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07-24 決戦!バラライカ(2)10人の勇者たち


 アリエルたちがどこに居るのかは、恐らくこの暗闇の中、少し離れたところに腕のいい偵察兵がいてバレてるんだろう。三方向から押し寄せる敵の動きから察すると、今もこちらの動きがみられているとしか思えない。


 その上、近くにいるであろう偵察兵は気配探知に引っかからないので、相当なハイディングスキルの持ち主だ。もしかすると隠密に特化した勇者クラスの日本人なのかもしれない。


 それでも敵包囲網の動きが正確過ぎるのには納得できないが……。なにか見落としているのか、それともこちらの知らないテレパシーみたいな魔法があって、無線機のように離れた位置にいる者と情報のやりとりをしているのか。


 距離が3キロあるなら、本陣に知れるまでの時間か……人族の偵察兵だとしてカッツェやウェルフほど夜目は効かないはず。足の速い斥候でも強化かけて全速力100メートル8秒ぐらいが限度だから3キロ離れた本陣に知れるのは2分15秒後? ということになる。


 ならば情報の伝達よりもこちらの動きが早い。

 そのタイムラグがあれば勝てると思うのだけれど……。


「兄さま? 何をしているの?」

「ん? 地雷っていう戦術を使ってみようと思ってね。広範囲に数百の[爆裂]を仕込んでおいて、敵軍が上を歩いたら地面を同時に爆破するんだ」


「へえ、あなたにしては容赦ないわね?」

「違う。余裕がないんだ」


 敵の本陣に接敵するまで残り1キロという所で地面に罠が仕掛けられていることに気付いた。罠の種類までは分からないが、何か地面に土の魔法がある。この上を通過したら起動する仕組みらしい。


「俺の踏んだとこしか踏むなよ。何があるか分からん」

「私はなにも踏まないの」

「後続との距離は?」


「約1キロで変わらない。たぶん今も見られてて、距離を測りながらリアルタイムで指示を出してるやつがいるはずだ。どこから見られてるかが分からない。相当手強いぞ。……だが」



―― ズーン……


  ―― グラグラグラ……。


 遠くから地響きが聞こえ、地面が揺れるのを感じた。

「地雷には気付いてないようだ」


 包囲戦に参加していたアルトロンド兵は広範囲の地面が爆破されたことにより、約1万5千の兵を失い、直撃を避けた運のいい兵士たちも飛礫などで1万の兵が重軽傷を負った。それからも時間差で地面を爆破され、背後の数万は総崩れになり包囲は崩れた。爆裂を地面に仕込んでおくと暗闇でも見つかりにくいが、その分、効果範囲は狭くなるようだ。


「後ろから追い立ててきた数万は今ので崩れたっぽいけど? 南側が少し近いな。戻るフリをして南側を攻めるか? 残しておくと本陣を攻めるのに邪魔だ」


「どうしよう? 戻るフリをして南側を攻める……フリをしながら本陣を突きたいわね」


「敵にも気配を探知できる奴がいるっぽいから、そいつの裏をかこうか……そうだな、んじゃ作戦を決めとこう……ゴニョゴニョ……」


「兄さまイヤらしいの……」


「だから余裕がないんだってば」



----


 こちらバラライカの前、帝国軍陣地。

 アリエルたちを包囲しながらおびき寄せようとする帝国軍本陣には勇者たちが集結していた。



―― ドドドッ……


  ―― ゴゴゴゴゴォォォゥゥゥ



「ダメだ、気配を探ってることがバレた。ベルセリウスの気配がひとつになっておかしいと思ってたら南側から閃光と爆発音。いまので南側も相当な被害が出たはずだ」


「ラナリィ、ベルセリウスの気配だけでいい。見つけ出すんだ」


「それが……。おかしいよ! すっごい大きな殺気がひとつだけ。あれがベルセリウスだと思ってたけど、南で爆発があったってことは違うの?……その前の地響きから西を囲む兵たちとの通信が途絶してる。まずいよ。大きな殺気は変わらずこっちに向かってくるだけ。ただ歩いてる。不気味だよ」


「通信兵に伝達、被害状況を報告せよ。包囲はまだ効いてるのか?」



----


 ロザリンドは威圧する殺気を放ちながら歩いて直進するだけ。アリエルはロザリンドの巨大な殺気に隠れながら気配を消して南側を急襲するという簡単な作戦なんだけど、簡単だからこそ失敗せずうまく行く。こんな余裕のない時だからこそ難しいことは考えないほうがいい。簡単なことを確実にこなしていると、必ず相手の方が焦ってヘマをする。その時がチャンスだ。


