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01-16 チート魔法「ストレージ」

収納の魔法、4次元ナンチャラを手に入れるイベントです。

20170718 改訂(2)

2021 0720 手直し

2023 1211 修正と手直し




 トリトンと立ち会って二撃目まではわりといい打ち込みができたのだけど、そのあとが経験不足丸出しのヘロヘロでどうしようもなかったアリエルだが、それでもトリトンはアリエルの才能を認めたのか、先生の要求した資材を調達すると約束してくれた。先生はそれでしたり顔なのだが、アリエルの方はというと、冒険者という職業について詳しく知りたくなった。


「先生、冒険者ってなんですか?」


「うーむ、職業のひとつで、そうじゃな、ギルドに集まる依頼を達成することで報酬を受け取る、日雇い労働者のようなものじゃの。簡単なものは休耕地の草刈り、害虫駆除、ドブ掃除などという一般の雑用から、薬草採集、食肉の調達という狩りに依存するもの、腕っぷしに自信があるなら商人の荷物の護衛や行方不明者の捜索という仕事もあるのう。もちろん依頼を受けるのも自由、受けないのも自由じゃし、別にここじゃなくとも、南方諸国、つまり外国に行っても冒険者ギルドはあるでの」


「冒険者ギルドはどこの町にもあるのですか?」


「ん、ここにはまだないがの、マローニにはある。在籍しているのは主に狩人かのう、護衛の傭兵ならばもっと大きな街に行かねば仕事はないかもしれんの」


「そうですかー、すっごくいいことを聞きました」


 思った通りだ。冒険者というのはファンタジーもののゲームやアニメでよくある職業だ。転移魔法陣を探しながら旅をしようなんて考えてるような人にはピッタリな職業じゃないか。


「なるほど、じゃあまずは冒険者を目指そうと思います」

「そうか冒険者になるか。わしもあと200ぐらい若けりゃ冒険者となって、おぬしの転移魔法捜索に加えて欲しいところなんじゃがの、身体がついていけんの」


 アリエルが将来、旅人になりたいといったのも、あながちウソではないと思ったからだ。貴族のお坊ちゃんが旅人になるなど、口で言うのはたやすいが本気で望んでホームレスになろうなどと考える男はいない。


 アリエル・ベルセリウスはよわい7歳の児童だが、ただの7歳ではない。

 神子かんなぎと呼ばれる異世界の高度な知識を持つ転生者が、貴族の家に生まれた幸運を投げ打ってでも、転移魔法を探す旅に出たいと言ってるのだ。


 魔導を究めんとする魔導師にとって、その覚悟は尊敬に値するではないか。


 アリエルはいまの説明で冒険者という、流れ者に仕事を紹介するネットワークを利用しない手はないと考えた。グレアノットは道を示してやるだけでいいと思った。


「では雑談は終わって、そろそろ昨日の続き、水魔法をやってみるかの」

「はいっ」


 いつもより元気に返事をするアリエルにグレアノットは少し微笑んで見せた。


 アリエルはいつもより五割増しでやる気をみなぎらせて、フォーマルハウトの魔導書に目をやった。


「えーっと、水の転移魔法ね、これってどこに繋がってるんだろ……」


 とはいえ、アリエルは一度起動した魔法はもう起動式なしの無詠唱で実行できるので、魔導書の神代文字を追うようなことはしなくてもいい。


 大量の水を目の前に出す魔法もそうだが、強風の魔法も同じく、この世界のどこか遠い場所と繋がったかのような手ごたえとともに、水が目の前に転移して現れるのだから、水魔法と風魔法の両方に同じ起動式があって、これらが空間と空間を接続する働きを持っているのだろうことは、容易に想像できた。


 アリエルだけではなく、当然だが、グレアノットも同じ推論に達している。


「うーん、もしかして、誰かがあらかじめ用意してくれている何かに神代文字で接続しているということなのかな……たぶん、西の方、ものすごく遠いところにカチッと接続されたようなイメージがあるから、たぶん西の方ですよね」


 でも、製作者がいるということは、これ無断でずっと使い続けてていいのかな? そのうち水の中に請求書が浮かんでたりしたら嫌だな……などと考えた。


 ……いや、これはどうなのだろうか。

 入力式の起動式の何文字かで物質転移ができるなら、きっともうみんな使いまくってるはず。グレアノット先生が転移魔法を知らないということは、そんなに簡単じゃないということだ。


 たとえば、風が吹く魔法。どうやれば一番簡単なのだろうか?

