの魔女はリリスじゃなかったが……」


 アリエルは茫然ぼうぜんとなりながら死にゆく女たちの髪を撫でていた。そんな男の口上など、どうだっていい。

 ただ両腕に抱いた命が消えていくことが悲しい。どうしようもなく悲しい。


 だが、その男の声には聞き覚えがあった。

 背を向けたまま肩越しに横顔だけ見せて話をするその目に見覚えがあった。


「プ……プロスペロー?」

「久しぶりだねアリエル。アシュガルドは俺の国なんでな。まあ負けないにしてもひっかき回されちゃ困る。悪いがここで死んでもらうよ。心配しなくていい、キミの家族には何も言わないさ。ただ行方不明になった。よくある事だろう?」


 いつ終わるとも知れない戦いの終わりに現れたのは、アリエルのいとこ。プロスペロー・ベルセリウスだった。なるほど、とアリエルは理解した。こいつがロザリンドを殺した張本人だ。パシテーを落としたクソ野郎だ。


 プロスペロー? いや違う。アリエルの知る名前はほかにもある。


 思い出した。いまこそ、全てを思い出した。

 失われた記憶の何もかもがフラッシュバックした。


 背後から剣で貫かれ、絶命してゆく赤い髪の女性の映像が浮かんだ。

 思い出した。



 この男の名は、クロノスだ! 神話戦争では英雄といわれた男……。


 アリエルがまだアシュタロスと呼ばれていたころ、ゾフィーを奪われた恨みがある。

 ジュノーを殺された恨みがある。


 この男には何度も大切な人を奪われた。

 クロノス……、よくも妻を……。


 お前は念入りに殺してやる。


 よくもロザリンドを殺したな……。

 よくもパシテーを殺したな……。


 よくもゾフィーを奪ったな。

 よくもジュノーを悲しませたな!



 おまえだけは許さない。


 おまえだけは!!




「思い出したぞ! がはっ……げふっ!」


 目の前からクロノスがフッと消えた次の瞬間、胸を貫く剣の一撃。

 肋骨の隙間を狙い、正確に心臓を切り裂く。切っ先を左右に揺らし、大きな血管を傷つけてから剣を抜くという念の入れよう。


 アリエルの断末魔は吐血に変わった。まごうことなく致命傷だった。



「さらばだアリエル……キミの存在は邪魔だった」

 クロノスはそれだけ伝え、次の瞬間にはもう、消えてしまった。


 アリエルは致命傷を受けてなお、自らの死の運命を受け入れ、落ち着いて何かを詠唱していた。

 胸から止め処なく流れる血液など、もう気にならない、死んでゆく二人の女を強く、強く抱いたまま。

 血の涙を流し、この世界を丸ごと空にまで汚染を広げようとする瘴気を、まるで火山が噴火するように吐き出しながら。


 アリエルは何かを詠唱していた。


 いや、祈りか。



 それはアリエルの前身、ベルフェゴールが不死となったとき、亡き妻キュベレーから受け継いだ『転生の秘術』を範囲フィールド化するという非常に難易度の高い呪法だった。


 日本人だった嵯峨野深月さがのみつきがトラックに轢かれて死の淵にいたとき、悪夢のような多重事故によって、共に命を落とした常盤美月ロザリンドと、下垣外誠司フォーマルハウトがスヴェアベルムに転生したのも、嵯峨野深月さがのみつきとして日本に生きたベルフェゴールが死に往く幼馴染の少女の生命を救うため行使された秘術だった。


 もっともロザリンドが大陸を隔てたドーラに転生したのも、フォーマルハウトが2000年も過去に飛ばされてしまったのも薄れゆく意識の中で困難な詠唱を行ったことによる過失だったのだが。


 この世界の7割を壊滅させ破壊神と畏れられたアシュタロスは、今生をアリエル・ベルセリウスとして生き、またしても愛する女を守れなかった。

 『転生の秘術』に縋ることを誰が責められよう。


 火山の噴火のように噴出する漆黒の瘴気の中に、ひとつ、小さな小さな青く輝く光が発現して、ゆっくりと空に上がって行き、周囲を明るく照らす。

 

 太陽のような光に照らされるアリエルの目の前に、ふわりと純白の髪が翻った。


 アリエルには、とても愛しく、懐かしい光だった。


 最期に見たのは幻だったのか。自分に不死の呪いをかけて死んでいった妻が、遠く異世界の果て、スヴェアベルムに顕現した。


 この暖かな光こそがキュベレー。ベルフェゴール第二の妻であり、その姿は滅びてしまったアマルテアにあった世界樹を守る純白の精霊と言われていて、その権能は『生命』という特殊なものだったという。


 静かな、物音ひとつしない、この終わりの時に、真っ白な存在が現れ、敗北したアリエルたち三人をやさしく抱くと、噴出する瘴気がみるみるうちに浄化され、暖かい温度を感じる星々のようなマナの奔流にに変わってゆく。


挿絵(By みてみん)


『ベルフェゴールを愛してくれてありがとう……。守ってくれてありがとう。これからも愛してあげてくださいね……』

 

 その声は鼓膜に届くものではなく、心に直接働きかけるように響き、魂を震わせるものだった。

 苦悶の表情だったアリエルの胸に去来したとても安らかな調べ。まるで母の愛のような大きなぬくもりに抱かれながら、もう動かなくなってしまったロザリンドとパシテーを強く強く抱きしめると、上空に打ちあがっていた光の塊が正視できないほど強く眩光を放ち始めた。


 アリエルの絶望と、悲しみと、愛と、……そして激しい怒りが天を衝いて世界を飲み込む。


 次の瞬間、周りにあるもの、何もかもが光によって消滅した。



----


 アルトロンド軍から包囲陣の北側を担い、数少ない生き残り兵はこう証言する。

 避難指示を受けて現場から離脱している最中にそれは起こった。5キロ離れていても目の前が真っ白になった。眩いばかりの閃光とその後に襲ってきた衝撃のせいで、後方に居た者たちは吹き飛ばされ大勢が命を落とした。前方に居た者も飛来してきた岩などに襲われて多数の死者とケガ人を出し、五体満足で生き残った者はほとんどいなかった。


 翌朝、様子を見に行った斥候の話では何もなかったそうだ。


 街も、木も、森も、丘も。何もなく、ただ数キロという規模の大きな、ひたすらに大きな穴が開いていただけだったと証言する。そこには誰も死んでおらず、誰も生きてはいなかった。


 ただ、おびただしい量の灰が降ったと。



 やがて雨が降り、地図が書き換わるほど大きな湖になったが、運河が掘られ二大湖と繋げられることとなり、新たに建設された国境の街は港町となった。その街は以前にも増して繁栄することになる。


 三大悪魔の侵攻を防ぐために戦い、そして散っていった12万の兵たちの記念碑が建てられ、ここバラライカは『英雄の街』と呼ばれるようになった。


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