 いまはまだ顔も見えない状態で位置を探り合っていて、いま敵はこっちの正確な位置を見失ったはずだ。その証拠に、指揮系統が乱れたらしい、包囲する数万の兵の動きが少し混乱しているようにも感じた。南側の奴らを爆破したら覿面てきめんだった。


 敵陣を視認できるところまできたところで、さっき南側を急襲した際、ついでに仕掛けておいた地雷を起爆する。



―― ドドドドドォォウゥゥゥ


  ―― ゴゴゴゴオオォォォゥゥゥ……。



 地響きがしたのを確認すると、丘の上に建設された塔のような建物の上から光がチラッと見えた。南側の包囲陣に向けて光の点滅が続く。



 パパパッと不規則な点滅だった。



 ……ん? あれは? 


 この闇夜の戦場で光の点滅? だと?



 ……っ!



「光モールス信号だ!!」


 部隊の動きに統制が取れすぎていると思ったら光モールスだったか!

 そうだ! 勇者たちは日本から召喚された現代人だった。これぐらいのこと予想できたはずなのに、すっかり頭から抜け落ちてた。


 速い斥候が走って2分15秒なんて計算してた自分がバカみたいだ。あわよくば捕えて情報かく乱してやろうかなどと考えていたのに。


 なるほど、速いはずだ、正確なはずだ。情報の伝達が完璧だったのだろう、包囲を狭めてくる数万の兵士たちの動きが完璧に近かった理由もいま分かった。


 モールス信号なんてSOSしか知らないから読んだところで分からない。通信塔ごとブッ飛ばすとして、ここはもう敵の本陣だろうから、奇襲をかけても文句言わんだろ。


 ロザリンドの位置は把握。パシテーの位置もわかってる。いまなら爆破しても安全だ。

 [ストレージ]からありったけの[爆裂]を引っ張り出して転移!



「サヨナラ勇者!!」



―― ドドドドッ


  ―― ドッゴォォ!


 ―― ドオオオォォォォォンンンン!!



 大きめの[爆裂]を転移させて、中央の大隊、右翼左翼の中隊と通信塔を同時に起爆させた。

 戦闘態勢に入っているので強化は一通り済ませてあったが、それでも120人の精鋭部隊は、敵であるアリエル・ベルセリウスの姿を見ることもなく倒されてしまった。


 不条理で容赦のない爆破魔法によって。


 それでもまだ10の気配は残っていた。



「うーん……、あの固め撃ちで死なないって事は勇者だよなあ……」


 思ったより残った数が多い。

 5人ぐらいだと思ってたけど、まさか10人も勇者クラスが居るとは。


 強力な耐風障壁を多重に張っているのか、爆裂の威力が減衰したようにも思ったけど、いまその原因を探ってる時間はない。敵はもと日本人の召喚者たちだ。きっと何か対策されているに決まってる。



「いざとなったらボカンで何とかなるだろうと高をくくってた俺ちょっと涙目だ! くっそ!」


 急激に粉塵が晴れて、そこには東洋人が10人。

 勇者の中の一人が風魔法を使って空気を循環させている。爆裂じゃあ視界を奪うことも満足にできやしない。他の手を考えないと……。


「近くにいるはずだ! 全方位警戒 ! 空もだ。救助は後回しにしろ」

「ふええ……おっかない。属性防御しておいてよかったよホント」


 10人のうち立っているのは5人。残りの5人は耳がやられたか? ダメージを受けているのか?

 爆裂の効き目が薄いとはいえ、薄いなりに効いてる。減衰していたとしても、ダメージがゼロというわけじゃない。


 少しでもダメージが通る、今のうちに数を減らす。



―― ドドドッゴアァァ!


  ―― ドッゴッ ドドオオオォォン!!



 追い打ちをかけて弱ったほうの5人を片付けておく……つもりだったが気配が2つ残った。

 これは神器のせいか、それとも同じ手は通用しにくいのか、けっこう強めの[爆裂]を起爆したはずなのに、手応えが薄い。こっちの魔法の効果はどんどん薄くなる一方だ。


 7残ったか……マズったな……。

 耐風障壁で固められてるならファイアボールに切り替えて……。



「やばっ! 近づきすぎたか」

 戦場を支配する殺気、背筋がゾッとする冷たい視線に後頭部の毛が逆立つ……。



―― ズバッ!


  ―― キィン!