 たとえば、大量の水が出てくる魔法、これはいったいどうすれば最も効率が良いのだろうか……。


 アリエルは考えに考え、最も簡単な方法を導き出した。


 これってもしかして、転移元の、どこか西のほう、イメージ通りのとても遠い場所に転移魔法を常設しておいて、こっちから決められた起動式を入力することで接続される仕組みなのではないかと。


「先生、あらかじめ設定しておいた常設の魔法を、離れた場所から起動させたりできますか?」


「ふむ……魔法陣のことかの?」


「先生、それそれ。魔法陣を作っておいて、遠隔でそれを動かす起動式があれば、水とか転移させられるんじゃないかと」


「転移魔法陣のことを言っておるのかの?」


「おおっ、転移魔法陣なんてのがこの世界にはあるんですね?」


「いや、魔法陣そのものがエルフの魔導じゃからの、今はもう神聖典教会が禁忌に指定してから書物も焚書されてしまったわい。さすがに転移魔法陣ともなると完全なロストマギカじゃがの、つい150年ぐらい前まではごくごく簡単な魔法陣であれば使い手はおったのは確かじゃ。エルフに魔導を求めてみるのもいいかもしれんの」


 そしてグレアノット先生はドヤ顔でこっちに向きなおし、腕組みしながら問題を出した。


「教会の影響力が及ばなくて、高位の魔法使いがいっぱい居そうな場所は?どこかの?」


 アリエルは即答した。


「エルフの国」


「うむ正解じゃ。ただエルフの集落は国という規模ではないのでわしらはエルフの里と呼んでおる。恐らくはエルフの里に行けば何らかの手掛かりが得られよう」


 なるほど。魔法陣はエルフの魔導なんだからエルフに聞くのが手っ取り早いってことだ。

 150年ぐらい前まで簡単な魔法陣を使う者が居たのが確かだという。エルフは500年ぐらい平気で生きるらしいから、当然エルフ族に魔法陣の使い手が今も現役で存在するということだ。


 そして逆を言えばだ、要するにグレアノット先生はエルフの魔導に明るくないってことだから、先生の得意な魔導だけを教えてもらえばいい。


「分かりました、では今日はこの魔導書に書かれたものを中心にやってみたいのですが、かまいませんか?」


「ん。かまわん、私はアリエルくんのアドバイスをする程度がよさそうだしの」




----


 その後アリエルは、とりあえず魔導書に載ってる四属性の魔法を一通りさらってみて、その全てを無詠唱で起動することを確認した。その学習のさまを近くでみていたグレアノットは、どうやら全ての微調整をマニュアル操作で、ことごとく術者本人が定義しなくちゃいけないので、うまくコントロールできていないのは問題だと課題を提示した。


 起動式魔導は威力が制限されるけれど、規格化された魔導なので、弱いながらも間違いの起きない仕様になっている。だからトーチの魔法で自らが火だるまになるといった事故は起きないのだ。


「明日からは地味な鍛錬になるが、無詠唱で魔法が使えるなら、絶対に無詠唱で唱えるべきだからの。明日からは微細なコントロールができるような訓練をしようかの。訓練場の資材もそのうち大量に届けられるじゃろうしな。資材が届いたら、土木建築魔法の教練開始じゃな。これがまた微調整のいい勉強になるからの、覚悟しておくことじゃよ……ほっほっほっ」


 資材が届いたら土木建築の魔法か……。

 土木建築魔法を使えると旅先で野宿する際にもコテージぐらいなら作れるらしいので、これはこれで非常に便利な魔法だ。テント背負って放浪の旅に出るのも憧れるけど、テント泊最大の弱点は、野生動物などの接近する足音にいちいちビクビクしなくちゃいけないところだ。夜眠れずに翌朝思いっきり寝過ごすのはテント泊ではよくあることだけど、イノシシに襲われたぐらいじゃびくともしないぐらいのコテージを作ることができればグッスリと眠れる自信がある。自分の能力を防御力に全振りした亀の気持ちがよくわかるよ。ほんとに。


 午後からの講義はひとまず自習となった。今日はアリエルの肉体にダメージがあるのと、強化魔法を使って動きすぎたことで、身体を休めて翌日に備えるよう言われた。


 アリエルはボロボロの衣服を着替えるため、屋敷に戻ると玄関エントランスでポーシャが着替えを持って立っていた。怒られるかなと思っていたのだが逆にものすごく褒められて驚いたほどだ。

 なぜ褒められるのか訝っているとクレシダが服の着替えを手伝ってくれながら教えてくれた。


 実はビアンカがクレシダに告げ口したらしい。

 騎士団でも砦の守備隊長をつとめるトリトンがフル装備をつけて立ち会ったのに、逆に殺されかけたと。そしてアリエルは普段着でありながらケガひとつしなかったのだと。

 そしてポーシャはアリエルが戻る寸前、つまりいまさっきまでトリトンの鎧を外すのを手伝いながら説教していたと、そういうことだ。


 アリエルにしてみると、服がボロボロになったのはトリトンと打ち合ったからではなく、強化魔法で調子に乗って転んだりジャンプして着地に失敗したからなので、濡れ衣を着せられたトリトンが気の毒になってしまった。でもまあ、ポーシャに怒られないようフォローしてもらったんだと思えばありがたい。トリトンには悪いが、ここは厚意に甘えておくとする。



----


 昼食は家族でとった。グレアノット先生はアリエルの講義内容を考え直す必要があるとかで、中食もとらず居室に引きこもった。


 アリエルは午後の自習時間を有意義に使うため、庭に出て立木の根元に陣取り、胡坐あぐらに座った。木漏れ日が揺れる木陰で幹にもたれて眼を閉じる。冷たい風が頬を撫でる。髪が揺れて、はらりと数本の髪が顔にかかると、少しくすぐったい。


 緑のエキスがいっぱい溶けた風を胸いっぱいに吸い込むと自然と深呼吸になってしまう。ノーデンリヒトは空気がおいしいからリフレッシュするのにあまり苦労しないんだ。


 ストレスに優しい土地だよ。ほんとうに。


 目を閉じていたらこのまま眠ってしまいそうだから、頬を叩いて強引に目を覚ますことにした。気合を入れるともいう。集中しないと魔法の練習にならないんだから。


 では、今日は物質を転移させる魔法をいろいろと試してみることにした。


 とりあえず昨日の魔法講義中に破壊した花壇あたりに胡坐あぐらで座り込み、目についた握り拳ぐらいの石を土の魔法で浮かせて、それを自分の手に引き寄せた。


 ――パシッ!


 いいね。土の魔法というのは、大地を基点に魔法を発動させるとものすごく効率がいい。

 座っていて、より地面に近いので微調整するのも簡単だ。立っているのと1メートルぐらいしか違わなくても、操作性に大きな差を感じるほどだ。


 ではフォーマルハウトの魔導書でみた水魔法や風魔法の転移魔法だと思われる、32文字の神代文字を無詠唱で使って、いま手に取った石を、すぐ1メートルぐらい離れた場所に転移させてみようと、あれこれ頑張ってみるのだけど、こいつが、なかなかうまくいかない。


 それでは原点に立ち返ってみることにする。


 最初に学んだ風魔法 [強風] を無詠唱で使うと、北西のほうに接続したような手ごたえを感じた。

 では手元の石を接続している向こう側へ逆行させるという実験を行った。


 消えた。向こう側で見たわけじゃないが、送り出せたと思う。


 水魔法もそうだ。今度は領域確保の魔法が水圧で破壊されないよう注意しながら水中にあるであろう転移元へ、あらかじめ決まった接続先があるのなら、石は転移魔法でアリエルの手元から消えることが確認された。本当に向こう側に転移しているのかは確認できてないのだけど、それでも消失してしまうのだから、転移魔法は一方通行ではなく、双方向に移動することができるということは、なんとなく理解した。


 それが握りこぶし大の石であれ、どこへ消えてしまったのかは不明というSFサスペンスな展開に、なんだかキナ臭くなってきたのを感じたのだが、そんなこと、この魔法のワクワク感のほうが勝ってしまい、もうどうでもよかった。


 ただ、注意しなきゃいけないこともある。何も考えずに転移魔法を使うと大事故起こしてしまうのではないか? 自分の転移先が壁の中だったり地面の中だったりしたら大変だ。座標が重なってしまうと、きっと肉体と壁が同化して混ざる。そんなもんきっと即死なのだし。


 とりあえず当面の目標として、消失してしまった石がどこにいってしまったのかを突き止めるため、ちょっとクレシダのところまで走っていって、ボビンに巻かれた裁縫の糸を借りてきたのだった。