「くっそお! バレたかぁ!」


 いつもの三か所避けの姿勢でいきなり斬り込んできた敵の一閃を受けたアリエル。

 対するはフルプレートに身を包んだ両手剣の男。


 踏み込みのスピード、受けた攻撃の重さ……たぶん勇者だ。


 気配を読んでいても、その気配が瞬間移動のようなスピードで飛び込んでくるのだから、見つかってしまえば気配を読めるアドバンテージも薄くなる。


 俺の手の内にあるものはだいたい効果が薄くなってて、次々と繰り出される敵の手管に、こちらはストレスのたまる思いで頭まで薄くなりそうだ。



―ー ガッ! カカカッ


  ―― キイィィン! キン!


「くっ! このやろう、速いじゃないか……」


 この勇者、反撃の余地がないほどの連撃で、アーヴァインよりも攻撃が重い。だけど重いばかりで、キレがないから攻撃を避けることはそう難しくない。



―― キィン!


「ぐあっ」


 ウソでしたごめんなさい! さすがに勇者というか、攻撃を避け続けるのは難しい。だからと言って重い攻撃を防御させられるのは面倒だ

 そしてこの勇者から少し遅れて、右から槍持ちが、左からは二刀流が……。



「てぁっ、このっ、ぐっ……」

 二刀を振るう女勇者はスピード重視だった。しかし目が慣れているというだけで、ずいぶんやりやすく感じる。ロザリンドと手合わせするときの方がよぽど厳しい攻撃をしてくるから捌くのも、それほど難しくないけど、二刀流と槍勇者のコンビネーション攻撃が厳しい……。この槍使いが混ざってるせいで常に劣勢に立たされている。


 さすがに剣技で勇者3人を相手になんかできないのだが、泣き言は言ってられない。

「これでも昔は天才少年剣士と言われたんだ。てめえらなんぞにられるかっ!」


 攻撃をうまく受けたり避けたり、なしたりしながら下がるだけで精いっぱいだが、紙一重の防御でよくやってると思う。



「勇者♪ 勇者~♪」


 そこへ鼻歌まじりのルンルン気分で飛び込んでくるロザリンド。二刀を抜いて、アリエルと剣を合わせていない方の4人のグループに襲い掛かった。


「てか、こっちを助けに来て欲しかったよ!」


 ロザリンドの初撃を受け止めて一撃でというわけにはいかないあたりが勇者たる所以なのだろうか。女勇者? がロザリンドの剣を受け……、きれずに負傷したようだけど、当然ロザリンドの初撃で一人は片付くだろうと思っていた思惑は外れ、計算に大きな狂いが生じることとなった。


 2人の生き残りが魔法を唱えているのを見て、すかさず起動式に[ファイアボール]を紛れ込ませたけれど、[ファイアボール]も起動せず、みるみる女勇者の傷が治癒されていく。



「くっそ、何故だ? 起動式のすり替えもバレてるってことか」


 こちらの戦力を分析され、徹底的に対策されてるということだ。爆破魔法の威力が減衰して思ったほどの効果が見られないのもきっとそのせいだろう。


 後ろの治癒師も爆裂で仕留めたいところだが、ロザリンドが近い。治癒魔法がない分、ロザリンドに爆裂を当てたら損の方が大きい。


 思わぬ苦戦を強いられ焦りがでてきた。戦力差が大きい、現状でも敵のほうが上なのに加えて、巧妙な待ち伏せと包囲と、徹底した分析と対策にやられた。


 勇者のくせに自分たちの力に胡坐をかくことなく、あらゆる方面から研究し、しっかりと対策されて戦法を組み立ててきている。

 きっとこっち3人はアリエルなど魔導師を相手するのに有利で、あっちのロザリンドが相手にしてる4人の方はきっと、対ロザリンドの対策をしてるはずだと思うんだけど。


 そうでもないか……、ロザリンドは向こうの4人相手にむしろ押してる。攻防一体に繰り出される二刀流の巧さが際立っている。なるほど……。


「あっちの方は心配なさそうなんだけどさ! キッツいわっ!」


 こっちの3人を相手にするのが正直キツイ。必死の防戦。凌ぐだけで精いっぱいだ。

 ロザリンドから離れて爆破魔法を撃ってやろうと思ったら、こっちを追ってくることなく、ロザリンドのほう苦戦する奴らの応援に向かうし……。爆破魔法が密集戦で使いにくいことも当然織り込み済みってことだ。このままじゃ長時間はもたない。


 ロザリンドの攻撃を捌ききれず傷を負った女勇者の傷を、膝をついたまま治癒した女の首にパシテーの短剣が突き刺さった。ロザリンドとパシテーのコンビは絶妙のコンビネーションを見せて、あちら3人組をグイグイと押し込んでる。


 ようやくこちら側有利に均衡が崩れ始める……か。

 それもこっちの3人を凌ぎきれればの話だけど。


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