 石に糸をくくりつけて、ずっと引っ張ってようという安易な計画だったのだが、空間転移の際にアッサリと糸が切断した。


 アリエルの感覚では、はるか西のほうと繋がった感覚のある水転移の魔法だった。


 この自分の手ごたえと感覚を確かなものだとするならば、距離的には何千キロも離れたところに移動したのだから、とうぜん糸が引かれるはずである。


 だがその実、はるか西の方角に何か繋がった感覚があり、その結果石は消失して、糸が切れてしまうということだ。


 つまり、石は1ミリも移動していない。移動したのは空間……というか移動したのは座標だけ?ということなのかもしれない。


 もし本当に座標なのだとすると、自分の魔法で作ったものの場所が何となく感覚でわかる魔法があった。

 それはアリエルが勝手に[減圧]と名付け、そう呼んでいる魔法で、正式名称は分からない。


 で、これは空間に任意の領域を確保する魔法として、様々な属性魔法の初期に唱えられるものだ。


 使い道としてはファイアボールの外殻にあたる領域確保魔法なんだけど、実はファイアボールを的に命中させるため、自分の作ったファイアボールの魔法がどこにあるか、無意識のうちに把握できているのだけど……、これ実は、ファイアボールにしなくても、どこにあるのか、位置を把握することができるのだ。


 アリエルも最初は無意識だったが、自分の魔法の実物の正確な位置を把握していると、ファイアボールの命中率は格段に高くなることに、早々に気付いてしまった。


 これは起動式を分解してひとつひとつ理解することに成功したアリエルだけしか気付いてないのだが、もしこの領域確保魔法を座標管理に使えるとしたら、ものすごく汎用性の高いものになるのだから、これは発想の転換だが、やってみる価値がある。


 まずは地面に落ちている小石に目を付けて、アリエルはそれを土魔法で浮かべて手元に引き寄せた。

 いま目の前に小石が浮かんでいる。


 そして土魔法の起動式には使わないのだけど、ここでオリジナル要素として、ファイアボールを作るとき最初に使う風船がわりの領域確保魔法を使い、浮かべた石を包み込んだ。


 小石が風魔法のカプセルにスッポリ入ったわけだ。


 試しにアリエルは目の前に浮かんだ小石を、視界の外、つまり背後に移動させてみた。


「ああっ!!」


 素っ頓狂な声が出た。

 アリエルはいま風の領域確保魔法で包んだ小石がどの位置、どの高さにあるのか、3D座標ではっきり認識できるのである。見えていなくても、ゆっくり動かしても、背後で複雑な動きをさせても、はっきり今どこにあるのか分かるのだ。


 ふつふつと湧き上がってくる笑いを噛み殺すことができず「クククク……」と悪人のするような笑い声を漏らしてしまった。


 そしてアリエルは小石を目の前に移動させると、水転移の際に使った神代文字をイメージし、


 ―― ふっ!


 土魔法で浮かべた小石を消し去った。


 刹那、アリエルの脳裏に送られてくる情報に驚愕する。

 小石が消失した瞬間、思った通り、はるか西というよりも、西南西の方角だが、位置だけは確定することができた。距離ははるかに遠いとしか言えない。あとひとつわかったことは、土魔法は瞬時に切断される。つまり転移させた先で操ることは、いまのところ出来ない。


 では、いま遥か西南西にある小石は、いまもアリエルの脳裏に座標としてビンビンに管理されているわけだが、これを手元に引き戻すことはできるのか……。


 と思って試したが、引き戻すことはかなわなかった。

 だが、転移魔法が発動したことはわかった。


 はるか遠くにあるものを移動させた、ここまではよかった。だけど、移動させた先の座標がうまく設定できてないようだ。


 アリエルは考えた。普段座標なんて気に留めたことがないのに、座標なんてどうやって頭の中で管理しているのだろう。


 アリエルは特に何も考えることなく、ただ目に留まった小石ひとつひとつに領域確保魔法をくっつけて次々と、連続的に、何十回も続けて転移魔法で目の前から消してみた。


 領域確保した風魔法を解除することも覚えた。

 100以上も遥か西の水中に座標管理し続ける意味もないのだから。


 そして数時間後、太陽も斜めに傾き、ノーデンリヒトの気温が急激に低下するちょっと前ごろの時間帯、アリエルは転移魔法の行き先を変えるアイデアを思い付いた。


 そもそもアリエルが使う水を転移させてこちらにザブンと出す魔法も、低気圧地域と空間をつなげて空気を吸い込む魔法も、特定の座標と接続しているのだ。


 ではその特定の座標をこちらで定義してやればどうだろう?

 座標なんてよくわからないのだが、領域確保魔法を使えば、ひとつ自分が管理できる座標となる。


 アリエルはひとまず、領域確保の魔法をつかって、左側、自分から約1メートル離れた位置に領域魔法で座標をひとつポイントする。


 そして花壇を掘り返した跡から小石を拾って、領域確保魔法で包み、もうひとつ何も入ってない領域を確保して、そこに転移させる実験だ。


 領域確保の魔法を2つ展開すると、石の初期の位置と、移動させたいポイントは頭の中に入ってきた。

 そこでフォーマルハウトの高位水魔法をアレンジした転移させるためだけの魔法を……。


「転移!」


 パッ!


 消えた!

 現れた!!


「おおおおっ!」


 成功した。なるほど、わかった。

 乱暴な言い方をすると、転移魔法というのは、座標を操作するんだ。


 アリエルは飛び上がって喜び、そして何度も何度も同じ座標を繰り返し移動させて、とりあえず失敗しないよう練習していたのだが……。


 どれだけ素早く転移座標を設定して、物質を転移させることができるのかというスピードを競うような訓練に移ったころだった。


 アリエルは大きなミスをしてしまった。

 ひとつ目標座標を示す領域確保もしていない状態で、無理矢理転移させたものが消失してしまったのだ。


 消失である。どこかに転移させたのではなく、この世界からきれいさっぱり消えてしまったのだ。

 なぜなら小石を領域確保の魔法で包むことは完璧に行えた。だが転移先を指定する、行き先の座標を指定するのを忘れたせいで、転移魔法は発動したが、その行き先が不明となったのだ。


 そしてアリエルの頭の中には、小石を包んだ領域確保魔法が小石の座標を示している。


 そうだ、石が目の前から消えたことは確かだが、その石を包む領域そのものは移動せず、まだ目の前に座標としてありつづけるのだ。つまり、石の座標は依然として目の前から移動してない。


 世界がバグったかのような、奇妙な感覚だった。


 不審に思い、座標の指し示す位置を手で探ってみるのだが、そこには何もなく、ただ空を切るだけだった。ますますおかしい。アリエルが領域を確保した座標を吐き出す魔法が、目の前の、何もない空間にあるのだ。


 アリエルはもういちど転移魔法を使ってそれを手元に移動させてみると、同じ場所にパッと現れた。土魔法は切れているので、落下してコトッと音をたてた。質量を持つ小石だ。


 アリエルは足元に落ちた小石を拾い上げてまじまじと観察してみた。

 確かに小石だ。まったくおかしなところは発見できない。だからこそおかしいのだ。


 この小石はどこへ行ってたのだろう? これが最大の疑問だ。


 アリエルはさっきミスをした要領をもういちど試すことにした。


 まず最初に、転移させる小石を、座標管理可能な風魔法の領域で包み込み、それを土魔法で目の前に浮かばせる。

 本来なら転移先の座標を示す領域を用意しなくちゃいけないのだけど、この作業を端折る。


 そして転移魔法を発動すると……。


 ―― フッ!


「おおっ、消えた!」


 消えたけど小石の座標そのものは目の前に浮かんだ状態であり続けている。


 そしてそれをまたアリエルの手のひらの上に転移させると、


 ぽとりと、狙った通り、アリエルの手のひらに現れた。


 アリエルは領域を確保して座標を知る魔法の事をカプセルと名付けた。この魔法がなければ何も始まらない、基本中の基本だ、名前がないのは不便だろう。


 そしていま小石が消失したけれど、目の前にたしかに座標として存在しているのは、たぶんだが、この座標と重なり合う別の、紙一枚分ほどに近い、別の空間の同じ座標なのだろう。


 亜空間なのか異次元なのか、なにせそんなものがある。

 異世界とか魔法があるのだから、異次元があっても不思議じゃない。


 これも転移魔法を理解し始めたからこそ分かってきたことだ。もしかするとこれを突き詰めると、日本に帰ることができるかもしれない。



 アリエルが座り込んでいた木陰も太陽が傾くにしたがって影を長く落とすようになってきた。

 その間アリエルは、いくつもの小石を異空間に送ったり戻したり、小石だけでなく自分が履いていた靴も同じように異空間に送ったり、そして戻したりと異空間転移魔法を何度も繰り返していた。


 すっかり慣れて異空間転移の魔法を問題なく使えるようになったころ、夕ご飯用意ができたとクレシダが呼びに来てくれた。すぐにいかないとポーシャの小言が待っているので、足は屋敷の扉に向かっているのだけど、心ここにあらずだった。


 アリエルの意識は異空間へと向いたままだ。


 いま食事どころじゃないのだけど、食事を後回しにしたりすると絶対ポーシャに怒られる。

 小言の嵐はうんざりなので、致し方なく、さっき異空間に転移させた小石をそのままその場所に放置して、夕食をいただきにいくことにした。


「そうだな、そういえば腹が減った……」


 魔法の研究はひと段落として、尻をはたいて立ち上がり屋敷の方に歩いていくのだけれど、アリエルはとてつもない違和感を感じ取った。


 ……ん?


 …………んん? なんだろう?


 さっき異空間に送った小石がついてくる! なんだこれ気持ち悪い……。

 さっきと同じ距離で、ずっとついてくる。


 アリエルの左斜め45度あたりの位置、距離1メートルちょっとといった距離なんだけど、アリエル本人が移動してもずっとこの位置に留まり続けている。


 アリエルが扉をくぐって建物の中に入ると、小石は壁を抜けて、ずっと同じ位置にある。


 ってことは、本人の今いる座標がゼロの位置なのか。

 自分の居間の位置がゼロで、いまの石が10x10のところにあるとして、術者本人が移動したら石も同じだけ移動する。


 小難しい話になるが、アリエルがいまいる世界は、どこが中心なのかわからないが、アリエルにとって相対的な座標であり、アリエルが移動するとアリエルの座標そのものが移動するのだが、、


 今日、ひがな一日、あーでもないこーでもないと小石を使って転移魔法を試して、偶然見つけた異空間?のようなものは、アリエルを中心とした絶対的な座標、つまり、常時、

X=0

Y=0

Z=0

という、座標の中心部がアリエルということになると考えると納得がいく。 


 ってことは、もしこの異空間にヒトが入ったとしても転移でどこか別のところに移動するなんてことは出来ないのかもしれない……。こちら側の世界の正確な座標を知って、移動させる必要があるということだ。目に見える範囲ならまだしも、見えなかったり、遠くだったりするとかなり困難な魔法になるかもしれない。


 試しに空っぽのカプセルを一つ作って、さっきの石の入った放置カプセルの横に転移させてみる。

ちょっと歩く。屋敷の中に入って、、座標に変化がなく、ずっとついてきてることを確認して、

その空っぽカプセルを取り出してみると、普通に取り出せた。


 うむ。自分中心に世界が動いてる気分がすごい。

 なんだか湧き上がる万能感に顔がにやけるのを抑えながら、アリエルは会食場にはいった。

 そこではトリトンとビアンカがスタンバイしていて、今日はグレアノット先生も一緒に食事するという事で、まだみんな集まるのを待っている状態らしい。


 ということはもう少し時間があるということだ。


 アリエルは席に着くとテーブルの上に用意されている銀製のナイフとフォークをひとまとめにして風魔法『カプセル』に入れて転移させる。



 ―― フッ。


 消えた。

 正確には異空間に転移させた。


 それを取り出す。


 ―― ことっ。


 同じ場所に現れた。





 キタ!


 ついにチート魔法がわが手に来たのかもしれない!


 これは、俗に四次元なんちゃらってか、四次元ホニャララという、異空間収納が可能になったということだ。まだテストしないとわからないが、今のところ異空間収納として使えそうだ。


 よし『ストレージ』と名付けよう。


 カプセルがどれだけもつかも不明だから最初は貴重品は入れないほうがいいし、時間の経過も気になるし、あっちがわの気温も気になる。


 腐る生肉でも入れて10日ぐらい放置してみる必要がありそうだ。



 アリエルがニマニマしながらチート魔法の余韻に打ち震えていると少し遅れてグレアノット先生が会食場に到着し、アリエルの対面に座った。これは客というより家族というポジションだ。


 何気なく、先生にも見えるように食卓のナイフとフォークを消したり、出したりしで遊んでいたのだが、先生とトリトンが何か挨拶している間に、背後からクレシダから声を掛けられた。


「お行儀が悪いとポーシャに叱られますよ?」


「はい、ごめんなさい」


 今日の成果というか、チート魔法を先生に披露するのは明日以降ということになった。


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